013 【文芸】 相田みつを:吉野 弘:茨木のり子:谷川俊太郎
 自由詩は著名な詩人のホームページを個別に掲載いたしました。詩人データもあります。漢詩といえば、あまりにも有名な李白・杜甫をはじめ、古来からの論語に関したホームページにも触れています。 また、儒学や朱子学、論語・格言(ことわざ)、そして哲学もこのコーナーです。どうぞ、ごゆっくりご覧ください。

黒田三郎.1919 吉岡実.1919 宗 左近.1919 石垣りん.1920 鮎川信夫.1920 田村隆一.1923
相田みつを.1924 吉野 弘.1926 黒田喜夫.1926 金井 直.1926 茨木のり子.1926 村上昭夫.1927
粒来哲蔵.1928 新川和江.1929 川崎 洋.1930 大岡信.1931/  白石かずこ.1931/   入沢康夫.1931/ 
谷川俊太郎.1931/  吉原幸子.1932/  高良留美子.1932/ 三木卓.1935/ 鈴木志郎康.1935/ 富岡多恵子.1935/
清水哲男.1938/  吉増剛造.1939/ 長田弘.1939 藤井貞和.1942/ 郷原宏,1942/  森哲弥.1943/ 
高塚かず子.1946/ 荒川洋治.1949/ 井坂洋子.1949/  高柳誠.1950/ 岩佐なお.1954/ 小池昌代.1959/
和合亮一.1968.8 外国詩人 A・ランボオ.1854/ C・ボードレール.1867/ ポール・クローデル.1868 ロバート・フロスト.1874/
ライナー・M・リルケ.1875 ヘルマン・ヘッセ.1877/        
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黒田三郎.1919
黒田三郎
  黒田三郎 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田 三郎(くろだ さぶろう、1919年(大正8年)2月26日 - 1980年(昭和55年)1月8日)は詩人。広島県呉市出身。3歳からは、父の故郷・鹿児島で育つ。東京大学経済学部卒業。戦後はNHKに入社。1947年、詩や評論を発表する。その後、結核の闘病を続けながら、市民の生活に根ざした感情を平明な言葉で描いた。昭和30年(1955年)には最初の詩集『ひとりの女に』でH氏賞を受賞。 詩作品は、しばしば楽曲化されることが多く、クラシックやフォーク系の作曲家によって、曲がつけられ、CD化もされている。
 
 
  黒田三郎研究   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田三郎未収録作品作品「山鴫」発表 読み終わったとき聞こえないか。衝突した鉄と鋼との音が。激しさとはそういうことだ。そして、この激しさが、いま手を握りあった二人の哄笑のアクセントだ。…
 
 
  黒田三郎  (くろだ・さぶろう)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  そこにひとつの席が/ただ過ぎ去るために/秋晴れ/紙風船
 
 
  黒田三郎 【くろだ さぶろう】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大正8年2月26日〜昭和55年1月8日。戦後社会に生きる市民の日常と生活感覚を、平易な言葉でうたった詩を作った。また、「ひとりの女に」は戦後を代表する恋愛詩集とされる。
 
 
  詩人、黒田三郎 - 定年再出発   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田三郎という詩人の名前は大学2年のとき、文芸部の友人から聞いた。ガリで切ったプリントの詩集を見せてくれた。「ひとりの女に」とあった。令嬢と恋におちたが、親の反対で苦しんでいるというような内容で、それまで知っていた現代詩とくらべてずいぶんセンチメンタルだなあとそのとき思った。
 
 
  黒田三郎「私論」 ☆去りし詩人に   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  (1) 一人称の詩   (2) ひとりの女に   (3) 失われた墓碑銘   (4) 時代の囚人   (5) ふるさと   (6) 流血
 
 
  黒田三郎 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田 三郎(くろだ さぶろう、1919年(大正8年)2月26日 - 1980年(昭和55年)1月8日)は、日本の詩人。
 
 
  黒田三郎  画像検索 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田三郎  画像検索 - Google
 
 
  黒田 三郎 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田 三郎 <書籍>
 
 
  詩の作り方 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  “「自分は詩に縁がない」と思っている人々に、先入観念を捨てて無心に詩をよんでもらいたい一心でこの本を書きました。”―詩人である筆者の体験から親しみやすく語られる詩との出会いの中に、詩とは何か、を示しながら、詩の創造過程や具体的な実作方法をわかり易く示す。
 
 
  黒田三郎詩集 支度   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  H氏賞を受賞した詩集『ひとりの女に』、また教科書に掲載された「紙風船」などの詩で知られる詩人黒田三郎。多くの作品の中から代表的な作品を集めた黒田三郎詩集。
 
 
  黒田三郎詩集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田三郎詩集 (単行本)
 
 
吉岡実.1919
吉岡実
  吉岡実 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡 実(よしおか みのる、1919年(大正8年)4月15日 - 1990年(平成2年)5月31日)は詩人、装丁家。 東京本所の生まれ。向島商業学校の夜間部に通うも中退。徴兵に際し、詩歌集『昏睡季節』(1940)、詩集『液体』(1941)刊行。輜重兵として満洲を転戦。1951年から筑摩書房に勤務、1978年の同社倒産まで在籍した。詩集『僧侶』で第9回H氏賞(1959)、『サフラン摘み』で第7回高見順賞(1976)、『薬玉』で第22回藤村記念歴程賞(1984)を受賞。全284篇の詩作品と150点余りの装丁作品を遺した。
 
 
  吉岡実の詩の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡実にとって瀧口修造とは誰だったのか。これは大いなる謎である。瀧口と同世代の北園克衛(1902-78)は《昏睡季節》や《液体》といった吉岡の詩的出発を用意したし、瀧口の師でもあった西脇順三郎(1894-1982)は《静物》に始まる吉岡の戦後のキャリア全域を覆う存在だった。
 
 
  僧侶 吉岡実   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  四人の僧侶 庭園をそぞろ歩き ときに黒い布を巻きあげる 棒の形 惜しみもなしに 若い女を叩く こうもりが叫ぶまで 一人は食事をつくる 一人は罪人を探しにゆく 一人は自涜 一人は女に殺される
 
 
  サフラン摘み/吉岡実   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡実の『サフラン摘み』は、かれこれ二十年近く本棚にある。 装丁が美しいので、ときどき手に取ってみたりする。…
 
 
  吉岡実 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡 実(よしおか みのる、1919年(大正8年)4月15日 - 1990年(平成2年)5月31日)は、詩人、装丁家。-- 本所高等小学校を卒業後、本郷の医学出版社・南山堂に奉公。向島商業学校の夜間部に通うも中退。徴兵に際し、詩歌集『昏睡季節』(1940)、詩集『液体』(1941)刊行。輜重兵として満洲を転戦。1951年から筑摩書房に勤務、1978年の同社倒産まで在籍した。
 
 
  吉岡実エッセイ選を編纂して。 - 城戸朱理のブログ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「詩の森文庫」の1冊として、エッセイ選を編むために、吉岡実が残した全散文を未刊行分まで含めて、すべて再読し、思ったことがある。 吉岡氏が、散文を苦手とし、やむを得ない場合だけ、依頼に応えて、エッセイを執筆したのは周知の通り。…
 
 
  諧謔・人体・死・幻・言語 ――吉岡実のいくつかの詩を読む   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡実(1919〜1990)についていくつかのことを書いてみたい。彼はとても有名であり、彼についての基本的な情報をここであまり大量に繰り返す必要もないと思う。   1――吉岡実についていくつかのことの確認/2――「桃」を読む/3――「人質」を読む/4――「『アリス』狩り」を読む/5――簡潔な結論
 
 
  吉岡実  画像検索 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉岡実  画像検索 - Google
 
 
  吉岡実 Minoru Yoshioka   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  夜の器の硬い面の内で あざやかさを増してくる 秋のくだもの りんごや梨やぶどうの類 それぞれは かさなったままの姿勢で 眠りへ…  吉岡 実(1919-1990・大正8年-平成2年) 平成2年5月31日歿 71歳 (永康院徳相実道居士)豊島区巣鴨・真性寺
 
 
  吉岡実全詩集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  死児は棺の炎の中でなく 埋葬の泥の中の星の下でなく 生けるわれわれを見る側にいる 詩人・吉岡実の詩業のすべてを、一巻に集成した詩集。未完詩篇も収録した。
 
 
宗 左近.1919
宗 左近
  宗左近 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗 左近(そう さこん、1919年5月1日 - 2006年6月20日)は詩人・評論家・仏文学者であり翻訳家。法政大学教授や昭和女子大学教授も務めた。北九州市戸畑区に生まれる。1942年、東京大学哲学科に入学した。戦争中は、さまざまな「病気になる努力」をして、徴兵検査を逃れる。1967年、母を失ったことに対する苦悩や罪の意識を綴った詩集、「炎(も)える母』を発表。翌年に第6回藤村記念歴程賞を受賞した。1994年、詩集『藤の花』で第10回詩歌文学館賞を受賞。2004年、第1回チカダ賞受賞。
 
 
  宗左近さんを知ってください   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗左近(そうさこん):1919年北九州生まれ 東大哲学科卒 詩人  2006年6月20日に永眠されました。 ご冥福をお祈り致します。  最初は「爆笑のネタ」として出会いました。 詩とか、文学作品を語るにはまったく疎い私が特集を組んでしまった「宗左近」さん。 私にここまでさせた「宗左近」さんを皆さんも知ってください。
 
 
  宗左近 - 通信用語の基礎知識   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本名「古賀照一(こが てるいち) 生没1919(大正8)年&#12316;2006(平成18)年6月19日。満87歳没。北九州市出身、自宅は非公開。 名前の由来は、戦争で死にそうになった時に出た言葉「そうさ、こん畜生」から。思想的には、日本共産党の支持者として知られた。
 
 
  宗左近 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗 左近(そう さこん、1919年5月1日 - 2006年6月20日)は、詩人・評論家・仏文学者であり翻訳家。本名は古賀 照一(こが てるいち)。法政大学教授や昭和女子大学教授も務めた。
 
 
  追悼・宗左近  〜“炎える母”のもとに〜 市川市   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  市川市を代表する詩人、宗左近は、2006年(平成18年)6月に逝去し、1周忌を迎えます。 東京空襲で母を亡くした体験に基づいた長編叙事詩「炎える母」をはじめ、「縄文」をテーマにした作品は、宇宙的な広がりを持っています。
 
 
  宗左近詩集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  夢の空ですか 光の魚が飛んでいます 夢の海ですか 影の鳥が泳いでいます 空の夢ですか 光の花が飛んでいます 海の夢ですか 影の虹が泳いでいます 「おお季節」などを底本とした詩集。
 
 
  宗 左近 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗 左近 <関連書籍>
 
 
石垣りん.1920
石垣りん
  石垣りん (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石垣 りん(いしがき りん、大正9年(1920年)2月21日 - 平成16年(2004年)12月26日)は詩人。代表作に「表札」。東京都生まれ。4歳の時に生母と死別、以後18歳までに3人の義母を持つ。小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えた。そのかたわら詩を次々と発表、銀行員詩人と呼ばれた。『断層』『歴程』同人。第19回H氏賞、第12回田村俊子賞、第4回地球賞受賞。教科書に多数の作品が収録されている。
 
 
  石垣りん Rin Ishigaki   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  夜中に目をさました。 ゆうべ買ったシジミたちが 台所のすみで 口をあけて生きていた。  「夜が明けたら ドレモコレモ ミンナクッテヤル」  鬼ババの笑いを 私は笑った。 それから先は うっすら口をあけて 寝るよりほかに私の夜はなかった。   石垣りん(1920-2004・大正9年-平成16年)  平成16年12月26日歿 84歳(文誉詩章鱗光大姉) 静岡県賀茂郡南伊豆町・西林寺
 
 
  石垣りんというセメント   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  同じ詩集を読んでいても、年齢や心理・健康状態、季節、また人生経験などによって感想が随分変わっていて自分で自分に驚かされることがある。 学生の頃には分からなかった良さがある作品もあれば、昔は酔いしれたのに今になってみるとそうでもなく、青かった自分が恥ずかしく思えてならない時もある。…
 
 
  石垣りんの「表札」の潔さ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  こんにちは、検索迷子です。 石垣りんの『表札』を、学生時代の教科書で目にしたとき、こんなに簡潔に生きる意志を表した詩が、この世にあるのかと驚きました。 自分の名前、たった一行で、私はこう生きる、そう表現している詩です。 この見事さ、そぎ落とされた言葉の美しさに脱帽します。  ここで、全文が読めます。
 
 
  石垣 りん詩集 表札など   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今年(2000年) 80歳の 石垣りんさんの詩集が 復刻されました  童話屋さんから 復刻されて います とても すてきな 詩が 多いので 紹介 していきたいと思います 気に入って いただけると 思います
 
 
  石垣りん 【いしがき りん】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大正9年2月21日〜平成16年12月26日。ユーモアをまじえた平易な言葉で、日常的な題材の中から、根源的な人間存在の意味を問う詩を作った。
 
 
  石垣りん  今こそ読まれるべき詩   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  それはながい間  私たち女のまえに  いつも置かれてあつたもの、  自分の力にかなう  ほどよい大きさの鍋や  お米がぷつぷつとふくらんで  光り出すに都合のいい釜や  劫初からうけつがれた火のほてりの前には  母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。
 
 
  石垣りん - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石垣 りん(いしがき りん、大正9年(1920年)2月21日 - 平成16年(2004年)12月26日)は、詩人。代表作に「表札」。4歳の時に生母と死別、以後18歳までに3人の義母を持つ。また3人の妹、2人の弟を持つが、死別や離別を経験する。小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えた。
 
 
  取れなかった原稿 石垣りんさん   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石垣りんの詩集は、婦人、女性、でなく、日本の〈おんな〉についてのバイブル、おんなの生活の探求の書、というふうに思える。私が一番好きな「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」と「表札」という詩は、つつましやかな平易な言葉で語られる…
 
 
  『石垣りん詩集』 - 思潮社現代詩文庫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高校のとき、国語の教科書に載っていた詩に、衝撃を受けた。   戦争の終わり サイパン島の崖の上から 次々に身を投げた女たち。 美徳やら義理やら体裁やら 何やら。 何やら。 火だの男だのに追いつめられて。とばなければならないからとびこんだ ゆき場のないゆき場所。 (崖はいつも女をまっさかさまにする)  それがねえ まだ一人も海にとどかないのだ。 十五年もたつというのに どうしたんだろう。 あの、 女。  
 
 
  石垣りん詩集 挨拶-原爆の写真によせて : 書評   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ひとはどのようにして詩人になるのでしょう。  本書につけられた石垣りんの略年譜を読むと、12歳の時、「図書館に通って詩集を読み、自らも詩を書くようになる」とあります。そして、14歳には雑誌への投稿をはじめますが、同時にこの年齢で銀行に働きにでます。その後、職場で発行される機関紙などに詩を発表しつづけます。…
 
 
  石垣りん詩集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  戦後の時間の中で、家族と会社と社会とに、ひるむことなく向き合い、自らを律して生きてきた詩人・石垣りん。『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』から『やさしい言葉』まで、小さきもの弱き者らへの慈しみや孤独な心情を観念や叙情の中に鮮やかに解き放った全4冊の詩集から代表詩を選び、女性の生き方に自由と活気と自立をもたらした言葉の歴史を、各時代ごとに提示する。
 
 
  石垣 りん <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石垣 りん <関連書籍>
 
 
  現代詩手帖特集版 石垣りん (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  2004年に没した詩人・石垣りんを特集。茨木のり子らによる弔辞、谷川俊太郎らが捧げる詩、鶴見俊輔らによる追悼文、石垣りん代表詩35選、詩集未収録詩篇ほかを収録。石垣りん自作朗読CDも付す。『現代詩手帖』特集版。
 
 
鮎川信夫.1920
鮎川信夫 鮎川信夫 『白痴』 
  鮎川信夫 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫(あゆかわ のぶお、本名・上村隆一、1920年8月23日 - 1986年10月17日)は日本の詩人、翻訳家。戦後の現代詩文壇で一貫して重要人物とされる。別名・二宮佳景。 東京小石川の高田豊川町に生まれる。父は農本主義的なナショナリストで、世間的には温厚な人格者でありながら、家庭内ではすこぶる冷淡な人間であったため、鮎川にとってのモダニズムは〈父親イメージへの反逆から始まった〉と後に語っている。
 
 
  鮎川信夫 【あゆかわ のぶお】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大正9年8月23日〜昭和61年10月17日。第二次世界大戦で死んでいった者たちの代弁者として、自分たちの世代が直面した生と死の意味を問う詩を作った。
 
 
  『頑張って読んじゃうぞ』 鮎川信夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「鮎川」ときくと「気まぐれオレンジロード」を思い出してしまうのは三平だけでしょうか?(鮎川信夫ファンの方、すいません。)というか、みんなオレンジロードわかる?あの背中のかゆくなる漫画です。三平はジャンプ黄金世代の人間なので、話題が微妙です(笑
 
 
  鮎川信夫 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫(あゆかわ のぶお、本名・上村隆一、1920年8月23日 - 1986年10月17日)は日本の詩人、翻訳家。戦後の現代詩文壇で一貫して重要人物とされる。別名・二宮佳景(にのみやよしかげ)。
 
 
  鮎川信夫賞決まる - YOMIURI ONLINE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  時代に向き合う優れた詩集・詩論に与えられる第1回鮎川信夫賞(鮎川信夫現代詩顕彰会主催)の受賞作が28日、発表された。
 
 
  「遥かなるブイ」 鮎川信夫 - 現代の詩人2   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  淋しいブイは 小さな波をうちあげて 不幸な兵士に別れを告げる いかなる悪魔も あのブイをとり去ることはできない ぼくの苦しみも ぼくの悲しみも 永くとどまることはないだろう 記憶のなかの港には いつまでもブイがうかんでいるけれど …
 
 
  鮎川信夫 画像検索 - Google    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫 画像検索 - Google
 
 
  鮎川信夫 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫 <関連書籍>
 
 
  鮎川信夫詩集 〈単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫詩集 〈単行本)
 
 
  鮎川信夫 <関連書籍> 紀伊國屋書店   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鮎川信夫 <関連書籍> 紀伊國屋書店
 
 
田村隆一.1923
田村隆一 お土産の鎌倉カスター&田村隆一さん〜
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  田村 隆一(たむら りゅういち、1923年3月18日 - 1998年8月26日)は、日本の詩人、随筆家、翻訳家。詩誌『荒地』の創設に参加し、戦後詩に大きな影響を与えた。 東京府北豊島郡巣鴨村(現在の東京都豊島区南大塚)に生まれる。生家は祖父の代から鳥料理店「鈴むら」を経営していた。東京府立第三商業学校卒業後、東京瓦斯に入社するも1日も出社せず退職。研数学館での浪人生活を経て、明治大学文芸科卒業。
 
 
  田村 隆一   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  (1923〜1998)東京都生まれ。詩人明治大学文芸科卒。43年学徒出陣で横須賀第2海兵団に入団。戦後、鮎川信夫らと月刊詩誌「荒地」を創刊、優れた作品を発表。62年「言葉のない世界」で高村光太郎賞、84年「奴隷の歓び」で読売文学賞受賞。詩作のほか欧米ミステリーの翻訳・紹介、酒と旅のエッセイ等多数。
 
 
  田村隆一と北村太郎   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  早速、田村隆一氏版と柳瀬尚紀氏版を並べ、読み比べてみる。
 
 
  田村隆一、錯乱の旋律   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二○○一年の六月三日に『緑の思想、Green Thought』という白石かずこが田村隆一の詩を読むという朗読会に招待され、聞かせていただいた。… さて、ここで田村隆一が得意とする一つのパターンを見てみよう。
 
 
  田村隆一in Memorium展   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  戦後日本社会を「荒地」と呼びつづけた巨大で無頼な詩人、田村隆一。その詩人の生前の姿を収めた貴重な未公開映像が、発掘された。今回はそれをもとに制作されたSKYPerfecTV!詩とアートの番組「Edge」(216ch)の番組上映と、ポエトリー・イベント「田村隆一in Memorium」を開催。
 
 
  田村隆一 Ryuichi Tamura   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  なんといっても戦後詩を語るうえにおいて最も重要な詩人であった田村隆一。彼にはもうひとつ、「モダニズム」という言葉が常についてまわるが、その断定的なフォルムは正しく衝撃であった。   田村隆一(1923-1998・大正12年-平成10年)  平成10年8月26日歿 75歳 (泰樹院想風日隆居士) 鎌倉市大町・妙本寺
 
 
  田村隆一 【たむら りゅういち】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大正12年3月18日〜平成10年8月26日。二つの大戦による文明の破壊と世界の荒廃のイメージを、逆説的な語法と、斬新な暗喩でうたった詩を作った。
 
 
  田村隆一 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  田村 隆一(たむら りゅういち、1923年3月18日 - 1998年8月26日)は、日本の詩人、随筆家、翻訳家。詩誌『荒地』の創設に参加し、戦後詩に大きな影響を与えた。
 
 
  言葉のない世界  詩人・田村隆一研究   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  田村隆一氏は長命の家系だから100歳まで生きるはずと思っていました。 最近古本屋で見つけた『さて,田村隆一』(「面白半分」昭和54年12月増刊号)に,「文明はエロス」
 
 
  お土産の鎌倉カスター&田村隆一さん〜☆   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉に行く前日に、田村隆一さんの新刊に出会えたのも、ご縁だと思います。亡くなられても本が出版されるのは、人々に偲ばれ、愛されていたからでしょう。 詩とは何かの質問に、『最初の一行は神様が書き、2行目からは人間が書く』とおっしゃっています。 そして、「結婚するなら男は親友を見よ、女は母親をみよ」と言っています。・・・
 
 
  田村隆一詩集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   『四千の日と夜』(1956)/ 『言葉のない世界』(1962)/ 『緑の思想』(1967)/ 『新年の手紙』(1973)/ 『死語』(1976)/補遺    続・田村隆一詩集    続続・田村隆一詩集
 
 
  田村隆一全詩集 <詩集>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  田村隆一全詩集 <詩集>
 
 
  田村隆一 画像検索 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  田村隆一 画像検索 - Google
 
 
相田みつを.1924
相田みつを めぐりあい
  相田みつを (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  相田 みつを(あいだ みつを、本名は相田光男、1924年5月20日 - 1991年12月17日)は詩人・書家。相田みつを美術館館長の相田一人は、長男。 栃木県南西部の足利市に生まれる。栃木県立足利中学校卒業後、歌人・山下陸奥に師事。1942年に曹洞宗高福寺の武井哲応老師と出会い、在家しながら仏法を学ぶ。1943年に書家である岩沢渓石に師事、全国各地で展覧会を開催。
 
 
  相田みつを美術館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  経済人、文化人、芸能人、スポーツマンなど各界でご活躍の方々に、作品を通じて感じたことをリアルに語っていただきます。  著名人の方々が、相田みつをの作品をどのように感じているのかを、お楽しみ下さい。
 
 
  【相田みつを】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  モニターに出せない【書】の心。 是非本を購入して【書】の解説をお読み下さいませ。 【書】の味わいが変わられると思います。
 
 
  みつを日めくり   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「相田みつを」さんの作品を日めくりにしました。私の好きな言葉をひろい、並べてあります。ぜひ、一度、めくって見て下さい。《何か、心に響くものがあれば》と思います。
 
 
  相田みつを物語   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  自分の書、自分の言葉を探求しつづけた孤高の書家・相田みつをの、知られざる生涯をドラマ化! 
 
 
  相田みつをギャラリー   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私のきもち メロディーにのせて・・・
 
 
  こころの時代に 相田みつを   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  こころの時代に、贈ることば 「この言葉に救われた!」 「落ち込んだとき、読むと元気づけられます」 「美しい文字を見ていると、心がなごみます」 ・・・・・感動の声が続々と寄せられています。 相田みつをの世界へ、ようこそ−  相田みつをの本/相田みつをの略歴/読者の声
 
 
  相田みつを - あのひと検索 SPYSEE    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  相田 みつを(あいだ みつを、本名:相田 光男、1924年5月20日 - 1991年12月17日)は,。相田みつを美術館館長の相田一人は長男。栃木県南西部の足利市に生まれる。栃木県立足利中学校卒業後、歌人・山下陸奥に師事。1942年に曹洞宗高福寺の武井哲応老師と出会い、在家しながら仏法を学ぶ。1943年に書家である岩沢渓石に師事、全国各地で展覧会を開催。1991年12月17日、足利市内の病院で、脳内出血により永眠する(満67歳没・享年68〈数え年〉)。
 
 
  相田みつを講演集 ユーキャン 通販ショップ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「相田さんならわかってくれる」 素朴な語り口に、骨の髄まで癒されます。
 
 
  相田みつを作品集  ユーキャン 通販通飯ショップ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  元気が出ろ! 人生ラクになる! 珠玉のことば134
 
 
  相田みつを 心のことば/ 【楽天グリーティング】     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  相田みつをの心に残る「ことば」がグリーティングカードになりました。お祝い、励まし、感謝など、様々なシーンでご利用ください
 
 
  相田みつを・こころのオアシス 趣味・芸術 番組詳細   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   さまざまに綴られた人間模様。 刹那に見え隠れする人生の交差点。 番組は、相田みつをの作品をモチーフとして取り上げ、その「ことば」から人々が感じるであろう「こころ」の有り様を表現します。
 
 
  相田みつを 名言    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  相田みつを 名言を集めました。 先人達の言葉が未来へ…そしてあなたへ届きますように。 「相田 みつを(あいだ みつを)」(1924〜1991) 日本の詩人&書家。  代表作でもある「にんげんだもの」が口コミで広がりベストセラーを記録。 その後、TVなど多くのメディアで紹介され全国的に有名になる。 その後、TVなど多くのメディアで紹介され全国的に有名になる。(出典:ウィキペディア)   がんばらなくても成功する人 がんばっても成功しない人 そのわずかな違いとは?  全世界で500万人の人生を変えた、外科医による心理学史上最大の発見
 
 
  『相田みつを名言集』    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  弱きもの人間 欲深きもの人間 偽り多きもの人間 そして人間の私/雨の日には雨の中を 風の日には風の中を/そのときの出逢いが 人生を根底から変えることがある よき出逢いを/生きているうち 働けるうち 日の暮れぬうち/やれなかった やらなかった どっちかな
 
 
  【野田首相 「どじょう」引用記念】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「相田みつを」の言葉 次は『とにかく具体的に動いてごらん。具体的な答が出るから』も実践して欲しい。
 
 
  佛教名言 今月のことば  相田 みつを   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「不」という字は、般若心経の中にたくさん出てきます。「不生不滅、不垢不浄」などというように。 この「不」は、単なる否定ではなくて、「無」や「空」と同様に、相対分別を超えることだと思います。…  うそはいわない ひとにはこびない ひとのかげぐちはいわぬ わたしにできぬことばかり / どうころんでも おれのかお / 浄玻璃の鏡のまえに立つまでは ひめておきたし あのこともこのことも / おさい銭百円玉一ツ ぽんと投げて手を合わす おねがいごとの多いこと / あなたの顔をみていると こころの中の波がしずまる
 
 
  「ドングリの背比べ」の中から飛び出したドジョウ…   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「ドングリの背比べ」の中から「ドジョウ」が出てきたのには……驚きましたねえ。 言うまでもなく民主党代表選の話です。唱歌「どんぐりころころ」を意識させたかどうかは別として、野田佳彦さんは「演説上手」という世評には納得しました。「他はドングリ、俺は(ドングリを慰める)ドジョウ」「ドングリより格上だ」と印象づけたのですから。  政権表明演説の中から「ドジョウ発言」を引用しておきましょう。  ――相田みつをさんの言葉に「どじょうが金魚のまねをしてもしょうがない」というのがある。ルックスはこの通り。私が仮に総理になっても、支持率はすぐ上がらない。だから解散はしない。どじょうはどじょうの持ち味がある。金魚のまねをしてもできない。どじょうだが、泥臭く、国民のために汗をかいて政治を前進させる――(朝日新聞30日付け朝刊4面)
 
 
  名言から学ぶ幸せのヒント 人名別  相田みつを  『にんげんだもの』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『しあわせはいつもじぶんのこころがきめる』/『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』/ 『いいことは おかげさま わるいことは 身から出たさび』/『・・・〈おかげさん〉でないものは、この世に一ツもありません・・・』/『美しいと 思う心が 美しい』
 
 
  相田みつを の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  相田みつを の画像 - Google
 
 
吉野 弘.1926
やさしさの倫理 - 埼玉の文学-現代篇- 吉野弘の詩 「I was born」 について 狭山市に住む詩人吉野弘(1926〜)の詩集に『北入曽』がある。
  吉野弘とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1926−2014 昭和後期-平成時代の詩人。 大正15年1月16日生まれ。昭和18年帝国石油に入社。戦後労働組合運動に従事するが過労でたおれ,療養中に詩をかく。詩誌「櫂」同人。32年第1詩集「消息」を発表,やさしい日常的表現のなかに残酷な真実を明確にとらえ,47年「感傷旅行」で読売文学賞,平成2年「自然渋滞」で詩歌文学館賞。詩集はほかに「幻・方法」,詩論集に「遊動視点」など。平成26年1月15日死去。87歳。山形県出身。酒田商業卒。 
 
 
  吉野弘 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野 弘(よしの ひろし、1926年(大正15年)1月16日 - 2014年(平成26年)1月15日)は、日本の詩人。 山形県酒田市生まれ。1938年(昭和13年)酒田市琢成第二尋常小学校を総代として卒業し、1942年(昭和17年)12月、山形県酒田市立酒田商業学校を戦時繰り上げ卒業した。若いころ高村光太郎の「道程」を読んで感銘を受ける。商業学校卒業後、1943年(昭和18年)1月に帝国石油に就職した。 1 略歴 / 2 エピソード / 3 著書 / 4 作詞 / 5 その他 / 6 脚注・出典 / 7 外部リンク
 
 
  吉野弘 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野 弘(よしの ひろし、1926年(大正15年)1月16日 - 2014年(平成26年)1月15日)は、日本の詩人。 山形県酒田市生まれ。1938年(昭和13年)酒田市琢成第二尋常小学校を総代として卒業し、1942年(昭和17年)12月、山形県酒田市立酒田商業学校を戦時繰り上げ卒業した。若いころ高村光太郎の「道程」を読んで感銘を受ける。 1 略歴 / 2 エピソード / 3 家族 / 4 著書 / 5 作詞 / 6 その他 / 7 脚注・出典 / 8 外部リンク
 
 
  吉野 弘 - Web   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  確か 英語を習い始めて間もない頃だ。 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕靄(ゆうもや)の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。 女は身重らしかった。父に気兼ねしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。 女はゆき過ぎた。 少年の思いは突飛しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと 諒解した。僕は興奮して父に話しかけた…。
 
 
  吉野弘全詩集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  生の傷みを透明な表現にすくいあげ、にんげんであることの哀しさを、みがきぬかれた優しいことばに結晶させ、鮮やかな抒情の音をひびかせる、吉野弘の全詩業を集大成。
 
 
  吉野 弘 Poem   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【吉野弘 1926年−。詩人。山形県酒田市出身。高校卒業後、就職。徴兵検査を受けるが、入隊前に敗戦を迎える。1949年労働組合運動に専念し、過労で倒れ、肺結核のため3年間療養。1953年同人雑誌「櫂」に参加。1957年、詩集「消息」、1959年詩集「幻・方法」。1962年に勤務を辞めて詩人として自立。詩画集「10ワットの太陽」、詩集「吉野弘詩集」「叙景」、随筆集「遊動視点」「詩の楽しみ」など著書多数。】
 
 
  お気に入りの詩   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私が偶然出会い、心を震わせた詩人 吉野弘氏の詩を、ご紹介します。 ここに全文を掲載するにあたり、許可を頂きたく直接吉野氏にお願いいたしましたところ、 快くご承諾いただけました。氏のお心の広さに感謝しつつ、全文を掲載させていただきます。
 
 
  生命は  吉野 弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  生命は 自分自身で完結できないように つくられているらしい  花も めしべとおしべが揃っているだけでは 不充分で 虫や風が訪れて めしべとおしべを仲立ちする…
 
 
  奈々子へ 吉野弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  赤い林檎の頬をして 眠っている奈々子 お前のお母さんの頬の赤さは そっくり 奈々子の頬にいってしまって ひところのお母さんの つややかな頬は 少し青ざめた お父さんにも ちょっと酸っぱい思いがふえた  唐突だが 奈々子 お父さんは お前に多くを期待しないだろう…   
 
 
  吉野弘  「祝婚歌」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派過ぎないほうがいい 立派過ぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい 二人のうち どちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が自分にあったかどうか あとで疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気づいているほうがいい…
 
 
  『祝婚歌』 吉野 弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1996年4月から3年間、山形県酒田市に単身赴任をした。 酒田は、北前船と呼ばれた江戸、京都、大阪との交易により繁栄を極めた最上川河口に位置する港町である。酒田では毎月『SPOON』というタウン誌が全戸に無償で配られ、私も社宅のポストに入るのを楽しみにしていた。…
 
 
  吉野弘風 自己紹介   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘の作品の中に「紹介」という詩がある。吉野弘には二人の娘がいる。この「紹介」は娘が1歳のころの様子を読んだものである。この詩を使って自己紹介をおこなった。
 
 
  I was born 吉野 弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  確か 英語を習い始めて間もない頃だ。 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。 女はゆき過ぎた。 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。…
 
 
  「自分自身に」 吉野弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  他人を励ますことはできても 自分を励ますことは難しい だから―というべきか しかし―というべきか 自分がまだひらく花だと 思える間はそう思うがいい すこしの気恥ずかしさに耐え すこしの無理をしてでも 淡い賑やかさのなかに 自分を遊ばせておくがいい 
 
 
  吉野弘さんの「祝婚歌」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派過ぎないほうがいい 立派過ぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい 完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい…
 
 
  「吉野 弘」 詩 やさしさの倫理   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  狭山市に住む詩人吉野弘(よしのひろし/1926〜)の詩集に『北入曽』(昭52)がある。居住地の北入曽を題にした詩集である。その中に「茶の花おぼえがき」という長い散文詩に長い注釈のついた作品があり、この詩集の代表作になっている。
 
 
  吉野弘の心を聴く −詩と認識−   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘…詩という認識の在り様について、吉野弘は新たな地平を拓いた。吉野弘にとって詩を書くことは、時に心の疼痛に耐えつつ、見つめ続けることだった。痛みを通してしか可能でない認識がある。それを身を教えてくれたのが、吉野弘だった。彼の比喩をたどることは、認識の痛みを共有することなのだ。…
 
 
  吉野弘 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘(よしの ひろし、1926年(大正15年)1月16日 - )は、日本の詩人。
 
 
  吉野弘・酒痴の詩 - 酒の詩歌句集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘は、日常生活の中に転がっている苦い想いをモチーフにして、平易なことばで淡々と綴る詩が印象的な現代詩人です。ここに紹介します「酒痴」は、独り酒に浸る男の最後の一滴までに拘る情景と心情が語られており、笑うに笑えない哀しさ、ほろ苦さが醸し出されています。“少女の胸のように”の比喩が胸に来ますね…。 氏の“二人が睦まじくいるためには愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは長持ちしないことだと気付いているほうがいい…”という「祝婚歌」は作曲もされており、結婚式などで歌われています。…
 
 
  吉野弘のこころを詠む 第二回吉野弘の詩朗読コンクール   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  現代日本を代表する詩人「吉野弘」さんは、晩年を富士市で過ごされ、2014年1月にご自宅で逝去されました。富士市では、吉野弘さんの日常生活から生まれる優しい言葉を多くの市民に知っていただきたいと、さまざまな活動を行っております。 2016年1月の第一回大会に続き、第二回朗読コンクールを開催しました。
 
 
  吉野弘の夕焼けという詩の内容を教えてください。 - Yahoo!知恵袋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘の夕焼けという詩の内容を教えてください。詩の意味など。 優しい吉野弘さんの詩の中でも、特に切なくて胸が少しキュンとする、でもすごくすてきな詩だと思います。・・・
 
 
  I was born、夕焼け…吉野弘さんの遺した「やさしい」詩 10選 (2014/1/22)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「雪の日に」「祝婚歌」「I was born」「生命は」「奈々子に」「burst 花開く」「虹の足」「夕焼け」「素直な疑問符」『動詞「ぶつかる」。
 
 
  “いまを生きる”言葉 〜詩人・吉野弘の世界〜 (2015/1/27)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  福岡市に住む主婦の木下綾さん、33歳です。 吉野さんの詩集を、折に触れ読み返しています。 特に気に入っているのが、夫婦の向き合い方を歌った「祝婚歌」の一節です。 ◇『祝婚歌』より=“完璧をめざさないほうがいい…
 
 
  吉野弘詩集 - 著者:吉野 弘  Amazon.co.jp   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  社会のあり様や働き人の暮らし、家族の営みや自然の移り変わりを、日々を生きる者の飾らない眼差しでとらえ、深く柔らかくそしてユーモラスに練り上げた言葉でうたう詩人・吉野弘。名詩「I was born」や「祝婚歌」など、やさしく誠実な者たちの魂の重力を探った戦後五十年にわたる詩群のなかから代表作品を選び、季節・生活・言葉遊びなどテーマごとに配置する。
 
 
  続・吉野弘詩集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  名作「祝婚歌」を収録した詩集『風が吹くと』ほか『北入曽』『感傷旅行』『叙景』の四詩集を収録。既刊詩集の全て、数多くの未刊詩篇を収録。主要詩論、クリティック、エッセイなどを収録。多彩な書き下し作品論、詩人論を併録。
 
 
  吉野弘詩集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  社会のあり様や働き人の暮らし、家族の営みや自然の移り変わりを、日々を生きる者の飾らない眼差しでとらえ、深く柔らかくそしてユーモラスに練り上げた言葉でうたう詩人・吉野弘。名詩「I was born」や「祝婚歌」など、やさしく誠実な者たちの魂の重力を探った戦後五十年にわたる詩群のなかから代表作品を選び、季節・生活・言葉遊びなどテーマごとに配置する。
 
 
  YouTube - 【朗読】I was born (吉野 弘)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 【朗読】I was born (吉野 弘)
 
 
  YouTube - 「祝婚歌」 吉野 弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 「祝婚歌」 吉野 弘
 
 
  YouTube - 「祝婚歌」 吉野 弘   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 「祝婚歌」 吉野 弘
 
 
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  吉野弘 の画像 - Google
 
 
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  吉野弘の心を聴く −詩と認識−    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉野弘…詩という認識の在り様について、吉野弘は新たな地平を拓いた。吉野弘にとって詩を書くことは、時に心の疼痛に耐えつつ、見つめ続けることだった。痛みを通してしか可能でない認識がある。それを身を教えてくれたのが、吉野弘だった。彼の比喩をたどることは、認識の痛みを共有することなのだ。
 
 
黒田喜夫.1926
黒田喜夫 最近読んだ本 5 黒田喜夫
  黒田喜夫 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田 喜夫(くろだ きお、1926年2月28日 - 1984年7月10日)は詩人。山形県寒河江の生まれ。高等小学校卒業後、上京して京浜工業地帯で工場労働者として働く。戦後は日本共産党に入党、郷里で農民運動に参加するが胸を病み、療養しながら詩作を行う。関根弘、菅原克己らと同人誌「列島」を始め、1959年、第一詩集『不安と遊撃』(飯塚書店)を刊行、翌年第10回H氏賞を受賞する。プロレタリア詩と前衛詩の結合において戦後詩の一つの極北を示す詩人である。
 
 
  黒田喜夫  Kio Kuroda   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1950年代の初め、日本では結核の治療に何年もかかっていた。そのためか、療養者向けの雑誌も多数刊行されていたようである。健康誌でありながらどの雑誌にも大抵文芸欄があり、入院中の人々が詩や俳句を投稿するのである。これらの詩歌はセンチメンタルで不快なものが殆どなのであるが、とある誌面に、やや大きめに紹介されていた詩があった。
 
 
  黒田喜夫 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田 喜夫(くろだ きお、1926年2月28日 - 1984年7月10日)は、詩人。山形県寒河江の生まれ。高等小学校卒業後、上京して京浜工業地帯で工場労働者として働く。戦後は日本共産党に入党、郷里で農民運動に参加するが胸を病み、療養しながら詩作を行う。関根弘、菅原克己らと同人誌「列島」を始め、1959年、第一詩集『不安と遊撃』を刊行、翌年H氏賞を受賞する。プロレタリア詩と前衛詩の結合において戦後詩の一つの極北を示す詩人である。
 
 
  黒田喜夫 くろだ きお (大正15〜昭和59)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人。大正15年米沢市に生まれた。5歳のとき母と寒河江市に移転。15歳で上京し20歳まで東京・品川の工場で働きながら独学で文学を学んだ。戦後、肺を患い寒河江市で療養。のち、農民組合運動にたずさわりながら本格的な詩作を始める。昭和34年に出版した詩集「不安と遊撃」で、詩壇の芥川賞といわれるH氏賞を受賞した。前近代的な農村の中で生きていく上で、痛みや悲しみを思想として言語化し、都会に住みながらも死ぬまで「村」にこだわりつづけた。
 
 
  どろどろのどろ--黒田喜夫の転換の瞬間(前編)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人・黒田喜夫(くろだ きお 1926〜1984)が雑誌『現代詩』の編集をしていたのは、のちに氏の最高傑作、更にH氏賞(詩壇における芥川賞)を受賞することになる『不安と遊撃』を出版する前であるから、彼が30代に突入したばかりの頃だ。・・・
 
 
  黒田喜夫 詩集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田喜夫の詩は村を主題的に扱ったものなので、現代ではあまり読まれることはないでしょう。舞台となる村はほとんど解体されてしまったのですから。土地に対する拘りなどはかなり希薄になってしまいました。しかし黒田喜夫の詩の価値はまだ失われていません。悪夢のような世界を描くところが黒田喜夫の真骨頂だと思います。
 
 
  黒田喜夫 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  黒田喜夫 <関連書籍>
 
 
  黒田喜夫 ― 村と革命のゆくえ <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  [村と革命のゆくえ]戦後の詩を象徴的に担った革命詩人・黒田喜夫の思想を、その作品と評論の両面を点検することをつうじて再構成しようとする野心的な書き下ろし長編評論。
 
 
  黒田喜夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人。大正15年米沢市に生まれた。5歳のとき母と寒河江市に移転。15歳で上京し20歳まで東京・品川の工場で働きながら独学で文学を学んだ。戦後、肺を患い寒河江市で療養。のち、農民組合運動にたずさわりながら本格的な詩作を始める。昭和34年に出版した詩集「不安と遊撃」で、詩壇の芥川賞といわれるH氏賞を受賞した。前近代的な農村の中で生きていく上で、痛みや悲しみを思想として言語化し、都会に住みながらも死ぬまで「村」にこだわりつづけた。
 
 
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金井 直.1926
帰郷の瞬間―金井直 今週の詩と詩人 第五十二回 金井直
  金井直 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井 直(かない ちょく、1926年3月18日 - 1997年)は詩人。1943年に東京育英実業学校卒業後、詩作を開始。1957年、「飢渇」にてH氏賞 受賞。  詩集:『金井直詩集』、『非望』、『飢渇』、『疑惑』、『愛と死の小曲』、『無実の歌』、『Ego』、『薔薇色の夜の唄』、『帰郷』、『金井直の愛と詩の歌』、『昆虫詩集』、『id』 エッセイ:『若い女性への手紙』、『詩の国への旅』、『詩作案内』、『子どもの詩』
 
 
  金井直 「木琴」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  妹よ 今夜は雨が降っていて おまえの木琴が聞けない  おまえはいつも 大事に木琴を抱えて 学校へ通っていたね 暗い家の中でも おまえは木琴と一緒に歌っていたね  そしてよくこう言ったね 早く町に 赤や青や黄色の電灯がつくといいな あんなにいやがっていた戦争が おまえと木琴を 焼いてしまった…
 
 
  混声三部合唱曲 木琴   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井直さん(1926-1997)の詩に、岩河三郎先生が作曲された合唱曲です。
 
 
  金井直 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井 直(かない ちょく、1926年3月18日 - 1997年)は日本の詩人。本名、直寿。1943年に東京育英実業学校卒業後、詩作を開始。
 
 
  金井直 「私に見え 私に見えないもの・・・」    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折に触れては思い出すこの詩のタイトルを、私は知らない。 何気なく読んでいた本の中で、偶然見つけたこの一遍の詩。 金子光春や村野四郎に続く詩人として、またリルケの多大な影響を受けた詩人としてその名を記憶していた金井直。 その彼の詩を読んだのは「木琴」とこの作品のわずかふたつでしかないのだが。
 
 
  金井直詩料館 - Yahoo! 地域情報   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井直詩料館 - Yahoo! 地域情報
 
 
  今週の詩と詩人 第五十二回 金井直   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今週の詩と詩人 第五十二回 金井直
 
 
  金井直 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井直 <関連書籍>
 
 
  帰郷の瞬間―金井直『昆虫詩集』まで [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本源的な生命への帰郷を透視しながら、同時に日本的な精神風土(世間)への批評を研ぎ澄まし、『無実の歌』から『帰郷』を経て、『昆虫詩集』に至る、詩人金井直の世界を解明する。
 
 
  金井 直 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金井 直 の画像 - Google
 
 
茨木のり子.1926
茨木のり子 - spysee 本名 三浦 のり子 : 茨木のり子の画像
  茨木のり子 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木 のり子(いばらぎ のりこ、1926年6月12日 - 2006年2月17日)は日本を代表する女性詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家である。戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』などがある。終戦後、童話作家・脚本家として活躍する。村野四郎に詩人としての才能を見出される。「わたしが一番きれいだったとき」は多数の国語教科書に掲載され、彼女の最も有名な詩のうちの1つである。
 
 
  茨木のり子の本棚   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩が好きです……と言ったら、それは嘘になるかも知れません。ぼくはそんなにたくさんの詩を読んでいるわけではなく、たくさんの詩人を知っているわけでもありません。でも、好きな詩があり、好きな詩人がいることは確かです。
 
 
  私の茨木のり子ノート   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「おとし物」を求めて....『詩のこころを読む』を読む1  茨木のり子さんの、『詩のこころを読む』を読み返しました。出版されてすぐに求めて読んだ本ですから、18年ぶりくらいになるでしょうか。読み終えてこれほど深く、透明でいて、何かしら温かい思いに満たされる書物というのは、それほどあるものではありません。… この本の中には、美しくそして明晰な言葉で、彼女の人生と愛に対する考え方、芸術論がちりばめられています。すばらしいと思うのは、その言葉はきわめて明晰なんだけれど、押しつけになっていないということ。…
 
 
  筑紫哲也と茨木のり子   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  去年の10月末に出た週刊朝日MOOK「筑紫哲也」をようやく最近読み終わりました。たくさんの人の寄稿やインタビューそれに筑紫哲也自身の書いたものや話したことインタビューなどの寄せ集めで、続けて読むにはあまりにも雑多な内容で、しばらく放り出してはまた寝る前にちょっと読み、というようなことを繰り返していたのですが、とりあえず全部読みました。
 
 
  《追悼》茨木のり子「六月」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  《追悼》茨木のり子「六月」『言の葉さやげ』(花神社)より 「06年2月19日に亡くなりました。わたしの愛読書は『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)です。」 この詩人も好きですが、愛読書が同じでしたので、嬉しくなりました。
 
 
  茨木のり子 Noriko Ibaragi   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ことしも生きて さくらを見ています ひとは生涯に 何回ぐらいさくらをみるのかしら ものごころつくのが十歳くらいなら どんなに多くても七十回ぐらい 三十回 四十回のひともざら なんという少なさだろう…    三浦のり子(1926-2006・大正15年-平成18年)  平成18年2月17日歿 79歳 山形県鶴岡市加茂・浄禅寺
 
 
  倚りかからず (茨木のり子)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木のり子さんの最新詩集が発売された(1999年10月)。朝日新聞の天声人語で紹介かれてから大きな反響を得た「倚りかからず」を含む15編の詩が収められている。 どの詩をとってもすばらしいが、「倚(よ)りかからず」が秀逸である。
 
 
  茨木のり子の詩を読みかえす   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木のり子が地上から去った。 あとには、個人の尊厳がひかりかがやく詩が残された。 いまひとたび、彼女の詩は読みかえされなければならない。 詩集『倚りかからず』のなかに、つぎの詩がある。  -鄙ぶりの唄-
 
 
  茨木 のり子 (いばらぎ・のりこ)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  その1: 自分の感受性くらい   その2: わたしが一番きれいだったとき   その3: 六月   メモ: 作者紹介  メモ: akkoさんへ
 
 
  自分の感受性くらい  茨木のり子   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ぱさぱさに乾いてゆく心を  ひとのせいにはするな  みずから水やりを怠っておいて  気難かしくなってきたのを  友人のせいにはするな  しなやかさを失ったのはどちらなのか  苛立つのを  近親のせいにはするな  なにもかも下手だったのはわたくし…
 
 
  茨木のり子 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木 のり子(いばらぎ のりこ、1926年6月12日 - 2006年2月17日)は、同人誌『櫂』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家である。本名、三浦 のり子(みうら のりこ)。戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。
 
 
  【茨木のり子 7つの詩から人生を知る】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木のり子さんは1926年に大阪で生まれた。本名は三浦のり子。高校時代を愛知県で過ごし、上京して現・東邦大学薬学部に入学。その在学中に空襲や勤労動員(海軍系の薬品工場)を体験し、1945年に19歳で終戦を迎えた。戦時下で体験した飢餓と空襲の恐怖が、命を大切にする茨木さんの感受性を育んだ。
 
 
  茨木のり子追悼 『 知命 』 『 落ちこぼれ 』 (語り41)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木のり子様の詩集 『 おんなのことば 』 より 2篇の詩を語りませう  『 知命 』/『 落ちこぼれ 』
 
 
  致道博物館「詩人茨木のり子の贈り物」&「ダリア名花展」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鶴岡市の致道博物館で、今月1日から始まった  「詩人茨木のり子の贈り物−山内ふじ江が描く「貝の子プチキュー」絵本原画の世界」に行ってきました。
 
 
  自分の感受性くらい 茨木のり子 - アーティスト・ナイトと茨木のり子と生姜漬け   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  花匠でのアーティスト・ナイト(個展のオープニング・イヴェント)を木曜日に無事終えた。その夜集まってくれた人々と、素適な時間と空間を共有できたことはなによりも幸せだった。初めてのソロ絵画展のスピーチは年甲斐になく照れたけど、人々からの温かい拍手を浴びたらとても満たされた気持ちになりました。ありがとう!みんな、みんなに感謝したい。
 
 
  YouTube - わたしが一番きれいだったとき by 茨木のり子   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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  茨木 のり子 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木 のり子 <関連書籍>
 
 
  茨木のり子詩集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  茨木のり子さんの詩を、初めて知ったのは、「汲む」でした。 詠む、というより、目にしたとたんに涙しました。 その時に、茨木のり子さんという詩人を始めて知りました。 書店に行き、詩集を見つけることが出来…、この詩集を手にしたのは、もうかなり前のことになります。 けれども、何度、手にしたことでしょうか。 ボロボロになった詩集を、今でも、私は、手にします。 姪っ子へ贈るものとして、今回、注文いたしました。
 
 
  自分の感受性くらい (単行本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  すがすがしく生きたいと思う心そのままを、確かな視線と優しい言葉でとらえた、あざやかな茨木のり子の詩の世界。1969年から1976年にかけての作品20篇を収めた詩集。1977年刊の新装版。
 
 
  落ちこぼれ 茨木のり子詩集 <詩集>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  現代女性詩人のトップランナー、茨木のり子が人間を見つめ続ける詩を網羅!子どもたちから大人まで、すべての人に読んでもらいたい…そんな想いをこめて贈る。
 
 
  茨木のり子集 言の葉 全3巻セット 茨木 のり子 著    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  半世紀にわたる詩人の歩みのあとを、年代別の詩とエッセイで編む自選作品集。単行本未収録のエッセイやラジオドラマも収録。その魅力の全貌をコンパクトに収める。
 
 
  わたしが一番きれいだったとき 〜凜として生きるための言葉〜 <書籍>     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  強く、潔く、胸を張って生きていくためには、ときに励まし、ときに寄り添い、ときに戒めてくれる「言葉」が必要なのではないでしょうか。 茨木のり子さんは戦後を代表する女性詩人。 その詩ひとつひとつに、時代に屈せず、まっすぐに生きる真摯な姿勢が感じられ、今も多くの女性から支持されています。
 
 
  本名 三浦 のり子 : 茨木のり子の画像   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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村上昭夫.1927
村上昭夫 村上昭夫「動物哀歌」資料室 生涯その六
  村上昭夫 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  村上 昭夫(むらかみ あきお、1927年1月5日 - 1968年10月11日)は詩人。岩手県一関市出身。岩手高等学校卒業。大戦中、満州国哈爾濱省官吏となるが終戦後、ソ連のシベリアで二年間の過酷な抑留生活を経て帰国。盛岡郵便局に勤務するが、1950年に結核が発病、闘病生活は41歳で亡くなるまで続く。村上の創作活動はサナトリウムでの俳句から始まり、やがて詩に転じた。処女詩集で唯一の詩集である『動物哀歌』は、第8回土井晩翠賞、第18回日本現代詩人会H氏賞を受賞している。
 
 
  動物哀歌  村上昭夫資料室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  村上昭夫は6人兄弟(5男1女)の長男です。昭和43年にこの世を去ってからというもの、遺された身内は1読者として作品に関わるのみで、ほとんどその管理に携わることはありませんでした。昭夫の作品は全国の読者に引用や研究・出版・放送などと様々に利用されているわけですが、著作権管理の身内の存在が分からずに・・・との報告を度々受けておりました。 ここに村上昭夫「動物哀歌」資料室のページを設けることによって、愛読者のより一層の理解と活動の一助になればと考える所存です。
 
 
  『動物哀歌』の詩人・村上昭夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昭和42年3月11日。日本現代詩人会の第18回H氏賞選考委員会が東京板橋の蔵前工業会館で行われた。… 選考委員は三好豊一郎、草野新平、黒田三郎ら11名。そして受賞候補作品は鈴木志郎康の『罐製同棲又は陥穽への逃走』(季節社)と村上昭夫の『動物哀歌』(Laの会)。
 
 
  村上昭夫 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  村上 昭夫(むらかみ あきお、1927年1月5日 - 1968年10月11日)は、日本の詩人。岩手県東磐井郡大東町(現在の一関市)出身。岩手中学校(現在の岩手高等学校)を卒業。… 村上の創作活動は闘病生活の中、サナトリウムでの俳句から始まり、やがて詩に転じた。処女詩集で唯一の詩集である『動物哀歌』は、第8回土井晩翠賞、第18回日本現代詩人会H氏賞を受賞している。
 
 
  村上昭夫・むらかみあきお(1927-1968)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  岩手県大東町生まれ。岩手中学校(現岩手高校)卒。 1950年岩手医大サナトリウム入院。 1954年岩手県詩人クラブ結成会員。 1959年詩誌「La」の会入会、『動物哀歌』として作品発表。 1967年土井晩翠賞、1968年H氏賞受賞。
 
 
  村上昭夫「動物哀歌」資料室 生涯その六   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  あらゆるけものも あらゆる虫も、みんな昔からの兄弟なのだから 決してひとりを祈ってはいけない 村上昭夫
 
 
  村上昭夫 資料室 生涯 その一 〜 生涯 その七   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  生涯 その一 : 誕生から中学卒業まで 〜 生涯 その七 : 空に座れる雁ヶ音のように
 
 
  「村上昭夫」の16件の記事 - 恋をすると 村上昭夫   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  恋をするとまっすぐに歩けなくなる  そう言いながら倒れていった詩人がある    恋をするとほんとうの道がわからなくなる  そう言いながら  彼は一層はげしい恋を  宇宙のなかに燃やし続けた…
 
 
   詩集『動物哀歌』(昭和42年) 村上昭夫(むらかみ あきお)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  石川啄木(いしかわたくぼく)・富田砕花(とみたさいか)・宮沢賢治らに加えて、岩手出身ではないが『典型』の高村光太郎(たかむらこうたろう)の名を連ねてみると、かつて日本のチベットといわれた岩手県は詩の王国の観があります。海と山脈と痩せた高地をもつこの県は、面積では四国4県分に相当します。 その土壌のなかで、ただ1冊の詩集を遺して世を去った詩人がいました。
 
 
  村上昭夫詩碑   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  夜を見はっているつながれた犬たち 私に向かって吠えるな 私が誰なのかを知ったなら 吠えることはできないだろうに・・・  で始まる『動物哀歌』の中のひとつ『私をうらぎるな』の詩碑がたっています。  
 
 
  村上昭夫詩集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今日の代表的詩人を網羅し、時代の言葉の可能性を最も遠くまで展望した最大かつ最高度の詩集シリーズ。既刊詩集の全て、数多くの未刊詩篇を収録。主要詩論、クリティック、エッセイなどを収録。多彩な書き下し作品論、詩人論を併論。
 
 
  村上昭夫 の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  村上昭夫 の画像 - Google
 
 
粒来哲蔵.1928
粒来哲蔵 第63回読売文学賞 詩歌俳句賞 粒来哲蔵
  粒来哲蔵 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  粒来 哲蔵(つぶらい てつぞう、1928年1月5日 - )は詩人。山形県米沢市生まれ。1934年、福島県郡山市に転居。福島師範学校卒業。1952年、古河第一小学校教諭。1954年、上京し、『歴程』同人となり、草野心平に師事。1960年、詩集『舌のある風景』で土井晩翠賞、1972年、『詩集 孤島記』でH氏賞、1977年、『望楼』で高見順賞、2002年、『島幻記』で現代詩人賞受賞。藤村記念歴程賞選考委員、尚美学園短期大学教授、白&#40407;大学教授を歴任。
 
 
  詩人 粒来哲蔵先生   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文学館の展示の中でもひときわ不思議な雰囲気を漂わせている「夜と海と」という詩のパネルをご覧になった方もいらっしゃると思います。このパネルの写真は、写真家土門拳が撮影した彫刻写真に日本を代表する58人の詩人が詩を寄せて出版された、箱根彫刻の森美術館の開館10周年記念写真集のものです。
 
 
  粒来哲蔵 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  粒来 哲蔵(つぶらい てつぞう、1928年1月5日 - )は、詩人。山形県米沢市生まれ。1934年、福島県郡山市に転居。1952年、古河第一小学校教諭。1954年、上京し、『歴程』同人となり、草野心平に師事。1960年、詩集『舌のある風景』で土井晩翠賞、1972年、『詩集 孤島記』でH氏賞、1977年、『望楼』で高見順賞、2002年、『島幻記』で現代詩人賞受賞。藤村記念歴程賞選考委員、尚美学園短期大学教授、白&#40407;大学教授を歴任。
 
 
  穴 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  穴がある、という。-見ると成程穴なので用心する。穴がある、という。おれは-わかっている、という。穴はあるがまだ落ちるなよ、という。-大丈夫、と答えて爪先で穴を探る…。生と寂しい官能と死が折り重なる新感覚の詩集。
 
 
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新川和江.1929
新川和江 詩人  新川和江さん
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  新川和江 のニュース - Google
 
 
  詩人 新川和江さん   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  母として女性として寄りかからない人生
 
 
  新川和江 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新川 和江(しんかわ かずえ、1929年(昭和4年)4月22日 - )は詩人。茨城県結城市出身。茨城県立結城第二高等学校卒業。小学校のころより野口雨情などの童謡に親しみ、定型詩などを作る文学少女だった。女学校在学中、近くに疎開してきた詩人の西條八十に詩の手ほどきを受けた。17歳で結婚後上京し、詩の投稿を始める。1953年、最初の詩集『睡り椅子』を刊行。新鮮で自由な感覚で、母性愛や男女のさまざまな愛の姿をうたう。1983年、吉原幸子と共に女性のための詩誌「現代詩ラ・メール」を創刊。
 
 
  ゆうき図書館 [新川和江賞]   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『第2回 新川和江賞〜未来をひらく詩のコンクール〜』の表彰式・朗読会を下記のとおり開催しました。
 
 
  新川和江 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新川 和江(しんかわ かずえ、1929年(昭和4年)4月22日 - )は、日本の詩人。息子に作曲家・編曲家・キーボーディストの新川博がいる。
 
 
  新川和江コレクション - ゆうき図書館   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人で結城市名誉市民の新川和江氏は,ゆうき図書館の名誉館長でもあります。 ゆうき図書館開館に合わせて新川名誉館長より,詩に関する図書を約10,000冊(!!)もご寄贈頂きました。 それらの貴重な資料は「新川和江コレクション」として,図書館3階の「ギャラリー1」に常設されています。
 
 
  新川和江 (シンカワカズエ) - 関心空間   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私、詩ってあまり読まないのですが、この方の詩は、暖かくて包容力に満ちていて大好き。 悲しい時とかよく読みます。ほんわか胸のあたりがあったかくなります。 私的に一番いいなーと思う字体と、本の感じがピッタリ素敵なのが、思潮社の「新川和江詩集」です。こういうちょっと古めかしい字体大好き。読みやすくて。 一番好きな詩は、「ふゆのさくら」と「私を束ねないで」
 
 
  新川和江の2つの詩 - ブログ版 :春日井教育サークル   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新川和江の詩「わたしを束ねないで」については、国語の授業をしたことがある。 世俗的な男性社会と戦い、自立を求める女性の力強さが感じられる詩だと解釈している。
 
 
  新川和江賞 〜未来をひらく詩のコンクール〜 - 結城市民情報センター   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  結城市民情報センター・ゆうき図書館開館5周年記念事業として「第1回新川和江賞〜未来をひらく詩のコンクール〜」が開催されました。 2009年2月14日(土)
 
 
  新川和江詩集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  人間の生きる道標と世界の本質と愛を、深遠な思索を通して、優しく力強い言葉で紡ぎだした新川和江の、珠玉の作品群。その中から九十七篇を、初期詩篇、それから(一九五三年~九九年)、幼年・少年少女詩篇に自ら再編集した、待望の文庫オリジナル版。
 
 
  新川和江 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新川和江 <関連書籍>
 
 
  わたしを束ねないで (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  わたしを束ねないで…わたしを止めないで…。女に生まれ、恋をし、妻となり母になる、その折りその折りに、女である自分をふくめ生きとし生けるものを讃えつづけた著者。「女の一生」をたどる詞華集。
 
 
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川崎 洋.1930
川崎洋
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  川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 2004年10月21日)は詩人・放送作家。東京都出身。1944年福岡に疎開。八女高校卒、西南学院大学中退。上京後、横須賀の米軍キャンプなどに勤務。1948年頃より詩作を始め、1953年茨木のり子らと詩誌「櫂」を創刊。谷川俊太郎らを同人に加え、活発な詩作を展開した。1971年には放送作家として初めて芸術選奨文部大臣賞を受けた。1987年、詩集「ビスケットの空カン」で第17回高見順賞。1998年、第36回藤村記念歴程賞を受賞した。
 
 
  子どもの詩  川崎 洋 篇   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  昔むかし新聞の[こどもの詩]というコーナーに掲載された子どもたちの詩をいくつかご紹介します。選者は詩人の川崎 洋さん。
 
 
  川崎洋 - あのひと検索 SPYSEE   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  川崎 洋(かわさき ひろし、1930年1月26日 - 2004年10月21日)は、日本の詩人・放送作家。
 
 
  風になりたい 川崎洋:作詞 寺嶋陸也:作曲   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この曲は、平成17年度のNHK音楽コンクールの課題曲です。Nコンの課題曲って、歌うとなると組曲ばりに難しそうなのですが曲自体は優しいメロディーで聞き易いかつ感動できるので、結構ウェルカムって感じですね(大丈夫かな)。 まずMIDIを聞いて下さいませ、ドン!
 
 
  存在しないものと動物と行列 ――川崎洋の詩を読む――   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「ここに白紙をつづり合わせたものがあったとします。ところが、「これは絵のない絵本だよ」といわれると、ただの白紙をつづり合わせたに過ぎないものが、にわかに輝かしさを帯び、白紙にゾウやワニや魔女の姿が見え隠れすることになる。ことばには、たとえばそんな働きがあります。」…
 
 
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  川崎洋詩集 [文庫]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  川崎洋詩集 (ハルキ文庫 か 10-1) [文庫]  川崎 洋 (著)
 
 
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  川崎洋詩集 (文庫)  川崎 洋 (著)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  川崎洋詩集 (文庫)  川崎 洋 (著)
 
 
大岡信.1931/ 
  大岡信 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  大岡 信(おおおか まこと、1931年(昭和6年)2月16日 - )は詩人。東京芸術大学客員教授。日本ペンクラブ理事。一ツ橋綜合財団理事。静岡県三島市生まれ。東京大学文学部国文科卒業。学生時代から詩人として注目され、読売新聞社外報部記者を経て明治大学教授となる。1979年(昭和54年)より2007年(平成19年)まで『朝日新聞』で『折々のうた』を連載。菊池寛賞、読売文学賞など受賞多数。彼の詩は英語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、中国語、スペイン語、マケドニア語に訳されている。
 
 
  日本を代表する詩人、大岡信さん死去…86歳 (2017/4/5)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  明晰めいせきな知性と柔らかな感受性で詩作や文芸批評に活躍した現代日本を代表する詩人の大岡信(おおおか・まこと)さんが5日午前10時27分、呼吸不全のため静岡県三島市内の病院で死去した。 86歳だった。葬儀は近親者で行う。 歌人・大岡博さんの長男として同市に生まれ、旧制沼津中時代から詩や短歌に親しんだ。東大卒業後、読売新聞に入社。川崎洋、茨木のり子らの詩誌「櫂かい」に参加し、56年に第1詩集「記憶と現在」を出した。63年に退社し、「春 少女に」や「地上楽園の午後」(詩歌文学館賞)などの詩集を発表した。…
 
 
白石かずこ.1931/  
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  白石 かずこ(しらいし-、1931年2月27日 - )は、詩人。カナダのバンクーバーに生まれる。7歳で帰国し、10代から詩を書き始める。早稲田大学文学部在学中の1951年、詩集『卵のふる街』を上梓。1970年、『聖なる淫者の季節』でH氏賞、1978年、『一艘のカヌー、未来へ戻る』で無限賞、1982年、『砂族』で藤村記念歴程賞、1997年、『現れるものたちをして』で高見順賞、読売文学賞、2003年、『浮遊する母、都市』で晩翠賞、2009年『詩の風景、詩人の肖像』で二度目の読売文学賞受賞。
 
 
入沢康夫.1931/ 
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  入沢 康夫(いりさわ やすお、1931年11月3日 - )は島根県松江市出身の詩人、フランス文学者、日本芸術院会員。 東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せ それとも不倖せ」を出版。詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
 
 
谷川俊太郎.1931/ 
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  谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年12月15日 - )は、詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。哲学者で法政大学学長の谷川徹三を父として東京府東京市(東京都)杉並区に生まれ育つ。 東京都立豊多摩高等学校卒。
 
 
吉原幸子.1932/ 
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  吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 2002年11月28日)は、日本の詩人。 東京・四谷生まれ。四人兄妹の末っ子。三陽商会の創業者、吉原信之は実兄。兄姉の影響で幼い頃から萩原朔太郎や北原白秋の詩に親しむ。
 
 
高良留美子.1932/
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  高良 留美子(こうら るみこ、1932年12月16日 - )は、詩人、女性史研究者。 高良武久、高良とみの娘として東京に生まれる。東京藝術大学美術学部、慶應義塾大学法学部中退。竹内泰宏と結婚。1962年、詩集『場所』でH氏賞受賞。1988年、詩集『仮面の声』により現代詩人賞、2000年、詩集『風の夜』で丸山豊記念現代詩賞を受賞。詩のみならず評論でも活躍、『高良留美子の思想世界』全6巻があり、岩見照代と「女性のみた近代」を編纂、また両親の著作も編集している。
 
 
三木卓.1935/
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  三木 卓(みき たく、1935年5月13日 - )は日本の詩人・小説家。 本名、冨田三樹。東京都に生まれるが、新聞記者だった父に連れられて一家で大連に移住、幼年期を過ごす。しかし敗戦で引き揚げを余儀なくされ、帰国途中で父、祖母らを亡くす。この時の体験が三木文学の根底をなしている生死の影の濃いエロティシズムの遠因と思われる(この辺りの情景は「砲撃のあとで」「ほろびた国の旅」に詳しい)。
 
 
鈴木志郎康.1935/
  鈴木志郎康 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鈴木 志郎康(すずき しろうやす、1935年5月19日 - )は、日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。 1952年頃から詩を書き始める。1961年、早稲田大学文学部仏文科卒。在学中の1959年に高野民雄と雑誌「青鰐」を刊行。1961年から1977年までNHKに16ミリ映画カメラマンとして勤務。 1963年頃から個人映画を作り始める。ジョナス・メカスの影響を受け、日記的な作品を多数制作。この年に詩集「新生都市」が発刊され、注目を浴びる。
 
 
  清水哲男 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  清水 哲男(しみず てつお、1938年 - )は詩人。東京都出身。東京都立立川高等学校、京都大学文学部卒業。詩人清水昶は弟。京大在学中、大野新らとともに、詩誌『ノッポとチビ』に参加。大学卒業後は、芸術生活社、河出書房、ダイヤモンド社などで編集者として活躍する。H氏賞を受賞した『水甕座の水』に収録されていた『スピーチ・バルーン』は、タイトルがすべて「チャーリー・ブラウン」、「ミッキー・マウス」などマンガのキャラクターという当時としては異色の詩集で話題になった。
 
 
富岡多恵子.1935/
  富岡多恵子 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  富岡 多恵子(とみおか たえこ、1935年7月28日 - )は日本の詩人・小説家・評論家、日本芸術院会員。読売文学賞、上方お笑い大賞選考委員。 大阪府大阪市出身。大阪府立桜塚高等学校、大阪女子大学文学部英文科卒業。池田満寿夫と結婚していたことがあり、当初詩人として出発したが、小説を書き始めた。多数の詩・小説・評論・エッセイがある。また映画のシナリオも書いている。 1976年、坂本龍一作曲によりアルバム「物語のようにふるさとは遠い」を発表している。
 
 
清水哲男.1938/ 
     
吉増剛造.1939/
  吉増剛造 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  吉増 剛造(よします ごうぞう、1939年(昭和14年)2月22日- )とは、東京都出身の詩人。 阿佐ヶ谷に生まれる。慶應義塾大学在学中から詩作を試みていた。 日本を代表する先鋭な現代詩人として高い評価を受けている。また詩の朗読パフォーマンスの先駆者として知られ、自身の詩と組み合わせた、パノラマカメラや多重露光を多用する写真表現、若林奮(彫刻家)の手による銅板を用いたオブジェの制作、映像作品の制作なども行っており、領域横断的な独自の創作活動を展開している。
 
 
長田弘.1939
詩人 長田弘 詩人 長田弘 | 会見記録/昼食会 特集 「大橋歩の想像力: 1965年『われら新鮮な旅人』(みすず書房)でデビュー。代表作に『私の二十世紀書店』『深呼吸の必要』『記憶のつくり…
  長田弘(おさだ ひろし)とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1939− 昭和後期-平成時代の詩人,評論家。 昭和14年11月10日生まれ。早大在学中同人誌「鳥」を創刊,「地球」「現代詩」などにくわわる。昭和40年やわらかくなじみやすい表現によって,けんめいに明日への希望をつむぐ詩集「われら新鮮な旅人」,詩論集「抒情の変革」を発表。57年「私の二十世紀書店」で毎日出版文化賞,詩集「心の中にもっている問題」で平成2年富田砕花賞,3年路傍の石文学賞。21年「幸いなるかな本を読む人」で詩歌文学館賞。22年詩集「世界はうつくしいと」で三好達治賞。26年「奇跡―ミラクル―」で毎日芸術賞。ほかに「死者の贈り物」,評論「探究としての詩」,エッセイ「本を愛しなさい」など。福島県出身。
 
 
  長田弘 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)は、日本の詩人。 福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。 1960年、詩誌「鳥」を創刊。雑誌「現代詩」「詩と批評」「第七次早稲田文学」の編集に加わる。1965年に詩集『われら新鮮な旅人』でデビュー。  1 来歴・人物 / 2 受賞歴 / 3 著作 / 4 児童文学 / 5 共著・編 / 6 翻訳 /7 関連項目 / 8 脚注 / 9 外部リンク
 
 
  (著者詳細情報)長田 弘(おさだひろし) - 作品一覧   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1939年、福島市生まれ。詩人。代表作に、詩集『深呼吸の必要』『食卓一期一会』『世界は一冊の本』『世界はうつくしいと』、絵本『森の絵本』など多数。翻訳絵本に、『白バラはどこに』などがある。
 
 
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藤井貞和.1942/
  藤井貞和 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤井 貞和(ふじい さだかず、1942年4月27日 - )は詩人・文学者。東京大学名誉教授、立正大学教授。文学博士。東京生まれ。父は國學院大學名誉教授の藤井貞文。姉は歌人の藤井常世。1972年、『源氏物語の始原と現在』で注目される。2001年、『源氏物語論』で角川源義賞受賞。詩人として、1999年、第40回晩翠賞受賞、2002年、藤村記念歴程賞と高見順賞受賞。2006年、現代詩花椿賞と現代詩人賞を受賞。2008年『言葉と戦争』で日本詩人クラブ詩界賞受賞。
 
 
郷原宏,1942/ 
  郷原宏 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  郷原 宏(ごうはら ひろし、1942年5月3日 - )は、詩人、文芸評論家、翻訳家。 島根県生まれ。早稲田大学政経学部卒。読売新聞社に勤め、出版局編集者。若くから詩作を始め、1974年、『カナンまで』でH氏賞受賞。1983年、高村智恵子論『詩人の妻』でサントリー学芸賞受賞。 その後、山本楡美子とともに主としてミステリーの翻訳を始め、映画『わが愛の譜 瀧廉太郎物語』の原作を書き下ろした。2006年、「松本清張事典 決定版」で第59回日本推理作家協会賞評論部門受賞。
 
 
森哲弥.1943/ 
  森哲弥 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  森 哲弥(もり てつや、1943年1月 - )は、京都府京都市生まれの現代詩人。近江詩人会会員。滋賀文学会理事。 1967年、立命館大学文学部哲学科心理学専攻卒業後、社会福祉法人「びわこ学園」に勤務。その傍ら「初猟」、「仕事場」、「少年」、「少年玩弄品博物館」など多くの詩集を発表し続け、1977年には「重症心身障害児の教育における教材教具についての研究」で第1回ほほえみ賞を受賞した。また、2001年に発表した詩集「幻想思考理科室」で第51回H氏賞を受賞した。
 
 
高塚かず子.1946/
  高塚かず子 (Wikipeia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  高塚 かず子(たかつか かずこ、1946年 - )は、日本の詩人。島根県生まれ。長崎県大村市在住。活水女子短期大学卒業。 詩集『生きる水』で1992年に第44回H氏賞、同年、第9回ラ・メール新人賞を受賞する。長崎原爆平和祈念「詩の夕べ」に参加。現在、長崎県教育委員会委員。
 
 
荒川洋治.1949/
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  荒川 洋治(あらかわ ようじ、1949年4月18日 - )は、日本の現代詩作家・エッセイスト。 福井県三国町出身。福井県立藤島高等学校、早稲田大学第一文学部文芸科卒業。26歳で詩集『水駅』を刊行し、H氏賞を受賞、以後、多くの詩集・エッセイ・評論を刊行している。日本近代小説の読み巧者でもある。大阪文学学校、早稲田大学等で教えた。 長く務めた文芸時評では、大江健三郎や笙野頼子を厳しく批判するなど、微温化する文壇では異色の存在である。「詩人」ではなく「現代詩作家」を名乗る。 
 
 
井坂洋子.1949/ 
  井坂洋子 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  井坂 洋子(いさか ようこ、1949年12月16日 - )は、日本の詩人。時代作家・山手樹一郎は祖父、小説家井口朝生は叔父。母は歌人の内野潤子で、山手の長女。東京生まれ。上智大学文学部国文科卒業後、1985年まで自由学園女子部に国語教師として勤務する。 1983年『GIGI』でH氏賞受賞、1995年『地上がまんべんなく明るんで』で高見順賞受賞、2003年『箱入豹』で藤村記念歴程賞を受賞、2011年『嵐の前』で鮎川信夫賞受賞。中原中也賞選考委員を務める。2007年より佐々木安美、高橋千尋とともに詩誌『一個』を創刊。 著書/脚注
 
 
高柳誠.1950/
  高柳誠 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人 1950年 名古屋市生まれ 1975年 同志社大学文学部卒業 現在、玉川大学教授(文学部国際言語学科)  謎の女王アリスが支配する非在の国アリスランドを幻想的に記述する散文詩集『アリスランド』(‘80)で詩的出発をし、言語の中にしか存在し得ない幻想空間をほかならぬ言語によって構築した『卵宇宙/水晶宮/博物誌』(‘82)でH氏賞を受賞。 評論に『リーメンシュナイダー 中世最後の彫刻家』(‘99)などがある。日本での他に、ドイツ各地で朗読会を行う。
 
 
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岩佐なお.1954/
  岩佐なを (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  岩佐なを(いわさ なを、、1954年6月 - )は日本の詩人。画家(主に、版画、ドローイング)。 東京都荻窪生まれ、横浜市日吉育ち。早稲田大学卒業。同大学図書館司書として勤務しながら、詩作活動を行う。日本書票協会、日本現代詩人会、日本文藝家協会、日本ペンクラブ会員。詩誌「時計店」「歴程」同人。 銅版画で蔵書票(エクスリブリス)を多数創作。ドローイングや版画で、本や雑誌の挿画・装幀を手がける。 1995年、詩集『霊岸』で、第45回H氏賞を受賞。
 
 
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小池昌代.1959/
  小池昌代 (wiki^tan)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は詩人、小説家。東京都江東区深川に生まれる。立教大学文学部特任教授、津田塾大学国際関係学科卒業。1989年、投稿により第6回ラ・メール新人賞。1997年、詩集『永遠に来ないバス』で第15回現代詩花椿賞。2000年、詩集『もっとも官能的な部屋』で第30回高見順賞。2001年、詩集『屋上への誘惑』で第17回講談社エッセイ賞。小説「タタド」で第33回川端康成文学賞。2008年、詩集『ババ、バサラ、サラバ』で第10回小野十三郎賞を受賞。
 
 
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和合亮一.1968.8
【和合亮一氏インタビュー】 和合亮一 @wago2828 和合亮一.1968.8
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  和合亮一 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和合 亮一(わごう りょういち、1968年8月18日 - )は、日本の詩人、ラジオパーソナリティ、高校教員。福島県福島市出身。福島市生まれ、福島市育ち(小学校から中学にかけ郡山に3年間)。福島市在住。既婚、1男あり。 郡山市立安積中学校を経て、福島市立福島第三中学校、福島県立福島高等学校、福島大学教育学部卒業。同大学院修了。福島県の高校教諭の傍ら詩作活動を行う。 1 来歴 / 2 エピソード / 3 著作 / 4 その他の作品 / 5 参考文献 / 6 引用・脚注 / 7 外部リンク
 
 
  和合亮一 @wago2828   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  雨の音に 耳を傾けていると はるか 遠くの野原で 一軒だけ 立っている家に ふっと明かりが  灯されたことが  分かる
 
 
  和合亮一オフィシャルサイト   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詩 15作品/開催予定のイベント/和合亮一のツイートアーカイブ/
 
 
  【和合亮一氏インタビュー】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ◇子どもの思いや自主的活動尊重 被災地ふくしまの現状を詩にして発信してきた詩人和合亮一氏(福島市)は8日までに、来春開校のふたば未来学園高を支援する「ふたばの教育復興応援団」メンバーとして取材に答えた。同校をはじめ県内の教育環境については「子どもたちが震災経験を見つめ合い、学び合い、共鳴し合える場所にしてほしい」と述べ、子どもたちの思いや自主的活動を尊重した教育の在り方を提言した。…
 
 
  詩人の和合亮一さんに仏文学賞 (2017/6/23)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  福島市在住の詩人、和合亮一さん(48)の震災詩集「詩の礫」(徳間書店)のフランス語版が、フランスの新しい文学賞「ニュンク・レビュー・ポエトリー賞」(外国語部門)に選ばれたことが23日、分かった。和合さんと徳間書店に関係者を通じて連絡が入った。7月に現地の文芸フェスティバルで授与される。 和合さんは「震災から6年。震災直後から書いてきた言葉が海外の方々の手に渡り、震災のことについて、福島のことについて、少しでも語り継いでいただく機会となれば幸いです」とコメントしている。 同賞は、2002年に創刊された総合文化誌「ニュンク」が主催する賞の1回目。(全文)
 
 
  和合亮一さんに仏文学賞=震災詩集「詩の礫」 (2017/6/23)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  福島市在住の詩人、和合亮一さんの詩集「詩の礫(つぶて)」が、フランスで新たに創設された文学賞「ニュンク・レビュー・ポエトリー賞」を受賞した。日本での出版元・徳間書店が23日明らかにした。 同詩集は、和合さんが東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の直後にツイッターで発信した言葉を集めた内容で、昨年フランス語に翻訳された。主催者は授賞理由を「悲劇的な状況の中で湧き上がる詩的言語の奥深さと清さ」と説明。授賞式は来月フランスで行う。 和合さんは「海外と福島を結ぶ活動へと向かうはずみをいただいたと感じ、感謝したい」とコメントしている。(全文)
 
 
  【震災5年インタビュー】詩人・和合亮一氏 心の問題は変わらず (2016/3/4)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「今していることをやめないことが大切。外側からの声で県民が手を止めてしまえば、自身が風化を招く」。福島市の詩人和合亮一氏は、こう語り掛ける。自らツイッターや全国各地での講演で情報発信を続ける中「福島に向けられる目はますます小さくなっている」と感じている。 県外に行けば復興が済んだように言われることもあるが、今も10万人近くが避難し、震災関連死も増え続けている。「県民が抱える棘(とげ)のような心の問題は、ずっと変わっていない」と和合さんは見る。県民がさまざまな思いを抱える今だからこそ、白黒で線を引くのではなく、互いに耳を傾け対話することが必要だと強く感じるという。「『風土水緑人』を失えば古里への誇りを失う。『風土水緑』は時間をかけて取り戻すことができるが、『人』は対決していても埋められない」 ◇『福島の夢』語り合って/じっくり考える時間を/弱者に寄り添い考える
 
 
  YouTube - 和合亮一氏 オランダで自作の詩を朗読   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - 和合亮一氏 オランダで自作の詩を朗読
 
 
  YouTube - 『詩の礫』和合亮一 朗読:大竹しのぶ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
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外国詩人
ハインリヒ・ハイネ 『詩人の恋』(しじんのこい、Dichterliebe )作品48は、ハインリヒ・ハイネの詩によるロベルト・シューマン作曲の連作歌曲である。 ゲオルク・トラークル、詩人の誕生 
  ホメーロス.BC8世紀/ギリシア (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ホメーロス(ラテン文字表記:Homeros)は、紀元前8世紀後半頃(?)に盛時をおく古代ギリシアの伝説的な詩人である。古代ギリシア語の発音では「ホメーロス」の方がより正確である。ホメーロスの言語は主にイオニア方言からなり、ヘクサメトロス(六脚律)と呼ばれる韻律で歌われた英雄叙事詩である『イリアス』(イーリアス)と『オデュッセイア』(オデュッセイアー)の間に大きな言語的・文芸的な区別は存在しない。
 
 
  ダンテ・アリギエーリ.1265/イタリア (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri、1265年 − 1321年9月14日) は、イタリアの都市国家フィレンツェ生まれの詩人、哲学者、政治家。 代表作は彼岸の国の旅を描いた叙事詩『神曲』および詩文集『新生』。 イタリア文学最大の詩人とされ、ルネサンスの先蹤ともいわれる。
 
 
  ピエール・ド・ロンサール1524/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ピエール・ド・ロンサール(Pierre de Ronsard, 1524年9月11日-1585年12月27日)は、ルネサンス期フランスの詩人。プレイヤード派の中心人物であり、「詩人たちの君主」(le prince des po&egrave;tes )と称えられた。 ロンサールは、ロワール=エ=シェール県クチュール=シュル=ロワールに近いラ・ポワソニエールの貴族の家で末っ子として生まれた。彼の一族はドナウ川の北のルーマニア一帯の出身だった。
 
 
  ジョージ・ゴードン・バイロン.1788/イギリス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, sixth Baron, 1788年1月22日 - 1824年4月19日)はイギリスの詩人。 ロンドンに生まれ、2歳の時にスコットランドのアバディーンに移ったが、1798年に第5代バイロン男爵が亡くなったため、第6代バイロン卿となり、父祖の地ノッティンガムへ移った。翌年ロンドンに出てハーロー校をへて1805年にケンブリッジ大学に入学したが、学業を顧みず放埒な日々を過ごした。
 
 
  ハインリヒ・ハイネ.1797/ドイツ (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  クリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine, 1797年12月13日 -1856年2月17日)は、ドイツの詩人、作家、ジャーナリスト。デュッセルドルフのユダヤ人の家庭に生まれる。当初は商人、ついで法律家を目指したが、ボン大学でA・W・シュレーゲルの、ベルリン大学でヘーゲルの教えを受け作家として出発。『歌の本』などの抒情詩を初め、多くの旅行体験をもとにした紀行や文学評論、政治批評を執筆した。 文学史的にはロマン派の流れに属する。
 
 
  ヴィクトル・ユーゴー.1802/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ヴィクトール=マリー・ユーゴー(仏: Victor-Marie Hugo、1802年2月26日 - 1885年5月22日)はフランス・ロマン主義の詩人、小説家。七月王政時代からフランス第二共和政時代の政治家。  1 生涯 / 2 亡命期 / 3 帰国 / 4 作品の一覧 / 5 主な日本語訳書 / 6 脚注 / 7 関連項目 / 8 外部リンク
 
 
  ウォルト・ホイットマン.1819/アメリカ (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ウォルター・ホイットマン (Walter Whitman, 1819年5月31日 - 1892年3月26日) はアメリカ合衆国の詩人、随筆家、ジャーナリスト、ヒューマニスト。超越主義から写実主義への過渡期を代表する人物の一人で、作品には両方の様相が取り込まれている。アメリカ文学において最も影響力の大きい作家の一人でもあり、しばしば「自由詩の父」と呼ばれる。
 
 
  シャルル・ボードレール.1821/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  シャルル・ピエール・ボードレール(Charles Pierre Baudelaire, 1821年4月9日 - 1867年8月31日)はフランスの批評家、詩人。「フランス近代詩の父」と呼ばれる。 若くして美術批評家として文壇にデビューを果たし、特に当時、物議を醸していたロマン主義画家のドラクロワに対する熱心な弁護と評価を行った。
 
 
  ステファヌ・マラルメ.1842/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ステファヌ・マラルメ(St&eacute;phane Mallarm&eacute;, 1842年3月18日 - 1898年9月9日)は、19世紀フランスの象徴派の系譜に入る、アルチュール・ランボーと並ぶ代表的詩人。代表作に『半獣神の午後』『パージュ』『詩集』『骰子一擲』(とうしいってき、『サイコロの一振り』とも)、評論集『ディヴァガシオン』など。
 
 
  ポール・ヴェルレーヌ /1844フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ポール・マリー・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine)(1844年3月30日 - 1896年1月8日)は、フランスの詩人。ポール・ヴェルレーヌ、あるいは単にヴェルレーヌとも呼ばれる。ステファヌ・マラルメ、アルチュール・ランボーらとともに、象徴派といわれる。多彩に韻を踏んだ約540篇の詩の中に、絶唱とされる作品を含みながら、その人生は破滅的であった。
 
 
  ウィリアム・バトラー・イェイツ.1865/アイルランド (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats, 1865年6月13日 - 1939年1月28日)は、アイルランドの詩人、劇作家。イギリスの神秘主義秘密結社黄金の暁教団(The Hermetic Order of the Golden Dawn)のメンバーでもある。ダブリン郊外、サンディマウント出身。神秘主義的思想をテーマにした作品を描き、アイルランド文芸復興を促した。日本の能の影響を受けたことでも知られる。
 
 
  ポール・ヴァレリー.1871/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  アンブロワズ=ポール=トゥサン=ジュール・ヴァレリー(Ambroise-Paul-Toussaint-Jules Val&eacute;ry, 1871年10月30日 - 1945年7月20日)は、フランスの作家、詩人、小説家、評論家。多岐に渡る旺盛な著作活動によってフランス第三共和政を代表する知性と称される。 1871年、地中海沿岸の港町セットに生まれる。母ファニーはトリエステ生まれのイタリア人。
 
 
  ライナー・マリア・リルケ.1875/オーストリア (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke、1875年12月4日 - 1926年12月29日)は、オーストリアの詩人、作家。シュテファン・ゲオルゲ、フーゴ・フォン・ホーフマンスタールとともに世紀転換期を代表するドイツ語詩人として知られ、歴史を通じてもドイツ文学最高峰の詩人の一人とされる。 プラハに生まれ、プラハ大学、ミュンヘン大学などに学び、早くから詩を発表し始める。
 
 
  ジャン・コクトー.1889/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ジャン・コクトー(Jean Cocteau、1889年7月5日 - 1963年10月11日)は、フランスの芸術家(詩人、小説家、劇作家、評論家として著名であるだけでなく、画家、映画監督、脚本家としての活動も行った)。自身は中でも「詩人」と呼ばれることを望んだという。ダダやシュルレアリスムと相互影響はあったと考えられるが、自身は直接は運動に参加せず、むしろ対立も多かった。 1 生涯 / 2 主な作品 / 3 参考文献 / 4 脚注 / 5 外部リンク
 
 
  アルチュール・ランボー.1891/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud, 1854年10月20日 - 1891年11月10日)は19世紀のフランスの詩人。ランボオとも。主な作品に散文詩集『地獄の季節』、『イリュミナシオン』など。 早熟の天才。詩人ヴェルレーヌに出会い、『地獄の季節』、『イリュミナシオン』でその才能を見せた。マラルメはボードレールから始まる象徴詩の系譜に属しながらも、そこに止まらない、という意味で「おそるべき通行人」と彼を評している。
 
 
  アルチュール・ランボー の画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  アルチュール・ランボー の画像 - Google
 
 
  ジャック・プレヴェール.1900/フランス (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ジャック・プレヴェール(Jacques Pr&eacute;vert、1900年2月4日 - 1977年4月11日)は、フランスの民衆詩人、映画作家、童話作家。シャンソン『枯葉』の詞や、映画『天井桟敷の人々』のシナリオを書いた。
 
 
  ラングストン・ヒューズ.1902/アメリカ (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes、1902年2月1日 - 1967年5月22日)は、詩・小説・戯曲・短編・コラムなどに活動したハーレム・ルネサンス期のアフリカン・アメリカン作家である。 それまでアメリカ白人作家によって描かれてきたアフリカ系アメリカ人のステレオタイプ(ひたすら従順・あるいは野蛮で知性に欠ける、など)とは異なり、黒人自身の視点からブラックアメリカ文化・風俗を提示することにより普遍的人間像を描いた。
 
 
  外国詩人   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  外国詩人
 
 
  中国の詩人各時代詩人の概略一覧表 (2011/12/3)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ◇東周春秋戦国 前770〜前221  ◇秦 前漢 ◇新 ◇後漢
 
 
  ロベルト・シューマン 詩人の恋 作品48 - 詩: ハイネ(Heinrich Heine)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ロベルト・シューマン 詩人の恋 作品48 - 詩: ハイネ(Heinrich Heine)
 
 
  YouTube - シューマン 詩人の恋(Dichter liebe)(歌曲集) Op.48    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  YouTube - シューマン 詩人の恋(Dichter liebe)(歌曲集) Op.48
 
 
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  フランスの詩人一覧 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  フランスの詩人一覧 五十音順
 
 
A・ランボオ.1854/
     
C・ボードレール.1867/
     
ポール・クローデル.1868
     
ロバート・フロスト.1874/
     
ライナー・M・リルケ.1875
     
ヘルマン・ヘッセ.1877/
     

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