文学とは

002 【文芸◆ 上代文学:国学者:古典文学書/古事記:万葉集
民俗学とは
 文学全般には古典文学・歴史文学から外国文学を含め、文学館・資料館などがあります。小説全般は、ミステリー、SF、探偵小説から歴史小説まで、またそれらについての書評や随筆、作家・小説家一覧、歴史博物館・記念館など幅広く収録されています。 また、ここには著名な国文学者・民俗学者もご掲載いたしました。 どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
なお、ここには上代文学から近世文学(江戸時代)までの日本文学書を個々に掲載いたしました。近現代文学書(明治以降)は 「06近現代文学」 カテゴリをご覧ください。

文学全般・文学史 古典文学全般 古典文学研究室 古典文学書籍 文学館・資料館 文学書評全般
民俗学者 南方熊楠.1867 柳田國男.1875 松岡静雄.1878 金田一京介.1882 折口信夫.1887
国学者 荷田春満.1669 加茂真淵.1697 本居宣長.1730 塙保己一.1746/ 平田篤胤.1776
橘守部.1781/ 日本文学研究者 芳賀矢一.1867/ 藤岡作太郎.1870 高木市之助.1888/ 千田憲.1889/
澤瀉久孝.1890/ 久松潜一.1894/ 徳田浄.1896/ 小島憲之.1913/ 伊藤博.1925/ 遠藤宏.1936/
秋本吉徳.1947/ R・キャンベル.1957 - - - -
文学界客員/ 戸川残花.1855/ 上代文学 三経義疏. 古事記.712 風土記.713
日本書紀.720 懐風藻.751 万葉集.759 百万塔陀羅尼経 歌経標式.772 高橋氏文.789
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文学全般・文学史
〜【北海道の絵】 札幌・街の風景/水彩色鉛筆画イラスト作品集〜 孔雀の舞い [ロンドン 観光スポット] 17歳のコ、史上最年少で世界ランク1位に (2015/2/2)
  文学 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学(ぶんがく)とは、言語表現による芸術作品のことをいう。またはそれらを研究する学問の一つ。NDC(日本十進分類法)では9類にあたる。狭義には、小説や詩、文芸評論などを典型的な文学の例とする。 原初的な文学は口伝(口承文芸)である。印刷技術が普及し、やがて活字印刷による文学作品の出版が盛んになった。現在ではインターネットに代表される電子メディア上で表現されるものもある。
 
 
  青空文庫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  インターネットの電子図書館、青空文庫へようこそ。青空文庫は、利用に対価を求めない、インターネット電子図書館です。著作権の消滅した作品と、「自由に読んでもらってかまわない」とされたものを、テキストとHTML形式でそろえています。より多くの人に作品を味わってもらい、より自由にファイルを使ってもらうことは、この場を整えている私たちの願いです。どうか青空文庫を、活用してください。
 
 
  金澤文學   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このサイトは、文学ジャンルにとらわれずに自由な文筆活動を支援します。 文学にとりつかれた2人が溢れ出す夢を両手いっぱいに抱えて、無我夢中で発刊へこぎつけたあの日。それから、1人、2人と加わり、いまやプロ・アマ問わず100名を超す同人が、「金澤文學」を自らの文芸を鍛える道場として、創作発表の場として、また“書く”というライフワークのステーションとして活かしながら、ともに時代を歩んでいます。
 
 
  早稲田文学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  早稲田文学新人賞について:早稲田文学では1984年に新人賞を設けて以来、既成の文壇にとらわれない自由で清新な才能の発掘を心がけてきましたが、2001年の紙面リニューアルに伴い、一部規定を変更し、あらたなかたちでさらなる才能の発掘を目指すこととしました。新人賞の対象を評論および小説に絞り、先鋭的な論考と、それを凌駕する創作の輩出をめざし、厳しい選考を心がけていきます。
 
 
  縄文学研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  (1)縄文時代・文化を研究する学問。 (2)特に最近盛んになった、関係諸学問を総合して縄文文化の実態を明らかにしようとする学問。 今から12000年前から2200年前までのおよそ1万年間続いた縄文時代。そのイメージは最近の大規模な発掘調査の成果によって大きく変わり、地域起こしからCMまで様々な場面で取り上げられるなど「縄文ブーム」と呼ばれる現象が湧き起こった。
 
 
  日本の文学碑    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  義理の父(松木 貞雄)が50年かけて全国を巡りました。データはすべてオリジナルで4000件以上。すべて実際に旅したところで、写真と碑の内容があります。・・・ このようなあらゆる文学者の碑を全国で、しかもすべて実際にいった人は、なかなかいないと思います。ボランティアとして皆さんの旅行や、歴史の研究のお役にたてれば、これ以上の幸せは、ございません。よろしくお願い申しあげます。
 
 
  山中湖文学の森   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ジャーナリストの巨人・徳富蘇峰の業績と山中湖と深い関わりのあった蘇峰の足跡をたどる。蘇峰の恩師(勝海舟、新島襄、横井小楠、徳富淇水)の資料を展示した四恩堂は必見。
 
 
  くまもと文学散歩   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  人には皆ふるさとがある 文学にも故郷が  私たちのふるさと熊本にも、街角や公園など、さまざまな場所に文学者たちの足跡が残っています。そうした熊本ゆかりの文学や文学者を中心に紹介して参ります。皆さん、気のむくままに、ぶらりと熊本を歩いてみませんか。思いがけない文豪たちの足跡とめぐり合うかも知れません。 
 
 
  馬込文学マラソン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  東京都大田区馬込(東京の川崎・横浜寄り)には、大正末から昭和にかけて多くの作家が住んでいました。その頃の馬込を「馬込文士村」と呼ぶ人もいます。 馬込文学圏に関わる42人の42作品を紹介しています。
 
 
  すばる文学カフェ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作家による自作朗読会 : 第十二回を迎えた「すばる文学カフェ」の会場として選ばれたのは、高円寺のカフ ェ・マーブルの二階に設けられた知る人ぞ知るイベントスペース、「サロン・バイ・マーブルトロン」。恒例の会場だった渋谷のアップリンク・ファクトリーからここに 場所を移して初めての開催だが、夜七時半の開場を前に、入り口にはすでに二十人ほ どの列ができている。八時の開演直前には、立ち見も出て、約八十人がひしめき合う 盛況ぶりを見せた。
 
 
  アメリカ文学資料集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このサイトは、石川昭仁(いしかわ あきひと、長崎外国語大学外国語学部国際コミュニケーション学科教員)がアメリカ文学の教育のために個人プロジェクトとして運営しているものです。 この資料集(リンク集)は、二部構成です。現在は掲載資料がアメリカのサイトに集中している関係で英語によるページがほとんどです。
 
 
  文學茶釜 KOBE.TV   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大学文芸研究会に注目し、文学を朗読という形で映像表現。書き手から読み手へ〜進化する文学〜 KOBE.TV随一の知的コンテンツ。
 
 
  江南文学会のご案内   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「柏という街は、利根川の南にあるねえ、川の南・・・つまり江南・・・」 「あ、それだ! 江南文学がいい」  江南文学会は、参加者全員が自由な立場で、各々の文学に対する意欲と情熱から、自分達の創作作品を発表して、参加者全員がお互いに鑑賞しあう同人誌の仲間です。
 
 
  商品としての近代小説   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学作品の大衆性の問題は、ルナチヤルスキイ等がいふやうに、文学作品の形式の問題に止まるであらうか? 更に進んでは、これは文学そのものに内在する問題であらうか? そして或る作品が大衆性を有するといふこと自体が、その作品の何か非常に望ましき芸術的なメリツト若しくは価値であるだらうか?
 
 
  伊豆文学フェスティバル   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  静岡県では、川端康成や井上靖などが優れた作品を数多く生み出し、文学の地として名高い本県東部・伊豆地域の特性を生かして、日本の優れた文学を世界の言語に翻訳してもらう「しずおか世界翻訳コンクール」や伊豆を題材とした文学を募集する「伊豆文学賞」などを開催しています。
 
 
  杉山武子の文学夢街道   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「樋口一葉の十二ヶ月」 二十四歳という短い生涯のうちに「にごりえ」「たけくらべ」などの名作を残した明治時代の作家樋口一葉(夏子、戸籍名は奈津)の一生を、十二の月に切り取ってたどる毎回800字のコンパクトな評伝の試みです。生活のため女の身で小説家を志し、母妹を養い、恋に悩む、生身の一葉の生涯を感じ取って下さい。
 
 
  文学・古いものから今まで   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔の文学には、興味深いのがたくさんありますね。学校でいろいろ習ったときは、特にあまり感じなかったのですが、ある程度大人になってから、それらのものに接すると風情が感じられます。最近のものもご紹介しています。では、よろしく御願い致します。
 
 
  有吉文学は永久に不滅です!   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このサイトでは有吉佐和子さんの作品を紹介しております。有吉さんが急逝されてから二十年以上の歳月が過ぎましたが、彼女の作品の魅力は「永久に不滅」なのです!皆さんが有吉文学に親しむきっかけともなれば、とっても嬉しいです。
 
 
  【文学】 ランキング&一覧表   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  各文学賞/古典・和歌など
 
 
  西田谷洋Official Homepagee    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このサイトは、西田谷の研究・教育活動をインターネット上で公開することと、WEBによる趣味や情報の収集・公開を目標として開設されています。
 
 
  日本文学 リクルート進学ネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代から現代まで、あらゆる日本の文学作品を学ぶ 日本文学の作品を読み、テーマや文体などの研究を通して、作品の背景となる歴史や文化、社会、人間そのものを研究する。
 
 
  文学教育研究者集団 (略称:文教研)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国立情報学研究所(NII)では文教研機関誌「文学と教育」のバックナンバーの電子化テキストを進めてきましたが、このほど、その第二期分第65〜122号の電子化が終了しました。電子図書館サービスを通じて、第65〜203号(最近号)の利用がすでに可能となっています。
 
 
  呉州手とは何か? 〜 呉州赤絵大皿を観る 〜    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  先日、古伊万里のルーツとして「古染付」をご紹介しました。 今回はその古染付と、ほぼ同じ時代に中国で焼かれ、しかも日本の焼き物の歴史に古染付以上の影響を及ぼした「呉州手(ごすで)」と呼ばれる焼き物について記してみたいと思います。
 
 
  私のすすめる本 10   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  序文 「知的好奇心と想像力」・・・・・・・・・柳原 弘志  小公子/フランシス H.バーネット著・・・岩崎 雅美  冒険としての社会科学/橋爪大三郎著・・・・岩田 一彦  地球を救え/ジョナサン・ポリット編・・・・小川 武範  遺伝管理社会/米本昌平著・・・・・・・・・勝野 眞吾  後世への最大遺物/内村鑑三著・・・・・・・菊澤 康子  ハート&マインド経済学入門/林敏彦著・・・菊澤 康子  おもしろく学ぶ楽典/池辺晋一郎著・・・・・草野 次郎etc
 
 
  私のすすめる本 11   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  序文 「高村薫を読む」・・・・・・・・・ 柳原 弘志  『パンチ』素描集:19世紀のロンドン/松村昌家編・・ 大嶋  浩  「科学技術を身近に感じる本」のための5冊・・ 鞍谷  文保  ロウソクの科学/ファラデー著・・・・ 澁江 靖弘  わが西遊記/中島 敦著・・・・・・・ 鈴木 敏雄  「身近な言葉の問題を解説してみせる」ための5冊・・ 田中 雅和  試行カウンセリング/鑪 幹八郎著・・・辻河 昌登  保育の一日とその周辺/津守 真著・・ 名須川知子etc
 
 
  131億年前…最も古い銀河発見 米テキサス大の研究チーム (2013/10/24)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宇宙誕生のビッグバンから7億年後、今から131億年前の最も古い銀河を見つけたと、米テキサス大の研究チームが英科学誌ネイチャーに23日発表した。 この銀河の中心部では、天の川銀河の150倍もの猛烈なペースで星が生まれていた。チームの研究者は「この時期にこれほど活発な銀河があったとは驚きだ。宇宙の進化過程を知るための重要な手掛かりになる」としている。…
 
 
  簡単おしゃれなかわいいミディアム向けヘアアレンジの方法    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  比較的髪の毛先がハネやすいミディアムさん。時間のない朝でも簡単にかわいく出来るミディアムのヘアアレンジのやり方をチェック!ミディアムヘアアレンジで毎日のヘアスタイルをもっと楽しみましょう♡   かわいい♡ねじりハーフアップ/くみっきー流♡簡単ミディアムお団子ヘアアレンジ/ミディアムヘアならでは!後れ毛が大人っぽい!ハーフアップヘアアレンジ/簡単!定番アレンジ編み込みサイドテール/実は簡単ヘアアレンジ♡三つ編みお団子/三つ編みより簡単な二つ編みヘアアレンジ/関連するまとめ
 
 
  文学史 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学史(ぶんがくし)は、文学の歴史、またそれを記述したもの、および文学の歴史的研究を行う学問領域である。学問領域としては文化史、芸術史に属し、また文芸学に属する。 以下ではまず歴史記述として、ついで学問領域として、最後に文学の歴史的変遷としての文学史について述べる。
 
 
  文学史 ミニ事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文体の歴史、必ずしも文学の歴史ではないが、文学の歴史は文体の歴史である――というのが、文学史にアプローチし、リサーチする場合のわたしたちの基本的な発想・姿勢である。(…) ひとくちに「文学史」と言っても、どういうものを文学史と考えているか、という点になると、そのつかみ方は人さまざまなようだ。
 
 
  日本文学 teachers   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1古典文学   1.1上代文学/1.2中古文学/1.3中世文学/1.4近世文学   2文学賞   3作家   4フリーのオンライン図書館
 
 
  日本文学 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学(にほんぶんがく)とは、日本語で書かれた文学作品、もしくはそれらの作品や作家を研究する学問のこと。國文学ともいう。日本文学の定義を何に求めるかについては諸説あり、言語、発表された地域、文学の形式など多くの要素が考えられる(近年は外国籍作家が日本語作品を書く例など国籍や居住地と言語とが一致しない場合もあることを考慮し、日本語文学という呼称が使われることもある)。
 
 
  言文一致運動 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  言文一致(げんぶんいっち)とは、日常に用いられる話し言葉に近い口語体を用いて文章を書くこと、もしくはその結果、口語体で書かれた文章のことを指す。口語体で書かれた文章を口語文という。… 日本語において、古典的な文体である文語は主に平安時代までに完成した。中世以降、次第に話し言葉との乖離が大きくなっていった。明治時代には、文学者の中から改革運動(言文一致運動)が起こった。坪内逍遥に刺激を受けた二葉亭四迷の『浮雲』などが言文一致小説の嚆矢として知られる。
 
 
  有島生馬 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  有島生馬 の画像 - Google
 
 
古典文学全般
  古典の窓   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  物語系:竹取物語/伊勢物語/落窪物語/源氏物語/堤中納言物語/浜松中納言物語/夜の寝覚/とりかへばや物語/住吉物語 日記・随筆系:土佐日記/蜻蛉日記/枕草子/和泉式部日記/紫式部日記/更級日記 歴史物語系:古事記/栄花物語/大鏡 談話系:日本霊異記/江談抄/今昔物語/古本説話集/唐物語/撰集抄/古事談/続古事談/宇治拾遺物語/十訓抄/古今著聞集 軍記物語系:保元物語/平治物語/平家物語/源平盛衰記 歌集系(漢詩・和歌他):万葉集/菅家文草・菅家後集/古今和歌集/後撰和歌集/拾遺和歌集/本朝麗藻/和漢朗詠集/本朝文粋 その他:行成詩稿
 
 
  封神演義   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   『封神演義』の世界へようこそ!このページでは中国古典ファンタジー小説『封神演義』を紹介しています。既に知ってる人も、そんなの知らないよ〜って人も、どうぞごゆっくりお過ごしください。なお、はじめての方向けページはこちらです。
 
 
  日本の神話   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の神話を物語として、著者 田中繁男が書き下ろす!日本の神話や万葉集を参考にメルマガも発行します!古代日本を舞台に、万葉集、日本書紀、古事記を参考に、日本の神話、古代天皇物語を多彩な世界を表現します!
 
 
  物語学の森   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源氏物語はあまりにも神秘にして幽邃(ゆうすい)な森である。この森はどのやうな声にも反響する。どのやうな解釈も、どのやうな批評も黙々としてうけるであらうが、しかしそれらは必ずしもこの森の真意とはいへない。
 
 
  千年の百冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  あらすじと現代語訳でよむ 日本の古典100冊スーパーガイド: 712年成立の『古事記』から、明治改元の直前に没した橘曙覧(たちばなのあけみ)まで、千年超える時間を生き抜いた日本の古典文学の名作から100冊を厳選、あらすじと有名場面の現代語訳と原文で構成した、名作100冊のまさにスーパーガイドです。 『源氏物語』『枕草子』『方丈記』といった有名古典はもちろん、人生哲学に満ちた『養生訓』『葉がくれ』なども収録。最後は元米国大統領クリントンが来日時の演説で引いた幕末歌人橘曙覧の歌で締めくくられる、壮大な千年の文学総覧となっています。。
 
 
  古典の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典の部屋
 
 
  古典文学編   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  愛知に関わる記述は、早く『風土記(ふどき)』や『古事記(こじき)』に見られ、特に熱田神宮に関わるものが多い。また「愛知」という県名は万葉歌人である高市連黒人(たけちのむらじくろひと)の歌にある「年魚市潟(あゆちがた)」に由来している。
 
 
  古典に親しむ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  万葉集 / 竹取物語 / 伊勢物語 / 土佐日記 / 源氏物語 / 枕草子 / 更級日記 / 徒然草 / 平家物語 / 方丈記 / おくの細道 / 一茶 俳句集 / 蕪村 俳句集 / そのほか
 
 
  ことば図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  癒しの古典文学/閲覧室/文法オタクのゴタク/音楽室/公園広場/茶室「凜庵」/blog「もみの木」/お気に入り/マイ・プロフィール/郵便ポスト/用語辞典
 
 
  古典の窓から   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  徒然草 (つれづれぐさ) 第1回  いかばかり心のうち涼しかりけん 〜 第7回 木の葉落つるもまづ落ちて 芽ぐむにはあらず
 
 
  源氏大学.com   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  華麗なる平安朝へのいざない 源氏大学とは、源氏物語の世界を中心にして、平安朝の恋愛観、時代背景、生活・習慣、考え方などを、瀬戸内寂聴をはじめ、日本を代表とする一流の講師を招いて分かりやすく解説する講座です。
 
 
  MORI GATARI   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「もり語り」とは:1998年10月に「もりの散歩道」として開設した、Moriによる『源氏物語』愛好者サイトです。2005年3月に再リニューアルし、現在はライター持永律子としての活動報告も兼ねた場になっております。
 
 
  日本古典講読   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の古典文学作品に接することは,日本人の根幹の変わらぬ部分と,その長い伝統に触れることでもあります。ことばも,文字も,また同様です。千年をこえてなお,不変のものが,そこには,厳然として存在しています。代表的と言われる古典文学作品の中から,幾つかを選んで,比較的平易なものから順に,楽しみつつ,読み進めてみましょう。
 
 
  古典文学ガイド   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上代:古事記, 風土記, 日本書紀, 懐風藻, 万葉集, 憲法十七条/中古/中世/近世/海外/作者別/作品別
 
 
  Taiju's Notebook   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  先哲叢談/古典文学テキスト/近代文学テキスト/落葉籠・花籠
 
 
  古典文学道案内   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このコーナーでは古典文学を楽しみながら読むための様々な情報をお伝えしてゆきます。古典文学にお詳しい方はもちろん、どうしても古典が好きになれない、興味はあるのだけれど試験の成績が今ひとつという方には是非ご覧いただきたいと思います。
 
 
  古典総合研究所   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この研究所は目黒区駒場にあり、源氏物語を中心にテキストデータベースの作成、自動語分割、自動品詞付け、データベースを用いた計量分析、その他の資料の作成等を行っています。
 
 
  座敷浪人の壺蔵   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  あやしい古典文学の壺:古典文学から拾った「奇談」「怪談」「変な話」の現代語訳/でじ亀の壷/徘徊の壷/りんく/黄昏の掲示板/
 
 
  アニメ古典文学館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  シリーズ概要 : 竹取物語 / 枕草子 / 平家物語 / 徒然草 / おくのほそ道 / 万葉集
 
 
  古典文学探索教室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『源氏物語』は正しく読まれているか。『源氏物語』の名作たる所以を探索しよう。
 
 
  日本文学電子図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  J−TEXTS古典文学本文  作品名五十音順/ジャンル別リスト/作者別リスト/年代別リスト
 
 
  日本古典文学一幕見   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典文学の名場面集を超意訳(もしくは要約)でお届けします。いわゆる受験向けの逐語訳ではありませんので、学生諸君は取扱要注意。
 
 
  日本古典文学テキスト    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  物語・日記・随筆・紀行等   古文 A / 漢文 A / 文学史 A / 国語学 A / 参考書類 / 古文 B / 漢文 B / 抄 録 / 落葉籠
 
 
  あやしい古典文学の壺   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典の「奇談」「怪談」「変な話」を現代語訳しました。原文に忠実な訳ではありませんので、あらかじめご承知おきください。
 
 
  Yahoo!きっず  古典文学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  Yahoo!きっず  古典文学
 
 
  鳩子の忘れな草紙 古典文学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良県の吉野から三重県の熊野までの広い山岳地帯は、平安時代から山伏などの修行者の山だったらしく、大峰山(大峯山)と呼ばれます。秋夜長物語に登場する稚児の梅若が天狗にさらわれて洞窟に閉じ込められた場所も、大峰山でした。
 
 
  山口仲美の言葉&古典文学の探検   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ようこそ!私は、埼玉大学教養学部日本・アジア専修日本文化専攻に所属している教師です。大学院修士課程・博士後期課程でも、日本語学関係の講義や論文指導を行なっています。ときどきテレビやラジオにも出ているので、私のことを知ってくださっている方もいるでしょう。下記のようなHPを作りました。どうぞどこからでもご自由にお入りくださって遊んでいってください。
 
 
  やたがらすナビ - 古典文学ポータルサイト   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典文学(国文学・中国文学・中国哲学)ポータルサイト  ―中学生から研究者まで― やたがらすナビとは、インターネット上にある日本、中国の古典に関する情報を収集し、まとめ、提供していくのを目的としています。古典を学んだばかりの中学生から、教員、研究者まで、はばひろくお使いいただけることを夢みています。
 
 
  古典 神奈川県高等学校教職員組合HOMEPAGE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学(にほんぶんがく)とは、日本語で書かれた文学作品、及びそれらの作品や作家を研究する学問のこと。国文学ともいう。   時代区分による分類:上代文学/中古文学/中世文学/近世文学
 
 
  日本文学を調べるには 〜近現代文学を中心に〜    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治以降の文学・文学者について調べたいとき、OPAC(利用者端末)で探しても多すぎてどれを見ていいのかわからない! うまく出て来ない! その時は…
 
 
  真贋のはざま<書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  揺れ動く「真」と「贋」 日常生活の中では周縁に位置するこの「これが本物かどうか」という問いは、先に述べた三種、すなわち、「これが贋金かどうか」という社会的レベル、「これが本物の金かどうか」という科学的レベル、そして「これが本当に存在するのかどうか」という存在論的レベルに分けることができる。本展覧会は、特に第一の社会的レベルに足場を置きつつ、「本物」という概念がこれら三つのレベルにまたがり如何に曖昧なものであるかを問いかけるものとなっている。
 
 
  古典文学と野菜<書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この本は、主な日本古典文学作品の中で、野菜が登場するお話や、野菜を詠んだ和歌をたくさん載せています。花鳥風月と肩を並べる野菜たちの活躍をご覧ください。
 
 
  古典文学電子テキスト検索β - やたがらすナビ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  メインメニュー: 古典文学電子テキスト検索/和漢籍研究ツール検索/りぞうむ文学辞典/フィード/やたナビTEXT/掲示板/更新履歴  更新停止: 以下は更新を停止していますが、従来通りご利用になれます。  管理人の小部屋: やた管ブログ/管理人宛メールフォーム                                                        
 
 
古典文学研究室
  海野研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  海野圭介「三条西家流古典学と室町後期歌学―細流抄の描く光源氏像を端緒として」(中世文学52, 平19年(2007)6月)が刊行されました。  最近の仕事/これからの仕事/共同研究など/研究会など/LINK
 
 
  深沢秋男研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昭和女子大学  韓国・慶州の仏国寺の大雄殿の前にある釈迦塔の中に伝存していたと言われる「百万塔陀羅尼経」には、かねてから興味をもっていた。/世界最古の現存する印刷物は、日本の法隆寺等に所蔵されている。百万塔陀羅尼経である、というのが、これまでの通説であった。
 
 
  菊池真一研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『徳川実紀 第一篇』全冊アップ  東照宮御実紀・台徳院殿御実紀・同附録
 
 
  浜口俊裕研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大東文化大学日本文学科-古典文学・中古文学・平安朝文学
 
 
  古典文学研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ここは北海道教育大学函館校古典文学研究室です。このページは杉浦清志(すぎうらきよし)が運営しています。杉浦の専門は徒然草を中心とする中世文学、及び和歌ですが、函館校には古典文学の担当は杉浦しかいないので、授業では古代から近世まで扱います。
 
 
  足澤研究室ホームページ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  サンスクリット語で書かれたインドの古典文学理論の研究と、それらの理論が実際のインド古典文学注釈でどのように使われたかという実用性の検証
 
 
  中国語学中国文学研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中国古典文学(中世文学)/中国語史・中国近代学術史/中国語音韻史・中国語研究史/敦煌写本の言語史的研究/中国の小説,演劇及び講唱文学の歴史/清代の文化と社会
 
 
  小田切研究室 ライブラリー     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  参考図書や基本図書書類、それから専門書を扱う古書店を紹介します。 論文検索/辞典・目録・解題・年表・索引/各種文献解題/中国小説目録・解題/歴史辞典・事典/人名辞典・伝記集成/文学地名辞典/日本古典文学辞典・事典/語彙索引/説話索引・隨筆索引/年表類/仏教辞典/美術史辞典/中国古典文学辞典/古書店/特色のある小出版社
 
 
  京都大学インド古典学研究室    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本「インド古典学」研究室は、従来あった「インド哲学史」と「サンスクリット語学サンスクリット文学」の両研究室(専修)を統合して、新たに2004年に開設されたものである。両研究室の歴史は古く、1906年(明治39年)に京都帝国大学の文科大学が開設されたのと同時に、「印度哲学史」講座が設置され、「梵語学梵文学」(サンスクリット)の講座は、1910年(明治43年)に開設されている。
 
 
  東北大学インド学仏教史研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  東北大学ウェブページに後藤先生のインタビュー掲載,/東北大学文学部・文学研究科ブックレット『考えるということ』に宇井伯寿・チベット大蔵経に関する記事掲載
 
 
  渋谷栄一(国語・国文学)研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  研究分野:高千穂大学経営学部教授 国文学 中古文学 /研究テーマ:藤原定家と「源氏物語」の書写校勘に関する研究
 
 
  阿部研究室 (法政大学文学部助教授)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私は、阿部真弓と申します。中世の女流日記文学を研究しております。なにとぞお見知りおきを。 なんのおもてなしもできませんが、これも何かのご縁。どうぞ、しばしの間ごゆるりと。これから、なにとぞ末長くおつきあいの程、よろしくお願いします。
 
 
  古典文学研究室 (国文学第2研究室)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  北海道教育大学教育学部札幌校古典文学研究室
 
 
  愛知教育大学国語教育講座田口研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私の研究室のホームページ「愛知教育大学田口研究室」を開設しています。学部・大学院で上代・中古の国文学を担当。 学部で万葉集・伊勢物語・源氏物語・蜻蛉日記・筝曲地歌、大学院で伊勢物語をあつかっており、 ほかに、卒論指導、小学校の教科書をテキストに用いた国語科教育も担当しています。
 
 
  東京大学文学部・大学院人文社会系研究科   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  インド亜大陸では3千年来数多くの言語が用いられ、それらの言語によって伝えられた文献も多様を極めている。そのうち、本研究室(略称「印文」)では、明治34(1901)年に本学で「梵文学講座」が開設されて以来、古典サンスクリット語を中軸とする古期・中期インド・アーリア語をもって著された文献の研究がなされてきた。
 
 
  大東文化大学日本文学科浜口俊裕研究室(平安朝文学)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  浜口ゼミの概要:平安朝の文学作品の中から『枕草子』や『紫式部日記』を中心教材にして演習を行っています。
 
 
  青山学院大学 文学部日本文学科  近藤泰弘研究室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本語の文法記述の方法についての考察を行っている。主に、コンピュータによるテキスト処理によって、日本語にどのような統語的性質があるかを導きだすことを当面の目標としている。
 
 
古典文学書籍
  古典文学 <書籍紹介>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典文学 <書籍紹介>
 
 
  日本古典文学研究史大事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典文学の作品・作家・事項等についての研究史を渉猟し,最新の研究成果をも取り入れて成った研究史の集大成事典。
 
 
  国文学:古典文学 <書籍紹介>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学:古典文学 <書籍紹介>
 
 
  日本文学電子図書館 J-TEXTS   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学関係の電子テキストはインターネット上に続々と増えつつあるが、文庫本を電子化したものや出所(底本)不明のものが多く、学術的利用に堪えられるものは少ない。本サイトは、学術的に信頼できるデータを提供し、研究者の便宜を図ることを目的とする。
 
 
  新編 日本古典文学 全88巻 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  小学館 新編 日本古典文学全集 全88巻  <書籍>
 
 
  マンガ日本の古典  全32巻  石ノ森章太郎   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   古本全巻セット > マンガ日本の古典  全32巻
 
 
文学館・資料館
  文学館・記念館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  北海道・東北/関東・中部/東京/近畿/中国・四国/九州・沖縄
 
 
  文学館 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学館(ぶんがくかん)は、日本の文学および作家の作品とその成立にまつわる資料を収集、展示した施設。全国各地にその土地縁の作品・作家、および作家個人についての文学館が存在する。
 
 
  国文学研究資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  概要/研究活動/催し物/図書館/大学院教育/データベース
 
 
  文学館ツアー集印帳   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学館ツアー集印帳
 
 
  文学者掃苔録図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学者掃苔録図書館
 
 
  >文学者掃苔禄   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  掃苔とは、苔むして読みにくくなった墓の文字を掃いて読むことであるが、それも人それぞれの思いを込めた「掃苔」というものがある。・・・
 
 
  文学館リスト 【北加伊堂】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  全国にある日本の近代作家関係を中心とした文学館のリストです。生家や旧居で一般公開しているところ、図書館・博物館のコーナー展示などもとりあげています。リストは、国内4エリアと外国編に分割されています。ホームページへのリンク項目はなるべく公式のものを取り上げるようにしましたが、企業や観光案内のページもあります。
 
 
  日本の文学館 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このカテゴリには 16 の項目があります。
 
 
  施設 文学館・記念館・資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  俳句を主とした施設
 
 
  資料館・史料館の一覧 (大阪府/兵庫県/京都府/滋賀県/奈良県/和歌山県/三重県)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ‖大阪市|大阪府内‖ 神戸市|兵庫県内‖京都市|京都府内‖ 滋賀県‖奈良県‖和歌山県‖三重県‖
 
 
  >芹沢光治良文学館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ここは、世界を相手に生涯を文学に捧げた作家、芹沢光治良氏の一読者による私設ホームページです。芹沢氏の作品を愛読する皆様には交流の場のひとつとして、これから芹沢文学に触れようとなさる皆様にはその道しるべとして、僅かではありますが、芹沢氏の作品、写真等の情報を掲載しています。
 
 
文学書評全般
  ほら貝   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文芸批評家による近代文学を探求。石川淳や阿部公房をとりあげている。その他の文学系情報へのリンクも充実。
 
 
  本よみうり堂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  読者書評や日販調べランキング表があります。新刊の内容紹介や出版トピックがあります。
 
 
  review japan    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本を読んで、レビューを書こう。レビューを読んだら、本を探そう。レビュージャパンは誰でも無料で登録できる、書評の投稿サイトです。登録をすると、自分だけのフォルダーを持て、レビューをストックしていくことができます。気になった本の感想を知りたいときや、読みたい本を探すときには検索で。読みたい、書きたい、そして伝えたいという思いを存分に発揮してください。
 
 
  本屋大賞メッタ斬り!   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「文学賞ってなんですか?」「文学賞を手がかりに読書はできますか?」という問いに稀代の読書家ふたりが答えてくれました。滅多に聞けないウラのウラまでたっぷりおとどけします。はっきりいってスゴイです。歯に衣着せないオールヌード、ただちにGO!
 
 
  ブック・ナビ 書評など   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ブック・ナビ 書評など
 
 
  よしもとばなな公式サイト   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ホームページを作ることにしました。去年の頭くらいから「時間ができたらやってみたい」と思ってはいました。作る前に参考にしようと思って、いろいろな人のホームページを見て研究しました。そして、結局シンプルな形で長く続けていくことを選びました。
 
 
  WEB本の雑誌 「たなぞう」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  読みたい本に、きっと出会える。 本を読みたくなる情報がいっぱい
 
 
  読者コミュニティ たなぞう   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  たなぞうの最新情報 : みんなの感想/みんなの読書ノート/新しく出来たトピック
 
 
民俗学者
国立民族学博物館(みんぱく)
  民俗学 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  民俗学は、風俗や習慣、伝説、民話、歌謡、生活用具、家屋など古くから民間で伝承されてきた有形、無形の民俗資料をもとに、人間の営みの中で伝承されてきた現象の歴史的変遷を明らかにし、それを通じて現在の生活文化を相対的に説明しようとする学問である。 この学問は、近代化によって多くの民俗資料が失われようとするとき、消えゆく伝統文化へのロマン主義的な憧憬やナショナリズムの高まりとともに誕生した若い学問であり、日本もその例外ではない。
 
 
  Category:民俗学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  民俗学(民俗学者、民俗学の方法および民俗学研究の結果得られた知見や成果)に関するカテゴリ
 
 
  Category:日本の民俗学者   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  カテゴリ「日本の民俗学者」にあるページ  以下の150ページがこのカテゴリに含まれており、そのうち150ページが表示されています。
 
 
  国立民族学博物館 (みんぱく)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  研究部:民族学の調査・研究をおこなう研究部をご紹介しています。/博物館:ご利用案内など博物館の情報をご紹介しています。/大学院教育:総合研究大学院大学の専攻概要と、特別共同利用研究員制度をご紹介しています。
 
 
  神話、民話と民俗学 - Yahoo! カテゴリ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  神話、民話と民俗学 - Yahoo! カテゴリ
 
 
  琉球大学民俗学研究室公式ホームページ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  シマOnline(オンライン)にようこそ!!このページは琉球大学法文学部人間科学科地理・人類専攻の民俗学コースの研究室の公式ホームページです。授業に関する情報や研究室の紹介、報告書などの紹介などいろいろな情報をこのページから発信したいと思います。また、研究室や民俗学の授業に関する事、民俗学に関する質問なども受け付けております。
 
 
  現代民俗学入門 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は、若い世代の感覚で、民俗学がおかれた現状を把握し、新しい構想のもとに、今後のあるべき姿を展望する。また、現在にいたる民俗学の成果を意識しながら、問題意識の多様化に対応するため従来取り上げられなかったテーマを開拓し、社会的要請に応える「発言する民俗学」を提示する。
 
 
  谷川健一 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2013年8月24日)は、民俗学者、地名学者、作家、歌人。 在野の学者として日本文学や民俗学の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学の源流を沖縄・鹿児島などの謡にもとめた「南島文学発生論」などの業績をあげ、文化功労者に選出されるなど高く評価された。 熊本県水俣生まれ。熊本中学、浪速高等学校 (旧制)、東京帝国大学文学部卒業(専攻フランス文学)。  1 来歴・人物 / 2 親族 / 3 著書 / 4 作品集 / 5 対談集 / 6 主な編著・共著 / 7 受賞歴 / 8 脚注 / 9 外部リンク
 
 
  Amazon.co.jp: 谷川 健一: 本   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  露草の青: 歌の小径/民衆史の遺産 第四巻 芸能漂泊民/日本の地名 (岩波新書) ・・など検索結果375件
 
 
  民俗学者、文化功労者の谷川健一さん死去 (2013/8/24)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「谷川民俗学」と呼ばれる独自の研究を打ち立てた民俗学者で文化功労者の谷川健一(たにがわ・けんいち)さんが24日、死去した。92歳。熊本県出身。 東大文学部卒。柳田国男、折口信夫の影響を受けながら、精力的な現地調査を踏まえた民俗学研究を独学で続けた。… 今も残る地名の重要性を唱えて日本地名研究所を設立。業績に対して南方熊楠賞を受賞した。…
 
 
  谷川健一 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  谷川健一 の画像 - Google
 
 
  言語学 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  言語学(げんごがく)は、人類が使用する言語の本質や構造を科学的に研究する学問である。 1 語源 / 2 目的 / 3 言語の定義と特徴 / 4 主要な研究分野 / 5 関連分野 / 6 対象となる言語における主要な対立項 / 7 言語学の歴史 / 8 関連項目 / 9 参考資料 / 10 推薦図書 / 11 外部リンク
 
 
  言語学の基礎   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  言語学とはなにか?/アカサタナの謎:音声学の基礎/音韻変化/音節 /強勢/ノンチャンとヒーコー?:言語ゲームと韻脚の役割/形態論とは/接辞/語形成と意味/その他の様々な語形成のプロセス/主語はどうやって決まるの?:文の構造/彼って誰?:代名詞のしくみ /参考文献
 
 
南方熊楠.1867
あの人の人生を知ろう〜南方 熊楠
  南方熊楠 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応3年4月15日) - 1941年(昭和16年)12月29日、和歌山出身)は、日本の博物学者、生物学者(とくに菌類学)、民俗学者。菌類学者としては動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。「歩くエンサイクロペディア(百科事典)」と呼ばれ、性格が奇抜で人並み外れたものであるため数々の逸話を残している。
 
 
  南方熊楠顕彰館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南方熊楠(1867-1941)は、博物学、宗教学、民俗学の分野における近代日本の先駆者的存在であり、同時に植物学、特に「隠花植物」と呼ばれていた菌類・変形菌類・地衣類・蘚苔類・藻類の日本における初期の代表的な研究者です。南方熊楠顕彰館は、熊楠が遺した蔵書・資料を恒久的に保存するとともに広く公開し、熊楠に関する研究を推進します
 
 
  田辺の偉人・南方熊楠   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南方熊楠は、慶応3年4月、和歌山城下に生まれました。 少年時代は、学校の授業に出ず、植物の採集に山ばかり入っており、数日行方不明になったことから、天狗にさらわれたと噂され、「てんぎゃん」いわゆる「天狗さん」と呼ばれていたと言います。 また、近所の家で書物を借覧し、漢文で綴られた当時の百科事典「和漢三才図会」百五巻などの写本を作り上げた程、神童ぶりを発揮しました。
 
 
  南方熊楠 南方 曼陀羅   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治36年 土宜法竜宛書簡にて、物、事、こころに関する図を書いて、宇宙と事の理について、記す。南方マンダラと人は言う。 ここに一言す。不思議ということあり。事不思議あり。物不思議あり。心不思議あり。理不思議あり。大日如来の大不思議あり。…
 
 
  財団法人 南方熊楠記念館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南方熊楠の活動・研究範囲は非常に広範囲にわたり、現在も全容が解明されておりません。また、当館は南方熊楠の文献・標本類・遺品を保存・展示しておりますが、お問い合わせへの回答ができませんので、あらかじめご了承ください。
 
 
  クマグスの森 南方熊楠の見た夢   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  腰巻き一つを身にまとって立つ怪しい男。これは1910(明治43)年、和歌山県田辺市に近い林の中で撮影された43歳の南方熊楠の姿である。林中裸像と呼ばれる写真、なぜこんなものが遺されているのだろうか?
 
 
  南方熊楠さんの言葉の意味 - OKWave   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「宇宙万有は無尽なり。ただし人すでに心あり。心ある以上は心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。宇宙の幾分を化しておのれの心の楽しみとす。これを智と称することかと思う」…の言葉の意味を教えて下さい。
 
 
  神社合祀(じんじゃごうし)について − 南方熊楠 8つの理由   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  小さな神社や王子社のほとんどが合祀され、神社林は伐採されました。 神社合祀の嵐が熊野に吹き荒れるなか、神社合祀反対運動に立ち上がったのが南方熊楠です。南方 熊楠は下に示す8つの項目を理由に挙げて神社合祀に反対しました。
 
 
  【 あの人の人生を知ろう〜南方 熊楠 】    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  博物学者、民俗学者、細菌学者、天文学者、人類学者、考古学者、生物学者、その他。
 
 
  南方熊楠と科学雑誌『ネイチャー Nature』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南方熊楠は、1893年10月5日号掲載の「東洋の星座」をかわきりに、1900年9月に帰国するまでのロンドン時代に38篇、帰国後も1914年までに13篇の投書を『ネイチャー』に掲載しています。…
 
 
  南方熊楠全集 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  少年時代にむさぼるようにして読んだのを記憶して居ります。 それまで乾元社から出版されていた南方熊楠の全集を古書店で見付けて、まとめて購入しては愛読していた彼の作品集が平凡社から新たに上梓される運びになったというのですから。
 
 
  南方熊楠コレクション <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  世紀を超えてなお知の巨大な風貌をとどめる南方熊楠。日本人の可能性の極限を拓いた巨人の中心思想=南方マンダラを解き明かす。中沢新一の書き下ろし解題を手がかりに熊楠の奥深い森に分け入る。
 
 
  十二支考〈上〉 (岩波文庫) (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田国男を驚嘆させた巨人熊楠が、干支の動物を俎上に古今東西の説話をふまえて語る。その知識のパノラマも壮観なら、天衣無縫の文体もまた類を見ない。上巻には虎、兎、竜、蛇、馬の各篇を収めた。  十二支考〈下〉
 
 
  柳田国男・南方熊楠往復書簡集〈上〉   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「民俗学」誕生のはざまで火花を散らし合った二人の開拓者たち。明治44年からかわされた往復書簡。柳田からの74通、南方からの97通を収録・編集。2人の青春のせめぎあいを伝える。上下二巻。  柳田国男・南方熊楠往復書簡集〈下〉
 
 
柳田國男.1875
柳田國男
  柳田國男 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田 國男(やなぎたくにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は日本の民俗学者。兵庫県福崎町名誉町民第1号。朝日文化賞受賞。文化勲章受章。正三位勲一等。1875年(明治8年)7月31日 - 兵庫県神崎郡福崎町に儒者・松岡操、たけの六男として生まれる。松岡家は代々の医家 。1900年(明治33年)7月 東京帝国大学卒業。1922年(大正11年) 新渡戸稲造と共に、エスペラントを世界の公立学校で教育するよう決議を求め、フランスの反対を押し切って可決される。
 
 
  柳田國男館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  〒395-0034 長野県飯田市追手町2丁目655&#8722;7
 
 
  柳田國男の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治8年(1875)田原村(現・福崎町)の儒者松岡操の6男として生まれた柳田國男は、上京後、森鴎外と出会い、松浦萩坪に師事し、自然主義の文学青年と交流。「文学界」に新体詩を発表、斬新な詩作で仲間を刺激した。が、「なぜに農民は貧なりや」という言葉に示されるように、社会構造に対する鋭い疑問から、文学への傾倒を絶ち、農政学を志した。
 
 
  柳田国男を旅する   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  福岡から久留米に行き、矢部川を溯って肥後に入った。阿蘇から熊本、天草、鹿児島から宮崎に行き、近ごろ評判の椎葉山まで足をのばした。東京の人間で椎葉村へ入ったのは、私が最初のようにいわれたが、ともかくいたる所で大変な歓迎をうけた。その時の土産が、後に珍本になった『後狩詞記』である。
 
 
  柳田国男 (やなぎたくにお)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田國男(1875〜1962)民俗学者。日本民俗学の樹立者であり、その業績は民俗学全般にわたる。幼少のころより文才に秀で、また、和歌を松浦辰男に学び、青年時代には詩人(松岡國男)としても有名であった。
 
 
  柳田国男 民俗学の有名人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  家系図の分野で有名な丹羽基二氏の大学での恩師にあたるそうです。(「日本人の苗字」にありました。)… 神隠しの体験について語っていたりする神秘家としての柳田国男がいるわけですが、遡れば陰陽道の中心地播磨という関連もあるかも知れません。
 
 
  柳田國男館 - 飯田市美術博物館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田國男館は、日本民俗学の創始者 柳田國男(1875〜1962)の書屋を、東京都世田谷区成城から飯田市に移築し、平成元年(1989)に飯田市美術博物館の付属施設として開館しました。
 
 
  (財)柳田國男・松岡家顕彰会記念館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  (財)柳田國男・松岡家顕彰会記念館は,『後狩詞記』や『遠野物語』などの多くの著作をあらわし,「日本民俗学の父」と呼ばれる柳田國男(文化勲章受章,福崎町名誉町民第1号)と,医学・国学・言語学・美術などの分野で活躍した松岡家の顕彰を目的に,昭和50年に設立された記念館です。
 
 
  日本民俗学の父・柳田國男第二の故郷「利根町」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の民俗学の父・柳田國男は、明治20年初秋、13歳の時から約3年間の多感な少年期を利根町布川で過ごしました。 兵庫県福崎町に生を受けた國男を利根町に結びつけたのは、布川出身の医師で、当時千葉県検見川で医院を開業していた海老原精一でした。
 
 
  柳田國男「先祖の話」を読む会 公式ウェブサイト   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  終戦直前の1945年(昭和20年)4月から5月にかけて執筆され、翌1946年(昭和21年)4月に刊行された。膨大な民俗資料と、まれにみる豊かな感性によって、日本人の固有信仰としての「神観念」を「祖霊」としてとらえ、優れた先祖観を解明して多大な影響を及ぼした。
 
 
  柳田國男の農政改革構想から見る現代日本農業   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田國男とは日本民俗学の父、『遠野物語』の著者であるあの柳田國男(1875−1962)である。その柳田國男が農業と何の関係があるのかと思われるかもしれないが、柳田國男が初めて仕事の対象とし研究したのが、農業であり農政学だった。1890年、柳田國男は東京帝国大学法学部卒業後、農商務省(現在の農林水産省と経済産業省の前身)に入省した。農商務省の法学士第一号である。
 
 
  柳田國男 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柳田國男 の画像 - Google
 
 
  妖怪談義 [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  われわれの畏怖というものの、最も原始的な形はどんなものだったろうか。何がいかなる経路を通って、複雑なる人間の誤りや戯れと結合することになったでしょうか。幸か不幸か隣の大国から、久しきにわたってさまざまの文化を借りておりましたけれども、それだけではまだ日本の天狗や川童、又は幽霊などというものの本質を、解説することはできぬように思います。国が自ら識る能力を具える日を気永く待っているより他はない……(自序より)
 
 
松岡静雄.1878
  松岡静雄 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  松岡 静雄(まつおか しずお、1878年5月1日 - 1936年5月23日)は、日本の海軍軍人、言語学者、民族学者。最終階級は海軍大佐。兵庫県神東郡に儒者・松岡操、たけの七男として生まれる。1897年12月、海軍兵学校(25期)を卒業、1916年、海軍大佐に昇進。退役した後、関東地震にあう。鵠沼西海岸に居を構え、神楽舎(ささらのや)と名付けて言語学、民俗学を研究し、十数年で多くの著作を残した。没後、弟子たちによって「松岡静雄先生之庵趾」という石碑が建てられ、現存する。
 
 
  松岡静雄先生の庵跡   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鵠沼海岸3丁目にある松岡静雄先生の庵跡の石碑です。 鵠沼に住んだのは退役後で、ここに神楽舎(ささらのや)を構え、言語学、民俗学を研究し、多くの若者を指導したようです。 民俗学者の柳田国男は松岡静雄の兄ということも知りました。
 
 
  松岡静雄ー南洋研究の先覚者   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  松岡は代々医者と儒学者をもって続いた松岡家の次男として、 明治12(1879)年に兵庫県田原村に生まれた。幼少から聡明で4才のときには百人一首を総て暗記し、 小学校は程度が低くて習うことがないと殆ど登校せず、中学には一応入学したがレベルが低いと2ケ月で退学してしまったという。 その後独学で漢学を学んでいたが、日清の風雲が緊迫すると急遽数学と物理の参考書を購入して兵学校を受験、 明治27年に18才で入学した。  1 生い立ちと主要経歴/2 主要著書 (1)南方語学の研究 (2)南方民族学の研究 (3)日本歴史への転向/参考文献
 
 
  松岡 静雄 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  松岡 静雄 <関連書籍>
 
 
  日本古語大辞典 [古書]   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本古語大辞典 [古書]
 
 
  日本古俗誌 著:松岡静雄(復刻版)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本古俗誌 著:松岡静雄(復刻版)
 
 
金田一京介.1882
金田一京介
  金田一京助 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一 京助(きんだいち きょうすけ、1882年(明治15年)5月5日 - 1971年(昭和46年)11月14日)は、アイヌ語研究で知られる日本の言語学者、民俗学者。 岩手県盛岡市四ツ家町(現本町通二丁目)出身。國學院大學教授を経て東京帝国大学教授、國學院大學名誉教授。日本学士院会員。東京帝国大学より文学博士。文化勲章受章。従三位勲一等。盛岡市名誉市民。石川啄木の親友であったことでも知られる。金田一の名を一般家庭にまで広めたのが『明解国語辞典』。 長男春彦も言語学者。
 
 
  金田一京助   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  盛岡出身の金田一京助(きんだいちきょうすけ)は、長年の言語学、国語学の分野で顕著な業績をあげました。とくにアイヌ語研究においては第一人者で、現代アイヌ語研究の基礎をつくりあげ、アイヌ民族の叙事詩「ユーカラ」を世に広めました。このほか、国語辞典や教科書の編集、仮名遣いについての積極的な発言も行っています。さらに歌人として短歌を読み続けました。
 
 
  金田一京助の事件簿   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本言語学の大家・金田一京助の足跡を読みやすくまとめました 実は辞書の編纂をしたことがない など意外なエピソードから現代にも通じる金田一の言語観まで
 
 
  石川啄木と金田一京助   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石川啄木。1886年(明治19年)2月20日、岩手県南岩手郡日戸(ひのと)村、曹洞宗常光寺に生まれる。父一禎(いってい)は同寺住職。母カツは一禎の師僧葛原対月の妹。啄木の本名は一(はじめ)。 一方、金田一京助は1882年(明治15年)5月5日、盛岡市四ツ家町に生まれ、明治28年の盛岡高等小学校三年生の時に、一年生として入学してきた啄木と運命的な出会いをする。
 
 
  金田一京助博士記念賞   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一京助博士(1882 - 1971)の学業にちなむ、日本および周辺諸民族の言語ならびに関連文化についての研究・業績を中心に、言語ならびに関連文化の科学的な研究・業績(ただし、文学研究、歴史学研究および英語を対象とした言語研究はのぞく)を顕彰することを目的とし、金田一京助博士記念会が主催して、1973(昭和48)年以来年1度記念賞を授与している。
 
 
  金田一京助・春彦 旧居跡   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一京助(言語学者)は、明治15年(1882)岩手県盛岡に生まれた。東京大学言語学科卒業後、昭和17年(1942)から同大学において教授として教鞭を執り、のちに国学院大学教授となった。東京大学在学中からアイヌ民族に関わる言語、文学、民俗の研究を始め、北海道・サハリン(樺太)のアイヌ居住地を歴訪し、実地調査と研究により、アイヌ語を初めて学問的に解明し、アイヌの叙事詩ユーカラを世に初めて紹介した。
 
 
  石川啄木の親友 金田一京助   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一京助:1882年(明治15年)5月5日 - 1971年(昭和46年)11月14日) アイヌ語研究で知られる日本の言語学者、民俗学者。  石川啄木とは同郷のよしみ、盛岡尋常中学校の先輩・後輩の間柄、文学仲間でしたが、啄木の東京での生活に対する経済的援助は並大抵のものではありませんでした。 もし金田一京助の援助がなかったら、啄木の生涯は極めて悲惨なものとなっていた筈です。
 
 
  金田一京助(きんだいち きょうすけ) - 文京区   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  言語学者・国語学者  明治37年、盛岡から本郷に移り、大正11年まで本郷内を7か所移り住む。 東京大学在学中、北海道、樺太に渡りアイヌ語の研究とユーカラの筆録をし、その学問的研究を進めた。 日本言語会会長をつとめ、昭和29年に文化勲章を受ける。
 
 
  金田一京助 財団法人 盛岡市文化振興事業団   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一久米之助の長男として盛岡に生まれる。盛岡中学時代には花明と号して短歌を詠み,与謝野鉄幹主催の『明星』の同人となる。石川啄木とは盛岡高等小学校(現下橋中学校)以来の友人であり,啄木の死まで親交が続いた。東京帝国大学時代,師の上田万年(かずとし)に “アイヌは日本にしか住んでいないのだから,アイヌ語研究は世界に対する日本の学者の責任なのだ。それをやる人がいないということは…”と言われ,アイヌ 語に興味を持つ。
 
 
  金田一京助 (1882〜1971) / アイヌ・ユーカラに生きて - 盛岡の先人たち   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一京助は1882(明治15)年5月5日、南岩手郡仁王村四ッ家町(現:盛岡市本町通)にて金田一久米之助、ヤスの長男として生まれた。盛岡中学時代には花明(かめい(と号して短歌を詠み、与謝野鉄幹(てっかん(主催の『明星』の同人となる。石川啄木とは盛岡高等小学校(現下橋中学校)以来の友人であり、啄木の死まで親交が続いた。
 
 
  金田一京助 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金田一京助 の画像 - Google
 
 
  金田一京助 Kyosuke Kindaichi   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  アイヌ民族は(中略)北日本の若い国民の血潮の中にとけこんで新日本の運命を背負って立とうとしているのであります。  金田一京助(1882-1971・明治15年-昭和46年) 昭和46年11月14日歿 89歳(寿徳院殿徹言花明大居士)雑司ヶ谷霊園
 
 
  新明解国語辞典 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新明解国語辞典 [単行本]
 
 
  ユーカラの人びと 金田一京助の世界1 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治三十九年、著者は平取にてユーカラと出会う。―変幻怪奇な無限の曲を分化していて、その長いものは、冬の夜長、ほだ火を囲んで、寝るを忘れ、一夜をうたい明かして、夜のしらじらと明けるころ、やっと一曲終る。これが、金田一アイヌ学の始まりだった。樺太、北海道で、ユーカラの世界の人びととの心暖まる交流を描く、感動の随筆集。
 
 
折口信夫.1887
柳田国男(左)と折口信夫(右)
  折口信夫 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口 信夫(おりくち しのぶ、明治20年(1887年)2月11日 - 昭和28年(1953年)9月3日)は、日本の民俗学、国文学、国学の研究者。釈迢空(しゃく ちょうくう)と号して詩歌もよくした。柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。折口の成し遂げた研究は折口学と総称される。歌人としては、正岡子規の「根岸短歌会」、後「アララギ」に参加し、作歌や選歌をしたが、やがて自己の作風と乖離し、アララギを退会する。1924年(大正13年)北原白秋と同門の古泉千樫らと共に『日光』を創刊した。
 
 
  [折口信夫]   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫は国文学者、民俗学者で泉鏡花にも深い関心を寄せていた人だが、三十一才の時の大正六年に郁文館中学校の教員を数か月間だけ勤めている。 私は、生徒がうるさいので折口もすぐ辞めたのかと思っていたが、そうではなかったらしい。 折口が夏休みに沖縄に調査旅行に行ったきり九月になっても帰ってこないので、学校は困って辞めてもらったという。
 
 
  釈迢空(折口信夫)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  釈迢空(しゃくちょうくう)は、民俗学者・国文学者の折口信夫(おりくちしのぶ。1887〜1953)が、歌や詩、小説などの創作ものを発表するときに使用した名前。
 
 
  折口信夫と天竜川   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  旅行で立ち寄った浜松駅構内の本屋で、何気なく手に取った本は、東海地方に住む登山好きのために編まれた、ハイキング・ガイドブックだった。低山ハイキングを愛好する浜松のグループによってまとめられたその本は、一見すると平凡なガイドブックのつくりをしているものだったが、私には異様な興味をかき立てる内容だった。
 
 
  折口信夫と古代を旅ゆく    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫の見た原風景を民俗写真の第一人者、芳賀日出男が記録。 88歳の現役民俗写真家芳賀日出男が、70年間にわたって撮り続けている折口信夫の見た原風景の集大成。
 
 
  大嘗祭の本義 折口信夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  最初には、演題を「民俗学より見たる大嘗祭」として見たが、其では、大嘗祭が軽い意義になりはせぬか、と心配して、其で「大嘗祭の本義」とした。
 
 
  折口信夫(おりくちしのぶ)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫(1887〜1953)民俗学者・国文学者・神道学者。歌人としては釈超空。以上のように様々な肩書きをもつが、私は折口信夫を国学者ととらえたい。この一語で前述した全ての肩書きを言い表わす事ができる。
 
 
  折口信夫  おりぐちしのぶ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学者、民俗学者、歌人、批評家。1887年2月11日、大阪木津村(現在の浪速区)に折口秀太郎の四男として生まれる。折口家は石山合戦のおり、根来落ちする顕如上人を海岸の「降り口」に案内し、折口の姓をたまわったといういわれのある熱心な真宗門徒で、代々、薬屋をかねる医家をいとなんだが、祖父は大和の飛鳥坐神社の飛鳥直家から養子にはいった人で、神道とも縁があった。
 
 
  折口信夫 - 続・竹林の愚人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学者・歌人・民俗学者として知られる折口信夫は、明治20年(1887年)2月医師折口秀太郎の四男として当時の西成郡木津村市場筋に生まれました。国学院大学を卒業、のち2年半ほど府立今宮中学校(現今宮高校)の教壇に立ち、その後、国学院大学の教授となり、柳田國男の影響を受けつつ、自分でつかんだ民俗学を国文学に取り入れ新境地を開きました。
 
 
  折口信夫 【おりくち・しのぶ】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫(1887〜1953)民俗学者・国文学者・神道学者。歌人としては釈超空。以上のように様々な肩書きをもつが、私は折口信夫を国学者ととらえたい。この一語で前述した全ての肩書きを言い表わす事ができる。
 
 
  折口信夫・春洋 - 羽咋の偉人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治20年(1887)2月11日大阪府西成郡木津村(現大阪市浪速区敷津西町)に父秀太郎(医業)、母こうの四男として生まれる。 明治43年(1910)國學院大學を卒業。大阪で中学校教師をしたのち、國學院大學に勤め、国文学、民俗学、芸能学、言語学と研究分野を広げる。大正10年(1921)9月國學院大學教授となり、昭和3年(1928)5月慶應義塾大学教授を兼任、昭和7年(1932)3月に文学博士となる。
 
 
  紀元節 折口信夫 マトリョーシカ    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  2月11日の紀元節。わが国が生まれた建国記念日に擬せられているこの日は、奇しくも日本の核心を詩歌と学問の両面からその生涯にわたって探求し続けた釋迢空・折口信夫博士の誕生日でもありました。
 
 
  林浩平『折口信夫 霊性の思索者』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫=釋迢空にかんする研究がさかんになっています。 本書は、こうした動向を踏まえながら、改めて折口=釋迢空という存在が「発生」する過程を捉え直し、折口学のはらむ巨大な学問的射程を検証する力作。
 
 
  折口信夫 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口 信夫(おりくち しのぶ、明治20年(1887年)2月11日 - 昭和28年(1953年)9月3日)は、日本の民俗学、国文学、国学の研究者。
 
 
  折口 信夫 作家別作品リスト:No.933   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  創作では釋迢空を使用。大阪の医師の家に生れるが、父親の放蕩により家計が傾く。苦労の末、東京の国學院大學へ進学し卒業後教鞭をとる。 民俗学者柳田国男に「沖縄行き」を勧められて、当地に残る古の「型」「もの」に感動し、なかなか東京へ帰らなかった。そこで得たことが民俗学者折口信夫の基礎となる。
 
 
  古代研究―2.祝詞の発生/折口信夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口さん自身が、この本に所収の「神道に現れた民族論理」に「日本人の物の考へ方が、永久性を持つ様になつたのは、勿論、文章が出来てからであるが、今日の処で、最も古い文章だ、と思はれるのは、祝詞の型をつくった、呪詞であつて、其が、日本人の思考の法則を、種々に展開させて来てゐるのである。
 
 
   魂の古代学―問いつづける折口信夫―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  マレビト、霊魂、万葉びと、神と天皇、芸能と祭祀――国文学と民俗学の異端の先導者、いまなお解けぬ問いをなげかけ、迷宮的で限りなく魅力的な「折口学」。実感を重んじ大胆に仮想し、研究し創作することで日本文化の「魂」を求めた折口の生涯を遡行しつつ、謎めいた論の意味を読み解き、その「古代学」の核心部に迫る野心的評論。
 
 
  『折口博士記念古代研究所紀要 』 第六輯   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今、柳田国男は批判のあらしに晒され、柳田研究は転機を迎えようとしているのに対して、折口学は順調に研究を蓄積させているようにみえる。この差異はどこに由来するのか。
 
 
  「折口信夫(おりくちしのぶ)生誕の地」の碑と文学碑   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学者・歌人・民俗学者として知られる折口信夫は、明治20年(1887年)2月医師折口秀太郎の四男として当時の西成郡木津村市場筋に生まれました。国学院大学を卒業、のち2年半ほど府立今宮中学校(現今宮高校)の教壇に立ち、その後、国学院大学の教授となり、柳田國男の影響を受けつつ、自分でつかんだ民俗学を国文学に取り入れ新境地を開きました。釈迢空は歌人としての筆名です。
 
 
  太陽女神の子(大王おおきみ)の復活・再生信仰:折口信夫の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古墳時代前期(3世紀末〜4世紀初め)に造られた大王墓級の大型前方後円墳・桜井茶臼山古墳(桜井市外山、全長200 メートル)の発掘調査で、県立橿原考古学研究所は22日、明らかになった竪穴式石室の全容を発表した。
 
 
  折口信夫 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫 の画像 - Google
 
 
  古代から来た未来人 折口信夫 [新書]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代を実感することを通して、日本人の心の奥底を開示した稀有な思想家折口信夫。若い頃から彼の文章に惹かれてきた著者が、その未来的な思想を鮮やかに描き出す。
 
 
国学者
  国文学研究資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  概要/研究活動/催し物/図書館/大学院教育/データベース
 
 
  電脳式国文学研究入門   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学研究のためのパソコン入門講座:パソコンを使って論文やレポートを書くための技法を、その準備段階から書き上げるまでの過程に沿って具体的に説明する。
 
 
  日本の心の古典 「国学」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  十七世紀末、北村季吟らが盛んに古典の注釈をし出版もした。やがて新しい古典研究が国学として起こってきた。僧契沖は「万葉代匠記」で、文献だけを証拠に言葉の真意を追求、それにより古典の中の人間の姿をありのままに捉えるべきだとする実証主義を確立する。それ以前の歌学では古人の伝承による見解を尊重したがここではそれを厳しく排された。
 
 
  国文学研究資料館 電子資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学研究資料館 電子資料館
 
 
  国文学論文目録データベース - 国文学研究資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学論文目録データベース - 国文学研究資料館
 
 
  新版 忘れ得ぬ国文学者たち―并、憶い出の明治大正 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上田万年・沼波瓊音・藤村作・佐々醒雪・潁原退蔵・新村出・岩本素白・荒木良雄…。足立巻一『やちまた』「拝藤教授」のモデルである著者がおくる、恩師たちの回想記集。第二部に「憶い出の明治大正」を収録。
 
 
  池上洵一 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  池上 洵一(いけがみ じゅんいち、1937年9月15日 - )は、国文学者、神戸大学名誉教授。 岡山県津山市生まれ。1960年、神戸大学文学部卒業。1966年東京大学大学院博士課程単位修得中退、同年熊本大学に勤務、1973年静岡女子大学助教授、のち神戸大学文学部教授に就任。2001年同大学を退官し名誉教授となる。2002年に「説話と記録の研究」で東京大学より文学博士号を取得。
 
 
荷田春満.1669
荷田春満
  荷田春満 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  荷田春満(かだ の あずままろ、寛文9年1月3日(1669年2月3日)- 元文元年7月2日(1736年8月8日))は、江戸時代中期の国学者・歌人。通称斎宮(いつき)。初名は信盛と称し、のちに東丸。父は伏見稲荷神社(現在の伏見稲荷大社)の社家で御殿預職の羽倉信詮(はくら のぶあき)。母は細川忠興の家臣深尾氏の娘貝子。 寛文9年に京都において神官の子として生まれる。
 
 
  荷田春満旧宅HU123    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  荷田春満(東満とも書く,1669〜1736)は伏見稲荷の神官荷田家に生まれた。神職は継承せず,古典研究に没頭。賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤とともに国学四大人に数えられる。その旧宅は神官荷田家歴代の居所で,書院と門などが残っっている。
 
 
  荷田春満 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  荷田春満(かだ の あずままろ、寛文9年1月3日(1669年2月3日)- 元文元年7月2日(1736年8月8日))は、江戸時代中期の国学者・歌人。
 
 
  江戸時代の国学者、荷田春満 - 心の鏡   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  荷田春満(かだ の あずままろ、寛文9年1月3日(1669年2月3日)- 元文元年7月2日(1736年8月8日))は、江戸時代中期の国学者・歌人。通称斎宮(いつき)。初名は信盛と称し、のちに東丸。父は伏見稲荷神社(現在の伏見稲荷大社)の社家で御殿預職の羽倉信詮(はくら のぶあき)。母は細川忠興の家臣深尾氏の娘貝子。
 
 
  近世国学の展開と荷田春満の史料的研究   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平成22年2月25日の『新編 荷田春満全集』第十二巻の刊行をもって、本全集は完結いたしました。 刊行の過程で賜った多くの方々からの御支援・御協力に対し、心より感謝申し上げます。  はじめに / 研究の目的と意義 / 研究計画の概要 / 研究組織 / 研究成果 / 解説 / 『新編荷田春満全集』
 
 
  荷田春満旧宅 - 伏見稲荷ゆかりの近世屈指の国学者   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  荷田春満は、伏見稲荷大社の祀官である羽倉家に生まれた江戸時代中期の国学者で、幼少の頃より神道や歌学を学び、儒学の古学のもと復古神道を説いた。伏見稲荷大社の楼門の脇に荷田春満を祀る東丸神社があり、その隣に国指定の文化財として、生家とされる平家建書院造りの旧宅の一部が残されている。
 
 
  荷田春満 (かだのあずまろ)1669〜1736 - 国学四大人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  羽倉東摩ともいう。江戸中期の国学者で、京都伏見稲荷の神官の子として生まれ、家学の新道と歌道を学び、元禄十年(1697)妙法院宮(霊元天皇の皇子)に歌道を教えた。その後江戸に出て幕府に仕え、神道・歌道・有職故実の研究を行い晩年幕府に国学の学校設立を上申したが実現しなかった。
 
 
  荷田春満 かだのあずままろ 寛文九〜元文一(1669-1736)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  寛文九年(1669)正月三日、山城国伏見稲荷神社の御殿預りを務める東羽倉家に生れる。初名、信盛。のち東丸・東麿と称し、春満に改めた。父は信詮、母は歌人として知られた貝子(旧姓深尾)。甥の在満、姪の蒼生子を養子とした。
 
 
  新編 荷田春満全集〈第6巻〉古今和歌集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国学院大学創立120周年記念出版。国学院大学建学の精神に学問的なかかわりの密な春満研究の基本資料を整備する。第6巻には、「古今和歌集仮名序」「古今集序註」「古今和歌集序釈」などを収録。
 
 
加茂真淵.1697
賀茂真淵
  賀茂真淵 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  賀茂 真淵(かも の まぶち、元禄10年3月4日(1697年4月24日) - 明和6年10月30日(1769年11月27日)は、江戸時代の国学者、歌人。通称庄助、三四。真淵は出生地の敷知郡にちなんだ雅号で、淵満とも称した。 賀茂真淵は1697年、伊庭村(浜松市)の賀茂明神神職である岡部政信の三男として生まれた。岡部家は京都の賀茂神社の末流とされる。
 
 
  国意考 / 加茂真淵 述   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国意考 / 加茂真淵 述
 
 
  真淵先生の書簡を贈る   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宣長は所蔵する真淵書簡を、知人に贈っている。その間の事情を次のように語っている。…
 
 
  国学の創始者 - 幕末維新への胎動   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国学とは何か?:一言で言えば、日本独自の思想や精神世界を、古典の中に見いだして行こうという学問である。江戸時代中頃から始まる。この背景には、徳川幕府が政策として儒教(中国思想)の奨励があった。儒教には、中国こそ最高であるという信念がある。山鹿素行らは、それを「日本こそ中国(国々の中心)である」という形に改変したが、それで「日本が最高」ということになったにせよ、その考え方自体は「中国製」である。そこで、そうした「漢ごころ(漢意)」を一切排除して、純粋な「和の思想」を探ろうと考えたのが、国学が成立したそもそものきっかけである。
 
 
  賀茂 真淵 - 古典籍総合データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  賀茂 真淵 - 古典籍総合データベース
 
 
  品川百景第二十一番『東海寺大山墓地』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  西村勝三の墓からさらに路線に沿って入口の近くまで戻ると、石塀で仕切った広い墓域の中に加茂真淵の墓がある。墓域の中に石の鳥居が立っているのが目印となる。この墓も沢庵の墓と同じように自然石で、自然石を数個ならべた上に一回り大きい自然石をのせたものである。
 
 
  「真淵」を解説文に含む見出し語の検索結果 - weblio   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「真淵」を解説文に含む見出し語の検索結果
 
 
  秋の夜のほがらほがらと天の原 照る月影に雁鳴きわたる   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鳥さんたちがわいわいがやがや。みんな月の光りを浴びながら一杯飲んでいます。鳥さんが一杯のむわけがありませんが、こんなに楽しい歌を詠む真淵さんとぜかひでも飲みたいものです。
 
 
  加茂真淵墓 :マピオン電話帳   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  加茂真淵墓の詳細情報ページでは、電話番号や住所、地図、周辺施設、アクセス方法などの情報を確認できます。
 
 
本居宣長.1730
本居宣長
  本居宣長 (1730)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本居 宣長(もとおり のりなが、1730年6月21日(享保15年5月7日) - 1801年11月5日(享和元年9月29日))は、江戸時代日本の国学者・文献学者・医師である。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵(しゅんあん)、自宅の鈴屋にて門人を集め講義をしたことから鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれた。当時、既に解読不能に陥っていた『古事記』の解読に成功し、『古事記伝』を著した。紀州徳川家に「玉くしげ別本」の中で寛刑主義をすすめた。
 
 
  本居宣長記念館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本居宣長記念館は、財団法人鈴屋遺蹟保存会が運営管理する登録博物館です。 江戸時代の国学者・本居宣長の旧宅「鈴屋」を管理して公開し、展示室では『古事記伝』などの自筆稿本類や遺品、自画像などを公開しています。 また関連資料の収集や、宣長に関する調査や研究も行っています。 宣長に関心をお持ちの方、また18世紀後半の日本文化に興味をお持ちの方はぜひご利用ください。
 
 
  本居宣長(1730-1801)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の古代文化の研究は荷田春満(かだのあずままろ,1669-1736)に始まり、
 
 
  本居宣長 - ぶらり松坂路   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本居宣長(もとおり のりなが)は、享保15年(1730)松阪本町の小津家に生まれました。小津家は宣長から4代前の七右衛門の代に江戸店もちの木綿商となり、小津党の中でも最も有力な「富る家」となりました。
 
 
  本居宣長ノ宮 松阪市殿町   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  参道へ/境内へ 三重県の75神社について
 
 
  本居宣長の暗号「山上憶良」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国学の大成者として小学校の教科書にもその名が登場する本居宣長が、鈴屋集五之巻に、ショッキングな暗号を秘めた「同しもしなき四十七もしの歌」を残しています。
 
 
  YouTube - 玉くしげ 本居宣長   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 玉くしげ 本居宣長
 
 
  本居宣長旧宅同宅跡 (三重県)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  近世の国学の大成者本居宣長が終生居住し,その書斎「鈴屋」で研鑚に励んだ旧宅は,松阪城跡に移築され,公開されている。旧宅の故地には,宣長の子の春庭が住んだ離れと土蔵が残って往時の屋敷の名残をとどめ,旧宅の礎石が整備されている。   本居宣長旧宅
 
 
  本居宣長研究ノート 「大和心とは」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  我々のアイデンティテイは、欧米にその根を発する近代主義イデオロギーの多大なる侵蝕に曝され、今や自らの依って立つ歴史・文化・伝統はもとより、その根本にある国柄、すなわち民族の精神の型(エートス)まで、喪失しつつあります。… 真に「日本とは何か」を深く考えようとする時、我々が絶対に無視することのできない思想家がいるのではないでしょうか。 それは外ならぬ、国学の大成者にして、近世最大の思想家である本居宣長です。
 
 
  本居宣長 1730−1801 享保15年−享和1年   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢松阪の木綿問屋小津家に生まれる。二二歳で家業を継ぐが、1752年に上京、堀景山に儒学を学ぶ。1757年松阪に帰郷して医業を開業。63年賀茂真淵の門人となる。1786年『古事記伝』の神代巻を完成。1792年紀州藩主の招きで国学を講じる。契中の文献学、賀茂真淵の古道学を継承して国学を大成させた。  『玉の小櫛』『玉くしげ』『直毘霊』など。
 
 
  本居宣長 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本居宣長 の画像 - Google
 
 
  本居宣長〈上〉 [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「とにもかくにも人は、もののあれはを知る、こと肝要なり…」。本居宣長七十二年の生涯は、終始、古典文学味読のうちに、波瀾万丈の思想劇となって完結した。伊勢松坂に温和な常識人として身を処し、古典作者との対話に人生の意味と道の学問を究めた宣長の人と思想は、時代をこえてわれわれを深い感動の世界につつみこむ。著者がその晩年、全精力を傾注して書きついだ畢生の大業。
 
 
  本居宣長記念館、浜松市立賀茂真淵記念館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  松阪城蹟公園には、江戸後期の偉大な国学者で歌人の本居宣長旧宅が移築保存されている。そのそばに「本居宣長記念館」が建てられ、宣長が残した著作・原稿・書簡・蔵書・歌文・日記・自画像・愛用品などが多数収蔵されている。
 
 
塙保己一.1746/
     
平田篤胤.1776
平田篤胤
  平田篤胤 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平田 篤胤(ひらた あつたね、1776年10月6日(安永5年8月24日)-1843年11月2日(天保14年閏9月11日))は、江戸時代後期に国学者・神道家・思想家・医者。出羽久保田藩(現在の秋田市)出身。成人後備中松山藩士の兵学者平田篤穏の養子となる。幼名を正吉、通称を半兵衛。元服してからは胤行、享和年間以降は篤胤と称した。
 
 
  平田篤胤翁   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  神道史の上に於ける篤胤の位地は一千年來の神道の衰を恢復興起せしめたるものとして空前絶後の偉人といふべき  篤胤はわが神道史上空前絶後の偉人といはざるべからざる人なり。
 
 
  平田篤胤 アンソロジー   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  真実とか真相、本当に価値のある業績は無視されるか歪曲されて教えられる。 なぜならそれが国家権力や既成学界を脅かす場合が多々あるからだ。 今の日本でマイナスイメージで語られているものこそ、知の探究者は再検討すべきだ。
 
 
  平田篤胤(あつたね) - 気まぐれ日記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平田篤胤(あつたね)という人物、江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者である。 いまNHK朝の連続ドラマ、ゲゲゲの女房でおなじみの水木しげるの作品「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくるような霊界を仙童寅吉なる者から詳しく聞き取り調査したのが平田篤胤である。
 
 
  平田篤胤(ひらた あつたね)1776〜1843   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  秋田県秋田市生まれ  国学は、儒教や仏教など外国からもたらされた価値観を一切排除し、純粋な日本文化の復活を主張する、江戸期から興った新しい学問分野です。国学には二つの大きな流れがあります。一つは、「古事記」「万葉集」「古今和歌集」「新古今和歌集」など古文献を研究対象として、純粋な日本思想の発掘と復古を目指したもので、契沖(けいちゅう)、加茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおりのりなが)などがその代表です。
 
 
  平成16年度特別企画  「明治維新と平田国学」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本居宣長に師事し、幕末に広汎なネットワークを駆使して情報収集を行った国学者平田篤胤。国立歴史民俗博物館では、先ごろ、平田篤胤(あつたね)、銕胤(かねたね)、延胤(のぶたね)三代の気吹舎(いぶきのや)史料を入手し、研究を進めた結果、我が国の歴史研究上重要な新事実があまた浮上しました。
 
 
  平田篤胤  1776−1843  安永5年−天保14年   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  出羽国秋田佐竹藩の藩士の子として生まれる。幼少、浅見絅斎の流れを汲む中山青我に漢籍を学び、国学を修めて古道研究の端を開いた。二○歳のとき江戸に出て苦学し、二五歳のとき備中松山藩士平田篤穏の養子となって藩主板倉家に仕える。本居宣長に入門せんとするも宣長没により果たせず。三三歳のとき神祇伯白川家より神道教授、吉田家より学師の職を受ける。
 
 
  平田篤胤が弾圧を受けた日。天狗小僧を養子にしたってホント?   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  問題:西暦1841年の今日、1月22日。和暦では天保11年12月30日。国学者平田篤胤(ひらた あつたね)が儒教批判・尊王思想により江戸幕府から著述禁止・江戸退去命令を受けました。 平田篤胤は、本居宣長(もとおり のりなが)の私塾鈴屋舎(すずやのしゃ)の門人だそうです。
 
 
  平田篤胤 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平田篤胤 の画像 - Google
 
 
  よみがえるカリスマ平田篤胤 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  未公開資料に基づき、平田篤胤の人間と思想に迫る。神道・国学・民俗学・キリスト教・仏教・天文学・蘭学等、博覧強記ゆえに誤解され、理解されなかった実像を語る入門書。
 
 
  よみがえるカリスマ平田篤胤 <単行本>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  未公開資料に基づき、平田篤胤の人間と思想に迫る。神道・国学・民俗学・キリスト教・仏教・天文学・蘭学等、博覧強記ゆえに誤解され、理解されなかった実像を語る入門書。
 
 
  平田篤胤――霊魂のゆくえ (再発見 日本の哲学) [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  篤胤において死の問題は、死後の存在としての霊魂の問題となり、さらには霊魂の行き場所の問題となる。もし人が死後に霊魂となることが確実であり、霊魂の行き着く場所が特定されるのであれば、先に現在の私たちに即して述べたような死の問題は、「解決」されるに違いない。篤胤はまさにそのことを『霊の真柱』において試み、「幽冥界」という観念を提示することになる。
 
 
  『よみがえるカリスマ平田篤胤』 荒俣宏・米田勝安 (論創社)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  最近の、私の師匠は平田篤胤さんですね。平田篤胤というと、歴史の教科書なんかでは、単に国学者として紹介されてますよね。一方で、日本の右傾化のタネをまいた張本人みたいに言われることもあります。残念なことです。
 
 
橘守部.1781/
     
日本文学研究者
  日本文学の作家 (Wikibooks)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学>近代文学>日本文学の作家 文学>現代文学>日本文学の作家  ここでは、日本文学の作家について解説する。  1 ア行〜10 ワ行
 
 
  日本文学 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学(にほんぶんがく)とは、日本人が書いた文学、日本で発表された文学、ないしは日本語で書かれた文学作品、もしくはそれらの作品や作家を研究する学問のこと。 日本文学の歴史は極めて永く、古くは7世紀までさかのぼる。同一言語・同一国家の文学が1400年近くにわたって書き続けられ読み続けられることは世界的に類例が少ない。1000年頃に書かれた『源氏物語』は世界的に知られ、近世の松尾芭蕉も現在の俳句ブームにより広く知られている。 1 定義 / 2 時代区分による分類 / 3 形式 / 4 日本文学に隣接する文学活動 / 5 日本文学の研究 / 6 文学賞 / 7 日本人以外の日本語の文学 / 8 日本人の日本語以外の文学 / 9 脚注 / 10 関連文献 / 11 関連項目 / 12 外部リンク
 
 
  日本文学研究者 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学研究者(にほんぶんがくけんきゅうしゃ)は、日本文学を専攻する研究者のこと。「日本文学者」、「国文学者」とも呼ばれる。 一覧(あ行〜わ行)
 
 
芳賀矢一.1867/
     
藤岡作太郎.1870
藤岡作太郎 
  藤岡作太郎 (Wikpedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤岡 作太郎(ふじおか さくたろう、明治3年7月19日(1870年8月15日) - 明治43年(1910年)2月3日)は、国文学者。 加賀国金沢(現・石川県金沢市)生まれ。号は東圃・李花亭・枇杷園。1890年に第四高等中学校を卒業。ここでの同窓生に西田幾多郎、鈴木大拙がおり、藤岡とあわせて「加賀の三太郎」と称される。東京帝国大学国文科卒業、第三高等学校教授ののち、1900年東京帝国大学助教授となり、芳賀矢一の洋行の後の担当となる。
 
 
  自然の心友--藤岡作太郎   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1870−1910  (明治3-明治43)  国文学者。文学博士。  国文学史研究において正確豊富な資料に基き,科学的態度をもって臨む方法を実践し,またすぐれた鑑賞力をもって日本古典の文学的価値明らかにした。なお日本美術史研究の成果を,国文学研究の助けとしたことも注目される。
 
 
  藤岡作太郎『近世絵画史』を読む   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国文学者藤岡作太郎が著し、1903年(明治36)初版の後も続々と版を重ねた『近世絵画史』は、的確な構成、バランスの取れた記述、漢文脈の朗々たる文体など、いまなお魅力を失わない江戸・明治絵画史の概説です。
 
 
  藤岡作太郎 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  岡 作太郎(ふじおか さくたろう、明治3年7月19日(1870年8月15日) - 明治43年(1910年)2月3日)は、国文学者。
 
 
  藤岡 作太郎  作家別作品リスト:No.297   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作業中の作品 :日本国文学全史(平安朝編) (新字新仮名、作品ID:1865) 
 
 
  藤岡作太郎『国文学全史平安朝篇』「伊勢物語」(抄)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  かくの如く論じ来れば、事実の研究は一も伊勢物語の時代を定むるに足らず。しかるを先人多くはこれに拘泥して弁証す。甲論じ、乙駁して、しかも定論の結着するを見ざるなり。何ぞ更に方向を転じ、文章について考へ、これを当時の他のものと比較して、その時代と価値とを定めざるや。
 
 
  近代国文学者 藤岡作太郎(ふじおか さくたろう) - 偉人たちの素顔   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  幅広い考察と流麗な文章で、「日本風俗史」や「国文学史平安朝篇」などの名著を残し、近代国文学の発展に寄与しました。 論文による日本最初の文学博士となった人物です。
 
 
  この父にして―藤岡作太郎・鈴木大拙・木村栄の幼時 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明治維新という激動の時代に、自らの生き方を模索しながらも我が子の教育に関心を持って臨んだ父と、後に偉人といわれるまでに成長した子との交流を描き、現代の父親たちの子育てにエールを贈る。
 
 
高木市之助.1888/
     
千田憲.1889/
     
澤瀉久孝.1890/
     
久松潜一.1894/
     
徳田浄.1896/
     
小島憲之.1913/
     
伊藤博.1925/
     
遠藤宏.1936/
     
秋本吉徳.1947/
     
R・キャンベル.1957
ロバートキャンベル 画像まとめ 東大教授 ロバート キャンベルの私生活と彼の日本人観【独身貴族】 ロバート・キャンベル.1957
  ロバート・キャンベル (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ロバート・キャンベル(Robert Campbell、1957年 - )は、アメリカ合衆国出身の日本文学者。東京大学教授。専門は近世文学・明治文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究。アイルランド系アメリカ人。  1 人物 / 2 書籍 / 3 出演 / 4 外部リンク
 
 
  ロバート キャンベルさん「目指すは透明人間」(前編)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1957年生まれ。アメリカ、ニューヨーク出身。カリフォルニア大学バークリー校卒業、ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了。日本文学者。滞日25年。現在東京大学大学院比較文学比較文化研究室教授。: 日本人より日本をよく知る外国人と言われる東京大学教授のロバート キャンベル先生。テレビでの穏やかで流暢な口調そのままで、日本に興味を持たれたきっかけから、話が始まりました。…
 
 
  東京大学比較文学比較文化研究室:ロバート キャンベル   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  所属学会: 日本近世文学会、日本近代文学会、俳文学会、AAS (Association for Asian Studies)  主要業績:主著/主要共著/主要論文  主要担当授業題目: 大学院/学部3・4年生向け/学部1・2年生向け  自己紹介/電子版黒木文庫
 
 
  ロバート・キャンベル教授、日本を“見立てる” (2011/10/3)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大学教授の枠を超えて、テレビ・新聞など多くのメディアで活躍するロバート・キャンベル教授。来日26年を迎える日本文学の専門家が、長い伝統とクールな現代性を併せ持つ日本文化の魅力と可能性を語る。…
 
 
  ロバート・キャンベルは独身か?プロフィール調べてみた【画像】 (2013/9/30)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  東大教授で日本文学者、情報番組のコメンテーター等もこなすロバート・キャンベルさん。 おまけにハンサムで長身(身長目測180cm前後。後述)な上、笑顔がかわいいときたもんです。 高収入で、人々から尊敬される地位にあり、人当たりが良く穏やかな性格・・・ これだけ条件が揃っていれば女性からモテて仕方ないはずのキャンベル先生ですが、果たして彼は結婚しているのでしょうか? 今回はその辺りも含めて、彼のプロフィールについて少し調べてみました。
 
 
  【スッキリ!!】東大教授 ロバート キャンベルの私生活と彼の日本人観【独身貴族】 (2015/9/3)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  スッキリ!!やQさま!!で見かけることが多いこの人、ロバート・キャンベルさん。彼がどんな人物なのか知らない人が多いと思います。そんな彼についてまとめました!
 
 
  ロバート・キャンベル の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ロバート・キャンベル の画像 - Google
 
 
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文学界客員/
     
戸川残花.1855/
     
上代文学
日本神話の始めってどこからだろう? 万葉人の声(2015年02月)|犬飼 隆 世界の中の日本文学・日本語学・日本文化を考える立場から、根源的な問題に迫っていくことを目的とします。
  上代文学ってなに?   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代日本、有力な豪族であった皇室が、周辺の諸豪族を併合してつくりあげたのが大和国家で その中央機関を大和朝廷といいます。 この古代国家成立から六世紀ごろまでの期間を大和時代といいます。 古代の人々は、口伝えによって神話や伝説などを語っていました。 人々の生活には儀礼や呪術が深く根づき、祭式の場において世の初めの神聖な出来事を追体験したと思われます。
 
 
  上代文学とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代文学のうち、太古から奈良時代までの文学。古事記・日本書紀・風土記などにみえる神話・伝説・歌謡などの口承文学から、万葉集・祝詞(のりと)・宣命などの記載文学まで、種々の形態がある。
 
 
  日本の上代文学史 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の上代文学史(にほんのじょうだいぶんがくし)は、上代(およそ奈良時代まで)の日本文学の歴史である。 漢字が伝来するまで文字を持たなかった日本人は、口述で神話や伝説を伝えてきた(口承文学)。中国大陸から朝鮮半島を経由して漢字が輸入され、漢文と、自分達の話し言葉に漢字を当てはめた万葉仮名が生まれた。漢字の伝来により成立したのが『日本書紀』と『古事記』である(『記紀』)。『記紀』は歴史書・地誌としての性格も有しているが、文学としての価値も評価されている。  1 概略 / 2 文学の周辺 / 3 上代文学の主な作品一覧 / 4 関連項目
 
 
  上代文学会   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上代文学会の活動について(学会の趣旨、活動の概要、学会の歴史) 機関誌『上代文学』目次(創刊号〜最新号)
 
 
  日吉研究室(上代文学)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  万葉集関係資料/万葉集関係論文/教授要項/日吉ゼミナール/リンク
 
 
  東アジア古典学としての上代文学の構築   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本における上代文学を文字やテキストのレベルから再検討し、東アジアという、より大きな歴史・文化の中に位置づけると同時に「東アジア古典学」というパラダイムの確立を目指します。  東京大学超域文化科学専攻比較文学比較文化 上代文学会
 
 
  機関誌『上代文学』目次(創刊号〜最新号)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この目次は、上代文学会の機関誌『上代文学』の、創刊号から最新号まで目次を、発行年月とともに示したものである。
 
 
  上代文学――『万葉集』『古事記』『日本書紀』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『万葉集』や『古事記』が書かれたころ、日本にはまだ平仮名も片仮名もなかった。 上代の諸作品は、外来の文字で自分たちのことばを書き表そうとした人々の、血のにじむような努力の結晶なのである。苦闘の痕跡は個々の表現にも刻まれている。 
 
 
  上代文学について質問があります - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書記、古事記、風土記、万葉集、懐風藻など様々な上代文学の作品がありますが、それらに共通した特質のようなものはあるのでしょうか?
 
 
  上代文学  の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上代文学  の画像 - Google
 
 
三経義疏.
聖徳太子法華義疏(伝承) 維摩経義疏、聖徳太子の三経義疏は、法華経・勝鬘経・維摩経の三経の注釈書です。 維摩居士は、聖徳太子が講義した、維摩経の中心人物です。 東京国立博物館法隆寺館
  三経義疏(さんぎょうぎしょ)とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  聖徳太子著とされる『法華義疏』 (4巻) ,『維摩経義疏 (ゆいまぎょうぎしょ) 』 (3巻) ,『勝鬘経義疏 (しょうまんぎょうぎしょ) 』 (1巻) の総称。義疏とは趣意を解説した注釈書の意。
 
 
  三経義疏 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『三経義疏』(さんぎょうぎしょ)とは、聖徳太子によって著されたとされる『法華義疏』(伝615年)・『勝鬘経義疏』(伝611年)・『維摩経義疏』(伝613年)の総称である。それぞれ『法華経』・『勝鬘経』・『維摩経』の三経の注釈書である。  1 法華義疏 / 2 成立 / 3 刊行書籍 / 4 脚注 / 5 関連項目
 
 
  三経義疏』の考察   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  聖徳太子の真撰と伝えられる『三経義疏』については、津田左右吉氏などが「聖徳太子の作にあらず」と懐疑的見解を示して以来、近年に至っては「聖徳太子の作ではない」という説が有力になっています。 しかし、坂本太郎氏や梅原猛氏はその著書『聖徳太子』の中で、『三経義疏』は聖徳太子の作(または真撰)であることは疑えないと主張されています。
 
 
  聖徳太子法華義疏 (伝承)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三経義疏を読むと深い仏教の教えがまとめてあり並々ならぬ仏教学に精通した人。字の芸術性(現品を拝見して人間性の高さも感じました)の高さ。以上でで謎の人は聖徳太子様と思うのです。 従って日本の問答形式の本を引用したと書いていますが実際は日蓮…
 
 
  第249回 聖徳太子は実在した   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  東北大学大学院教授田中英道氏の『聖徳太子虚構説を排す』では、そんなことはない、聖徳太子は実在したと反論している。 今回は、このような議論について、その内容や根拠について解説する。
 
 
  聖徳太子の三経義疏を今に生かす   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1.講師の紹介・はじめに/2.聖徳太子について/3.三経義疏について/「法華義疏」:「勝鬘経義疏」:「維摩経義疏」/4.質疑応答
 
 
  廐戸皇子が『三経義疏』を書いたのか?   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  廐戸皇子は『三経義疏』を書いたと伝えられている。そのうち『法華義疏』は廐戸皇子の直筆であると言われているが、大山は、それが『法隆寺伽藍縁起竝流記資財帳(法隆寺資財帳)』によれば天平十九(七四七)年になって突然出現したものである。・・・
 
 
  【PDF】 三経義疏の共通表現と変則語法(上)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  はじめに: 筆者は先に「三経義疏の語法」(『印度学仏教学研究』57 巻1 号、2008 年12月。以下、「前論文」と呼ぶ)を発表した。…
 
 
  『日本古代仏教の展開』 (井上光貞著・吉川弘文舘)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  仏教の歴史に関する入門書とはいえ、学術書である。我家で管理している(今は空家となっている)親戚の家にあった本なのだが、勝手に読んでいいということなので、借りてきて読んだ。昭和50年刊行の本だから今から30年ほど前の古本である。
 
 
  東アジアのブックロード ―「三経義疏」の流伝をめぐって―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  シルクロードのことなら知っているが、「ブックロードとは何か」と首をかしげる方は、おそらく少なくないだろう。この耳新しい用語は、東西間を結ぶシルクロードに対して、東アジアにおける文化交流の特質を捉えようとして、筆者が提唱した概念である。
 
 
  三経義疏 法華義疏より学ぶ!聖徳太子が記した日本最古の書物!   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『法華義疏』は、聖徳太子が晩年になって著したとされる『三経義疏』のひとつで、『法華経』の注釈書(義疏・注疏)として、615年に作られた紙本墨書、4巻からなる日本最古の書物といわれています。 日本最古の書物であり、かつ聖徳太子真筆の草稿といわれている割には、あまり知られていないこともあり、今回整理してみたいと思います。 『法華義疏』は梁の法雲による注釈書『法華義記』と7割同文で、これをもとにしたものであることが分かりますが、冒頭の表題と撰号(著者の署名)を欠いている状態です。
 
 
  聖徳太子の三経の義疏にみられる思想を簡潔に教えてください。 - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  法華経、勝鬘経、維摩経の解説書をまとめて三教義疏と呼びます。 勝鬘経は、勝鬘夫人が発心してから仏の説法が実感できるまで・・・等と、釈尊に十の誓願を立てるところから、勝鬘経義疏は推古女帝に信仰のありかたを説いたものであると同時に本尊とすべき仏が釈迦如来であることを説いたものと言えます。…
 
 
  三経義疏 法華義疏より学ぶ!聖徳太子が記した日本最古の書物! (2015/2/20)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『法華義疏』は、聖徳太子が晩年になって著したとされる『三経義疏』のひとつで、『法華経』の注釈書(義疏・注疏)として、615年に作られた紙本墨書、4巻からなる日本最古の書物といわれています。 日本最古の書物であり、かつ聖徳太子真筆の草稿といわれている割には、あまり知られていないこともあり、今回整理してみたいと思います。 『法華義疏』は梁の法雲による注釈書『法華義記』と7割同文で、これをもとにしたものであることが分かりますが、冒頭の表題と撰号(著者の署名)を欠いている状態です。…
 
 
  "三経義疏" <関係書籍> Amazon.co.jp   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三経義疏の倫理学的研究―聖徳太子御撰/三経義疏論集/三経義疏の探求/上宮王撰三経義疏の諸問題
 
 
  三経院   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三経院は、聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の三つの経典を注釈されたこと(三経義疏)にちなんで、西室の南端部を改造して建てられました。現在も毎年、夏安居の3ヶ月間(5月16日〜8月15日)、法華経・維摩経・勝鬘経の講義を行っています。
 
 
  三経義疏 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三経義疏 の画像 - Google
 
 
古事記.712
五感で味わう古事記の世界『大古事記展』@奈良県立美術館 『古事記の世界』 - CGアニメでひも解く日本誕生物語 
  7.日本の神々と仏たちの正体   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記、日本書紀の神々/天皇家の話としての『古事記』/世界の形成/世界の三区分/天の御中主(あめのみなかぬし)の神/高御産巣日(たかみむすび)の神/神産巣日(かみむすび)の神/別天つ神(ことあまつかみ)/神世(かみよ)七代/国生みの物語/いざなみ、火の神を生み、大やけどをする/「水の神」/殺された「ひのかぐつち」/いざなぎの黄泉の国訪問/死ぬ神/いざなぎの禊ぎ(みそぎ)/天照大神、月読みの神、すさのうの誕生/すさのうの追放/八俣のおろち/大国主の物語。因幡の白兎/赤い猪/「根の堅州国での大国主」/すくなひこなの神/天つ国からの使者/国譲り/天孫降臨/「海彦と山彦」/「とよたまひめ」/神社/「伊勢神宮」(三重県)/「熱田神宮」(愛知県)/「明治神宮」(東京都)/「出雲大社」(島根県)/「春日大社」(奈良県)/「諏訪大社」(長野県)/「伏見稲荷大社」(京都府)/「熊野神社」(和歌山県)/「宇佐八幡宮」(大分県)/「太宰府天満宮」(福岡県)
 
 
  古事記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記(こじき、ふることふみ)は、その序によれば、和銅五年(712年)太朝臣安萬侶(おほのあそみやすまろ。太安万侶。)によって献上された日本最古の歴史書。上・中・下の全3巻に分かれる。 『日本書紀』のような勅撰の正史ではないが、序文に天武天皇が「撰帝紀 檢舊辭 去偽定真使傳於後世」帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流(つた)へむと欲(おも)ふ と詔しているから、勅撰といってもいい。序によれば、稗田阿礼が暗誦していた『帝紀』(天皇の系譜)・『旧辞』(古い伝承)を太安万侶が書き記し、編纂したものである。
 
 
  古事記の世界観   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高天原(たかまのはら): 天地が初めて開けたときに、天つ神(あまつかみ)が誕生した場所。最初、三人の神が生まれ、次に二人の神が生まれた。そして、最後にイザナキ、イザナミが生まれる。そして、イザナキの子、アマテラスがこの高天原を治めるようになる。 淤能碁呂島(オノゴロシマ)/黄泉国(ヨミノクニ)/葦原中国(アシハラナカツクニ)/夜の食国(ヨルノヲスクニ)
 
 
  玖賀耳之御笠の資料   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風土記について、少し書いておきたいと思います。風土記が中央官庁から地方各国庁に風土記を提出するように命じられたのは、和銅六年(713)です。風土記の内容は、続日本紀に書かれています。
 
 
  【PDF】 「『古事記』の世界」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記』の世界」. 越野 真理子 講師. Q: 越野先生は「古事記」のご研究がご専門ですが、「古事記」等神話のどの様なところ. に魅力をお感じになりますか?また、私達が神話から読み取るべきこととは、どの様. なことでしょうか? A: 神話は面白いものです。
 
 
  日本の神話 古事記 (こじき)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  みなさんは、日本の神話を知っていますか? 「日本の神話ー古事記」は、子どもたちから大人まで楽しく日本の神話を読むためのサイトです
 
 
   編纂1300年を迎えた【古事記の神話】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記の神話: 古事記の基礎知識/古事記の世界構成/古事記の神話/古事記の舞台  国生み/黄泉国訪問/ヤマタノオロチ退治/オオクニヌシの物語/国作り/国護り/出雲国風土記の神話 01 国引き神話・02 恋山
 
 
  古事記のものがたり: 創世の神々と高天原   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  これから見本として読んでいただくのは初版のものです。 新しい時代に向けて、表紙のイラストも『アメノウズメ』からイザ『ナギとイザナミの国生み』へと変更しました。
 
 
  『古事記の世界』 - CGアニメでひも解く日本誕生物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私たち日本人はどのようにして生まれ、どこへ向かおうとしているのか。その答えが1300年前に生まれた日本最古の歴史書「古事記」にある。 ドラマティックな「古事記」の物語のハイライトを3DCGアニメーションで紹介。
 
 
  古事記の世界楽しむ 園児ら朗唱 奈良 (2015/1/25)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記の世界を楽しく体験してもらおうと、奈良市の県新公会堂で24日、「古事記のまつり」(県主催)が開かれた。 訪れた人たちは古事記の一節を朗読する「古事記朗唱大会」や、古事記の名場面をイラストで紹介する「なら記紀・万葉 古事記かるた」を使った「こども古事記かるた大会」で、古事記の世界に親しんでいた。 古事記朗唱大会は、古事記の一節を詩吟調や演歌調など自由なスタイルで朗読するイベント。保育園児から80代のお年寄りまで106人が参加。…
 
 
  古事記の世界 (岩波新書) - amazon.co.jp    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  イナバの白兎、国引き、オロチ退治、海幸山幸、天の岩屋戸の話など、古事記は私たちにとって親しみ深い古典である。著者は、古事記伝の宣長という縦糸と、イギリス社会人類学の横糸とを交錯させる新しい問題意識に立って古事記を読み解くことにより、その本質を明らかにした。新しい光に照らし出された古事記の豊かな世界がここにある。
 
 
  dailymotion - ナゾ解き古事記 〜神と人との1300年   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  dailymotion - ナゾ解き古事記 〜神と人との1300年〜 2012.10.0
 
 
  YouTube - 古事記 の物語 第03話 【 黄泉  脱出】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 古事記 の物語 第03話 【 黄泉  脱出】
 
 
  古事記 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記 の画像 - Google
 
 
風土記.713
広島県立みよし風土記の丘 房総風土記の丘資料館の施設情報提供 紀伊風土記の丘の画像:紀の国 城下
  風土記(ふどき)とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  広く地誌一般をさすこともあるが,文学史では和銅6 (713) 年の官命に基づいて編纂された各国別のいわゆる「古風土記」をいう。内容として,郡郷の名に好字をつけること,郡内の産物を具体的に記すこと,土地の沃瘠 (よくせき) ,山川原野の名の由来,古老相伝の旧聞異事を記すことの5点が要求されている。
 
 
  風土記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  2.日本の奈良時代に地方の文化風土や地勢等を国ごとに記録編纂された物。正式名称ではなく、ほかの風土記と区別して「古風土記」ともいう。  1 古風土記 / 2 中国の風土記 / 3 古風土記以外の風土記 / 4 脚注 / 5 参考文献 / 6 関連項目
 
 
  出雲の國の風土を記す   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  八雲立出雲國者「狭布之推國」在哉/やくもたついずものくには「さふのおすくに」にあるかな
 
 
  【PDF】 新編武蔵風土記稿    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  江戸幕府の昌平坂学問所地誌調所が編纂した官撰地誌。近世後期の武蔵国についての最も基本的な史料である。武蔵国のうち橘樹・久良岐・都筑の3郡が現在神奈川県域となっている。
 
 
  常陸国風土記研究文献目録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「市民の古代研究会ー関東」では、一九八七年一一月三日「常陸を巡る旅」を実施し、同年一二月からは、月例会において、常陸国風土記の読書会を開始した。そして、一九八九年一一月一二日には、「常陸国風土記を訪ねる旅」を行なうなど、研究活動は、すでに三年目に入っている。
 
 
  『風土記』主要参考文献一覧   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  A.本文・注釈書(全体を収めるもの)/B.本文・注釈書(主要説話をピックアップしたもの)/C.本文・注釈書(各国別)/D.索引・事典など/E.研究書・概説書(風土記全体)/F.研究書・概説書(各国別)/G.雑誌特集号/H.研究論文(雑誌所収)索引
 
 
  国土としての始原史〜風土記逸文   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  律令時代とは、「地方」を列挙しカタログ化するという行為を通して、朝廷による全国の一律支配を最終的に完了させた時期でもあります。「大化の改新」から浄御原令制の時代にかけて、全国に国郡制を敷き、国土を六十幾つもの「国」と、それを細分化した「郡」(飛鳥時代は「評」)に分類、列挙しました。
 
 
  古典篇(その十八)<風土記概説>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  [古風土記(和銅6年の令により各国から撰進された風土記をいう。以下同じ。)は、記紀・万葉集と並ぶ我が国最古の文献の一であり、その中には縄文語の語彙が万葉仮名表記されて多数収められています。
 
 
  演習風土記 ―常陸・西海道― <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ようやく出ました、待ってました? 白鳥舎の第3冊です。 今回のテーマは、『古代の出雲的世界』でもお馴染みの『風土記』。
 
 
  新編 日本古典文学全集5・風土記 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  残存する八世紀の五国風土記(播磨、出雲、肥前、豊後、常陸)と逸文に風土記研究の第一人者による画期的な校注と訳が施された。上代人の文学書として、当時の人々の生活と文化を知り、文学を味わえる格好の古典。
 
 
  風土記稿、皇国地誌等の地誌 - 横浜市   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新編武蔵風土記稿: 江戸時代後期を中心とした、武蔵国内22郡の郡村概況を記した地誌で、265巻で構成されています。 現横浜市域は、橘樹郡南部・久良岐郡・都筑郡が該当します。 新編相模国風土記稿/皇国地誌その他地誌(明治〜昭和初期)
 
 
  新日本風土記 - NHKオンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「みちのくの小京都」と呼ばれる角館。江戸時代に城下町として栄えた古い町並みが人気の観光地です。一歩踏み込むと、今も代々続くしきたりを守って暮らす人々の姿があります。武家の石黒家は、当時建てられた武家屋敷に暮らしながら一般に公開することで、伝統や屋敷を守っています。
 
 
  風土記 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風土記 の画像 - Google
 
 
日本書紀.720
完全口語訳【日本書紀】第一 - 佐藤浩  日本書紀に見る「和」|宇宙の本質を… 神々は相談して、乱暴をきわめた素戔嗚尊(スサノオノミコト)(須佐之男命)を高天原(たかまのはら)から追放しました。「日本書紀」神代巻
  日本書紀とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代の歴史書。六国史の一つ。 30巻 (『続日本紀』に系図1巻を付すとあるが現存しない) 。舎人親王らの編。養老4 (720) 年成立。巻1,2は神代,巻3〜30は神武天皇から持統天皇までを編年体で記述。
 
 
  日本書紀 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書紀(にほんしょき、やまとぶみ)は、日本における伝存最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人(とねり)親王らの撰で、720年(養老4年)に完成した。神代から持統(じとう)天皇の時代までを扱う。漢文・編年体をとる。全30巻、系図1巻。系図は失われた。古事記と違って日本書紀には、その成立の経緯は書いていない。しかし続日本紀の記述により、成立の経緯を知ることができる。 1 成立過程 / 2 記述の信頼性 / 3 編纂方針 / 4 諱と諡 / 5 『日本書紀』目次 / 6 現存本 / 7 刊行本 / 8 書紀講筵と書紀古訓 / 9 竟宴和歌 / 10 日本書紀の注釈書 / 11 脚注 / 12 参考文献 / 13 関連項目 / 14 外部リンク
 
 
  日本書紀私記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本書紀私記』(にほんしょきしき)は、平安時代に行われた『日本書紀』の講書の内容をまとめた書物である。『日本紀私記』(にほんぎしき)ともいう。 『日本書紀』については、平安時代に、養老5年(721年)、弘仁3年(812年)、承和10年(843年)、元慶2年(878年)、延喜4年(904年)、承平6年(936年)、康保2年(965年)の7回の講書が行われたとされる。 『日本書紀私記』は、これらの講書の記録であり、種々のものが作成されたと考えられているが、現存するものとしては甲乙丙丁の四種が知られている。 1 概要 / 2 脚注 / 3 関連項目 / 4 外部リンク
 
 
  ドラマティック日本書紀   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  どなたにもお楽しみいただけるよ うに、日本書紀を物語風に綴っております。日本書紀は、ドラマティックでダイナミックな古の大パノラマです。諸説ある部分につきましては、独断と偏見で(?)読みやすくお話をすすめております。
 
 
  『日本書紀』各巻の成立過程   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天武天皇は、壬申の乱で近江朝廷を滅ぼした。絶大な権力を掌握し、専制的中央集権国家を作ろうとした。天武は律令と国史を車の両輪と考え、両者の編修事業に着手した。まず天武十年(681)二月二十五日に律令編修の詔勅を下した。
 
 
  日本書紀について: 日本書紀(原文)を全文検索   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書紀は、日本紀とも呼ばれ、720年に勅修された日本の歴史書。いわゆる正史であって、神代から持統天皇までをその記述対象としています。 通常、古い和風の訓読みがなされていますが、原文は純粋な正統的漢文であって、漢文として読む方が文意を取りやすい面があります。 このサイトでは、日本書紀の原文(漢文)を読み・検索できるようにしてみました。
 
 
  日本書紀を読んで古事記神話を笑う   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本原稿には,今までの日本神話論を打ち破るオリジナリティがあります。日本書紀と古事記の神話を,体系的に捉えています。日本書紀と古事記の叙述と文言だけから,ものを考えています。たくさんお勉強して,言いたいことを言っているだけの日本神話の学者さんたちのお城を,根底からひっくり返しています。
 
 
  『古事記』『日本書紀』の日本神話   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本神話の伝説的エピソードのあらすじ : ここでは、『古事記』『日本書紀』の記述を基にした日本神話の粗筋(あらすじ)とエッセンスを紹介していきますが、日本神話は古代日本の主権者・祭祀者であった“天皇家の皇統”との深いつながりを持っています。『古事記』と『日本書紀』の特徴は、神々が活躍した時代である“神代(かみよ)”と神武天皇が紀元前660年に初代天皇に即位してからの“人代(ひとよ)”との境界線が曖昧であることであり、『天皇の血統』は神々の世界の後胤であるという伝承になっています。
 
 
  古事記と日本書紀はどう違うか   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古事記と日本書紀はどう違うのか。わずか8年くらいのうちに、同じようなものが何故2つも作られたのか。これについての私の認識を整理したのがこの論稿である。そして、両者の違いを具体的に示すために、記紀のいずれもが記載している記事の中から5つばかりを採り上げて、両者の違いを述べ、その原因について考察を加えた。 結論を簡潔にまとめると、[昭圓録析辰寮こΥ僂全く異なり、編集目的も全く異なっている。本来、両者は全く別のものである。
 
 
  古事記と日本書紀   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本書紀』は720年(養老4)に完成した歴史書です。 『古事記』の成立から8年後のことでした。 天武天皇(てんむてんのう)が、治世晩年の天武681年(天武10)に「帝紀(ていき)」および「上古諸事」の編纂を川島皇子(かわしまのみこ)や忍壁皇子(おさかべのみこ)らに命令しました。・・・
 
 
  神代 上   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書紀 神代 上は、宇宙ができ、地球ができ、神々が生まれ、山や川、草木などの自然が創造されるところです。古代の人にしたって、この話をどのくらい信じていたのかはわからないけど、こういうのも夢があっていいなぁ・・・って思います。
 
 
  六国史 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  六国史(りっこくし)とは、古代日本の律令国家が編纂した6つの一連の正史のことである。一部に紀伝体的要素をとりいれつつも、おおむね編年体で記されている。 日本国における国家事業としての史書の編纂は飛鳥時代から平安時代前期にかけて行われ、6つの史書が残されたため、これを六国史と読んでいる。 六国史 : 1.日本書紀/2.続日本木紀/3.日本後紀/4.続日本後紀/5.日本文徳天皇実録/6.日本三代実録。 日本書紀以前の『天皇記』、『国記』などは、現存していない。
 
 
  日本書紀を読む: 単行本 河村 望  (著)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は社会学の分野の仕事であるが、本書を書くに当たって、著者は、柳田国男、伊波普猷、折口信夫の民俗学の成果に大きく依拠している。また、方法論、認識論的には、J・デューイとG・H・ミードのプラグマティズムの社会行動主義の立場に、著者は立っている。
 
 
  日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫) : 宇治谷 孟 (翻訳) - amazon.co.jp   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「古事記」とともに古代史上の必読の文献といわれている「日本書記」は、天武天皇の発意により舎人親王のもとで養老4年に完成した官撰の歴史書であるが、30巻にも及ぶ尨大な量と漢文体の難解さの故に、これまで一般には馳染みにくいものとされてきた。本書は、その「日本書記」を初めて全現代語訳した画期的な労作である。
 
 
  日本書紀 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書紀 の画像 - Google
 
 
懐風藻.751
長等公園大友皇子懐風藻詩碑 懐風藻66の画像:SAI-福岡書芸院 石雲寺の石碑コース案内の名所旧跡紹介に “大友皇子の墓” が挙げられている。 何故こんな処に 「大友皇子の墓があるんだろう?」 と思い訪ねてみることにしていた。
  懐風藻とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代の漢詩集。撰者未詳。1巻。天平勝宝3 (751) 年の冬に撰。日本最古の漢詩集。近江朝以来 80年間にわたる作者 64人の作品 120編を時代順に配列。作者は官人が中心で,五言詩が圧倒的に多い。
 
 
  懐風藻 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『懐風藻』(かいふうそう)は、現存する最古の日本漢詩集。 奈良時代、天平勝宝3年(751年)の序文を持つ。編者は大友皇子の曾孫にあたる淡海三船と考える説が有力である、また他に石上宅嗣、藤原刷雄、等が擬されているが確証はない。  1 概要 / 2 書名の由来 / 3 詩人 / 4 関連文献 / 5 脚注 / 6 関連項目 / 7 外部リンク
 
 
  懐風藻考   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  我が国には,今に伝えられる古文書が少なくはない。この内,古典と称する文芸作品は,どのような意図の下に,作られたのであろうか。拙論「霍公鳥歌(『古族研究』,1999年)」「万葉東歌(同,2000年)などによると,万葉集に収録されている歌は,怨念歌であるらしい。反面,拙論「諏訪霞朝(同,1999年)」によると,霞朝が遺した俳句は,呪詛歌であるらしい。ここで,「...らしい」と記したのは,古歌,古句にしても,一部の作品しか検討していないことによる。しかし,古族が創作した短歌,俳句の類は,前者が怨念を籠めており,後者が呪詛を籠めていると思われる。
 
 
  『懐風藻』の琴   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本琴學思想史: 日本最初の漢詩集『懐風藻』(七五一)には琴字が驚くほど多くある。一二〇首のうち、琴字を詩中に詠んだものは三五首も数えられる。中には琴趣を詠じた中国の詩篇を典拠としたものや、比喩的象徴的に用いただけのものもあるが、実際に琴を奏でたであろう詩も確かに認められる。『懐風藻』は古来から「綺麗繊巧にして雄健高花の致に乏し、」などと言われ低い評価を受けてきた。
 
 
  懐風藻 漢詩集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『懐風藻』は日本最古の漢詩集。近江朝から天平末年まで八十余年にわたり、天皇、皇子をはじめとした貴人、高官、知識人ら六十四人の作品を収める。うち九人には伝記を附す。
 
 
  懐風藻 - キッズネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代の漢詩集。751年の成立で編者は不明。現存する日本最古の漢詩集である。 近江朝から奈良朝におよぶ約やく80年間の皇族や貴族・僧など64人の作品120編を集めたもの。
 
 
  懐風藻 - 上代古典集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  懐風藻は日本最古の漢詩集で、天平勝宝三年(751)に完成しました。編者は不詳です。 近江朝以降80年にわたり、64名の作品120首を収めています。 大伴皇子(オホトモノミコ)、大津皇子(オホツノミコ)、長屋王(ナガヤノオホキミ)など、当時の上流知識階級が作者として名を連ねています。 中国六朝時代の古詩の模倣が多く、いかにも黎明期の漢詩といったところです。 当時の政治的出来事がさりげなく書かれているのが、懐風藻に興味を持った端緒です。
 
 
  【PDF】 大津皇子の詩と歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本上代文学を語るのに大津皇子を避けては通れない。皇子は初期懐風藻詩最大の詩人であったばかりでなく、初期万葉集歌の代表的な歌人の一人でもあったからである。 皇子大津に関わる記載は日本書紀に多い。その主なものを拾うと…
 
 
  平安朝漢詩文総合データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本データ・ベースは、『群書類従』「文筆部」に収録する作品の中から、平安時代までに成立した下記の漢詩文集のフルテキスト・データベースである。 懐風藻/凌雲集/文華秀麗集/経国集/扶桑集/本朝麗藻 詩文集別検索や「詩文(作品本文)」「作者」「題名」などの各項目別検索はもちろん、それらを縦断した総合検索も可能である。
 
 
  懐風藻 ―我が国最古の漢詩集―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  我が国最古の漢詩集。一巻。撰者未詳。天平勝宝三年(751)成立。 「懐風」とは「古い詠風を懐かしむ」という意味。「藻」は美しい詩文のこと。 近江朝(七世紀後半)以後約80年間における64名の漢詩約120首を作者別、年代順に配列している。作者は、大友皇子おおとものみこ、大津皇子おおつのみこ、長屋王ながやのおおきみなどが代表的。五言詩が多く、対句が重視されている。     
 
 
  『懐風藻』における唐詩 唐詩と日本   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本、現存最古の漢詩集は「于時天平勝宝三年、歳在辛卯冬十一月也」と序文末に記された『懐風藻』である。天平勝宝は聖武天皇に次いで即位した女帝、孝謙天皇の年号で、その3年は西暦751年に当たる。
 
 
  かいふうそう【懐風藻】 学習百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良(なら)時代の漢詩集。751年の成立(せいりつ)で編者(へんじゃ)は不明(ふめい)。現存(げんそん)する日本最古(さいこ)の漢詩集である。近江(おうみ)朝から奈良(なら)朝におよぶ約(やく)80年間の皇族(こうぞく)や貴族(きぞく)・僧(そう)など64人の作品120編(ぺん)を集めたもの。
 
 
  懐風藻 <書籍> 著者:江口孝夫  講談社   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  751年に編纂された日本最古の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』は、『風土記』『古事記』『日本書紀』『万葉集』と並ぶ国家創成時の貴重な史料、魅力満載の文学作品である。
 
 
  懐風藻 日本的自然観はどのように成立したか <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  懐風藻 日本的自然観はどのように成立したか 辰巳正明:編  発行:笠間書院
 
 
  懐風藻 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  懐風藻 の画像 - Google
 
 
万葉集.759
万葉かるた 「萬葉集代匠記・万葉代匠記」まんようだいしょうき は水戸藩にて、水戸黄門様こと徳川光圀の意向で万葉集の注釈作りがすすめられ、最終的に契沖により、初稿版が貞享4… 四季を通じて万葉集の植物が楽しめる約3300平米の園内には万葉集に詠まれている植物が197種集められ、和歌とともに展示されている。
  万葉集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『万葉集』(まんようしゅう、萬葉集)は、7世紀後半から8世紀後半ころにかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集である。天皇、貴族から下級官人、防人などさまざまな身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めたもので、成立は759年(天平宝字3年)以後とみられる。 1 万葉集の成立 / 2 諸本と刊本 / 3 万葉集の構成と内容 / 4 万葉集の影響 / 5 万葉集の諸点 / 6 研究史 / 7 万葉集に由来する名前 / 8 脚注 / 9 関連項目 / 10 文献情報 / 11 外部リンク
 
 
  ⇒万葉集(詳細サイトへ)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「017 【文芸院 和歌:六歌仙・三十六歌仙:平安時代〜現代歌人」 ⇒万葉集
 
 
百万塔陀羅尼経
百万塔陀羅尼経、、今回のIGAS2007ではスペシャルイベントとして「百万塔陀羅尼経」などの展示もあった。百万塔陀羅尼経は世界最古の現存印刷物である。 『百万塔陀羅尼経』は奈良時代の女帝、称徳天皇が仲麻呂の乱平定後、天下太平を願ってお経を作り… 「百万塔ならびに陀羅尼経」
  百万塔陀羅尼 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  百万塔 陀羅尼(ひゃくまんとう だらに)とは、日本の奈良時代に、鎮護国家と滅罪を祈願するために、100万の小塔に陀羅尼を納めて、仏教寺院に奉納された陀羅尼である。塔は百万塔と呼ぶ。 1 背景 / 2 概要 / 3 関連項目 / 4 外部リンク
 
 
  『百万塔と陀羅尼経』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この百万塔は、奈良時代に起った恵美押勝の乱(天平宝字8年)の平定を期に、国家安泰を願った称徳天皇の勅命によって百万個作られたうちの1つである。 塔の中央部は筒状に彫られており「陀羅尼経(だらにきょう)」が納められている。 当時、奈良を中心として10ヵ寺に分置されたが、現在では法隆寺などに4万数千基残っているだけであるといわれている。
 
 
  百万塔陀羅尼 ひゃくまんとうだらに   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代の女帝、称徳天皇(718-770)の発願により製作された百万基の小塔およびその中に納められた経をいう。経は、制作年代が明確なものとしては世界最古の印刷物と言われている。
 
 
  〔百万塔陀羅尼〕 国立国会図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「〔百万塔陀羅尼〕(ひゃくまんとうだらに)」 神護景雲4(770)刊 3葉3基 自心印5.7×46.5cm 相輪5.5×39.7cm 根本5.5×55.0cm 小塔高さ21.4cm   制作年代が明確な世界最古の印刷物。
 
 
  「百万塔陀羅尼」 コレクション探訪 -印刷博物館-   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  印刷博物館には、過去から現在までの長い歴史を彩った数々の印刷資料が展示されています。その中で、1000年以上前に印刷され、その変わらぬ姿を今日に残す貴重な印刷物があります。その名も百万塔陀羅尼。現存する中では、印刷された年代が明確な世界最古の印刷物です。
 
 
  百万塔とは?(ひゃくまんとうとは?)  考古のおはなし   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「木造(もくぞう)百万塔」を見たことがありますか。それは「木で造った百万塔」です。・・・
 
 
  百万塔陀羅尼 [復刻版] 百万塔(桂製)1基 墨流し和装本、桐箱入   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  百万塔陀羅尼は印刷年代の明確な世界最初の印刷物である。称徳天皇によって恵美押勝の乱の後世の中の平安を祈願し天平宝字8年から5年半の歳月を費やして100万基が製作され宝亀元年に完成した。
 
 
  無垢浄光経自心印陀羅尼/百万塔 むくじょうこうきょうじしんいんだらに/ひゃくまんとう   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代の女帝、称徳天皇(しょうとくてんのう)は、天平宝字(てんぴょうほうじ)8年(764)の恵美押勝(えみのおしかつ)(藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ))の乱の平定の後、犠牲者の供養と鎮護国家を願って百万基もの木製の小塔を作らせ、神護景雲(じんごけいうん)4年(770)に法隆寺をはじめとする十大寺へ奉納しました。この塔は中心が空洞になっており、陀羅尼経(だらにきょう)1巻が収められています。
 
 
  百万塔陀羅尼経 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  百万塔陀羅尼経 の画像 - Google
 
 
歌経標式.772
7番歌の「金野」のカネについては、曲尺・矩尺と書くかねじゃくの略語とも関係があろう。和名抄に、「曲尺 弁色立成に云はく、曲尺〈麻賀利賀祢(まがりがね)〉  一頁10行書 26枚 「和哥作式」「歌経標式」「和歌式」を収む 長禄四年・寛正四年元奥書 原表紙 27.1×19.3糎 拵帙入 江戸後期写 萬葉外伝 最古の歌論書「歌経標式」
  歌経標式とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  奈良時代末の歌学書。藤原浜成著。『浜成式』ともいう。1冊。宝亀3 (772) 年勅命により記述したといわれる。伝本に真本と抄本との2系統があり,抄本は煩雑な真本から必要な部分だけ抄出したもので,平安時代中期以後の成立らしい。
 
 
  歌経標式 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌経標式(かきょうひょうしき)は、藤原浜成が著した、現存最古の歌学書。 序文には宝亀三(772)年五月七日の、跋文には同月二十五日の日付がある。序文から光仁天皇に奉られたものであることがわかる。  1 概要 / 2 成立 / 3 引用和歌 / 4 評価 / 5 諸本 / 6 脚注 / 7 参考文献
 
 
  歌経標式の謎の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  遊士の愛した数式への扉 わが国最古の歌論書といわれる「歌経標式」は、2480/5=496という、完全数を割出す数式で、万葉集に秘められた千古の謎を解く鍵を提供していました。
 
 
  藤原浜成とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  [生]神亀1(724)  [没]延暦9(790).2.18. 大宰府  奈良時代後期の廷臣。京家の祖藤原麻呂の子。初名,浜足。宝亀3 (772) 年参議。日本最初の歌学書『歌経標式』 (772) を著わした。天応1 (781) 年4月大宰帥に任じられたが,6月には大宰員外帥に降ろされている。
 
 
  和歌四式とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『歌経標式』『喜撰式』『孫姫 (ひこひめ) 式』『石見女 (いわみのじょ) 式』の4つの歌学書を一括していう呼称。四家式とも呼ばれる。「式」は歌病 (うたのやまい) や歌体など和歌の規則や作法を記したものの意。
 
 
  ただごと歌とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌論用語。思ったまま,感じたままを,比喩などの技巧を凝らさないで,ありのままに表現した歌。『古今和歌集』仮名序では,中国詩論の六義 (りくぎ) の一つ「雅」に相当する歌体。藤原清輔の『奥義抄』では,「物にもそへず,たとへをも取らぬなり」と解している。
 
 
  歌論とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和歌の本質・美的理念・歌風・詠作手法などに関する理論や評論。「歌論書」
 
 
  ネズミとは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  哺乳綱齧歯目のうち,広義にはネズミ亜目 Myomorphaの動物の総称で,1200種ほどが知られている。狭義にはネズミ上科 Muroideaの動物を,また特にネズミ科 Muridaeのもののみをさす場合もある。
 
 
  歌経標式 影印と注釈 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  現存最古の歌論書である藤原浜成撰「歌経標式」に関する共同研究。影印編・本文編・注釈編・索引編の4部構成。影印編・本文編では真本・抄本の両系統を、注釈編・索引編では真本系をそれぞれ対象とする。
 
 
  歌経標式 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌経標式 の画像 - Google
 
 
  高橋氏文 - 『本朝月令』所引   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高橋氏文に云はく、挂けまくも畏き巻向日代宮(まきむくのひしろのみや)に御宇(あめのしたしろ)しめしし大足彦忍代別天皇(おほたらしひこおしろわけのすめらみこと)の五十三年癸亥八月、群卿に詔りて曰く、「朕愛し子を顧ぶこと何日にか止む、小碓王(をうすのみこ)[又の名は倭武王(やまとたけるのみこ)]の平之国(ことむけしくに)を巡狩むと欲ふ」と。是の月、伊勢に行幸し、転りて東国に入りたまふ。冬十月、上総国安房の浮島宮に到ります。その時磐鹿六&#29542;命(いはかむつかりのみこと)従駕に仕へ奉りき。
 
 
高橋氏文.789
勝山の浮島伝承地と「高橋氏文」 浮島(うきしま) 『旧事本紀』天孫本紀や『高橋氏文』に若湯坐連、『姓氏録』山城国神別に真髪部造・今木連、同和泉国神別には志貴県主の祖とされる人物です。
  高橋氏文とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代の家記。『本朝月令』『政事要略』などに引用された逸文2編だけ現存。これによると高橋氏の祖,イワカムツカリノミコトの功績をたたえ,自家の聖職の本縁を語ったもののようである。本書は内膳司に仕える同職の安曇 (あずみ) 氏との間で,神饌供進に奉仕するとき席次をめぐる争いが起ったので,その争いを解決するため由緒を示す資料として,延暦 11 (792) 年朝廷に提出したものである。
 
 
  高橋氏文 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高橋氏文(たかはしうじぶみ)は、日本の歴史書、古記録である。 宮内省内膳司に仕えた高橋氏が安曇氏と勢力争いしたときに、古来の伝承を朝廷に奏上した延暦8年の家記と、これに関する延暦11年の太政官符。 残念ながら完本は伝わておらず、逸文が『本朝月令』、『政事要略』、『年中行事秘抄』その他に見える。
 
 
  高橋氏文考注序   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高橋氏文考注序 高橋氏文、今の世に在ることを聞かず、たま/\本朝月令、政事要略、年中行事秘抄に、引載たるをとりあつめて・・・
 
 
  浮島伝説 - 宮古写真帖 2   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  勝山海岸からおよそ10町余、周囲7町12間、高さ200尺、面積本島6,216坪、属島大小170坪余。あたかも波上に浮ぶがごとく、ゆえに名づくという。昔は鵜来島と書いたこともあった。・・・
 
 
  三陸宮古なんだりかんだり   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第 6 部  現在 100話 + 投稿 5 + 資料 2
 
 
  鋸南町勝山へ 「高橋氏文」の「浮島」伝承地を訪ねて   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新撰姓氏録を読む会』で、『高橋氏文』をテキストに食膳奉仕を職掌としたとされる膳氏(のちに高橋氏と改姓)の実態を勉強しました。
 
 
  高橋氏文注釈: 上代文献を読む会: 本 - Amazon.co.jp   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「本朝月令」「政事要略」および「年中行事秘抄」の諸文献に引用されて残る「高橋氏文」の逸文につき、それぞれの伝本を検討して本文を校訂し、訓読を定め、現代語訳・注解を施す。
 
 
  高橋氏文 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高橋氏文 の画像 - Google
 
 

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