003 【文芸】 中古文学:竹取物語:宝物集:枕草子:源氏物語
 文学全般には古典文学・歴史文学から外国文学を含め、文学館・資料館などがあります。小説全般は、ミステリー、SF、探偵小説から歴史小説まで、またそれらについての書評や随筆、作家・小説家一覧、歴史博物館・記念館など幅広く収録されています。 また、ここには著名な国文学者・民俗学者もご掲載いたしました。 どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
なお、ここには上代文学から近世文学(江戸時代)までの日本文学書を個々に掲載いたしました。近現代文学書(明治以降)は 「06近現代文学」 カテゴリをご覧ください。

中古文学 続日本紀.797 古語拾遺.807 文鏡秘府論.810 凌雲集.814 新撰姓氏録.815
文華秀麗集.818 日本霊異記.822 経国集.827 性霊集.835 日本後紀.840 続日本後紀.869
日本文徳天皇実録.879 都氏文集879 菅家文集900 日本三代実録.901 古今和歌集.905 竹取物語.910
土佐日記.935 将門記.940 伊勢物語 大和物語.951 後撰和歌集.953 平中物語.965
蜻蛉日記.974 宇津保物語.984? 三宝絵詞.984 往生要集.985 落窪物語.989 枕草子.1000
和泉式部日記.1004 拾遺和歌集.1006 源氏物語.1008 紫式部日記.1010 和漢朗詠集.1018 栄華物語.1028
新撰和歌髄脳 更級日記.1059 夜半の寝覚.1060 陸奥話記.1063 浜松中納言物語 本朝文粋.1066
狭衣物語.1080 後拾遺和歌集.1086 讃岐典侍日記.1108 江談抄.1111 俊頼髄脳.1113 新撰朗詠集.1119
大鏡.1120 今昔物語集.1120 金葉和歌集.1127 詞花和歌集.1151 保元物語.1156 平治物語.1159
今鏡.1170 宝物集.1179 とりかへばや物語 寿永の宣旨.1183 撰集抄.1183 梁塵秘抄.1184
千載和歌集.1188 水鏡.1195 増鏡(成立不詳)      
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中古文学
テスト 美品=【 中古文学研究 】神作光一(編) テスト
  中古文学とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学史において、平安時代に成立した文学。仮名文の使用とそれに伴う国風の貴族文学を中心とする。「もののあわれ」を主潮とする優美な情趣を理念とし、後世の日本人の美意識に大きな影響を与えた。古今和歌集などの和歌文学、伊勢物語・源氏物語などの物語文学、土佐日記・蜻蛉日記などの日記文学、随筆の枕草子や、歴史物語・説話文学などが生まれた。平安時代文学。平安文学。
 
 
  日本の中古文学史 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の中古文学史は、およそ平安時代の日本文学の歴史である。 漢詩・漢文は引き続き栄え、特に『和漢朗詠集』でも多く採り上げられた白居易(白楽天)の影響は大きかった。 又、初の勅撰和歌集である古今和歌集が編纂され、和歌が漢詩と対等の位置を占めるようになった。成立時期等は未詳であるが、『貫之集』、『伊勢集』など後世の歌人に影響を与えたと思われる作品も多い。 1 概略 / 2 文学の周辺 / 3 中古文学の主な作品一覧 / 4 関連項目
 
 
  中古文学(794〜1192)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代の文学 平安遷都から鎌倉幕府成立までの約400年間 貴族社会−宮廷女流文学−国風化−かな文字の普及 1.情趣的な平安文学の誕生/2.和歌の開花/3.歌謡の発展/4.作り物語の発達/5.歴史物語の誕生/6.神話や伝説から発展した説話物語/7.かな日記の誕生/8.随筆の誕生
 
 
  中古文学ってなに?   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  九世紀後半、天皇中心の律令政治が崩れ、藤原氏が栄華を極めた平安時代。 藤原氏は代々娘を妃に立て、天皇家と外戚関係を保ちます。 この時代の文学は、初期には空海や菅原道真を頂点とする漢詩文が盛んでしたが、やがて、大陸文化模倣を反省し、国風化の傾向があらわれて日本独自の仮名文字が普及しました。 仮名文字の普及は、女性に自由な自己表現の方法をもたらし宮廷に仕える女房たちを中心に、宮邸女流文学が発達しました。
 
 
  中古文学会   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『中古文学』は会員から投稿された論文を編集委員会で審査し、採用と決定したものを掲載しています。大会での発表者が発表論文をもとにした論文を投稿されることはもちろんですが、大会発表とは関わりなく自由に積極的に投稿して下さるようお願いします。
 
 
  中古文学ゼミナール   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中古文学ゼミでは、平安時代の文学(主に『源氏物語』)を研究対象としています。 このゼミでは、現在の私たちとの間に一見大きな隔たりを形成しているかのように見える古典文学の世界に、様々な方法手段を手にして積極的に分け入っていこうと試みています。
 
 
  中古文学  excite カテゴリ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古今和歌集 源氏物語 枕草子 伊勢物語 土佐日記 その他の作品
 
 
  史料リスト・平安時代−文芸−   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  史料リスト・平安時代−文芸−
 
 
  中古文学−『源氏物語』を中心に   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安遷都(794年)から、12世紀末院政期に至る400年間に成立した中古文学は、これまで最も親しまれてきた古典であると言えようか。 平安朝初期の唐風謳歌の時代を経て、新たな国風文化が確率され『古今和歌集』や『源氏物語』が成立するが、後代の規範ともなったこの新たな文学の誕生に、最も大きく関わるのが平仮名の発明だった。
 
 
  中古文学関係書籍展示に寄せて (後藤祥子)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新年に入って,上代文学に引き続き図書館玄関ホールで中古文学作品の古写本複製の展示を開始しました。 ほとんどが
 
 
  『平家物語』諸伝本の展示に寄せて(麻原美子)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中古文学関係の展示に引き続いて…、『平家物語』は,古典文学の中でも『源氏物語』と並んで重視される作品ですが,作品の原形も作者(編者)
 
 
  平安時代の作品について教えて下さい! - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  例えば、鎌倉時代なら、<文学 歌集 勅撰集 > ・新古今和歌集 ・私家集 ・金槐和歌集 ・山家集。 <随筆>は…
 
 
  年表資料 中古文学史 単行本 犬養 廉 (編集),  杉谷 寿郎 (編集),  長崎 健 (編集),   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  8世紀から12世紀にかけての文学状況を知るために、最良の1冊。中古文学を網羅した各「作品」の配列は、その展開が史的に辿れるよう考慮し、詳細な「年表」は読者を豊饒な作品世界へ導く手がかり。
 
 
  中古文学 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中古文学 の画像 - Google
 
 
  古語拾遺 - 岩波書店   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  老翁広成には何としても言い残さなくては死ねぬと思い定めたことがあった.斎部氏と中臣氏の携ってきた祭祀がいつしか中臣氏に集中している憤懣である.幸い平城天皇の召問を機に,国史・氏族伝承に基づきそれを「古語の遺りたるを拾ふ」と題して撰上した.時に大同二(八○七)年.記紀にない記載も含み研究史上多くの示唆に富む.
 
 
  平安時代の衛生状態とお風呂事情   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安京は碁盤の目状に道路が敷き詰められ、建物も一定の基準によって建てられた計画的都市です。 非常に綿密な計算の元で都市計画が行われ、平安時代の技術や文化の粋を集めて作られたことは間違いありません。 しかし、衛生面に関しては前時代的と言えるものでした。特にトイレに関してはかなりおそまつなものだったようです。 すでに奈良時代において原始的な水洗トイレが存在していたにも関わらず、平安京にはそれがなかったのです。
 
 
続日本紀.797
続日本紀の世界 続日本紀 : 友へのたより 小堀画伯が日本石油の依頼により、日本書紀の天智天皇への「撚土「瀝青)・燃水(原油)献上」の故事にちなんで、画いた、あの有名な画をもとに制作されたジオラマ。
  続日本紀 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀(しょくにほんぎ)は、平安時代初期に編纂された勅撰史書で、『日本書紀』に続く六国史(りっこくし)の第二に当たる。菅野真道らが延暦16年(797年)に完成した。文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで九十五年間の歴史を扱い、全四十巻から成る。奈良時代の基本史料である。編年体、漢文表記である。    1 編纂 / 2 内容 / 3 『続日本紀』目次 (主要事項) / 4 版本 / 5 参考文献 / 6 脚注 / 7 外部リンク
 
 
  続日本紀 weblio   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀(しょくにほんぎ)は、平安時代初期に編纂された勅撰史書で、『日本書紀』に続く六国史(りっこくし)の第二に当たる。菅野真道らが延暦16年(797年)に完成した。文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで九十五年間の歴史を扱い、全四十巻から成る。奈良時代の基本史料である。編年体、漢文表記である。
 
 
  続日本紀 巻第一   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文武元年八月より文武四年十二月まで  697 文武元年 八月一日 持統天王から位を譲り受けて皇位につかれた。・・・  大和の歴史 争乱 系図
 
 
  続日本紀・船の記録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀から「船」および「船の航海」に関する記述をすべて抜き出したのが、本ペ−ジである。 吉川弘文館の改訂増補「国史大系・続日本紀」の漢文を読みやすいように訓読文形式に書き改めた。
 
 
  続日本紀 陸奥国と朝廷   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  青丹(あおに)よし 寧楽(なら)の京師(みやこ)は 咲く花の 匂ふがごとく 今さかりなり  続日本記以前ー日本書紀/文武元年〜天平十四年/天平十五年〜神護景雲三年/神護景雲三年・769〜伊治公呰麻呂の反乱/天応元年・781〜/延暦八年789〜阿弖流為の登場・巣伏の戦い⇒巣伏古戦場/続日本紀以降/ちょっと気になる、登場人物/坂上氏と田村麻呂
 
 
  続日本紀 (朝日新聞社本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀(しょくにほんぎ)は、平安時代初期に編纂された勅撰史書で、『日本書紀』に続く六国史(りっこくし)の第二に当たります。菅野真道らが延暦16年(797年)に完成し、文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで九十五年間の歴史を扱い、全四十巻から成ります。奈良時代の基本史料で、編年体、漢文表記です。
 
 
  道鏡(続日本紀) -きまぐれびと-   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  かつては共に戦い、直前に軍事権まで授けられた仲麻呂がそれでも太上天皇(考謙天皇)に叛旗をひるがえしたのは、自らが擁立した淳仁天皇と太上天皇(上皇)の仲が悪くなったからだけではない。道鏡が現れたからである。…
 
 
  続日本紀に見られるアルビノの記録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  650年〜791年 詳細年表
 
 
  『続日本紀』に見る「色麻」  色麻町の歴史   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私たちの住んでいる「色麻」は、町としての歴史はまだ30年あまりですが、歴史は実に奈良時代の天平9年(737年)の『続日本紀』の記述にまでさかのぼることができます。  色麻の歴史年表/河童伝説・磯良神社
 
 
  『続日本紀』巻三十六・天応元年六月壬子条   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  壬子。…… 遠江介従五位下土師宿禰古人《はじのすくねふるひと》・散位《さんゐ 》外従五位下土師宿禰道長等一十五人言《まを》す。・・・
 
 
  藤原仲麻呂の権力闘争(続日本紀9) -きまぐれびと-   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原氏本命の広嗣が処刑されたが、藤原時代が終わったわけではない。有力な皇族のほとんどは藤原氏と縁戚関係である。藤原氏は不比等の後、4家に別れた。武智麻呂が継いだ南家、房前が継いだ北家、宇合が継いだ式家、麻呂が継いだ京家である。…
 
 
  続日本紀の記事の信頼度と日本書紀の記事の取り扱いについて   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第1章 続日本紀 : 第1節 続日本紀の記事の取り扱いについての印象/第2節 信頼の源泉/第3節 現実的な選択/第4節 続日本紀の記事の場合/第5節 続日本紀に適用される判断基準  第2章 日本書紀 : 第1節 日本書紀の記事について/第2節 天武紀以前の記事/第3節 筆者の考える判定基準/第4節 「追加基準」の追加説明/ 
 
 
  続日本紀 (3) <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本書紀』につづく勅撰史書。文武元年(697)から延暦10年(791)のほぼ100年間、律令の整備、平城遷都から長岡京、平安遷都にいたる“万葉人の時代”の躍動と苦悩を伝える記録。第3巻は、巻二十一から巻三十一、天平宝字3年(759)から宝亀2年(771)まで。
 
 
  続日本紀  構成 全5巻 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「日本書紀」を継ぐ奈良時代の正史.記紀・万葉を生んだ豊饒の8世紀の全貌をうかがうに足る1冊.日本史学,国語国文学,中国史学の緊密な協力により可能となった画期的な詳注・新校訂版.基本事項には徹底解説を施した.
 
 
  続日本紀 <関連書籍> 全48冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀 <関連書籍> 全48冊 amazon.co.jp
 
 
  続日本紀と奈良朝の政変 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   奈良時代の根本史料として重視されている『続日本紀』は何を語るのか。あいつぐ政治事件や皇位継承問題の記述から、編纂時の国家思想を読み解き、編纂過程を解明。編纂方針を浮かび上がらせ新たな史料論を展開する。
 
 
  続日本紀〈上〉 (講談社学術文庫) (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続日本紀』は、『日本書紀』に次ぐ勅撰史書である。古代史研究に不可欠の重要史料でありながら記紀のように詳細な解説がなされなかった四十巻全篇に現代語訳を試みたのが本書である。上巻は、文武元年から天平十四年までの十四巻を収める。大宝律令制定・平城遷都という統一国家確立に至る表舞台を軸に、藤原氏の台頭・大仏建立などの史実が庶民の姿を交じえて語られる。古代史新発見に必読の書。
 
 
  続日本紀 第七 <書籍> 林陸朗 校注 著   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀 第七 <書籍> 林陸朗 校注 著
 
 
  【続日本紀考証】 著者名:村尾元融 出版元:内田正栄堂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀考証:18,000円 / 日本紀神代抄:250,000円 / 日本紀神代抄:126,000円 / 続日本後紀:63,000円
 
 
  続日本紀 第1-5巻+別巻(6冊揃)新日本古典文学大系 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本紀 第1-5巻+別巻(6冊揃)新日本古典文学大系 12-16+別   青木和夫 稲岡耕二 笹山晴生 白藤禮幸 校注 岩波書店 1989-2000初版
 
 
  続日本紀 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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古語拾遺.807
新人物文庫評価本 現代語訳古語拾遺_画像1 「web花講座「古語拾遺」vol.56 船の花」の画像一覧 なぜ館山は房総の中心になったの? 平安時代の神道資料『古語拾遺』によると…
  古語拾遺とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代前期の歴史書。斎部広成 (いんべのひろなり) 著。1巻。大同2 (807) 年成立。神代以降,奈良時代の天平年間 (729〜749) にいたるまでの歴史を略述し,斎部氏が神事に奉仕してきた由来を述べ,さらに当時の朝廷の祭祀の不備な事項 11条をあげ,斎部氏に対する不当な処遇を訴えている。
 
 
  古語拾遺 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古語拾遺(こごしゅうい)は、平安時代の神道資料である。官人であった斎部広成が大同2年(807年)に編纂した。全1巻。 807年(大同2年)2月13日に書かれたとされている。  1 成立 / 2 選者 / 3 目的 / 4 内容 / 5 影響 / 6 研究 / 7 刊行本 / 8 脚注 / 9 関連項目 / 10 外部リンク
 
 
  古語拾遺  序   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  蓋聞:「上古之世,未有文字,貴賤老少,口口相傳,前言往行,存而不忘。」書契以來,不好談古。浮華競興,還嗤舊老。遂使人&#27511;世而彌新,事逐代而變改。顧問故實,靡識根源。國史、家牒,雖載其由,一二委曲,猶有所遺。愚臣不言,恐&#32085;無傳。幸蒙召問,欲&#25870;、蓄憤。故&#37636;舊&#35498;,敢以上聞,云爾。
 
 
  古語拾遺 一巻   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大同二年(八〇七)斎部広成(生没年未詳)撰。祭祀をめぐって対立関係にあった中臣氏との争いの中で排除されている現況を、古伝承から説き起こして、朝廷に愁訴した書。卜部本系と伊勢本系の二系統の本があるが、本書は前者の一本。この系統の最古の写本は卜部兼直が嘉禄元年(一二二五年)に書写した嘉禄本(天理図書館蔵)である。
 
 
  古語拾遺 しんし出版   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  聞くところによると、上古の世は文字が無く、貴賎老少問わず口から口へ伝えていたが、その言った事、行った事や出来事を忘れはしないかと書き記して以来、古を語る事を好まなくなり、浮ついた華やかさを競い興じて還って旧老をあざ笑い、遂に世代を重ねて古代を忘れ、代を重ねる後とに古法をを失った。
 
 
  古語拾遺(1) [和漢籍の書棚へ]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古語拾遺一巻 加序  從五位下齋部宿禰廣成 撰  蓋聞、「上古之世、未有文字、貴賤老少、口口相傳、前言往行、存而不忘。」・・・
 
 
   「古語拾遺」 斎部広成著 写本 三柚書屋旧蔵本    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  國學院大學図書館 デジタルライブラリー
 
 
  斎部広成 『古語拾遺』斎部広成 松岡正剛の千夜千冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  先日、名古屋のテレビ番組関係者と高橋秀元・太田香保らのわがスタッフとともに一泊をして、伊勢神宮をめぐった。・・・
 
 
  『古語拾遺』を読む <書籍> 青木紀元・中村幸弘・遠藤和夫 著    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上代、朝廷の祭祀をつかさどった斎部氏に伝わる古伝承の、『古事記』『日本書紀』にも見えない記録を含む、貴重な資料を平易に読み説く。
 
 
  古語拾遺 一卷 加序 從五位下齋部宿禰廣成 撰 (原文)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大同二年(807)成立。斎部広成(いんべのひろなり/生没年未詳)撰
 
 
  古語拾遺 (岩波文庫 黄 35-1) (文庫)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古語拾遺 (岩波文庫 黄 35-1) (文庫)
 
 
  古語拾遺 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古語拾遺 の画像 - Google
 
 
文鏡秘府論.810
文鏡秘府論.810 空海(弘法大師) 入口には山門などは特になく、お寺なのに、なぜか石鳥居があります。ただ、通常の鳥居ではなく、一番上の梁がない独特のものです。その昔の修禅寺の宗派は真言宗(現在…
  文鏡秘府論とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代の漢詩文の評論書。空海編著。6巻。成立年未詳。詩文を作成するうえの規則を記したもので,四声や韻,詩の六義や十体,対句や詩病,文意など詩の音韻や格式などについて,中国の六朝から唐にかけての諸家の詩論を抜粋しながら論じている。
 
 
  文鏡秘府論 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文鏡秘府論(ぶんきょうひふろん)は、平安時代前期に編纂された文学理論書で、中国の六朝期から唐朝に至る詩文の創作理論を取りまとめたものである。唐代中期の長安に留学した空海が、帰国後、日本の弘仁年間(810年 - 823年)に完成させたとされる。全六巻。  1 構成 / 2 内容 / 3 引用文献 / 4 『文鏡秘府論』目次 / 5 版本 / 6 『文筆眼心抄』 / 7 参考文献
 
 
  文鏡秘府論   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【文鏡秘府論】. 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40, 41, 42, 43, 44, 45, 46, 47, 48, 49, 50, 51…
 
 
  文鏡秘府論序   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金剛峯寺禪念沙門遍照金剛撰
 
 
  文鏡秘府論 : 古鈔本. 天   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文鏡秘府論 : 古鈔本. 天 - 近代デジタルライブラリー
 
 
  文鏡秘府論 - 作者:釋空海   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本金&#21018;峰寺禅念沙&#38376;遍照金&#21018;弘法大&#24072;空海(774-835),俗姓佐伯,804年(&#36126;元二十年)七月至中国。806年(元和元年)八月回日本,做此&#20070;,&#19987;&#35770;南朝至中唐,分天地&#19996;南西北六卷。又&#31616;写&#20026;《文&#31508;眼心抄》。所引&#36164;料,除皎然《&#35799;式》外均佚,因而有重要参考价&#20540;。
 
 
  弘法大師の文芸 - 空海の目利き人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  (略)此の文鏡秘府論と申しますのは、勿論弘法大師が当時の漢文を作り、詩を作ります者の為に、其の規則を書きましたものであります。規則と申しましても、是も谷本博士の御講演にの中にもありましたが、弘法大師が自分で御つくりになった規則ではありませぬ。其の当時支那に於て行われて居ります詩文の法則となって居るものを集めて、いろいろ取捨をされて書かれましたものであります。弘法大師が文鏡秘府論の序文を書きますに就いても、其の事を明かに御断りになって居ります。
 
 
  空海与《文鏡秘府論》-人文日本新書.櫻之輯   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  盧盛江 著 寧夏人民出版
 
 
  【PDF】 文鏡秘府論校勘考 ― 難字・異体字の翻刻について   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第11回佛教図書館協会研修会〈講演〉. 425. ^羮緻『澄賢房覚書』. 『若き日の高野山』. (『井. 上靖歴史小説集』第11巻所収). ・『澄賢房覚書』. 「最近『折. しゃくふしゅう. 負輯』という全く今までに誰に. も知られていない写本十巻が発見された…
 
 
  文鏡秘府論匯校匯考(附:《文筆眼心抄》)(全4册) <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  《文鏡秘府論》是空海文学修養和仏学造詣交融的結晶,它保存了中国失伝的六朝至中唐的論述声韻及詩文作法和理論的大量文献。
 
 
  文鏡秘府論―6巻 (1930年) (東方文化叢書〈第1〉) :古書, 1930   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文鏡秘府論―6巻 (1930年) (東方文化叢書〈第1〉) :古書, 1930 - amazon.co.jp
 
 
  西国(さいこく)立志編  ―『学問のすすめ』と並ぶ明治の二大啓蒙書―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  啓蒙書。十一冊。中村正直(まさなお)(1832〜1891)訳。サミュエル・スマイルズ(1812〜1904)著『自助論(Self Help)』の翻訳。明治三年(1870)刊。  「天は自ら助くるものを助く」という信念を思想的根幹とした教訓とその実例とされる歴史上の人物三百数人の成功立志談を説く。
 
 
  文鏡秘府論 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文鏡秘府論 の画像 - Google
 
 
凌雲集.814
弘仁5年(814) 最初の勅撰漢詩集『凌雲集』成立 凌雲集の漢詩碑 積石千石峻 危途九折分 人迷辺地雪 馬躡半天雲 岩冷花難笑 渓深景易&#26331; 郷関何処在 客思転紛紛 (凌雲集「渉信濃坂」)
  凌雲集とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代前期の漢詩集。弘仁5 (814) 年に嵯峨天皇の勅命を受けて小野岑守,菅原清公,勇山文継が延暦1 (782) 年から弘仁5 (814) 年にいたる 32年間の詩人 24人 (序文 23人) の詩 91 (序文 90) 首を選んだもので,日本最初の勅撰漢詩集。
 
 
  凌雲集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  凌雲集(りょううんしゅう)は、平安時代初期の弘仁5年(814年)に嵯峨天皇の命により編纂された日本初の勅撰漢詩集。全1巻。正式名称は凌雲新集。小野岑守、菅原清公らによって編纂された。作者は平城天皇、嵯峨天皇、大伴親王ら23人で、全90首。なお、後に1首が加えられ、91首となって現在に伝わっている。 関連項目                   
 
 
  凌雲集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【凌雲集】. 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40, 41, 42, 43. コマ/全43コマ
 
 
  凌雲集 - 凌雲集目   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  凌雲集 小野岑守、菅原清公、勇山文繼等奉敕撰 浦木裕入力校訂: 凌雲集目/凌雲集題解
 
 
  懐風藻と凌雲集どちらが最初の詩集なんですか?? - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  どちらも最初ってかいてあるんですが…。 ・懐風藻が最古の漢詩集  ・凌雲集は最古の勅撰漢詩集
 
 
  凌雲集索引 (和泉書院索引叢書) :単行本 - amazon.co.jp   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  群書類従本(板本)を底本とし、それに校訂を加えた本文編と、総画数の排列の索引編から成ったもの。
 
 
  懐風藻・凌雲集他 <書籍> 覆刻日本古典全集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  懷風藻 松崎祐之校寶永板本を底本とする。凌雲集 群書類従本を底本とする。文華秀麗集 群書類従本を底本とする。経國集本朝麗藻
 
 
  凌雲集 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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新撰姓氏録.815
日本人の起源 仏教伝来 白村江 - 新撰姓氏録 天理北部の遺跡を訪ねる: 豊中歴史同好会 『データ』. 【書名】 訂正新撰姓氏録
  新撰姓氏録とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  京都と五畿内出身の古代氏族の出自を記した書。 30巻および目録1巻。桓武天皇の第5皇子,万多 (まんだ) 親王らの撰。弘仁5 (814) 年完成し翌年朝廷に提出された。奈良時代,各氏族は天皇の祖先との関係の深浅によって社会的地位を与えられたので,系図を詐称する者も多く,桓武天皇はこれを正そうとして果さなかったが,この遺志を継いでできたのが本書である。
 
 
  新撰姓氏録 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)は、平安時代初期の815年(弘仁6年)に、嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑。 『新撰姓氏録』は、京および畿内に住む1182氏を、その出自により「皇別」・「神別」・「諸蕃」に分類してその祖先を明らかにし、氏名(うじな)の由来、分岐の様子などを記述するものであるが、主として氏族の改賜姓が正確かどうかを判別するために編まれたものである。  1 概要 / 2 構成 / 3 記載姓名 / 4 関連文献 / 5 関連項目 / 6 脚注 / 7 外部リンク
 
 
  新撰姓氏録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上新撰姓氏&#37636;表/新撰姓氏&#37636;序 - 新撰姓氏&#37636; 編纂:萬多親王等 / 入力: 浦木裕
 
 
  系統別新撰姓氏録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  地域別に書かれている新撰姓氏録を氏族系統別に再編したものです。氏族の自称で、天皇や中国皇帝に系譜をつないだり、母方の姓を負うことを公言している氏族がいたりして信頼性に疑問符を付けられていますが、氏族系統に関してはほぼ正確、信頼できることが判明しました。姓氏録自体に記された皇別や神別、諸番という区分は採用していません。
 
 
  新撰姓氏録の研究     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新撰姓氏録は平安時代のはじめに集成された諸氏の系譜書で、日本古代氏族の実態や、姓氏家系をしらべる上に、欠くことのできない文献である。  本文篇/研究篇/考証篇第1〜6/索引・論考篇
 
 
  新撰姓氏録 公智神社   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  左京皇別上/攝津國皇別
 
 
  『新撰姓氏録』氏族一覧   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ※『新撰姓氏録』所収の氏族を一覧表にしました。排列は姓氏録のままです。  第一帙(皇別)/第二帙(神別)/第三帙(諸蕃・未定雑姓)
 
 
  九州王朝と「旧撰姓氏録」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新撰姓氏録』史料批判の新視点  弘仁六年(八一五)、桓武天皇の第五皇子万多親王等により編纂された『新撰姓氏録』は、当時、左右両京や畿内諸国に居住していた氏族の系統、氏名の由来、賜氏姓の時期などを記した書物である。
 
 
  『新撰姓氏録』種別氏族一覧目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  皇別/神別/諸藩漢系/諸藩高麗系/諸藩百済系/諸藩新羅系・任那系/未定雑姓 データベース
 
 
  姓氏系図事典の紹介(オロモルフ)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  姓氏系図事典1『新撰姓氏録』  姓氏録作成の理由〜書影/内容の一部
 
 
  『新撰姓氏録』の証言 古田史学会報   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古代史の研究は、せいぜい縄文から奈良時代迄(続日本紀)で、平安以降ともなると歴史時代と見てかあまり関心をしめさない。…
 
 
  日本人の祖形の完成・新撰姓氏録から   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  冊封体制からの離脱と半島情勢/仏教の伝来/対中外交の再開/白村江での大敗と“半島経営”の終わり/新撰姓氏録 にみる渡来系の人々/新撰姓氏録の内容、特に渡来系の内訳を詳しく見ると次表のようになる ⇒以下、「白血球の型から先祖集団の故郷を探る」へ
 
 
  『新撰姓氏録』氏族一覧1(第一帙/皇別)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新撰姓氏録』氏族一覧1(第一帙/皇別)
 
 
  新撰姓氏録 れきしがく-歴史樂-れきしをたのしむ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  現存しているのは、左京、右京、山城、大和、河内、摂津、和泉のみ。 1,182氏が収録。  皇別:335氏/神別:404氏/諸蕃:326氏/未確定雑姓:117氏
 
 
  新撰姓氏録の研究 <書籍> (田中卓著作集)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新撰姓氏録』は古代氏族の祖先伝承をまとめた古文献で、弘仁5(814)年に完成し、翌年朝廷に提出された。『姓氏録』が編まれた背景には当時の社会不安が関係している。
 
 
  新撰姓氏録 <関連書籍> 全33冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新撰姓氏録 <関連書籍> 全33冊 amazon.co.jp
 
 
  新撰姓氏録 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新撰姓氏録 の画像 - Google
 
 
文華秀麗集.818
文華秀麗集 単行本 文華秀麗集 3巻 [Kindle版] 
  文華秀麗集とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代前期の漢詩集。3巻。弘仁9 (818) 年に嵯峨天皇の勅命により,藤原冬嗣を中心に菅原清公,勇山文継,滋野 (しげの) 貞主らが編集したもので,同5年に撰定された『凌雲集』に漏れた作品を補うとともに以後の詩を加えて,平安時代前期の詩人 28人の詩 148首 (現存本は 143首) を収める。
 
 
  文華秀麗集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文華秀麗集(ぶんかしゅうれいしゅう)は、平安時代初期の弘仁9年(818年)に、嵯峨天皇の勅命により編纂された勅撰漢詩集。全3巻。先に編纂された凌雲集に続くもので、勅撰三集の一。藤原冬嗣、菅原清公などにより編纂された。作者は嵯峨天皇、淳和天皇をはじめ28人に及び、渤海使節や女流詩人の作品も収めるという。もともとは148首が収められていたが、内5首は伝わらない。群書類従所収。  関連項目
 
 
  落合町のはなし (1〜3)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  落合町は川上村、八束村、中和村、湯原町、美甘村、久世町、勝山町、北房町と平成17年3月31日に合併して、真庭市になりました。  箸立天満宮 伊吹ひば−菅原道真の左遷と藤原摂関政治の隆盛
 
 
  「文華秀麗集」 - goo Wikipedia記事検索   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文華秀麗集(ぶんかしゅうれいしゅう)は、平安時代初期の弘仁9年(818年)に、嵯峨天皇の勅命により編纂された勅撰漢詩集。全3巻。先に編纂された凌雲集に続くもので、勅撰三集の一。藤原冬嗣、菅原清公などにより編纂された。作者は嵯峨天皇、淳和天皇をはじめ28人に及び、渤海使節や女流詩人の作品も収めるという。もともとは148首が収められていたが、内5首は伝わらない。群書類従所収。
 
 
  文華秀麗集索引 (索引叢書 (13)) 単行本 : 芳賀紀雄   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文華秀麗集索引 (索引叢書 (13)) 単行本  - Amazon.co.jp
 
 
  日本古典文学大系〈第69〉懐風藻,文華秀麗集,本朝文粋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本古典文学大系〈第69〉懐風藻,文華秀麗集,本朝文粋 (1964年)
 
 
  日本史ー平安時代 弘仁貞観文化(こうにんじょうがんぶんか)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代初期には、唐風化と合わせて、宮廷儀式の様式化が進行した。嵯峨天皇は藤原冬嗣らに儀式のマニュアルをまとめさせ、820年(or821年)に「内裏式(だいりしき)」として上奏させたが、その後も改訂が続けられると同時に、宮廷の作法の書物は次第に「儀式(ぎしき)」と呼ばれるようになっていく。儀式に生き甲斐を見いだしているような平安時代のイメージが形成され、かつての豪族達の土着じみた名残は薄れ、都市貴族化の波が押し寄せた。それに合わせて、815年には「新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)」が編纂され、氏族の系譜と祖先を明らかにするという、お家柄のカタログ化も行われたのである。 仏教/真言宗/漢文/仏教説話集「日本霊異記」/大学
 
 
  文華秀麗集 3巻 藤原冬嗣 (著), 菅原清公 (著), 勇山文継 (著), 滋野貞主 (著)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本電子書籍は、国立国会図書館が所蔵し「近代デジタルライブラリー」としてインターネット上に公開している資料で、著作権保護期間が満了したタイトルの画像データを、Kindle本として最適化し制作したものです。Kindle本を制作するにあたり、原本からの修正を最小限の処理にとどめております。そのため、古書特有のきず、汚れなどもそのままページに残っている場合がございます。あらかじめご了承くださいますようお願い致します。
 
 
日本霊異記.822
日本霊異記 下 (講談社学術文庫 337) 文庫 日本霊異記.822 霊異記.のお話
  日本現報善悪霊異記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本現報善悪霊異記/日本国現報善悪霊異記(にほんこくげんほうぜんあくりょういき)は、平安時代初期に書かれた日本最古の説話集である。『日本霊異記』と略して呼ぶことが多い。著者は景戒。上・中・下の三巻。変則漢文で書かれている。  1 成立事情と説話の背景 / 2 説話の舞台と世相 / 3 説話の主題と思想 / 4 諸本 / 5 刊行書 / 6 脚注 / 7 参考文献 / 8 関連項目 / 9 外部リンク
 
 
  日本霊異記とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代前期の仏教説話集。「にほんれいいき」とも読む。薬師寺の僧景戒著。3巻。弘仁年間 (810〜824) 完成。書名を正しくは『日本国現報善悪霊異記』というように,善悪の行いが仏力によって現実に報われたことを語る説話を集成したもの。
 
 
  日本霊異記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本霊異記は、平安時代初期に作られた、日本で最初の仏教説話集です。仏教に関する異聞・奇伝を描いた短編物語が、全部で112編集められています。
 
 
  日本霊異記text1   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本霊異記は、平安時代初期に作られた、日本で最初の仏教説話集です。仏教に関する異聞・奇伝を描いた短編物語が、全部で112編集められています。
 
 
  日本霊異記(長屋王)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  成立時代:平安時代 題 :自分が高位であることを誇って、卑しい身なりをした僧を打って、悪い死に方をした話。  現代語訳:奈良の都で日本の国をお治めになった聖武太上天皇は、仏の前で、大きな誓いをたてられ、天平元年(729)春の二月八日に、奈良の左京の元興寺で盛大に法会を行い、仏・法・僧の三宝を供養された。・・・
 
 
  日本霊異記と紀伊国   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代初頭に成立した『日本霊異記』は、善悪に相応の報いがあることを語る霊異譚を編集した仏教説話集である。編者である薬師寺の僧景戒は、紀伊国名草郡の出身を考えられており、奈良時代の紀伊国を舞台とした説話が数多く収録されている。
 
 
  霊異記研究文献目録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本目録の昭和44年12月までは露木悟義氏が「上代文学研究会報」第21号(昭和45年2月)に発表されたものを入力した。露木氏のご許可のもとに研究の用に供するものである。露木氏に感謝したい。
 
 
  興福寺本 『日本霊異記』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本最古とされる説話集。正式名を『日本国現報善悪霊異記』といい、九世紀初め弘仁年間(810-24)の成立。著者は、在家私度出身と考えられる薬師寺僧の景戒。上中下三巻、計116話を収める。
 
 
  日本霊異記 聖徳太子様   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  聖徳太子様がいかるが(奈良県)の岡本の宮に住んでおられました頃の話しでございます。
 
 
  古典文学編 日本霊異記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本霊異記』は弘仁13(822)年頃成立した日本最古の仏教説話集。編者は薬師寺の僧景戒(きょうかい)。因果応報の仏教思想に基づいて、雄略(ゆうりゃく)天皇から嵯峨(さが)天皇の頃までの説話を和文体をも交えた変則的な漢文で著す。  作品:尾張国宿禰(おわりのすくね)久玖利(くくり)は、奈良時代の中島郡(なかじまのこおり)の長であった。久玖利の妻は…
 
 
  『日本霊異記』にみる「外道」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「日本霊異記」は正確には「日本国現報善悪霊異記」といい、平安時代の初期に編集された、上中下の三巻からなる説話集である。編集者は薬師寺の僧、景戒である。編集は平安時代の初期だが、霊異記の話の背景は大部分が奈良時代及び奈良時代以前である。 (以上、東洋文庫版 p.240 から適当にパッチワーク的引用)
 
 
  日本霊異記 上巻  第一話 雷を捉へし   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔のことでございます。天皇の側近に栖軽というものがありました。 ある時、空に雷がなりまして、その雷音を耳にしまして天皇はふと思い付き、栖軽に、「おまえは雷を呼んで来ることができるか?」と仰せになられたのでございます。・・・
 
 
  小学館「日本古典文学全集」『日本霊異記』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  原文 : 我飢七月七日成二大蛇一到二汝家一,・・・  訳文 : 「〜〜我れ飢えて、七月七日に大蛇に成りて汝が家に到り、屋房に入らむとせし時に、杖を似て懸け棄てき。・・・  解説文 : 「死んだ最初の年、わたしは飢えて、七月七日に大蛇になっておまえの家へ行き、家の中に入ろうとした時、おまえは杖で引っかけてわたしを捨てた。・・・
 
 
  日本国現報善悪霊異記(日本霊異記)の狐   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  南都薬師寺の僧・景戒(きょうかい:生没年不詳・奈良後期〜平安初期)の著した日本最古の仏教説話集。雄略天皇(5世紀)から平安時代初期・桓武天皇時代にかけての説話であり、上・中・下巻、計116話。延暦6年(787)に一旦まとめられているが、その後の追記もある。編者景戒は私度僧(官許を得ずに出家した僧)と考えられ、半俗半僧の生活をしつつ中・下層の人びとに対して仏教の普及にあたっていた。主題として「因果応報」を説く話柄が多く見られる。←このコメントのみ。関連して「コトバンク」の【三野の狐】(みののきつね)が開きます。
 
 
  『日本霊異記』 から 『今昔物語集』 へ: 標題覚え書き   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この論文にアクセスする⇒【CINII 論文PDF/機関リポジトリ】
 
 
  日本霊異記の「猫」、正月一日にこっそり現れる (2014/8/16)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  前回、『日本霊異記』の、日本最古の「狸(ねこ)」の記述について触れました。今回は、その前後の記述を見て、史料に描かれた猫の姿を、少し詳らかにしていこうと思います。 まずは、該当説話の全体を見るべく、検索したところ、すでに同じようなことを考えていた先人がいまして、「ねこ文献index」なるページが見つかりました。こららで、『新日本古典文学大系』を底本とした、該当説話の全文書き下しが見られます。 そもそも、『日本霊異記』は仏教説話集で、その概略は下記の通り。…
 
 
  日本霊異記 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  9世紀前半に成立した日本最初の仏教説話集.奈良時代から平安時代初期までの日本人の宗教意識の発達,当時の民間の生活や習俗を知る上で欠くことができない作品である.今昔物語集など説話文学の先駆をなした.
 
 
  霊異記のお話 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  遠い昔、日本で、こんな不思議なお話がありました  日本霊異記』は平安時代の初期、奈良薬師寺の僧・景戒がしるしたと伝えられる日本最古の仏教説話集です。そのなかから子供にとって楽しいもの十篇を選び、なるべくわかりやすくするために少し補いながらまとめたものです。
 
 
  日本霊異記と唱導 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【内容目次】序/第一編 『日本霊異記』研究史─説話として・説話集として─/第二編 『日本霊異記』説話の研究/第一章『日本霊異記』薬師説話と法会導/第二章『日本霊異記』観音説話と法会唱導/第三章『日本霊異記』釈迦説話と法会唱導/第四章『日本霊異記』法華経説話と法会唱導/第五章『日本霊異記』不孝説話と法会唱導…
 
 
  日本霊異記の世界 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【主要内容】仏教土着期の文学『日本霊異記』(黒沢幸三)/日本霊異記訓詁補綴(中田祝夫)/日本霊異記訓釈三題(森重敏)/日本霊異記下巻第十九縁考(守屋俊彦)/日本霊異記における暝界説話(丸山顕徳)/石川の沙弥と春米寺(宮本正章)/蟹満寺説話と南山城(中里隆憲)…
 
 
  板橋倫行 校注 日本霊異記 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  九世紀のはじめ、奈良薬師寺の僧景戒が編集した仏教説話集。因果応報の理を説く話が多いが、幹となったのは当時民間に伝承せられていた説話で、人獣交婚譚や怪力譚もあれば、妖怪変化譚として神々の零落してゆく過程を窺わせる話も多い。説話文学の先駆として、後の『今昔物語』『宇治拾遺物語』などに材料を提供している。
 
 
  日本霊異記 下 <書籍>  講談社学術文庫    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本霊異記 下 <書籍>  講談社学術文庫
 
 
  日本霊異記 上 <書籍> 中田祝夫/全訳注   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は奈良時代末期〜平安時代初期にかけて成立した、日本最古の説話集である。「今昔物語集」等、今に伝わる昔話の基となった作品だ。著者は薬師寺の私度僧、景戒。上中下3巻からなり、全部で116の説話が収められている。仏教伝来からおよそ3世紀、当時この教えが人々に何を教えようとしていたのかを伺い知ることが出来る。しかしこの作品の魅力は、なんといっても古代社会の民衆の暮らしぶりにふれることが出来る、という点にあるだろう。
 
 
  日本霊異記 新日本古典文学大系 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「上巻 興福寺本 興福寺蔵(興福寺国宝館)」/「中巻 来迎院本 来迎院蔵真福寺本」「 真福寺宝生院蔵(大須文庫)」/「下巻 前田家本 前田育徳会尊経閣文庫蔵」「真福寺本 真福寺宝生院蔵(大須文庫)」
 
 
  日本霊異記 〔景戒/編〕 <書籍> 原田敏明 訳 高橋貢 訳    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本霊異記 〔景戒/編〕 <書籍> 原田敏明 訳 高橋貢 訳
 
 
  民衆の古代史 <書籍> 『日本霊異記』に見るもう一つの古代    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本古代の社会体制を「律令国家」と捉えることは、はたして真実といえるのか。最古の仏教説話集『日本霊異記』をひもときながら律令からはみ出して生きる民衆の鮮烈な実像に迫る。
 
 
  日本霊異記・宇治捨遺物語 <書籍> :西本鶏介,三田村信行,村上 豊 ポプラ社   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  表題の説話集二編を収録。児童文学作家でもある著者の手による軽快な筆致で、なじみ深い昔話の原話にもふれることができる。
 
 
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経国集.827
小野篁(おののたかむら)とは - コトバンク No.7045 有智子内親王陵墓 『令義解』を撰し、「経国集」「和漢朗詠集」「扶桑集」「本朝文粋」等の文集を記され、百人一首『わだの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海士のつり船』を…
  経国集とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代初期の勅撰漢詩文集。天長4 (827) 年,淳和天皇の勅命で良岑安世 (よしみねのやすよ) らが撰。 20巻。詩と文を合集した最初のもの。慶雲4 (707) 年から天長4年にいたる 121年間の作者 178名の作品 1000編余を 20巻に分類編纂したが,現存するのは6巻にすぎない。
 
 
  経国集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  経国集(けいこくしゅう)は、平安時代初期の天長4年(827年)、淳和天皇の命により編纂された勅撰漢詩集。全20巻。良岑安世、菅原清公らが編纂。作者は、淳和天皇、石上宅嗣、淡海三船、空海ら。なお、現存するのは1巻など計6巻。群書類従所収。  関連項目
 
 
  経国集詳細 - 国文学研究資料館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【経国集】. 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40, 41, 42. コマ/全42コマ
 
 
  『経国集』について知りたい。 - 近畿大学中央図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『経国集』について知りたい。 - リンク集
 
 
  経国集 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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性霊集.835
「かごめかごめ」の謎(その2) 1.凌雲集の漢詩碑 日光付近の不思議な地名
  性霊集とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  空海がおりに触れて作った詩文を,弟子の真済 (800〜860) が 10巻に編集したもの。正しくは,『遍照発揮性霊集』といい,空海の生涯を研究する場合に重要な資料である。 10巻のうち8,9,10巻が失われたので,仁和寺の済暹が空海の遺文をさらに3巻に蒐集して残存の7巻の末尾に付したものが残っている。
 
 
  性霊集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『性霊集』(しょうりょうしゅう)は、空海(弘法大師)の漢詩文集。10巻。編者は弟子の真済。成立年不詳。 正しくは『遍照発揮性霊集』(へんじょうほっきしょうりょうしゅう)。空海の詩、碑銘、上表文、啓、願文などを弟子の真済(しんぜい)が集成したもので、10巻からなる。正確な成立年は不明だが、遅くとも空海が没した承和2年(835年)をさほど下らない時期までに成立したとみられ、日本人の個人文集としては最古。 1 概要 / 2 編纂 / 3 成立 / 4 補注 / 5 関連項目
 
 
  空海 『性霊集』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   もしその能に当るときは、事、通すること快し。用、その宣しきを失すれば労すといえども益無し。/ 才能にふさわしい仕事を行うときには万事快調に進行できるものだが、才能にはずれた仕事というものは、努力し苦労しても効果が上がらないものである。
 
 
  1.凌雲集の漢詩碑   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  神坂神社の向かって左方から、神坂峠の登って行く山道がある。 たぶん古代東山道もここから神坂峠をめざして登っていったと思われるが、 その登り口に一つの巨岩が露出していて、多くの人や馬がこの岩を踏みしめて登り、踏みささえて下ったことが想像される。 平安時代初頭期の弘仁五年(八一四)に成立した勅選漢詩集「凌雲集」に載せられた五言八行の漢詩「渉信濃坂」は、この巨岩の左上方に黒御影石の埋め込みで磨崖碑として東面している。 また碑文の左下の露岩には、次の案内鋼板が埋め込まれている。
 
 
  「かごめかごめ」の謎(その2)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  空海の「性霊集(しょうりょうしゅう)」によると、日光輪王寺は、782年(天応2年)、勝道上人(しょうどうしょうにん)が難行の末、荒山に登頂し、四本竜寺を建立したのが輪王寺の前身と伝えられている。…
 
 
  空海記念碑 辞本涯(じほんがい)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  柏崎灯台や姫島を背にして建てられている空海の像と辞本涯の碑。遣唐使にゆかりのある三井楽町と第16次遣唐使船で唐に渡った空海が深く関わりのあることを広く紹介し、その偉徳を顕彰するために、地元の有志によってこの地に建立されました。  記念碑に刻まれた「辞本涯」の文字は高野山清涼院住職の書によるもので、「日本の最果ての地を去る」という意味です。これは空海が書物に残した言葉。この丘に立ち、東シナ海を見つめていると、この地を最後に命がけで唐に渡った遣唐使たちの思いを感じ、胸を打たれます。  公園内には万葉集に詠われている(遣唐使として旅立つ)我が子の無事を祈る母の歌が刻まれた歌碑も建立されています。
 
 
  『遍照発揮性霊集』  国立国会図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『遍照発揮性霊集』  国立国会図書館
 
 
  遍照發揮性靈集巻第四 (鎌倉初期寫)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  書名:遍照發揮性靈集巻第四   時代:鎌倉初期寫   資料サイズ:縦 28.0cm、長さ 692.4cm
 
 
  性霊集 - 国立国会図書館でじタルコレクション   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1.性霊集. 巻第1&#8722;4/2.性霊集. 巻第5&#8722;7/3.性霊集. 巻第8&#8722;10
 
 
  空海 『三教指帰・性霊集』 松岡正剛の千夜千冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  30歳代のおわりころ、空海の夢をたてつづけに見た。樹木の中にいたら、子供が外から樹皮に電気ドリルで文字をコツコツ彫りはじめた。そこへ弘法大師がやってきて子供を褒めた。そういうような夢のいくつかである。・・・
 
 
日本後紀.840
C0057799 日本後記 - 東京国立博物館 C0057800 日本後記 - 東京国立博物館 この本は、比叡山開創1150年記念として200部限定で出版されたことが後記で分かります。 なお、この請来目録は国宝に指定されています。
  日本後紀(にほんこうき)とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続日本紀』のあとをうけ,桓武天皇から淳和天皇までの時代を扱う編年体の歴史書。六国史の一つ。 40巻。 10巻が現存。弘仁 10 (819) 年に着手され,承和7 (840) 年完成。編者は,藤原冬嗣,藤原貞嗣,良岑安世らがいるが,中心となったのは藤原緒嗣。
 
 
  日本後紀 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本後紀(にほんこうき)は、平安時代初期に編纂された勅撰史書で、続日本紀に続く六国史の第三にあたる。承和7年(840年)に完成し、延暦11年(792年)から天長10年(833年)に至る42年間を記す。編者は藤原緒嗣ら。編年体、漢文、全40巻(現存10巻)。 1 編纂 / 2 内容 / 3 校訂本 / 4 参考文献 / 5 関連項目 / 6 外部リンク
 
 
  日本後紀卷第一逸文   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  延暦十一年春正月丙辰朔。皇帝御大極殿受朝拝。・・・
 
 
  日本後紀(朝日新聞社本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  HTMLファイル(巻一)〜HTMLファイル(巻二十三)
 
 
  日本後紀 卷二十 嵯峨紀三   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  太上天皇 嵯峨天皇  起弘仁元年九月,盡十二月  左大臣-正二位-兼行左近衛大將  臣藤原朝臣冬嗣等,奉敕撰    一.糾彈藤原仲成兄妹/二.藥子之變與廢高岳太子/三.弘仁改元/四.公卿奏議&#26310;注飾刀事/五.舉行大嘗與復左右近衛舊數
 
 
  九州王朝の末裔たち 『続日本後紀』にいた筑紫の君   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「どんなにもっともらしい理由があるにせよ、他国の領域に武力を行使し、それによって長期間影響力をもちつづけようとする大国は、すべて亡び去るほかない。それが歴史の鉄則だ。外に対する圧力は、必然的に内部の腐敗と矛盾を招き、ついにはみずからの基盤を掘りくずしてしまう。九州王朝は、みずからの全歴史をもって、この真理を実証し終ったのである。」
 
 
  島田忠臣 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  田 忠臣(しまだ の ただおみ、天長5年(828年)- 寛平4年(892年))は、平安時代前期の貴族・詩人。菅原道真の師として知られ、娘宣来子はその正室となった。… 父母は不明だが、祖父の島田清田(斉衡2年9月18日、77歳で没)は、尾張の地方豪族の出身であったが、大学寮を出た後に学者・官僚として活躍して朝臣の姓を与えられ、『日本後紀』の編纂者の1人に加えられた立志伝中の人物であった。  1 出自 / 2 経歴 / 3 年表 / 4 参考文献 / 5 脚注
 
 
  日本後紀 <関連書籍> 全24冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本後紀 <関連書籍> 全24冊 amazon.co.jp
 
 
  日本後紀 (訳注日本史料) [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本書紀、続日本紀に次ぐ平安遷都の時代を描いた国史「日本後紀」の校訂・注釈・解説を施した全注釈書。残存巻および逸文巻を年代順に配列する。
 
 
  日本後紀(上) 全現代語訳 <書籍> 著者: 森田悌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本後紀(上) 全現代語訳 <書籍> 著者: 森田悌   講談社 BOOK倶楽部
 
 
  日本後紀 全現代語訳 中 <書籍> 〔藤原緒嗣/ほか撰〕 森田悌/〔訳〕   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本後紀』は平安時代初期の歴史を扱った国史であり、朝廷中枢の重要な出来事を網羅した貴重な史料でもある。全巻のうち十巻のみが現存、散佚した部分の修復補完が江戸時代から多くの学者の手により試みられてきた。本書では、『類聚国史』『日本紀略』等から集めた逸文を加えて復元された全四十巻に、初めて現代語訳を施す。歴史の曲がり角、平安初期の様子が間近に蘇ってくる。
 
 
  日本後記 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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続日本後紀.869
日本後紀 (訳注日本史料): 藤原 緒嗣, 黒板 伸夫, 森田 悌: 本 白 鬚 神 社 ||| 古代史研究の道標に−「続日本後紀」を編纂した春澄善縄
  続日本後紀とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本後紀』に続き天長 10 (833) 年から嘉祥3 (850) 年にいたる仁明天皇一代の編年史。六国史の一つ。 20巻。貞観 11 (869) 年成立。編修者には藤原氏の北家のなかで,のちの摂関家流の祖にあたる良房やその同調者が多いが,中心となったのは学者春澄善縄。(全文)
 
 
  続日本後紀 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本後紀(しょくにほんこうき)は、日本の平安時代の869年に成立された歴史書で、六国史の第四にあたる。仁明天皇の代、天長10年(833年)から嘉祥3年(850年)までの18年間を扱う。文徳天皇の勅命により斉衡2年(855年)編纂が開始され、貞観11年(869年)に完成した。天皇の動静の記録を詳述し天皇親政から摂関政治へうつる時代の根本史料である。編年体全二十巻からなる。 1 編纂 / 2 内容 / 3 版本 / 4 参考文献 / 5 外部リンク
 
 
  続日本後紀   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本後紀 詳細 序:巻第一〜巻第廿
 
 
  続日本後紀纂詁. 巻第1,2   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本後紀纂詁. 巻第1,2 - 近代デジタルライブラリー
 
 
  続日本後紀(朝日新聞社本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続日本後紀全巻(HTMLファイル)
 
 
  続日本後紀(上) 全現代語訳 (講談社学術文庫):   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  <六国史>第四、待望の現代語訳(付・原文)  国風文化の開花、摂関政治の展開――平安王朝初期の繁栄を詳密に描く。
 
 
  京都大学附属図書館所蔵 平松文庫 『続日本後紀』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続日本後紀』 1巻〜20巻
 
 
  春澄善縄 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  春澄 善縄(はるすみ の よしただ、延暦16年(797年) - 貞観12年2月19日(870年3月24日)は、平安時代前期の学者・公卿。氏姓は猪名部造、のち春澄宿禰、春澄朝臣。字は名達(めいたつ)。物部氏の庶流、周防国大目猪名部豊雄の長男。従三位・参議。  1 経歴 / 2 人物 / 3 系譜 / 4 脚注 / 5 参考文献
 
 
  続日本後紀 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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日本文徳天皇実録.879
文徳天皇 - Wikipedia 「日本文徳天皇実録」は、文徳天皇在位9年間の歴史が記述されており、元慶3年(879)全10巻が完成。撰者は藤原基経や都良香等で、登場する人物の詳細な記述が特徴。 高倉神社 ( 歴史 ) - 七里四方
  日本文徳天皇実録とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文徳天皇一代の編年史。六国史の一つ。 10巻。嘉祥3 (850) 〜天安2 (858) 年までを扱う。貞観 13 (871) 年藤原基経らに命じて編纂させ,のち基経,菅原是善,都良香,島田良臣らによって続行され,元慶3 (879) 年完成。
 
 
  日本文徳天皇実録 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『日本文徳天皇実録』(にほんもんとくてんのうじつろく)は、平安時代の日本で編纂された歴史書。六国史の第五にあたり、文徳天皇の代である嘉祥3年(850年)から天安2年(858年)までの8年間を扱う。略して文徳実録ともいう。編年体、漢文、全10巻。  1 編纂 / 2 書名 / 3 内容 / 4 脚注 / 5 参考文献 / 6 外部リンク
 
 
  文徳天皇 - Wikipedia   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文徳天皇(もんとくてんのう、天長4年8月(827年) - 天安2年8月27日(858年10月7日))は、平安時代前期の第55代天皇(在位:嘉祥3年3月19日(850年5月8日) - 天安2年8月27日(858年10月7日))。諱は道康(みちやす)。田邑帝とも。 仁明天皇の第一皇子。母は左大臣藤原冬嗣の娘、皇太后順子。  1 来歴 / 2 系譜 / 3 后妃・皇子女 / 4 在位中の元号 / 5 正史 / 6 諡号・追号・異名 / 7 陵・霊廟 / 8 出典 / 9 関連項目
 
 
  日本文徳天皇実録   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  刊写:刊本 冊数:2冊 サイズ:26.8×19.6cm
 
 
  日本文徳天皇実録(朝日新聞社本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文徳天皇実録(HTMLファイル)
 
 
  日本文徳天皇実録. 巻第1-10 / 藤原基経 [ほか]撰   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  請求記号 Call No / タイトル Title / 著者/作者 Author / 出版事項 Imprint / 形態 Description / 内容等 Notes / キーワード Keywords / 公開者 Copyright
 
 
  【日本文徳天皇実録】 にほんもんとくてんのうじつろく   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「にほんもんとくてんのうじつろく〔ニホンモントクテンワウジツロク〕【日本文徳天皇実録】」の前の言葉 / 後の言葉
 
 
  【[PDF】 日本文徳天皇実録 - 帝塚山学院大学図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【[PDF】 日本文徳天皇実録 - 帝塚山学院大学図書館
 
 
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都氏文集879
研究活動 - ようこそ!奈良大学国文学科へ! 都氏文集 【としぶんしふ】 四圍新緑日交加入夏旬餘不出家欹案披書意殊倦閑窓覓句手空叉天陰庭角蟻封垤午煖籬根鶏浴沙&#26231;永都忘早朝事眠醒尚未到昏鴉 初夏
  都氏文集 - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  としぶんしゅう〔トシブンシフ〕【都氏文集】 : 平安前期の漢文集。6巻(現存3巻)。都良香(みやこのよしか)の作を、元慶4年(880)ころに門下生が編集したもの。
 
 
  都氏文集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  都氏文集(としぶんしゅう)は、平安期の文人であり文章博士の都良香の家集である。これには、詔勅や彼が文章博士だった当時の対策の策問などの名文がおさめられている。 なお、この第五巻には菅原道真が方略試を受験したときの問題と、その答案の評価文が収められている。
 
 
  都氏文集 【としぶんしふ】  都良香   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  都氏文集。都良香家集,共六卷,半數散逸,今存三卷。元慶四年,門下生&#37636;良香詩文之作而成。
 
 
  都氏文集 - 古典文学電子テキスト検索β   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  記事検索 / 他の検索エンジンで検索 / 検索結果一覧 (都氏文集 / 平安朝漢詩文総合データベース)
 
 
  都氏文集全釈 - 株式会社汲古書院 古典・学術図書出版   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安朝期の天才的漢詩人都良香の 「都氏文集」 の全釈。群書類従本を底本に14種の諸本を校訂し、 語釈・通釈を加える。 良香の伝記及び諸本の書誌を調査した解題・年譜・文献目録を付して提供する。
 
 
  都氏文集全釈: 中村璋八, 大塚雅司: 本   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  都氏文集全釈: 中村璋八, 大塚雅司: 本 - Amazon.co.jp
 
 
  平安時代までの漢詩文集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩文集別検索や「詩文(作品本文)」「作者」「題名」などの各項目別検索はもちろん、それらを縦断した総合検索も可能である。: 懐風藻 凌雲集 文華秀麗集 経国集 扶桑集 本朝麗藻
 
 
  都氏文集 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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菅家文集900
  菅家後草〈読楽天北窓三友詩〉   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  …そのうち六巻は祖父清公キヨトモ公の詩文 集で菅家集と呼び、十巻は父是善コレヨシ公の詩文集で菅相公集と呼び、残りの十二巻が公 自身の詩文集で菅家文草とも菅家文集とも呼ばれるものである。
 
 
  菅家文集の関連商品 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  国史大系 第30巻 新訂増補 本朝文集 [本]/日本漢詩 古代篇 /本間洋一/編 [本]/菅原道真の詩と学問 /谷口孝介/著 [本]
 
 
日本三代実録.901
  日本三代実録 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本三代実録(にほんさんだいじつろく)は、平安時代の日本で編纂された歴史書で、901年に成立。六国史の第六にあたる。
 
 
  日本三代実録(にほんさんだいじつろく) - Yahoo!百科事典    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  50巻。六国史(りっこくし)の一つ。『文徳(もんとく)実録』に続く勅撰(ちょくせん)の歴史書。清和(せいわ)(在位858〜876)、陽成(ようぜい)(在位876〜884)、光孝(こうこう)(在位884〜887)三天皇の時代30年を収めた編年体の実録。
 
 
  日本三代実録 (新訂増補国史大系) (単行本) 黒板 勝美 (編集)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は、清和天皇、陽成天皇、光孝天皇三朝の国史であり、藤原時平、菅原道真、大蔵善行、三統理平等が勅を奉じて撰修、道真謫遷の後、延喜元年八月に至って奏進したもの。本大系では、宮内省図書寮所蔵谷森健男氏旧蔵本を底本としている。
 
 
  日本三代実録 - 歴史楽   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『三代実録』巻二貞観元年(八五九)正月廿七日甲申・・・
 
 
古今和歌集.905
  古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  →「05和歌」/1.古今和歌集
 
 
竹取物語.910
作者不詳…、歴史上から抹殺された「竹取物語」の 作者 を巡る深い謎  なお、「かぐや姫」は竹取のおじいさんが、見つけて拾ってきた子供ですから、高貴な身分ではないわけです。しかし、竹取物語では、後におじいさんは、竹林で「黄金」を… 竹取翁博物館
  かぐや姫 日本文化いろは事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  かぐや姫は日本で初めて作られた物語文学「竹取物語〔たけとりものがたり〕」を子どもにも分かりやすく紹介したおはなしです。光かがやく竹の中から出てきたかぐや姫は、竹取の翁〔たけとりのおきな〕(おじいさん)夫婦のもとで育てられます。やがて美しく育ったかぐや姫は多くの若者から結婚を申し込まれますが誰とも結婚せず、生まれ故郷である月に帰っていくというお話です。
 
 
  竹取物語 weblio 辞典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語(たけとりものがたり)は、日本最古とされる物語である。竹取物語は通称であり、竹取翁の物語ともかぐや姫の物語とも呼ばれた。成立年、作者ともに不詳。仮名によって書かれた最初期の物語の一つでもある。
 
 
  竹取物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語(たけとりものがたり)は、日本最古とされる物語である。竹取物語は通称であり、竹取翁の物語ともかぐや姫の物語とも呼ばれた。成立年、作者ともに不詳。仮名によって書かれた最初期の物語の一つでもある。  1 概要 / 2 成立 / 3 あらすじ / 4 物語としての性格 / 5 登場人物と時代 / 6 時代背景 / 7 由来の地 / 8 海外の類話とそれに関する諸説  / 9 刊行本 / 10 出典・補注 / 11 関連文献 / 12 関連項目 / 13 外部リンク
 
 
  竹取物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今は昔竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつゝ、萬の事につかひけり。…   1 生い立ち / 2 求婚と難題 / 3 仏の御石の鉢 / 4 蓬莱の玉の枝 / 5 火鼠の裘 / 6 龍の首の玉 / 7 燕の子安貝 / 8 帝の懸想 / 9 かぐや姫の昇天
 
 
  竹取物語(絵)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  登場人物は同じ色・同じ型を着ていることが多く、色彩が記号的に用いられ、人物の弁別を容易にしている。五人の求婚者はいずれも赤、竹取翁は朽ち葉色、脇役の視点人物は橙色、端役は寒色系の衣を身につける。…
 
 
  竹取物語 あらすじ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  みなさん「かぐや姫」でよくご存知の竹取物語は、日本最古の物語とされています。 作者不明、時代背景も曖昧という側面は持っていますが、今まで多くの人に語り継がれてきました。 竹取の翁という者が竹藪に入ったところ、輝く竹を見つけ中から3寸ばかりの小さな女の子を見出す。…
 
 
  第三章 「竹」と「鶯」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第二章においては、「竹」と「鶯」が、イメージの上で関連を持っている可能性があることを述べた。『竹取物語』は文字通り「竹」に関係する話である。第二章の結論からすれば、本作品が「鶯」と何らかの関連があるのではないかと思われるのである。そこで、幾つかの竹取の翁が登場する話を調べてみた。その中に一つの興味深い資料があった。
 
 
  『竹取物語』への招待   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『竹取物語』を読む前に : 『源氏物語』絵合巻に「物語の出来はじめの祖(おや)」と称揚された、初期物語の代表的秀作であり、日本人なら誰にでもそのあらすじが知られている、我が国古典文学を代表する作品である。
 
 
  館蔵資料紹介_竹取物語絵巻 - 諏訪市   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詞書(ことばがき)と絵が交互につなぎ合わされ、くり返し現れてくる絵巻物。その仕組みや鑑賞のスタイルをWeb上で再現するため、縦書きを右から読んでいく横スクロール版で公開します。 詞書text版・全画像版を横スクロールしながら読む場合は、スクロールバーやマウスを使うよりもキーボードのカーソルキー(方向キー)を使った方が読みやすいかも知れません。
 
 
  国立国会図書館デジタルコレクション - 竹取物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  左の「目次・巻号」から&#9654;をクリックし、目的の巻号を選んでください。
 
 
  竹取物語(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語はロマンティックな空想物語ではない。かぐや姫の全貌を解明! 5人の求婚者を破滅させ、帝の求婚にもの応じないかぐや姫。だれもが知っている物語の全体を、古文の力がなくても十分古典の面白さがわかるように構成。その時代の生活を理解するためにビジュアル面も活用。
 
 
  竹取物語のあらすじを簡単に!かぐや姫の原作との違いは?   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語のあらすじはそれほど難しくありません。 かぐや姫の原作として知られていますが、大きく違うのは最後の部分です。 もしかぐや姫の内容を知っていれば、簡単にあらすじを理解できると思います。 「昔、竹取の翁という者が〜」から始まる竹取物語のあらすじを簡単に紹介します。
 
 
  新版・竹取物語―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)  室伏 信助   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹の中から生まれて翁に育てられた美少女かぐや姫は、たくさんの求婚者を退けて月の世界へ帰っていく。『源氏物語』に「物語の出で来はじめの祖なる竹取りの翁」と評されている、現存最古の物語。最新の研究成果による校注と、こなれた現代語訳を付した文庫版の最高峰。資料・索引付き。
 
 
  作者不詳…、歴史上から抹殺された「竹取物語」の 作者 を巡る深い謎  (2013/10/27)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本最古の物語と言われている「竹取物語」。スタジオジブリ最新作「かぐや姫の物語」でも取り上げられた同作、実は当時の権力者である藤原氏を批判した作風となっており、それ故か作者不詳の作品になっています。
 
 
  竹取物語 (岩波文庫)::阪倉 篤義 箸   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語 (岩波文庫): 阪倉 篤義 本 - Amazon.co.jp
 
 
  竹取物語 <外国文書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  "今は昔、竹取の翁といふもの有りけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづの事につかひけり。名をば讃岐の造麻呂(みやっこまろ)となむいひける。"  主な舞台となった場所: 京都府向日市に「かぐやひめ伝説」がある。(他に静岡県、奈良県などにも同様の説がある。)  
 
 
  竹取物語(全) <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  5人の求婚者を破滅させ、帝の求婚にもの応じないかぐや姫。だれもが知っている物語の全体を、古文の力がなくても十分古典の面白さがわかるように構成。その時代の生活を理解するためにビジュアル面も活用。
 
 
  竹取物語 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  竹取物語 の画像 - Google
 
 
土佐日記.935
土佐日記地理辨・古代之図 下の為家本の本文が、高気僚君も二学期に習った、現在『土佐日記』と称される文章の基となったもの。 中西妙子(朗読) / 土佐日記-男もすなる日記といふものを- | 中古 | その他CD 
  土佐日記とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代前期の日記文学。古写本では『土左日記』。「とさのにき」とも読む。紀貫之 (きのつらゆき) 著。1巻。承平5 (935) 年頃成立か。作者が土佐守の任を果して,承平4年 12月 21日任地を出発,翌年2月 16日京都へ帰着するまで,55日間の旅を記したもの。
 
 
  土佐日記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  土佐日記(とさにっき)は、紀貫之が土佐の国から京まで帰京する最中に起きた出来事や思いなどを書いた日記。原本は土左日記(とさのにき)とあったとみられる。成立は935年(承平5年)頃と言われる。 930年(延長8年)から934年(承平4年)土佐の国の国司だった貫之が、任期を終えて土佐から京へ戻るまでの55日間の紀行を仮名文で綴った。  1 内容 / 2 旅程 / 3 写本群 / 4 享受と研究 / 5 その他 / 6 脚注 / 7 参考文献 / 8 外部リンク
 
 
  土佐日記 紀貫之   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々(共イ)なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。
 
 
  紀貫之と土佐日記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  我が国最初の日記文学「土佐日記」。  紀貫之(872〜945?)が国司の任を終えて京の都に帰るまでの旅程を、女性の筆に託し、仮名文字で書いたものです。 華やかな平安日記文学が花開くさきがけとなった、古典文学史上たいへん重要な意義をもつ作品です。
 
 
  土佐日記の航海記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   「土佐日記」の作者である紀貫之は、歌人としては毀誉褒貶にもてあそばれる人である。正岡子規は明治31年2月14日に発表した「再び歌よみに与ふる書」のなかで、「貫之は下手な歌よみにて古今集は下らぬ集に有之候」と酷評している。
 
 
  土佐日記書出し(934)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「男もすなる、日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」  紀貫之は「土佐日記」の冒頭をこのように書き始めています。時は「しはすあまりひとひのひのいぬのとき」つまり、12月21日の夜8時頃です。承平4年(934)、紀貫之(きのつらゆき,869?-946)は4年間の土佐守としての任期を終えて京に戻るまでの約2ヶ月間の出来事を日記文学としてまとめました。
 
 
  土佐日記 <外国文書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  "男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。"  主な舞台となった場所: 土佐、山崎(京都府乙訓郡と大阪府三島郡あたりと思われる。)、京都
 
 
  土佐日記-Yahoo!百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  紀貫之(きのつらゆき)作。『土左日記』とも書く。土佐守(とさのかみ)の任満ちた貫之が、934年(承平4)12月21日に任地をたち、翌年2月16日に帰京するまでの55日間の海路の旅をもとにした日記体の紀行文。帰京後まもなくに成立か。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。」といい、筆者を女性に仮託して、全行程を1日も欠かさず、仮名文で書きつづる。
 
 
  土佐日記(原文・現代語訳)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  土佐日記の原文と現代語訳を全て記したサイトです。現代語訳は、分かりやすく原文に忠実な言葉遣いで表し、全文全訳を対照併記しました。紀貫之が筆者を女性に仮託して記した日本初の仮名文による日記、土佐日記を完全版で御覧ください。
 
 
  図書カード:No.832 土佐日記   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  土佐日記 とさにっき 紀 貫之 
 
 
  土佐日記『馬のはなむけ(門出)』    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このテキストでは、紀貫之が書いたとされる土佐日記の冒頭「馬のはなむけ(門出)」の現代語訳と解説を行っています。  読む前に・・  この土佐日記は、日記ではあるのですが、すべてが事実ではなく日記調の文学作品というスタイルで物語が進んでいきます。この当時は男性は漢字で、女性は仮名文字で文章を書くというのが主流でした。また男性の書き物は公的な文書が、女性の書き物は私的な感情をつめたものが多い時代でもありました。
 
 
  土佐日記 - 古典・古文 解説音声つき   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  男もすなる日記というものを女もしてみんとてするなり. 男が書くという日記なるものを、 女である私も書いてみようということで、 書くのである。 有名な紀貫之『土佐日記』の書き出しです。
 
 
  土佐日記 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  土佐日記 の画像 - Google
 
 
将門記.940
築土神社旧蔵の平将門像。後年の作と思われるが制作年代は不明 東京都千代田区にある平将門の首塚 平将門 - Weekpedia
  平将門(たいらのまさかど)とは     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門は今から千年以上も昔,坂東とよばれていたこの茨城県に生まれ,そして死んだ武将です。将門が生まれた所は,当時「鎌輪」と呼ばれた地域ですが,そこは仁江戸にある御所神社あたりであったろうとも言われています。
 
 
  将門記とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代中期の軍記物語。平将門の乱を扱った変体漢文の作品。「まさかどき」とも読む。1巻。作者,成立年次とも定説がないが,承徳3 (1099) 年書写本 (真福寺本) の奥書には「天慶三年六月中記文」とあり,それより古い書写とされる楊守敬本もある。
 
 
  将門記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『将門記』(しょうもんき)は、10世紀半ばに東国でおこった平将門の乱の顛末を描いた初期軍記物語。 将門記の原本とされるものは残っておらず、『真福寺本』と『楊守敬旧蔵本』の二つの写本があるが、いずれも冒頭部分が失われており、本来の題名はわからない。  1 概略 / 2 作者・成立年代 / 3 八幡神と武家政権 / 4 参考文献 / 5 脚注 / 6 関連項目 / 7 外部リンク
 
 
  平将門 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平 将門(たいら の まさかど 平 將門)は、平安時代中期の武将。通称は相馬小次郎・滝口小次郎。 桓武天皇の玄孫で、平氏の姓を授けられた高望王(たかもちおう)の三男・鎮守府将軍平良将(平良將 たいらのよしまさ/良持=よしもちともの子。下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争に端を発し、関東諸国の国衙を襲い、印鑰を奪ったことから朝廷から敵と見なされた。  1 生涯 / 2 評価の変遷 / 3 伝説 / 4 子孫 / 5 脚注 / 6 参考文献 / 7 関連作品 / 8 祭り / 9 関連項目 / 10 外部リンク
 
 
  将門ブログ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このブログは、歴史上の人物『平将門』公を探求する、ポータルサイトです。  守谷市3(茨城県):続いて、茨城県守谷市西部の将門伝説として、「御霊山」と「寅薬師」などを紹介します。…
 
 
  平将門首塚   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  東京駅の近く、丸ビル等のオフィスビルがそびえる大手町の一角に。人々が恐れて手を付けられない場所があります。その場所とは平将門の首塚を祀っている場所です。近隣のオフィスに勤める人々が毎日花を生け、線香の匂いを絶すことないようにしています。 この地は古来、将門の怨念に悩まされてきた場所で、近年になっても「将門の祟りではないか。」と思われる事象が起きています。
 
 
  将門公と史跡   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  市内にある国王神社には、坂東の風雲児と呼ばれた伝説の武将・平将門の坐像がまつられています。将門の出生には不明な点が多いのですが『将門記』によってそのルーツをたどると、あの平安京を開いた桓武天皇に行き着きます。  1.国王神社/2.島広山/3.石井の井戸/4.一言神社/5.九重の桜/6.延命寺/7.富士見の馬場/8.延命院
 
 
  江戸の方位線   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  将門と浅草寺:太田道灌以前の江戸の霊的磁場の中心は浅草寺と将門の首塚であろう。浅草寺と将門首塚が東北45度線をつくる。/大田道灌の方位線:太田道灌が、江戸城築城に際して、鎧神社・将門首塚・兜神社という将門レイラインを意識したことは、そのライン上に梅林や天神社を配置したことからも窺われるかもしれない。/徳川の方位線:徳川幕府と江戸の霊的防御体制を考えたとき、家康の生前と死後に分けて考えなければならないであろう。
 
 
  坂東千年王国論    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  坂東――坂の東、東山道の碓井峠と古東海道の足柄峠から東の、後に同じ場所に関所が設けられて関東と呼ばれた地域の呼称である。峠や関を越えなければここには入れなかった。周囲を折り重なるが山並みが囲む平野であり、その太古は海だった。
 
 
  平将門 幸田露伴   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  千鍾(せんしよう)の酒も少く、一句の言も多いといふことがある。受授が情を異にし啄(そつたく)が機に違(たが)へば、何も彼(か)もおもしろく無くつて、其れも是もまづいことになる。・・・
 
 
  3−2 将門と道真   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門は上野国府を手中に収めた。都に最も近い国府である。ここで東国独立国家の樹立が宣言された。そのきっかけまことに不思議な事柄に触発されている。「将門記」にはこのような記述がある。・・・
 
 
  風と雲と虹と (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『風と雲と虹と』(かぜとくもとにじと)は、1976年1月4日から12月26日にかけて放送されたNHK大河ドラマ。第14作。 1 概要 / 2 あらすじ / 3 キャスト / 4 スタッフ / 5 主題曲 / 6 放送 / 7 関連商品 / 8 補足/ 9  脚注 / 10 参考文献 / 11 外部リンク
 
 
  平将門の首塚 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門の首塚(たいらのまさかどのくびづか)とは、平将門の首を祀っている塚。将門塚(しょうもんづか)とも呼ぶ。東京都指定の旧跡である。  1 概要 / 2 東京都千代田区にある将門塚の歴史 / 3 伝説 / 4 蛙の置物 / 5 交通アクセス / 6 脚注 / 7 関連項目 / 8 外部リンク
 
 
  将門の繋ぎ馬(つなぎうま)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「繋ぎ馬」は…氏神である築土神社の御祭神 ・平将門公とその子孫(相馬家)が、戦(いくさ)の時の陣幕や家紋に「繋ぎ馬」を使用したことに由来するものと思われる(築和会HP、飯田橋散歩路HP参照)。
 
 
  平将門 Index ティータイム   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天慶3年(940年)2月、下総国石井(いわい・・・現 茨城県岩井市)において、平将門は藤原秀郷・平貞盛・藤原為憲の連合軍との戦いの最中、どこからともなく飛んできた矢にあたりあえなく戦死しました。前年坂東諸国を制圧し、新皇を称した将門の乱はわずか2ヵ月であっけなく幕を閉じたのです。
 
 
  平将門と怨霊伝説 歴史探訪   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門といえば、祟りや怨念の話を思い浮かべる。現代日本の中心地である千代田区に至っても、将門公の祟り話しが伝えられるほどで、千代田区大手町にある将門の首塚が、京都から飛んできた将門の首を祭ったところである−という言い伝えが一般的であろう。そして、将門の霊を祀った神社が神田明神である(昔は大手町付近に位置したという)。
 
 
  書評 将門記  著者:大岡昇平   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「将門のように、関八州を征圧して、天位を僭称したものは、それまでには無論なかったし、その後にも現われなかった。」この一事をめぐって大岡昇平の関心がある。…
 
 
  神田明神 年中行事 将門塚例祭   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  正式名称・神田神社。 東京の中心―神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内、旧神田市場、築地魚市場―、108町会の総氏神様です。「明神さま」の名で親しまれております。
 
 
  首塚 〜 将門巡礼、都区内編 〜   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三井物産ビルの角を曲がると、ビルの隙間に場違いのように茂った樹木の緑に囲われて、それらしき存在が視界に迫ってくる。待ちかねていたかのように上空で突風が吹き荒れ、樹木のてっぺんのほうの梢が千切れんばかりにざわめき揺れ、ビルの横壁に叩きつけられた。
 
 
  平将門 ?‐940(天慶3)  たいらのまさかど   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安中期の武将。桓武平氏上総介平高望の孫。父は鎮守府将軍,良持あるいは良将と伝える。 《尊卑分脈脱漏》によると,母は犬養春枝の娘。その行動は《将門記》に詳しい。  
 
 
  日本三大怨霊!平将門の祟りが怖すぎる。   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  崇徳天皇、菅原道真、平将門という非業の死を遂げた歴史上の3人を日本三大怨霊と呼んでいます。 その中の平将門は、古代の朝敵から中世の崇敬対象、そして明治時代の逆賊視から戦後の英雄化と、時代と共に評価が変わる興味深い人物です。 更に興味深いのは、現代でも将門の祟りが恐ろしいと噂されていることなのです。 今回は、この将門の祟りを知り、そのパワーによるご利益を頂きに、所縁の地を参拝してみましょう。
 
 
  伝記物語と将門 - 6.「絵本将門記」 坂東市   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作品名:「絵本将門記」  将門と純友とが合議のうえ東西呼応して叛乱を起こしたとする『大鏡』の叙述は、それ以後の説話に、異説を生むことになった。『俵藤太物語』や『将門純友東西軍記』など、伝説と創作をもとにした作品世界に発展した。
 
 
  [将門記] 古典籍データベース 早稲田大学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  絵本将門一代記. 1-5 / 滝水子 [撰] ; 北尾政美 画  将門記 ショウモンキ 総類−叢書、全集、論文集  将門記 ショウモンキ 歴史−日本史(通史・時代史・地方史) 
 
 
  「平将門の首塚」の祟りが怖すぎる - NAVER まとめ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  テレビ朝日で始まるドラマ「都市伝説の女」の初回で取り上げられる、「平将門の首塚」についてまとめました。
 
 
  平将門の乱と信濃国 [講演要旨] 早稲田大学文学学術院   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天慶二年(九三九)から起こった平将門の乱は、坂東全土を巻き込んだ大規模な反乱として知られている。本講演では、この将門の乱と信濃国の関係についてお話しした。・・・
 
 
  平将門のお墓の祟りは本当にあったのでしょうか? - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本当にあったようです。将門の首塚を粗末にすると将門の怨霊によって悪いことが起きると伝えられ、科学万能の時代でもある20世紀にも数々の不思議な事件が起きていますので、以下に紹介します。…大蔵省で役人に病人が続出し、大蔵大臣はじめ幹部14人が相次いで亡くなりました。…
 
 
  新訂将門記 <書籍> 林陸朗 編注   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  わが国の古代崩壊期と中世初頭との失われた環、十世紀の謎を秘める第一等史料である。 次代の武士階級の擡頭を促した承平・天慶の大乱を叙述し勁烈な筆致をもって武士団初発の形相を坂東諸豪族間の野火の如き合戦や悽愴な国庁襲撃に描き出して、軍記文学の嚆矢となった希有の書。
 
 
  将門記 新訂 <書籍> 著者:林陸朗   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  著者/訳者名:林陸朗/校注 出版社名:現代思潮新社 シリーズ名:古典文庫 67 発行年月:2006年09月
 
 
  『将門記〜承平天慶坂東大乱〜』 <出版ゲーム>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本誌で扱っている「シミュレーション・ゲーム」の起源はプロイセンの参謀本部で行われた「机上演習」であり、それを「ゲーム」というスタイルにまとめたものです。
 
 
   平将門を祀る江戸の古社 平将門関連書籍(全15冊)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門関連書籍(全15冊)  平将門を祀る江戸の古社 -築土神社-
 
 
  新編 日本古典文学全集41・将門記/陸奥話記/保元物語/平治物語 小学館古典文学全集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門は、10世紀の前半、同族同士の戦い(承平の乱)、国衙との戦い(天慶の乱)の果てに天慶3年2月14日、従兄弟である平貞盛によって追討された。  『将門記』は、その平将門の動きを中心に、板東の地で戦うつわものたちを描いた実録的な作品で、歴史学、文学双方から注目を集めた作品である。
 
 
  映像 - 風と雲と虹と OP   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  映像 - 風と雲と虹と OP 
 
 
  平将門の首塚 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門の首塚 の画像 - Google
 
 
  風と雲と虹と の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風と雲と虹と の画像 - Google
 
 
  平将門 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平将門 の画像 - Google
 
 
伊勢物語
伊勢物語 - Wikipedia 伊勢物語絵巻初段(春日野の若紫) この展覧会では、「伊勢物語」の絵をいくつか紹介しています。それらの魅力ある作品では背景描写をともなってあらわされているので、物語の場面がすぐにわかります。
  伊勢物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「伊勢物語」(いせものがたり)は、平安時代初期に成立した歌物語。「在五が物語」、「在五中将物語」、「在五中将の日記」とも呼ばれる。 全125段[1]からなり、ある男の元服から死にいたるまでを歌と歌に添えた物語によって描く。  1 内容・構成 / 2 作者と成立 / 3 書名の由来 / 4 後世への影響 / 5 諸本 / 6 古注釈 / 7 脚注 / 8 参考文献 / 9 関連項目 / 10 外部リンク
 
 
  伊勢物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語の紹介と研究のページです。美しい伊勢物語の世界へようこそ。
 
 
  新・伊勢物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌物語である「古典『伊勢物語』」を離れ、史実を織り交ぜながら歴史上の人物としての在原業平を描く作品です。
 
 
  伊勢絵巻夢語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語を楽しもう! : 伊勢物語について。いかに”とれんでぃ”な作品か、を語る。/現代語訳伊勢物語/私説伊勢物語/歌詠みの局:掲示板/禁中散策
 
 
  伊勢物語を語る   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページでは、テキスト化した「伊勢物語」のほか、時代背景や人物像などいろいろ思いついた記述を掲載します。
 
 
  伊勢物語の斎王   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語の第69段と第70段に、ある男が狩の使いとして伊勢の斎宮を訪れる物語がある。 ある時、伊勢の斎王の元に都の親元から文が届いた。「近い内に狩の使いがそちらに赴かれるが、大事な方だからいつもの使いよりもずっと丁重におもてなしなさい。」そういう内容であったから、斎王は準備万端心をこめて用意した。
 
 
  『伊勢物語相補論』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大学院生の頃から17年間一貫して研究してきた伊勢物語研究の成果を、 やっと本にまとめることができました。 学術誌や学術書に発表してきた諸論文( 「研究業績一覧」参照)を大幅に補訂し、 体系的に組みあげました。
 
 
  伊勢物語絵巻の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  出光美術館で「王朝の恋―描かれた伊勢物語―」を見る。昔のことになるが、伊勢物語に関心を持った時期があって、とくに第六段「芥川」に思い入れがあった。「白玉かなにぞと人の問ひしとき露と答へて消なましものを」という和歌が好きだったのだ。
 
 
  伊勢物語 - 天福二年本   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本文は、天福二年本『伊勢物語』(学習院大学図書館蔵三条西実隆臨模本を底本とし、宮内庁書陵部蔵冷泉為和筆本等を参照)を復元した。   【第一段】〜【第百二十五段】
 
 
  伊勢物語  第九段 東下り   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  むかし、男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして*1、京にはあらじ*2、あづまの方に住むべき国求めにとて*3、行きけり*4。もとより友とする人ひとりふたりして*5、行きけり。道知れる人もなくて*6、まどひ行きけり*7。三河の国、八橋*8といふ所にいたりぬ*9。そこを八橋といひけるは*10、水ゆく河の蜘蛛手なれば*11、橋を八つ渡せるによりてなむ*12、八橋といひける*13。
 
 
  新譯繪入伊勢物語 目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新譯繪入伊勢物語 目次 - 奈良女子大学附属図書館
 
 
  『伊勢物語』王朝の色好み   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「もう一つの『伊勢物語』」 「むかし、おとこありけり」  世に知られた『伊勢物語』の書き出しであるが、もう一つの“伊勢物語”も、やはり同じ書き出しではじめねばなるまい。
 
 
  伊勢物語 〔古典に親しむ〕   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  一 しのぶみだれ:昔、男初冠(うひかうぶり)して、平城(なら)の京春日の里に、しるよしして、狩にいにけり。  【現代語訳】 昔、ある男が元服して、奈良の都の春日の里に領地がある関係で、狩りに出かけた。その里に、たいそう優美な姉妹が住んでいた。
 
 
  伊勢物語 熊本市の文化財   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語は平安時代前期の代表的な歌物語である。在原業平の歌集を主要な材料として物語化したものであるが、その作者は明かではない。伝本の系統は複雑であるが、永青文庫本は「武田本」と呼ばれる藤原定家の写した一本を、冷泉為秀(〜1372)が伝えた系統のもので、本文の行間に多くの書き入れが加えられている。
 
 
  伊勢物語 第24段 あづさ弓   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  むかし、男、かたゐなか*1に住みけり。男、宮仕へしにとて*2、別れ惜しみて行きけるままに*3、三年来ざりければ*4、待ちわびたりけるに*5、いとねむごろに言ひける人に*6、「今宵あはむ*7」と契りたりけるに*8、この男*9来たりけり*10。「この戸あけたまへ*11」とたたきけれど*12、あけで*13、歌をなむ、よみて、いだしたりける*14。
 
 
  『伊勢物語』を楽しむ - 英楽館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私の一番の目当ては3階の展示室に入ってすぐ右側に展示されている「伊勢物語図色紙貼交屏風」。これは慶長13年(1596)に出版された嵯峨本(光悦本)『伊勢物語』の挿絵の元になったと推定されている色紙49枚を貼り交ぜて朝顔棚に見立てた見事な屏風です。
 
 
  伊勢物語 音声古典ライブラリ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  左のフレームの中の各段のリンクをクリックしてお聴きになりたい段に行ってください。  第一段〜第百二十五段
 
 
  伊勢物語第八十二段「渚の院」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔、惟喬親王と云う方がいらっしゃった。山崎の先の水無瀬に宮があり、毎年、桜の盛りの頃は、その宮にお出でになった。その時はいつも右馬頭(うまのかみ)と云う人をお連れになるのが習いであったが、その人が何と云う名の人なのかは、もう昔のことなので今はわからない。親王は鷹狩りには熱心でなく、酒を飲み和歌を作ることにばかり熱心だった。
 
 
  伊勢物語(室町時代中期)写本   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安中期に成立した、和歌を主体にした120余の短編からなる歌物語で、恋愛に関するものが多い。全体として、在原業平を主人公とした一代記風になっている。源氏物語とともに後世文学に大きな影響を与えた。
 
 
  伊勢物語『東下り(すみだ河編)』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このテキストでは、平安時代初期に書かれた伊勢物語第九段、「東下り(隅田川編)」の現代語訳と解説をしています。作者は不明ですが、在原業平がモデルではないかと言われ、この東下りは、在原業平が京都を追われたときの様子を描写したものとされています。 以下原文へ続く
 
 
  『伊勢物語頭書抄』 甲南女子学園   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   江戸時代には、『伊勢物語』や『源氏物語』などの古典文学が版本となって出版された。学問的なものもあったが、庶民向けに註を付け、絵入で解説したものが多い。本学図書館には伊勢物語関係だけでも、11種の版本がある。本書は元表紙・原題簽を有しているが、本学図書館所蔵の『頭書伊勢物語』(替表紙にある書き題簽による書名。『伊勢物語頭書抄』と同じ内容だが合本にしてある)と比較してみると、表紙見返しと冒頭一丁分が欠落していることがわかる。本文に合わせ半丁の挿絵が随所に入り、頭注がついている形式である。絵師は初期浮世絵界を代表する菱川師宣で、『伊勢物語』の世界をわかりやすく図解し、絵本としても楽しめるようになっている。
 
 
  伊勢物語 全章徹底解読 音声つき   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『伊勢物語』は平安時代初期に書かれた作者未詳の歌物語です。全125段からなり、各段は長さも内容もまちまちですが、必ず一段に一首以上、歌があります。 全体で一人の「男」の元服から死の直前までを描く一代記となっていますが、必ずしも一本の筋があるのではなく、あちこちへ寄り道しながら、ゆったりと話が進んでいきます。 内容も恋愛、友情、親子の情、政治的な駆け引き、旅情など、バラエティに富みます。それも青年期から壮年〜老年期にかけて、それぞれの年齢での実感のこもった歌が詠まれるので、必ず共感できる歌がみつかるはずです。
 
 
   歴史講座第3回「源氏物語と斎宮」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  斎宮歴史博物館の学芸員が、斎宮や斎王について、それぞれの専門分野を生かしたお話をする「斎宮イブニング講座」。
 
 
  伊勢物語抄  写本 半紙本横本1冊   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  猪苗代兼如による伊勢物語注釈書。書写許可奥書「此伊勢物語抄者父兼如雖為秘本深依御懇望許書写者也/寛永九(1632)仲冬念三 看松斎兼与(花押)」(兼如の子、猪苗代兼与自筆。同人は同年12月23日没)。猪苗代兼如旧蔵本の寛永9年転写本。
 
 
  伊勢物語・源氏物語 1 国立国会図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語:『伊勢物語』は、歌人在原業平(ありわらのなりひら)と目される人物の一代記の形をとった平安時代前期の歌物語である。…  伊勢物語/伊勢物語聞書/惟清抄
 
 
  伊勢物語  蜂須賀家本  専修大学図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語  蜂須賀家本  コレクション紹介 本館 専修大学図書館
 
 
  伊勢物語 関西大学図書館 電子展示室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『伊勢物語』は、平安時代の、9世紀から10世紀にかけて作られた歌物語です。奔放な人生を送ったと伝えられる天才歌人・在原業平(ありわらのなりひら、825年〜880年)をモデルに、恋愛や交友、また失意の流浪や遊興など、さまざまな内容が、和歌を中心に語られています。
 
 
  伊勢物語 いせものがたり - 平安時代前期    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語は、在原業平(825-880)をモデルとした(といわれている)短編物語集です。和歌とそれにまつわるエピソードからなる「歌物語」で、計125段の短いお話がおさめられています。平安時代前期に作られました。
 
 
  伊勢物語の世界 奈良女子大学附属図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『伊勢物語』は、その成立年代・作者などについては明らかでない点が多い。 『源氏物語』や『狭衣物語』の記述から、当時「在五が物語」とか「在五中将の日記」と呼ぱれていたことが知られる。しかし、同じ『源氏物語』でも絵合巻には「伊勢物語」とあり、また現存する伝本のすぺてが「伊勢物語」を書名としているから、やはりそれが本来の書名であったらしい。
 
 
  乾飯の上に涙おとしてほとびにけり 伊勢物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔ある男がいた。その男は自分のことを無用のものであると思いこんで、「京の都には住むまい。東国の方に暮らせる国を探しに行こう」と言って出かけていった。…
 
 
  伊勢物語 (いせものがたり) 貴重書コレクション   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書の底本は、学習院大学所蔵の伝定家筆本「伊勢物語」で、三条西家旧蔵の証本である。墨塗り箱入り。縦十六・三三センチ、横十六・一七センチの胡蝶装冊子。料紙は薄様の鳥の子。張数九十二葉のうち墨付は九十葉。その策一葉と第九十二葉が表紙で、表面中央に「伊勢物語」と墨書。本文は第二葉裏の頭初から第八十五葉裏の六行まで。
 
 
  〈嵯峨本〉伊勢物語  西尾市岩瀬文庫コレクション   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『伊勢物語』は、古文や歴史の授業でお馴染みの古典文学ですね。教科書風に解説すると、「作者未詳。平安時代前期に書かれた、現存する我が国最古の歌物語。在原業平(ありわらのなりひら)がモデルとされる主人公の一代記を、“愛”をテーマに描く」といったところでしょうか。
 
 
  『伊勢物語入門 ミヤビとイロゴノミの昔男一代記』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  解説書なのに連続小説のように読め、平易なわりに知的刺激がある、『伊勢物語』の入門書を書きました。『伊勢物語入門 ミヤビとイロゴノミの昔男一代記』です。
 
 
  伊勢物語 (いせものがたり) 名古屋大学附属図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  御師の学芸 その2 : 来田家旧蔵資料の中には、伊勢物語及び連歌関係に貴重資料が多い。前者も連歌師に関わる資料が多く、伊勢の人々の学芸に連歌師が関与したことが知られる。
 
 
  新古今和歌集,伊勢物語に関するQ&A - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和歌をたくさん読もうと思います。 万葉集 伊勢物語 古今和歌集 新古今和歌集 西行 奥の細道 一茶 啄木 サラダ記念日 日本人として読むべき歌集は他になにがありますか?
 
 
  伊勢物語 〈いせものがたり〉 今月の一冊 人間文化研究機構   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  墨流し料紙や打曇り料紙、雲母刷りの色紙や金銀箔散らし料紙などが使われた美麗な『伊勢物語』写本である。
 
 
  特別展「伊勢物語-雅と恋のかたち-」 重要美術品 三重県指定文化財   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  特別展「伊勢物語-雅と恋のかたち-」 重要美術品 三重県指定文化財
 
 
  伊勢物語 <書籍> 大津有一 校注   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  在原業平とおぼしき貴公子を主人公とするこの物語は,彼の元服から終焉までの一代記風の構成をとる.権力とは別次元の価値体系に生きる男,后・斎宮から田舎女・召使との恋愛,報われることを期待しない女の愛,うるわしい友情,主従の厚い情義など,ここにはそれまでの王朝文学の思いも及ばなかった愛情の諸相が生き生きと描かれる.
 
 
  伊勢物語註 <書籍> 室町文学纂集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町後期の写本、冷泉家流系統の古注釈を翻刻し、これに関わる論攷二本を掲載。巻末に和歌・人名・書名索引を付す。
 
 
  伊勢物語 <書籍> 坂口由美子/編   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  王朝の男の理想像「昔男」の人生を、「初冠」(成人式)から臨終まで、秀逸な和歌とともに語る短編連作歌物語集の傑作。美男で心優しく情熱的な昔男には、高貴な女性も市井の女も、老いも若きも心を奪われないではいられない…。
 
 
  伊勢物語絵巻絵本大成 資料篇・研究篇 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉時代前期から江戸時代前期にかけて制作された『伊勢物語』の絵巻と絵本を国内外から集め、資料篇にてオールカラーで掲載、研究篇にて美術史研究者と国文学研究者がそれぞれの立場から最新の研究成果を披瀝。
 
 
  伊勢物語 〈まんが〉 監修:平田喜信 /まんが:後藤長男   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本最初の歌物語として知られる作品から、選りすぐりをまんがで再現。
 
 
  伊勢物語 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伊勢物語 の画像 - Google
 
 
大和物語.951
藤原忠文の息子藤原滋望が父とともに東国へ下ることになったとき、滋望と交際していた監の命婦がやまももを贈ると、滋望は命婦に「みちのくの あだちのやまも もろ… 大和物語の流布本は二条家系統であるのに対して,本書は異本系の一本にあたり,天理図書館蔵の「御巫本」とごく近い関係にあることが認められている。 「大和物語」は、「伊勢物語」、「竹取物語」と趣が異なるところがある それは…
  大和物語とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代中期の和歌説話集。作者未詳。2巻。約 173段。伝本により出入りがあり,成立事情は複雑であるが,天暦5 (951) 〜6年頃には現存本に近い形態が成立していたと推定される。全体は大きく2部に分れ,主として宇多上皇を中心とする廷臣,女性たちに関する和歌説話を集めた部分と,葦刈り説話,菟原処女 (うないおとめ) 説話などの伝承的な和歌説話を集めた部分から成る。
 
 
  大和物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大和物語(やまとものがたり)は、平安時代に成立した中古日本の物語である。当時の貴族社会の歌語りを中心とした歌物語で、天暦5年(951年)頃までに執筆されたと推定されている。歌物語の性格上登場人物は実名・官名・女房名で登場し具体的にある固定の人物を指していることが多い。 『伊勢物語』の影響のもとに成立した作品とされており、「大和」の名は「伊勢」に対する命名であると言われている。しかし、大和という名の女房の手になる物語とする説もある。
 
 
  大和物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大和物語の流布本は二条家系統であるのに対して、本書は異本系の一本にあたり、天理図書館蔵の「御巫本」とごく近い関係にあることが認められている。正確な書写年代は不明で、室町中期以降の書写にかかるものとみられている。
 
 
  大和物語の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページは,大和物語を楽しんで勉強してもらうために作ったものです。主に,学校での授業を中心に考えています。 授業の為の予習・復習に使っていただけるといいでしょう。
 
 
  大和物語 現代語訳   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  帝、おりゐ給ひてまたの年の秋、御ぐしおろし給ひて、ところどころ山ぶみし給ひておこなひ給ひけり。備前の掾にて橘良利といひける人、内におはしましける時、殿上にさぶらひける、御ぐしおろし給ひければやがて御ともにかしらおろししてけり。
 
 
  大和物語 平安時代   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『大和物語』は、平安時代に作られた物語です。天暦5年(951)頃成立し、その後増補を重ねて、現在の形になりました。 本作品の元になっているのは、歌語りです。歌語りとは、口承で伝えられた、和歌にまつわる説話のことです。『大和物語』は、これらの話を材料にして作られています。
 
 
  大和物語・第2段…旅寝の夢   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【現代語訳】: 帝(=宇多天皇)が、ご譲位あそばされて、次の年の秋、ご剃髪なさり、あちらこちらの山をお歩きになって、仏道修行に励まれた。備前の掾で、橘良利といった人が、帝がご在位の時、殿上にお仕えしていたが、帝がご剃髪なさったので、すぐにお供して剃髪したのであった。法皇(=宇多法皇)が誰にも知られないように山歩きをなさったお供に、この人はいつも必ずお供をしていた。…
 
 
  大和物語(校註日本文學大系)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大和物語(校註日本文學大系)
 
 
  能「姨捨」(姨捨山伝説と大和物語)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  信濃の更科は古来月見の名所だったらしい。これに何故か姨捨の悲しい話が結びついて、姨捨山伝説が出来上がった。大和物語に取り上げられているから、平安時代の前半には、人口に膾炙していたのだろう。今昔物語集も改めて取り上げている。能「姨捨」は、この説話を基にして、老女と月とを情緒豊かに描いたものである。
 
 
  「語り」としての歌物語〜「大和物語」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  十世紀の平安王朝に登場した文学の叙述方法、それが「歌物語」です。和歌文化という文芸復興に伴い、古事記・日本書紀における「歌謡」という和歌によって語られる叙述が、「歌物語」というかな文字による記述として復活しました。その「歌物語」で、最も有名なのが「伊勢物語」ですが、ここではそれより後の時代の成立と思われる、「大和物語」を取り上げます。
 
 
  清慎公藤原実頼室能子と『大和物語』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天禄元年(九七〇)五月十八日、摂政太政大臣従一位藤原実頼が薨じた。時に七十一歳であった。実頼は、まだ若かりしころ高麗の相人に「貴臣」と観相されたが、村上天皇が即位して年号を天暦と改元した翌々日の天暦元年(九四九)四月二十六日に、右大臣から左大臣に転じた。…
 
 
  「大和物語鈔」(故高橋正治先生御蔵書)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  清泉女子大学で長く教鞭をとられた高橋正治先生が逝去されてから三年以上の月日が経過し、先生が所蔵されていた写本類が、この度、清泉女子大学附属図書館に収蔵される運びとなりました。
 
 
  藤田六郎兵衛の世界II 大和物語 / CD   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平成20年度(第63回)文化庁芸術祭参加作品/『澄み飾る自然に豊穣を願い、いにしえの笛の音がいま時を越える。』/能楽笛方藤田流11代家元藤田六郎兵衛が、室町時代後期から代々藤田家に伝わる能管「萬歳楽」を巧みに操り、通常の楽器のように定まった音程のない能管の醍醐味を表現します。 日本の情緒と、日本人の心の中の崇高な「侘び寂び」への思いを託し、現代の音楽と変幻自在な能管の調べが幽玄で荘重な世界を創り出します。
 
 
  大和物語(上) (講談社学術文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「あはれ」の情感が色濃く漂う歌物語の傑作十世紀後半に成立した173段から成る歌語り集。失意と不遇、宇多天皇の退位から始まり、宮廷を中心に、人人の悲しくも美しい魂の交流が連鎖的に語られてゆく。   大和物語(下)[文庫]
 
 
  大和物語 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大和物語 の画像 - Google
 
 
後撰和歌集.953
  ⇒後撰和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「016 【文芸亜 勅撰和歌集(二十一代集)/梁塵秘抄/近代秀歌」 ⇒後撰和歌集
 
 
平中物語.965
絵巻と古地図 - 修学院 竹取物語・伊勢物語・大和物語・平中物語 - 【クラシック=古典=不変・普遍】 黄18-1 平中物語 附 平中滑稽譚 萩谷朴 校注 発行年月日:昭和35年 4月10日
  平中物語とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代中期の歌物語。『平仲物語』とも書き,『平中日記』『貞文日記』ともいう。作者未詳。1巻。天徳4 (960) 〜康保2 (965) 年の間に成立か。『古今集』時代の歌人で「すき者」として名高い平貞文 (?〜923) を主人公とする恋物語 38段から成る。
 
 
  平中物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『平中物語』(へいちゅうものがたり。平仲物語とも書く)は、平安時代に成立した歌物語。作者や成立年は不詳。主人公の「平中」は、平安時代中期の歌人、平貞文(たいらのさだふみ(さだぶん))。『伊勢物語』の影響が大きい作品であるが伊勢物語に比べ地文が多いという。 本文/関連項目
 
 
  平中物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  採取地域:京都府京都市    原典:今昔物語   登場人物:平定文 侍従の君    物語:世にいう、「世界三大美女」は、クレオパトラ・楊貴妃・小野小町    最後の小野小町は、世界に名だたる美女というわけでもありますまい。  つまり、この「世界三大美女」は、日本人の考案なるものでありましょう。  
 
 
  「語り」としての歌物語〜「平中物語」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この物語の主人公である「平中」こと平定文(貞文)とは、平安時代中期の実在の人物です。生年不詳、延長元年(923)没、桓武天皇皇子仲野親王孫である平好風の息子で、光孝天皇皇后班子女王(寛平后)は好風の伯母にあたります。実在上の平貞文ですが、閑院の御・紀乳母・在原棟梁女・土左・「おほつぶね」など、多くの女性との交渉があり、その時の贈答歌が後撰和歌集などに遺されています。
 
 
  ホントはウザい平安朝の恋愛 〜『平中物語』 あるストーカーのつきまといの日々〜   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  童女から老女まであらゆる女とやりまくる平安朝の色好み達をこれまで何度かネタにしてきたわけですが、そこで取り上げた『伊勢物語』や『源氏物語』は、物語的に理想化された劇的な人物を描いており、色好みの現実的な姿を伝えてはおりません。 そこで今回は、色好みの理想化されざる姿を取り上げてみましょう。
 
 
  新編日本古典文学全集 (12) 竹取物語 伊勢物語 大和物語 平中物語 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  頭注+原文+現代語訳。「三段組の古典」決定版誕生。基本的作品を網羅。権威ある執筆陣、最新の研究成果。読みやすい二色刷。
 
 
  黄18-1 平中物語 附 平中滑稽譚 <文庫>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  王朝風な好色一代男として艶名高い平中こと平貞文を中心とする歌物語で、貞文の歌集を母胎に成立したかと思われる。所収説話三八話、ほとんど固有名詞をもちいず、私小説的性格を豊かにもつ特異な作品。平中物語以外に伝えられる和歌的説話・好色滑稽譚を併載。静嘉堂蔵本を本文に原本の忠実な再現を期し、最良のテキストを提供。
 
 
  平中物語 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平中物語 の画像 - Google
 
 
蜻蛉日記.974
藤原道綱母(百人一首より) - Wikipedia 《『蜻蛉日記』は日記文学の最高傑作》 蜻蛉日記 石山詣で
  蜻蛉日記の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページは,蜻蛉日記を楽しんで勉強してもらうために作ったものです。主に,学校での授業を中心に考えています。 授業の為の予習・復習に使っていただけるといいでしょう。
 
 
  蜻蛉日記 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『蜻蛉日記』(かげろうにっき、かげろうのにっき、かげろうにき)は、平安時代の女流日記。作者は藤原道綱母。天暦8年(954年) - 天延2年(974年)のできごとが書かれ、成立は天延3年(975年)ごろか。上中下の三巻からなる。夫である藤原兼家との結婚生活や、兼家のもうひとりの妻である時姫(藤原道長の母)との競争、夫に次々とできる妻妾のことが書かれ、また唐崎祓・石山詣・長谷詣などの旅先でのできごと、上流貴族との交際などの記事がある。  1 概要 / 2 その他 / 3 参考文献 / 4 関連項目 / 5 外部リンク
 
 
  藤原道綱母 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原道綱母(ふじわら の みちつな の はは、承平6年(936年)? - 長徳元年5月2日(995年6月2日))は、平安時代中期の歌人。藤原倫寧の娘。(『尊卑分脈』に「本朝第一美人三人内也(=日本で最も美しい女性三人のうちの一人である)」と書かれているが、尊卑分脈は間違いも多く真偽は不明) 藤原兼家の妻の一人となり一子道綱を儲けた。 1 和歌 / 2 脚注 / 3 参考文献 / 4 外部リンク / 5 関連項目
 
 
  新出資料『蜻蛉日記新釈』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『源氏物語』の研究者として『源氏物語の研究 &#8212;創作過程の探求&#8212;』(昭和50年、武蔵野書院、昭和49年に本論文により東京大学より学位取得)の業績のある小山敦子先生に、偶然のことながら今回お目にかかる機会を得ました。
 
 
  蜻蛉日記 (かげろうにっき)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作者は夫の愛を求め、「30日30夜は我がもとに」を目標に「寂しい」「待ってる」としおらしい手紙を送る。 しかし、夫が作者の家を訪れると、彼女は嫌がらせ連発で不満タラタラ。「手紙」と「実際の態度」がいつも違う。不満がたまってそうなるわなぁ。でも夫はざりする。
 
 
  蜻蛉日記 - 古典・古文 解説音声つき   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  蜻蛉日記』は、夫への不満、恨み、憎しみを延々と書き綴った日記です。 私のもとに通っ てくれない、あれしてくれない、 これしてくれない、不満、恨み、憎しみ。 なんと21年間 ぶん。すさまじい負のエネルギーです。
 
 
  蜻蛉日記 嘆きつつひとり寝る夜 - 日記文学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  蜻蛉日記は、藤原道綱の母が、19才の頃に当時の貴族のなかでもトップのエリートであった兼家と結婚してから二十一年間の結婚生活について書いた日記であるである。 当時の兼家は二十六才で時姫という妻があり、長男の道隆も生まれていた。結局、九人の妻を持つことになる。兼家については、2年で『大鏡』の兄兼通との確執で学習済みである。長男の道隆も南院の競射で登場している。作者はたいへんな美人で、また、『更級日記』の作者の菅原孝標の娘の母親の異母姉で、歌人としても有名である。
 
 
  古典文学講座: 王朝女流日記の世界 「蜻蛉日記」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  学習内容: 藤原道綱母による平安中期の日記文学「蜻蛉日記」は一夫多妻の貴族社会で権勢家藤原兼家の妻となった女の苦悩、 北の方(=第一婦人)の地位を得られない悔しさが表現された作品です。 本講座では「蜻蛉日記」をじっくり読み解きながら、王朝婦人の生き方について考えます。
 
 
  蜻蛉日記 : 結婚生活に苦しんだ女性の半生記 - 古典文学ガイド   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日記。三巻。平安中期の歌人藤原道綱母(みちつなのはは)作。天延二年(974)以後の成立。 天暦八年(954)藤原兼家(かねいえ)と結婚してのち、一子道綱をもうけたものの、夫の兼家が多くの妻をもち、兼家が通わなくなって夫婦関係が絶えるまでの結婚生活を記している。 一夫多妻の上流貴族社会の中で、不安定な結婚生活に苦悩や嫉妬や絶望を重ねながら、やがて一子道綱への愛や、芸術の世界に平安を見いだしていく21年間の心の遍歴を自伝風につづる。
 
 
  蜻蛉日記 最古の断簡発見 鎌倉時代の作、3葉目 (2009/7/16)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  女性の日記文学の先駆けとされる「蜻蛉(かげろう)日記」は藤原道綱の母の作。平安時代中ごろの954〜974年の記録だが、現存する写本は江戸時代以降がほとんど。鎌倉時代の作で、現存最古とされる絵巻物の断簡が2葉知られていたが、その3葉目が見つかった。
 
 
  新版 蜻蛉日記I(上巻・中巻)現代語訳付き - 角川ソフィア文庫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  美貌と歌才に恵まれた女に権門の男からの求婚があった。結婚後も、与えられる以上の愛を求めて、自らの身を蜻蛉のようにはかないと詠嘆する、作者の21年間の内省的日記。物語とは違う新たな文学ジャンルを意識的に目指した作品の登場である。良質な本文がなく難解と言われる蜻蛉日記であるが、わかりやすい注とこなれた現代語訳を付した文庫の決定版。1には、上巻と中巻を収める。
 
 
  新版 蜻蛉日記II(下巻)現代語訳付き - 角川ソフィア文庫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本朝三美人の一人とうたわれた女にも老いが忍び寄る。夫の訪れが途絶えがちななか、女は夫が別の女性に産ませた娘を養女とする。夫との実質的離婚後、その養女へ執拗な求婚をするのは、息子道綱の上司であった。道綱と女性たちとの贈答歌が多く記されるなか、道綱母の切々とした心情が描かれる。わかりやすい注とこなれた現代語訳を付した文庫の決定版。2には、下巻と巻末和歌を収め、各種索引も充実。
 
 
  「わたしの蜻蛉日記」瀬戸内寂聴(集英社) [本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本屋さんで見かけて、おもしろそうかな、と思い図書館で借りてきました。「蜻蛉日記」の寂聴訳なのかと思っていたら、寂聴さんがもう30年以上も前に、自分自身の覚え書きとしてかき綴っていたものがベースになっているそうで、この物語に対する、寂聴さんの素朴な感想とか、作者への辛辣なコメントがあったりしてそれはそれでおもしろい。
 
 
  わたしの蜻蛉日記 [単行本]   瀬戸内 寂聴 (著)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本屋さんで見かけて、おもしろそうかな、と思い図書館で借りてきました。「蜻蛉日記」の寂聴訳なのかと思っていたら、寂聴さんがもう30年以上も前に、自分自身の覚え書きとしてかき綴っていたものがベースになっているそうで、この物語に対する、寂聴さんの素朴な感想とか、作者への辛辣なコメントがあったりしてそれはそれでおもしろい。
 
 
  蜻蛉日記 - 角川ソフィア文庫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  美貌と歌才に恵まれ権門の夫をもちながら、蜻蛉のようにはかない身の上を嘆く藤原道綱母の21年間の日記。鋭く人生を見つめ、夫の愛情に絶望していく心理を繊細に描く。現代語訳を前面に出し、難解な日記をしっかり理解できるよう構成。現代語訳・原文ともに総ルビ付きで朗読にも最適。
 
 
  蜻蛉日記 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  蜻蛉日記 の画像 - Google
 
 
宇津保物語.984?
宇津保物語・俊蔭 全訳注 (講談社学術文庫) | 上坂 信男, 神作 光一 源氏物語歌かるた. 奈良絵本うつほ物語 うつほ物語 狭衣の草子
  宇津保物語とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代中期の物語。作者は源順 (したごう) とする説が有力。 20巻。 970年代頃成立とされる。物語は,清原俊蔭,その娘,藤原仲忠,犬宮の4代にわたる霊琴にまつわる音楽霊験談と,源雅頼の娘の貴 (あて) 宮を主人公とする物語がからみ合って展開する。
 
 
  うつほ物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『うつほ物語』(うつほものがたり、宇津保物語)は、日本の平安時代中期に成立した長編物語。全二十巻、著者は不明だが源順説などがある。『竹取物語』にみられた伝奇的性格を受け継ぎ、日本文学史上最古の長編物語である。 写実的な描写などは『源氏物語』の成立へ影響を与えたと言われている。当時の貴族にとって、その演奏が教養でもあった楽器のひとつ「琴(きん)」の音楽をめぐって物語が展開していく。当時の年中行事を記した日記的な記述が多くみられる点も特徴のひとつである。  1 あらすじ / 2 構成 / 3 関連項目 / 4 外部リンク
 
 
  『うつほ物語』への招待   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  すでに一条朝には、中宮定子の後宮サロンでもてはやされ、『枕草子』にも定子後宮の女性の間で、<藤原仲忠>と<源涼>と、どちらが物語の主人公にふさわしいか、という論争が記されている。じしんが清原氏であったからであろうか、清少納言は<仲忠>を支持しているが、その童生(わらわお)いのいやしさを非難する声もあったのである。
 
 
  「宇津保物語」俊蔭その85   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  左大将殿も、帰り給ひぬ。御時よく遊びて入り給ふ。仲なか頼より、行ゆき正まさも、御送りしけり。「やがて、宿直せむ」と言ふ。おとど入り給へれば、宮、「など、かく遅くおはしつる」。おとど、「かの御み饗あるじの、いとになく景かう迹ざくなりつれば、皆人、ただ今までなむありつる。---左大将も、帰っていきました。長時間よく遊びました。仲頼、行正が左大将を送っていきました。…
 
 
  「源氏物語」と「宇津保物語」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「源氏物語」を読んでいると平安貴族は、歌と恋とだけの、優雅な生活と思われるが、「宇津保物語」の中の貴族たちは鷹狩とか競馬とかポロとかの男性的なスポーツを日常の習慣としている。
 
 
  細井貞雄書入「宇津保物語」画像データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第一種に分類される十一行本。俊蔭巻のみ刊行。二冊。  絵入整版本。俊蔭巻のみ刊行。三冊。
 
 
  『宇津保物語』の琴 - 失われた琴韻を求めて8   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『宇津保物語』(平安975年頃)は親子四代にわたる琴伝授の物語である。全編を通して琴の尊重と讃美に貫かれており、その主題は求婚譚というより琴による出世譚、芸術至上主義としての琴を謳い上げる。あたかも音楽そのものを表現しようとしたかの如く、その琴音の描写は超現実的でファンタジーに満ちている。
 
 
  宇津保物語  うつほものがたり - 平安時代中期   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宇津保物語は、平安時代に作られた伝奇物語です。長編の物語作品としては日本初になります。作者・成立年とも不明ですが、『源氏物語』や『枕草子』の中でその一部が紹介されており、それ以前には存在していたと考えられます。
 
 
  うつほ物語 (ビギナーズクラシックス 日本の古典)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源氏物語に先行する壮大な長編物語。ある貴族の四代にわたる秘琴の伝授を主題とし、源氏・藤原氏両家の皇位継承をめぐる対立を絡めて語られる。異国の不思議な体験や琴の伝授にかかわる奇瑞などの浪漫的要素と、皇位継承や結婚に関する世俗的な話題を併せ持つ。
 
 
  宇津保物語・俊蔭 全訳注 [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『源氏物語』をやがて生む素材に満ちた『宇津保物語』は、日本最古の長篇物語として物語文学に大きな影響を与えた。本書は、特に重要な「俊蔭」巻を、現代語訳、語釈、余説で詳細に解読する。俊蔭―俊蔭の娘―仲忠―犬宮と一家四代にわたって継承される琴の伝承譚と、時の権門源正頼の娘あて宮をめぐる十六人の求婚譚の二本立ての物語が展開する。貴族から庶民に至る人間模様を生き生きと綴る好編。
 
 
  宇津保物語 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宇津保物語 の画像 - Google
 
 
三宝絵詞.984
  三宝絵詞 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三宝絵詞(さんぼうえことば)は、平安中期の仏教説話集。略して三宝絵(さんぼうえ)とも呼ばれている。 円融天皇の永観2年(984年)11月に成立。二品尊子内親王(966年 - 985年)のために学者源為憲(? - 1011年)が撰進。尊子内親王は三歳で父帝冷泉天皇の斎院に卜定され、退下ののち叔父にあたる円融天皇に入内するが、天元5年(982年)四月、密かに髪を切り入道した。その後、内親王の仏道の入門書として「三宝絵詞」3巻が献上された。
 
 
  三宝絵詞 - 文化遺産オンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源為憲の著になる仏教説話集で,仏・法・僧の三宝の話を上・中・下の三編に収める。本来は絵と詞書の両方があったと考えられるが,絵の方は現存しない。当館本は文永10年の書写になる古写本で,もとは東寺に伝来したものである。
 
 
  『三宝絵詞』仏宝の10(雪山童子)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔、独りの人有りて雪山に住みき。名付けて雪山童子と云ふ。 薬を食ひ菓子(このみ)を取りて、心を閑(しづか)にし道を行ふ。 帝釈是れを見て思はく、「魚の子は多かれど魚と成るは少し。 菴羅(あんら)の花は滋(しげ)けれども菓子を結ぶは希(まれら)なり。
 
 
  三宝絵詞 (さんぼうえことば) - 三浦佑之   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  永観2(984)年、源為憲が若くして出家した尊子内親王(冷泉天皇皇女)のために撰進した仏教の入門書。… 『三宝絵詞』3巻は仏・法・僧の三宝で構成され、昔・中昔・今という時間が意識されている(序)。本文の各所に「絵あり」という注記があるように絵が添えられていたが、現存写本は説話だけである。
 
 
  史料リスト・平安時代−宗教関係−   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  史料リスト・平安時代−宗教関係−
 
 
  三宝絵詞〈下〉 [古書] [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三宝絵詞〈下〉 (1982年) (古典文庫〈65〉) [古書] [文庫]  源 為憲 (著), 江口 孝夫 (著)
 
 
往生要集.985
  往生要集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  往生要集(おうじょうようしゅう)は、比叡山中、横川(よかわ)の恵心院に隠遁していた源信[1]が、寛和元年(985年)に、浄土教の観点より、多くの仏教の経典や論書などから、極楽往生に関する重要な文章を集めた仏教書で、1部3巻からなる。 死後に極楽往生するには、一心に仏を想い念仏の行をあげる以外に方法はないと説き、浄土教の基礎を創る。 この書物で説かれた厭離穢土、欣求浄土の精神は貴族・庶民らにも普及し、後の文学思想に影響を与えた。
 
 
  往生要集  おうじょうようしゅう    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  比叡山横川(よかわ)の恵心院の僧都(そうず)源信が985年(寛和1)に斤述した書。3巻。 〈往生極楽〉に関する経論の要文を集め,〈往生の業(ごう)には念仏を本となす〉という思想を明らかにした平安時代の浄土教信仰を代表する著書。
 
 
  往生要集 巻上 *尽第四門半   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  往生要集 巻上 *尽第四門半 天台*首楞厳院沙門源信撰
 
 
  日蓮聖人引用経論  「往生要集」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  往生要集 漢文/往生要集 訓読/往生要集 表記について
 
 
  仏教の死後世界 - 死のガイドブック「往生要集」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本に仏教が入った時代には、それが当時の最高の学問体系であった。当時は医学も科学も仏教の一分野といってよく、執行される儀式は大変に現世利益的なものがあったと思われる。 10世紀末に比叡山の源信によって書かれた「往生要集」は、死後の世界である極楽と浄土のガイドブックであり、また「いかにして西方浄土に生まれる事が出来るか」という実習マニュアルであった。
 
 
  往生要集 : 地獄・極楽のイメージを最初に定着させた仏教書 - 古典文学ガイド   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  仏教書。三巻。源信(げんしん)著。永観三年(985)成立。 「厭離(おんり)穢土(えど)」「欣求(ごんぐ)浄土」「極楽証拠」「正修念仏」「助念方法」「別時念仏」「念仏利益(りやく)」「念仏証拠」「往生諸業(しょごう)」「問答料簡」の十門からなる。 種々の経論中から極楽往生の要文を抜粋し、念仏以外に極楽往生の法のないことを問答体で説いている。日本浄土教思想の最高の書であり、平安中期以降の文学や美術などに大きな影響を及ぼした。
 
 
  往生要集絵巻   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  往生要集絵巻
 
 
  往生要集〈上〉 [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源信(942‐1017)は、第一章で八熱地獄の一つ一つの大きさ、業因等に触れ、その極苦の様をリアルに描いて罪の恐ろしさを思い知らせる。その上で、地獄に堕ちず極楽往生するには一心に仏を想い念仏する以外にないと説く。源信の影響は法然・親鸞の浄土教にうけつがれるが、とりわけ地獄思想は文学・絵画に深い影響をおよぼした。    往生要集〈下〉[文庫]  
 
 
  「往生要集 (上)(下)」(源信/ 石田瑞麿訳注/岩波文庫)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  もとより専門教育を受けていないわたしに学術論文を求めるものはいないだろう。 このまま内容を忘れてしまうのはもったいない。 簡単な感想を記しておくのも悪くはないと思う。
 
 
落窪物語.989
  落窪物語 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『落窪物語』(おちくぼものがたり)は、10世紀末頃に成立したとされる中古日本の物語である。全4巻。作者は不明、漢籍の引用があり、露骨な表現や下卑た笑いもみられることから当時の男性下級貴族であろうと言われている。源順、源相方などが候補に挙がっており、巻四は清少納言が書き加えたとする説まであるが、いずれも確定に至っていない。 題名の「落窪」は、主人公の薄倖な姫君が置かれた部屋の名前に由来する。
 
 
  落窪物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このHPでは古典作品の1つ落窪物語について紹介していきます 特に何もないページですがゆっくりしていって下さい。
 
 
  舞え舞え蝸牛 新・落窪物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「落窪物語」という平安時代の古典は、「源氏物語」や「枕草子」より以前に成立していたと言われていますが、成立した正確な年代も作者もわかりません。「継子いじめ」をテーマにした物語ですが、物語のすじが大変わかりやすく、登場人物一人一人の性格や行動が生き生きと描かれていますので、古典への入門書としては最適なのではないかと思います。以下に簡単にあらすじを紹介しますね。
 
 
  大伴茫人さんの加工訳 『落窪物語』    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ここでは、大伴茫人さんが当サイトの掲示板で連載して下さっている 加工訳『落窪物語』を みなさまがご覧下さる際に 便利なよう、一覧できる形に まとめさせていただきました。 『落窪物語』といえば、継子物語の代表であり、シンデレラの元祖日本語バージョンとでもいった ハッピーエンドの楽しい作品ですから、最後まで読まれたことのある方も多いことと思います。
 
 
  落窪物語 - 現代若者京ことば訳  「綾鈴堂」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安のシンデレラとも呼ばれる落窪物語 (おちくぼものがたり) 現代の日常京ことば訳で読んでいくサイトです。 物語を楽しむことに重点を置いています お勉強じゃない目で 古典文学を楽しんでみませんか?
 
 
  落窪物語 (おちくぼものがたり) - 三浦佑之   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  継子いじめを主題とした長編のかな物語。作者未詳で、それが男性か女性かもわからない。10世紀末頃に成立したと考えられている。全体4巻からなるその前半はヒロインである「継子」落窪の君に対するいじめを中心に語り、後半では落窪の君が幸せな結婚をとげた後の、夫である男君の継母およびその周辺への執拗な報復と最後の和解が語られる。
 
 
  落窪物語  おちくぼものがたり - 平安時代中期   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  落窪物語は、平安時代に作られた中編の物語で、作者・成立年ともに不明です。テーマは”継子いじめ”、すなわち、養女として引き取られた家で継母にいじめられる姫君のお話です。 主人公の姫君は姿も心もたいへん美しい女性でしたが、実の母親をなくしており、北の方(継母)のもとに引き取られています。
 
 
  落窪物語 : 日本版シンデレラ物語 - 古典文学ガイド   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代の物語。四巻。作者未詳。十世紀末ごろ成立。 継母に虐待され、落窪の間に押し込められていた中納言忠頼の娘である姫君が、のち左近少将の正妻となって復讐を果たし、その結果、少将と姫君は幸せになるという内容。首尾一貫した構成をもつ作品で、『源氏物語』をはじめ後代の文学に影響を与えた。
 
 
  「落窪物語」と「鉢かづき姫」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  つい最近、「落窪物語」と「鉢かづき姫」とうお話を知りました。 どちらも、昔からある物語です。 「落窪物語」は、平安時代に書かれた物語で、「鉢かづき姫」は、室町時代のお伽草子のお話のです。
 
 
  落窪物語 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『落窪物語』は、早くに母を失った姫君が、継母にいじめられ、苦労しながらも、やがてすばらしい貴公子とめぐりあい、幸せを得る物語である。このストーリーの基本的なパターンは、シンデレラに代表されるが、古来、世界各地で作られ、今に語り継がれている。平安時代に書かれたこの物語も、みやびな恋物語というより、生身の人間の喜怒哀楽を興味深く描いた大衆文学として、長く読み継がれ、語り継がれてきたロングセラー小説の一つである。
 
 
  落窪物語・堤中納言物語 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  清少納言も楽しんで読んだという『落窪物語』は,娯楽に徹した平安時代の継子いじめ譚。継母から落ちくぼんだ部屋をあてがわれ、「落窪の君」とあだ名された姫君が,美しさと心根の優しさで貴公子の愛をつかむ筋立てはシンデレラ物語そのものだが、本書のほうがペローやグリム童話より七、八百年も前に成立している。
 
 
枕草子.1000
  枕草子 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『枕草子』(まくら の そうし)は、平安時代中期の女流作家、清少納言により執筆されたと伝わる随筆。「枕草紙」「枕冊子」「枕双紙」「春曙抄」とも表記され、最古の鎌倉時代の写本前田本の蒔絵の箱には『清少納言枕草子』とある。『清少納言記』などとともいった。 『源氏物語』に比肩する中古文学の双璧として、後世の連歌・俳諧・仮名草子に大きな影響を与えた。鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』と並んで日本三大随筆と称される。
 
 
  清少納言 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  清 少納言(せい しょうなごん、康保3年頃(966年?) - 万寿2年頃(1025年?))は、平安時代の女流作家、歌人。本名は清原諾子(なぎこ)という説もあるが、不詳。 「梨壺の五人」の一にして著名歌人であった清原元輔(908年 - 990年)の晩年の娘。
 
 
  枕草子の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページは,枕草子を楽しんで勉強してもらうために作ったものです。主に,学校での授業を中心に考えています。 授業の為の予習・復習に使っていただけるといいでしょう。  枕草子/清少納言/枕草子各段
 
 
  『枕草子』について   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  a『枕草子』の成立:平安時代にあっては紙はたいへん高価なものでした。…/b『枕草子』の内容/c作品に見る清少納言の感性。
 
 
  「枕草子 くらげの骨」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作者清少納言のウィットに富んだ会話を味わいましょう。  本文1 音読はこちらをクリック 現代語訳 文法チェック! 敬語のポイント! 基本古語チェック!…
 
 
  枕草子の果実的口語訳   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページは、気楽に古文!ということで、枕草子の果実的口語訳をご紹介します。 ちょっとした解説も入っているので、ぜひとも読んでくださいね。 昔も今も、考えてる根底って一緒なのです。わかると楽しい日本中世時代!
 
 
  「枕草子」の中の星世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「枕草子」とは、あの「春はあけぼの・・・・」から始まる、平安時代に清少納言(本名及び生没年未詳)が記した、約300段もからなる随筆です。その中には、「星は、すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。尾だになからましかば、まいて。」と星に関する記述もあり、天文愛好家にとって最も有名な文だと思います。
 
 
  【清 少納言〜特選“枕草子”】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安中期に活躍。姓は清原、名は不明。父・清原元輔(もとすけ)は百人一首に「契りきなかたみに袖をしぼりつつ  末の松山波越さじとは」が採られた三十六歌仙の一人。曾祖父・清原深養父(ふかやぶ)も百人一首に「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづくに月宿るらむ」が入った『古今集』の歌人。…
 
 
  古典文学講座  『枕草子』 の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  読解の実例 ・ 「大納言殿参り給ひて」(第二九三段)を例に 『枕草子』第二九三段に、下記のような一節が見られる。とりあえず読んでみよう。・・・
 
 
  九州大学所蔵枕草子データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『古事記伝』や『源氏物語玉の小櫛』によって日本古典の研究史上に不朽の名をとどめる本居宣長は、伊勢の国松阪の人であった。明和9年(1772)の春、宣長は「吉野の花見にと思ひた」って、伊勢から大和をめざして旅に出る。  十三行古活字版枕双子/慶安二年版清少納言枕草子/対照検索版
 
 
  枕草子 〔古典に親しむ〕 清少納言   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【三月三日は】 〜第四段  三月三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花の今咲き始むる。柳などをかしきこそさらなれ、それもまだまゆにこもりたるはをかし。広ごりたるはうたてぞ見ゆる。→三月三日の節供は、うららかにのんびり日が照っているのがよい。…
 
 
  清少納言の憩 榊原温泉 - かんこう みえ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  清少納言「枕草子」に記された名泉・ななくりの湯  清少納言は、『枕草子』の中の第百十七段で、「ななくりの湯」をとり上げ、称賛している。 この温泉は、日本三名泉のーつとして名高い榊原温泉…   榊原温泉
 
 
  枕草子(まくらのそうし) - Yahoo!百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安中期の随筆。清少納言(せいしょうなごん)の作。跋文(ばつぶん)によると、清少納言が仕える一条(いちじょう)天皇の中宮定子(ていし)に、正暦(しょうりゃく)5年、長徳(ちょうとく)元年(994、995)のころに、中宮の兄藤原伊周(これちか)が紙を献上したことがあり、中宮から「これに何を書かまし」と尋ねられたので、「枕にこそは侍(はべ)らめ」と答えたところ、「さば、得てよ」とその紙を下賜されたので書いたという。
 
 
  枕草子 まくらのそうし  -京都大学附属図書館所蔵-   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『枕草子』は、清少納言によって書かれた、平安時代の随筆です。  清少納言は、藤原元輔の娘として生まれ、一条天皇の中宮定子に仕えました。『枕草子』は、彼女が女房として仕えていた期間に書かれたものといわれています。
 
 
  枕草子[一] <新潮カセット&CD> 坂本和子/朗読   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安の名作『枕草子』全文を朗読し、その魅力をあますことなく伝える。第1巻では「春はあけぼの」から始まる有名な第1段から、第46段までを収録。[テキスト付]
 
 
  枕草子各段・・・お好きなところをクリックして下さい!   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  枕草子(本文)各段・・・お好きなところをクリックして下さい! まだ制作中も多数有ります。ご容赦を!
 
 
  枕草子(まくらのそうし) 貴重書コレクション 学習院大学図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書の体裁のあらましを次に記す。 上下二冊。縦二六.五センチ、横ニ〇センチ。本文の用紙はうす手の楮紙で、袋綴であるが、現在は、補修のため、用紙は裏打ちして厚手になっている。 ただし絶妙な技術によって、一見貼り合わせとは考えられないほどである。
 
 
  『枕草子』章段対照表   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『枕草子』の主な注釈書の章段番号の対照表です。
 
 
  『枕草子』の校本・注釈書(一部)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『枕草子』の校本・注釈書(一部) 章段対照表で取り上げた注釈書等(薄いピンク色の列)のリストです。一部その他の書も入れています。
 
 
  枕草子  NHK学園 生涯学習通信講座   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「日本初の随筆」としても名高い『枕草子』。 テキストでは320の段に分けられる『枕草子』の章段のうち、著名な66段を取り上げて学びます。清少納言はその歯に衣着せぬ物言いのためか、一般的には冷然とした人物との印象が強いようですが、『枕草子』をじっくり読むと主人である中宮定子を気遣う彼女の優しさや親愛の情がよく感じられ、その印象が一変することでしょう。
 
 
  古文 ⇒ 清少納言 ⇒ 枕草子 <動画>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【清水寺】/【下鴨神社】/【糺(ただす)ノ森】/【長谷寺】/【長谷寺詣】/【鞍馬寺 参道】/【春日大社と枕草子】
 
 
  大人の塗り絵ノート 「枕草子絵巻」編   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  線だけで描かれた絵巻に色をつけ、平安中期の宮廷を甦らせる。 / 鎌倉時代末期の線画による絵巻。繊細な墨の線が、清少納言の仕えた中宮定子の一条天皇後宮を雄弁に物語る。モノクロの王朝世界に華麗な色をつけて、才女の時代のウイットに富んだ生活を色鉛筆で再現してみましょう。
 
 
  枕草子 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源氏物語とともに王朝文学を代表する珠玉の随筆集。清少納言のたぐいまれな感性により描写された機知にあふれた宮廷生活を、現代語だけでも味わえる好書。初めて古典を読む方のための現代語訳。原文総ふりがな付き。
 
 
  枕草子REMIX <書籍> 酒井順子/著   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  あなたとは絶対に気が合う!千歳年上なのに同じ時代の親友のよう―。酒井順子が絶賛するお相手とはかの「清少納言」。大人になって読み返した『枕草子』は心から共感できることばかり。男・友達・恋・ブス・おしゃれ・老いetc.いつの世も変わらず女が気にするこんなトピックを、清少納言はどう見ていたか。平成の女言葉に大胆に変換した訳文も楽しい。清少納言にちなむ京都ガイド付。
 
 
  枕草子大事典 <書籍> 枕草子研究会 編   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  これまでの研究成果を集大成した,研究史上初めての『枕草子大事典』である。本事典の特徴として,主要章段解説では,計106章段それぞれについて,解説の他【章段の内容略説】【主要参考文献】等を付し,主要登場人物解説では,枕草子に登場する人物58名について,解説の他【生没年】【