和歌とは

016 【文芸亜 勅撰和歌集(二十一代集)/梁塵秘抄/近代秀歌 
俳句と川柳の違い
 日本が誇る短文文学の世界。感性と情緒の世界をご一緒に楽しみませんか。ここには、あまりにも有名な万葉集はじめ、古今和歌集から始まる二十一代集、著名な歌人の足跡なども余すことなく掲載されています。また、皆さまに親しまれている、NHK短歌・俳句・川柳など、句会、投句のホームページもあります。 五行で綴る自由で幅広い表現ができる五行歌の世界、大変楽しく素晴らしいものです。どうぞ、ごゆっくりご覧ください。

勅撰和歌集 1.古今和歌集 2.後撰和歌集 3.拾遺和歌集 4.後拾遺和歌集  5.金葉和歌集
6.詞花和歌集 7.千載和歌集  8.新古今和歌集 9.新勅撰和歌集  10.続後撰和歌集 11.続古今和歌集
12.続拾遺和歌集 13.新後撰和歌集 14.玉葉和歌集 15.続千載和歌集 16.続後拾遺和歌集 17.風雅和歌集
18.新千載和歌集 19.新拾遺和歌集 20.新後拾遺和歌集 21.新続古今和歌集 准勅撰 新葉和歌集 梁塵秘抄.1184
山家集 近代秀歌.1209 金槐和歌集.1213 風葉和歌集.1271 菟玖波集.1356 吾妻問答1467
水無瀬三吟.1488 閑吟集.1518 新増犬筑波集.1643 挙白集.1649 和歌・俳句・百人一首 和歌・俳句Blog
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勅撰和歌集
星の林に月の船 
  勅撰和歌集 (Wkipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)は、天皇や上皇の命により編集された歌集のこと。古今和歌集に始まり、新続古今和歌集まで21の勅撰和歌集があり、総称して「二十一代集」という。このほかに南朝で編纂された新葉和歌集を準勅撰集とする。また編集時期による分類として、三代集(古今集・ 後撰和歌集・拾遺集)・八代集(下記参照)・十三代集(同)とする。(三代集と八代集の対象は重複していることに注意)
 
 
  三代集 とは - コトバンク   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安初期の三つの勅撰和歌集,《古今和歌集》《後撰和歌集》《拾遺和歌集》をいう。勅撰集の最初の3集として重んぜられ,編集その他,後の模範とされた。三代とは撰集を命じた醍醐・村上・花山天皇の時代の意。
 
 
  八代集 - 文化史04   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代中期から鎌倉時代初期にかけて撰集された8つの勅撰和歌集の総称で,具体的には『古今和歌集』、『後撰和歌集』、『拾遺和歌集』、『後拾遺和歌集』、『金葉和歌集』、『詞花和歌集』、『千載和歌集』、『新古今和歌集』を指します。 これらの和歌集は,前代の漢文学の象徴ともいえる六国史(りっこくし)や勅撰漢詩文集の美意識や表現方法を,我が国固有のものへと昇華させたものです。
 
 
  十三代集 - goo 辞書   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉時代から室町時代にかけての勅撰和歌集。二十一代集から初めの八代集を除いた残りの、新勅撰・続後撰・続古今・続拾遺・新後撰・玉葉・続千載・続後拾遺・風雅・新千載・新拾遺・新後拾遺・新続古今の一三集。
 
 
  二十一代集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二十一代集(にじゅういちだいしゅう)とは、天皇が勅命を出し、国家事業として編集された勅撰和歌集である「古今和歌集」から「新続古今和歌集」までの計21集のことで、「八代集」と「十三代集」とを合わせた歌集の総称を言う。また、古今集以後の三集を「三代集」とも言う。
 
 
  涙の詩学―王朝文化の詩的言語 <和書>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安朝の袖はなぜ涙に濡れているのか?『古今集』から『新古今集』にいたる八代集を、“袖の涙”のメタファーを軸に、イメージの連鎖・言葉のネットワークの展開過程を辿ることによって読み解き、“涙”のメタ喩的な役割と王朝文化における詩的言語の卓越した位置を明らかにする。
 
 
1.古今和歌集
『古今和歌集』を読む
  古今和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『古今和歌集』(こきんわかしゅう)は、醍醐天皇の勅命によって編まれた初めての勅撰和歌集。延喜五年(905年)頃成立。略称『古今集』。真名序は紀淑望、仮名序は紀貫之が執筆した。和歌集としてだけでなく、古今和歌集仮名序は日本最古の歌論としても文学的に重要である。
 
 
  古今和歌集の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   年の内に  春は来にけり   ひととせを  こぞとや言はむ  今年とや言はむ /  袖ひちて  むすびし水の  こほれる を  春立つ今日の   風やとくらむ / 春霞  立てるやいづこ  み吉野の  吉野の山に   雪 は降りつつ /   雪の内に  春は来にけり   うぐひすの  こほれる 涙   今やとくらむ
 
 
  『古今和歌集』巻第六・冬   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古典文学学習教材 監修:浜口俊裕  古今和歌集 巻第二 春歌下 古今和歌集 巻第六 冬歌
 
 
  古今和歌集 渋谷栄一著   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事、わざ、繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものにつけて、言ひ出だせるなり。
 
 
  勅撰和歌集・ 古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  仮名序 : やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける。世中に在る人、事、業、繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの、聞くものに付けて、言ひ出せるなり。
 
 
  古今和歌集 仮名序 紀貫之   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  仮名序本文は『伊達本古今和歌集 藤原定家筆』(笠間書院刊 影印本)を底本に作成しました。…
 
 
  古今和歌集 卷第一〜卷第六   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古今和歌集序 夫和歌者、託2其根於心地1、發2其花於詞林1也。人之在レ世不レ能2無爲1。思慮易レ遷哀樂相變。
 
 
  古今和歌集(元永本) 文化遺産オンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『古今和歌集』の仮名序と20巻を完存する最古の写本が,この元永本である。数種の染紙にさまざまな型文様を刷り出した料紙を表とし,その裏側は金銀の切箔・野毛・砂子などを撒いた豪華なものである。秀麗な書は藤原行成の曾孫・定実(?〜1077〜1119〜?)の筆と推定されている。
 
 
  古今和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 548首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1100首(墨滅歌を含めると1111首) 【勅宣】醍醐天皇 【成立】不明。延喜五年(905)四月十八日、奉勅か。 【撰者】紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑  【主な歌人と収録歌数】紀貫之(99首) 凡河内躬恒(60首) 紀友則(46首) 壬生忠岑(36首) 素性法師(36首) 在原業平(30首) 伊勢(23首) 藤原敏行(19首) 小野小町(18首)
 
 
  古今和歌集(こきんわかしゅう) - Yahoo!百科事典    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安時代初期に成った、最初の勅撰(ちょくせん)和歌集。略して『古今集』ともいう。 醍醐(だいご)天皇の勅命によって、紀貫之(きのつらゆき)、紀友則(とものり)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)が撰者として編集にあたった。成立は延喜(えんぎ)5年(905)か。ただし、これを天皇の編集の命令の下った年とみる説もあり、一定しない。
 
 
  『古今和歌集』を読む 〜古典文学の世界の美しさと広さを〜   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  よく受けるご質問から。「『古今和歌集』と『古今集』は、同じものなのですか」という質問をよく受けます。これは同じものです。・・・
 
 
  特殊切手「古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念」の発行   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平安・中世を代表する勅撰和歌集「古今和歌集」「新古今和歌集」が編纂されてからそれぞれ1100年、800年を迎えます。
 
 
  後醍醐天皇 ごだいごてんのう 正応元〜延元四(1288-1339)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後宇多院の第二皇子。母は談天門院藤原忠子。後二条天皇の弟。子に護良親王・尊良親王・世良親王・宗良親王・懽子内親王(光厳後宮)・祥子内親王(最後の斎宮)・懐良親王・後村上天皇ほか。大覚寺統・持明院統系図
 
 
  後醍醐の女性関係と皇子たち   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  十四世紀日本を彩った個性的な帝王・後醍醐天皇。彼は関係した女性が三十人以上、儲けた子供は三十二人(醍醐天皇に次ぐ歴代二位)とこちらでも傑出した存在でした。その皇子たちは、後醍醐の理想を求める戦いに巻き込まれ、数奇な運命をたどる事になります。そこで、今回は後醍醐天皇の主要な女性関係と、皇子たちの略歴を挙げていきたいと思います。
 
 
  古今和歌集 <外国文書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  "やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける。(中略)花になくうぐひす、みづにすむかはづのこえをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬ鬼神をも、あはれとおもはせ、おとこ女のなかをもやわらげ、たけきもののふのこころをも、なぐさむるは哥(うた)なり。" (仮名序より)   "きみがため春の野にいでて わかなつむ 我衣手に雪はふりつつ"
 
 
2.後撰和歌集
後撰和歌集
  後撰和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後撰和歌集(ごせんわかしゅう)は、村上天皇の下命によって編纂された第二番目の勅撰和歌集。体裁は『古今和歌集』に倣い、春(上・中・下)、夏、秋(上・中・下)、冬、恋(六巻)、雑(四巻)、離別(附 羇旅)、賀歌(附 哀傷)の二十巻からなり、総歌数は1425首。離別歌と羇旅歌とを、賀歌と哀傷歌とを併せて収めた所が独特である。
 
 
  後撰和歌集巻第一   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  春上 正月一日、二条の后宮にて、白き大袿をたまはりて 藤原敏行朝臣  0001〜1425
 
 
  後撰和歌集巻第八断簡 浦野切   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  手鑑 藻塩草 後撰和歌集巻第八断簡 浦野切
 
 
  定家本「後撰和歌集」情報と資料   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  1.概要/2.研究史・参考文献/3.論文・解題抄/4.奥書と勘物/5.周辺と関連
 
 
  勅撰和歌集・ 後撰和歌集  巻第五 秋上   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  是貞の親王の家の歌合に  にはかにも風のすゞしくなりぬるか秋立日とはむべもいひけり …
 
 
  後撰和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 105首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1425首(新編国歌大観による) 【勅宣】村上天皇 【成立】不明。天暦五年(951)十月、編纂開始。 【撰者】大中臣能宣・源順・清原元輔・紀時文・坂上望城 【主な歌人と収録歌数】紀貫之(92首) 伊勢(72首) 凡河内躬恒(27首) 藤原兼輔(24首)
 
 
  後撰和歌集(ごせんわかしゅう) - Yahoo!百科事典    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『古今(こきん)和歌集』に次ぐ第二の勅撰和歌集。略称「後撰集」。951年(天暦5)、村上(むらかみ)天皇の命により昭陽舎(梨壺(なしつぼ))に撰和歌所が設けられ、別当に藤原伊尹(これまさ)、寄人(よりうど)に大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)、清原元輔(きよはらのもとすけ)、源順(したごう)、紀時文(きのときぶみ)、坂上望城(さかのうえのもちき)のいわゆる「梨壺の五人」が任ぜられて、『万葉集』の読解と勅撰和歌集の撰集とが行われた。
 
 
  5.その他の勅撰集類 後撰和歌集 飛鳥井雅俊筆 室町後期写   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  5.その他の勅撰集類 後撰和歌集 飛鳥井雅俊筆 室町後期写 國學院大學図書館 デジタルライブラリー
 
 
  伏見天皇宸翰後撰和歌集巻第四断簡(筑後切) 文化遺産オンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉時代/永仁2年(1294) 縦28.30 cm 横141.70 cm 重要文化財
 
 
  後撰和歌集 <書籍> 片桐洋一 校注       TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第2の勅撰集.私的な場での和歌を中心に編まれた,いわば襃(け)の歌の集成.紀貫之や伊勢などの歌人をはじめ,権門貴族や後宮サロンの人びとにまつわるうわさ話や恋の歌のひとつひとつが,華やかな物語的世界をつくり出す.
 
 
  後撰和歌集 新日本古典文学大系 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後撰和歌集 新日本古典文学大系 <書籍> 片桐洋一 校注 岩波書店 1990初版
 
 
  後撰和歌集 <書籍> 著者:岸上慎二 / 杉谷寿郎     TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後撰和歌集 <書籍> 著者:岸上慎二 / 杉谷寿郎  発行所=笠間書院
 
 
  後撰和歌集 天福二年本 第三巻 <書籍> (財)冷泉家時雨亭文庫 編    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  冷泉家時雨亭叢書第6期12巻の巻頭を飾る『後撰和歌集天福二年本』は、藤原定家が家伝来の秘本を校訂しつつ書写した貴重な典籍で、国宝。子の為家、孫で冷泉家始祖となった為相と受け継がれ、いわば冷泉家の象徴として今日に伝わる。
 
 
3.拾遺和歌集
拾遺和歌集
  拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『拾遺和歌集』(しゅういわかしゅう)は、古今・後撰に次ぐ第三番目の勅撰和歌集で、いわゆる「三代集」の最後にあたる。一条天皇の代、寛弘三年(1006)頃の成立か。古来、花山院の親撰もしくは院が藤原長能・源道済に撰進させたといわれてきたが、確証はない。先行する二つの勅撰集と違い、和歌所が置かれなかった。
 
 
  拾遺和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天暦四年(1007)頃か 花山院親撰   原本:新日本古典文学大系「拾遺和歌集」    (岩波書店)を独自にテキスト化
 
 
  拾遺和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  渋谷栄一整定(C)
 
 
  拾遺和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『拾遺和歌集』は、『古今和歌集』『後撰和歌集』に継ぐ第三の勅撰集(1005〜1006に成立)で、一条天皇の御代に花山上皇が自らの手で編纂した特異な勅撰集です(普通は、天皇が歌人に命じて編纂させます)。 この『拾遺和歌集』は、『万葉集』も含め、当代までの1351首を収載。紀貫之、柿本人麻呂の作品が圧倒的に多く、ともに百首をこえています。
 
 
  拾遺和歌集 八代集の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  拾遺和歌集 1帖 江戸時代前期写/拾遺和歌集 1帖 鎌倉時代中期写/拾遺和歌集 2冊 江戸時代前期写
 
 
  拾遺和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 213首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1351首(新編国歌大観による) 【勅宣】花山院 【成立】不明。寛弘二、三年(1005〜06)頃とする説が有力。 【撰者】不明。花山院親撰とするのがほぼ定説。藤原長能・源道済らが関与したとの説もある。 【主な歌人と収録歌数】紀貫之(113首) 柿本人麿(104首) 大中臣能宣(62首) 清原元輔(48首) 平兼盛(39首)
 
 
  拾遺和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第3の勅撰集.王朝和歌の規範となった古今集的表現は,「拾遺集」に至り完成される. 華麗な宮廷社会の行事和歌,人麿・貫之への崇拝,情と理の調和した,優しくしめやかな詠風. 屏風歌中心の四季歌,柿本人麻呂など古歌中心の恋歌.心と詞の調和した優美平淡な余情美は,後世,藤原定家や後鳥羽院に称揚される.
 
 
4.後拾遺和歌集 
後拾遺和歌集
  後拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)は八代集の第四、『拾遺集』の後継たるべく編まれた勅撰和歌集である。勅命は白河天皇、撰者は藤原通俊。承保二年(1075年)奉勅、応徳3年(1086年)9月16日完成を見、同年10月奏覧された。二十巻、総歌数1218首(新編国歌大観本)。
 
 
  後拾遺和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  応徳三年(1086)撰進  勅:白河法皇  選者:藤原通俊  原本:新日本古典文学大系「後拾遺和歌集」   (岩波書店)を独自にテキスト化
 
 
  後拾遺和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『後拾遺和歌集』は、第4番目の勅撰和歌集です。 承暦2年(1078)に下された白河天皇の勅撰により藤原通俊(みちとし、1047〜1099)が撰集し、応徳3年(1086)に成立しました。 20巻1218首のうち、詞書まで含めて「熊野」が登場する歌は9首。そのうち歌の本文に「熊野」が登場するのは1首。   旅の空よはの煙(けぶり)とのぼりなば あまの藻塩火(もしほび)たくかとや見ん
 
 
  後拾遺和歌集 - 八代集の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  正式名称は後拾遺和歌抄という。構成は初めに仮名序を置き、春上下、夏、秋上下、冬、賀、別、旅、哀傷、恋四巻、雑六巻の構成で、全二十巻となる。この構成は古今集にならったものであり、雑第六巻には誹諧歌が復活している。また、同じく雑第六巻に神祇、釈教の項目を初めて立てている。 撰歌範囲を規定して、梨壷の5人以降とし、古今、後撰集の歌人を除外し、近代の歌を重視したことに先行の勅撰集との大きな違いが見られる。
 
 
  後拾遺和歌集 通俊自筆本系統 目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後拾遺和歌集 通俊自筆本系統 目次 凡 例 通俊自筆本系統は、冷泉家時雨亭文庫本が鎌倉時代初期の書写ともっとも古く、 宮内庁書陵部本(四〇五/八七)の親本となっている。
 
 
  後拾遺和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 124首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1218首(新編国歌大観による) 【勅宣】白河天皇 【成立】応徳三年(1086)九月十六日完成奏上。十月、奏覧。翌寛治元年(1087)二月、再奏。 【撰者】藤原通俊 【主な歌人と収録歌数】和泉式部(68首) 相模(39首) 赤染衛門(32首) 能因法師(31首) 伊勢大輔(26首)
 
 
  後拾遺和歌集  品切重版未定   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「拾遺和歌集」につぐ第4番目の勅撰集で,天暦以後の秀歌1200首余を収め,唯美的思索的な歌とともに散文的現実的な歌をふくみ,平安朝後期ようやく「古今」の旧格から脱して「金葉」「詞華」の革新的気運に移りゆく動揺期の文芸思潮を反映するものとして重要な歌集である.
 
 
  後拾遺和歌集 新日本古典文学大系 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和泉式部・赤染衛門・相模・伊勢大輔…,心の内を深くみつめ情感豊かにうたいあげる女歌の数かず.一条朝の人びとのエピソードを伺わせる長い詞書とともに,撰者の新しい試みが王朝和歌の屈折点を示す第4番めの勅撰集.
 
 
5.金葉和歌集
金葉和歌集
  金葉和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『金葉和歌集』(きんようわかしゅう)は第五番目の勅撰和歌集で、『後拾遺集』の後、『詞花集』の前に位置する。 白河院の院宣により源俊頼が編纂。天治元年(1124)末、初めて奏覧した(初度本)が、不備があり天治二年四月頃、改訂本を再度奏覧(二度本)、しかしまた却下され、大治元年(1126)または翌年、三度奏覧してようやく嘉納された(三奏本)。
 
 
  金葉和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天治元年(1124) 院宣:白河院 撰者:源俊頼朝臣  天治二年に二度目の上奏を行った「二度本」  原本:新日本古典文学大系「金葉和歌集」  (岩波書店)を独自にテキスト化
 
 
  『金葉和歌集』の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和泉式部石山に参りけるに、大津に泊りて夜ふけて聞きければ人のけはひあまたしてのゝしりけるを尋ねければ、下人の米白げ侍るなりと申しければよめる   鷺のゐる松原いかに騒ぐらんしらげはうたて里響むなり ( 巻九 雑部上 556 )         
 
 
  金葉和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『金葉和歌集』は、白河上皇の院宣により編纂された第五勅撰和歌集。選者は源俊頼(としより。1055〜1129)。 院宣が下されたのは1124年。俊頼は下命後ただちに編纂の仕事に着手したようで、その年の末または翌年の初めに『金葉和歌集』を上奏しましたが、しかし、これは白河院の気に召さず、却下されます。1124年4月に2度めの上奏。これも再び却下され、1126年またはその翌年に3度めの上奏。これがようやく白河院に嘉納されるところとなり、ここに『金葉和歌集』が最終的に成立しました。
 
 
  金葉和歌集 - 八代集の世界   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金葉和歌集は、天治元年(1124)に白河法皇の院宣を奉じ、大治元年から2年にかけて3度にわたって奏上された。これが、初度本、二度本、三奏本である。金は褒美の詞、葉は言の葉の意味で、すぐれた詞華の集を意味する。 初度本は三代集歌人と当代歌人とを配した伝統的な撰集原則によったものが法皇に返却された。二度本においては構成主体を全て当代歌人にする撰集仕様とし、破格の革新的な撰集方針を示したが、これも返却された。
 
 
  金葉和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 26首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】十巻 【歌数】伝本によって違いが甚だしい。新編国歌大観所収の二度本は665首。 【勅宣】白河院 【成立】天治元年(1124)末または二年初、上奏(初度本)。天治二年四月頃、再奏(二度本)。大治元年(1126)または翌年、再々奏(三奏本)。 【撰者】源俊頼 【主な歌人と収録歌数】源俊頼(31首) 源経信(26首) 藤原公実(23首) 藤原顕季(20首) 藤原忠通(15首)
 
 
  『金葉集成立史小考〜輔仁親王鎮魂の視角から』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  〜謎の勅撰集編纂の全容に迫る〜 小サイト管理人・如月は、このほど、平安時代末期に編纂された五番目の勅撰集『金葉和歌集』の成立に関する考究をまとめ、再興中世前期勉強会(中前勉)の会報『段かづら』第5号(平成17年6月発行)に発表致しました。
 
 
  金葉和歌集;詞花和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金葉和歌集;詞花和歌集 (単行本)
 
 
  金葉和歌集 詞花和歌集  川村晃生,柏木由夫,工藤重矩 校注   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第5.6の勅撰集.20巻という勅撰集の慣例を破る10巻の構成.「金葉集」は,初めて連歌の部を創設,当代歌人の新しい感覚の歌を多く配する.「詞花集」は,当代歌人を厳選,秀歌選的性格を打ち出す.三奏本「金葉和歌集」付載.
 
 
6.詞花和歌集
詞花和歌集
  詞花和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詞花和歌集(しかわかしゅう)は、八代集の第六にあたる勅撰和歌集。天養元年(1144)に崇徳院が下命し、藤原顕輔(1090〜1155年)が撰者となって編集、仁平元年(1151)になって完成奏覧された。十巻、総歌数415首。また、『金葉集』三奏本があまり流布しなかったため、金葉三奏本との間でかなり重複がある。
 
 
  詞花和歌集 卷第一 春   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  001 堀河院御時、百首歌奉り侍けるに、春立つ心を詠める   氷りゐし志賀の唐崎うちとけてさゞ波よする春風ぞ吹く     002 寛和二年内裏歌合に霞を詠める   昨日かも霰ふりしは信楽の外山の霞春めきにけり     003 天徳四年内裏歌合に詠める   古里は春めきにけりみ吉野の御垣が原は霞こめたり
 
 
  詞花和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 20首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】十巻 【歌数】415首(新編国歌大観による) 【勅宣】崇徳院 【成立】天養元年(1144)六月二日、崇徳院の院宣あり撰集開始、仁平元年(1151)完成奏覧。 【撰者】藤原顕輔 【主な歌人と収録歌数】曾禰好忠(17首) 和泉式部(16首) 大江匡房(13首) 源俊頼(11首) 花山院・道命法師(9首)
 
 
  金葉和歌集;詞花和歌集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金葉和歌集;詞花和歌集 [単行本]
 
 
7.千載和歌集 
千載和歌集
  千載和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  寿永二年(1183年) 後白河院の下命により、藤原俊成が着手し、文治四年(1188年)4月22日に奏覧。俊成の私撰集『三五代集』を基に編纂されたという。構成は春(上・下)、夏、秋(上・下)、冬、離別、羇旅、哀傷、賀、恋(五巻)、雑(上・中・下)、釈教、神祇の部立からなる二十巻で、歌数は1288首。そのほとんどが短歌である。
 
 
  千載和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  文治四年(1188)奏覧 勅:後白河法皇 撰者:藤原俊成 原本:新日本古典文学大系「千載和歌集」  (岩波書店)を独自にテキスト化
 
 
  『千載和歌集』注釈   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原俊成の編纂した第七番目の勅撰和歌集、平安時代末期の文治三年(1187)に後白河院に奏上する。写本は、龍門文庫が鎌倉時代末期と書写年代が最も古いが、誤脱が147箇所と多い。
 
 
  千載和歌集 二十巻   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  千載和歌集は、後白河法皇の命により、藤原俊成が撰集し、文治4年(1188)4月22日に奏覧した、7番目の勅撰和歌集。 千載和歌集の伝本は多いが、大きな異同は認められず、いずれも文治4年4月22日の奏覧以降の増補改訂作業における本文と考えられている。
 
 
  新千載和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新千載和歌集』は室町前期に編纂された第18番目の勅撰和歌集です。 延文元年(1356)後光厳天皇の勅により、二条為定(にじょうためさだ。1293-1360) が撰し、同四年(1359)に成立しました。  おきつ風吹あげの千鳥 夜やさむき明がたちかき波に鳴くなり
 
 
  千載和歌集断簡  日野切 - 文化遺産オンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  素紙にくせのある力強い筆致で、和歌が書かれている。この、ただならぬ 個性を感じさせる字は、歌人として名高い藤原俊成のものである。俊成は、後白河法皇の院宣を受けて、第7番目の勅撰集『千載和歌集』を撰集した。本葉は、同歌集巻第十六からの断簡で、撰者自身の筆になるという点で、とりわけ価値が高い。
 
 
  千載和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 206首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1288首(新編国歌大観による) 【勅宣】後白河院 【成立】寿永二年(1183)二月、院宣下命。文治三年(1187)九月二十日、形式的奏覧(千載集序文)。文治四年四月二十二日、奏覧(明月記など)。その後も改訂作業があり、同年8月までに最終的な奏覧がなされたと推測されている。 【撰者】藤原俊成 【主な歌人と収録歌数】源俊頼(52首) 藤原俊成(36首) 藤原基俊(26首) 崇徳院(23首) 俊恵(22首)
 
 
  千載和歌集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  千載和歌集 (文庫)
 
 
  千載和歌集 (ハードカバー)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  武士社会へと移りゆく時代に編まれた第七番目の勅撰和歌集。当世の知的趣向にかたよった歌風への反省から、叙情性の回復を基本に据えた撰歌方針、「よみ人しらず」として載せた、敗者平家歌人たちの作、そして一首一首の歌がさらに違った世界をみせる配列の妙―。撰者俊成は、時代を反映させつつ正統的な歌集をめざした。
 
 
  千載和歌集  久保田 淳 校注  藤原俊成 撰   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  平家都落ちの際,平忠度は藤原俊成に,新しい勅撰集に一首なりと選ばれれば生涯の面目と,歌集一巻を託して西へ去ったという話はよく知られている.忠度の歌は読人しらずの一首として本歌集に採られた.全歌一二八八首.幽艶さの中に静かな寂しさを湛え,その抒情性は次の『新古今和歌集』のさきがけとなった.文治四年成立.
 
 
8.新古今和歌集
新古今和歌集
  新古今和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新古今和歌集』(しんこきんわかしゅう)は鎌倉時代初期、後鳥羽上皇の勅命によって編まれた勅撰和歌集。古今和歌集以後の8勅撰和歌集、いわゆる「八代集」の最後を飾る。… 「万葉」「古今」と並んで三大歌風の一である「新古今調」を作り、和歌のみならず後世の連歌・俳諧・謡曲へ絶大な影響を残した。
 
 
  新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和歌文学辞典(有吉 保編者,桜楓社)より
 
 
  新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  元久二年(1205)奏覧・竟宴  勅:後鳥羽上皇  撰者:源通具、藤原有家、藤原定家、 藤原家隆、藤原経雅、寂連 原本:新日本古典文学大系「新古今和歌集」
 
 
  新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集序 : 夫和歌者、群徳之祖、百福之宗也。玄象天成、五際六情之義未著、素鵞地静、三十一字之詠甫興。爾来源流寔繁、長短雖異、或抒下情而達聞、或宣上徳而致化、或属遊妻而書懐、或採艶色而寄言。誠是埋世撫民之鴻徽、賞心楽事之亀鑑者也。
 
 
  平成新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  お蔵入り実写版 駄洒落1 駄洒落2 おばちゃん B級タレントの一言
 
 
  新古今和歌集の部屋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集の成立と本HPの開設趣旨 : 新古今和歌集は、ご存知な様に、古今、後撰、拾遺、後拾遺、金葉、詞花、千載に続く源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経、寂蓮(途中没)を撰者として、後鳥羽院より正治二年(1200年)十一月三日に「上古以後の和歌を撰進せよ」との院宣を賜って勅撰された和歌集です。
 
 
  新古今和歌集の検索   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  巻別、作者別、五十音、場面、年代、動植物別、贈答歌別に探せます。個々の歌までのリンクは、今の所一部だけです。 (17年5月4日204首→19年立夏832首→20年立秋917首→立冬1009首)
 
 
  新古今和歌集仮名序   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  やまとうたは、昔あめつち開けはじめて、人のしわざいまだ定まらざりし時、葦原中国の言の葉として、稲田姫素鵞の里よりぞつたはりける。・・・
 
 
  新続古今和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後花園天皇/成立】将軍足利義教が撰集を発意し、永享五年(1433)八月二十五日、後花園天皇の綸旨が下る。同十年八月二十三日、四季部奏覧。同十一年六月二十七日、完成返納。/【撰者】飛鳥井雅世/【書名】かつて飛鳥井家の歌人(雅経)が撰者となった唯一の勅撰集である新古今集を顕彰すると共に、勅撰集の祖である古今集に追随する意図を以ての命名か。
 
 
  古今和歌集・新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  古今和歌集・新古今和歌集に関して、以下に掲載する書物は、古今和歌集・新古今和歌集を、単独に 「研究」 しようとして所蔵しているのではなくて、文学史のなかで、万葉集と対比しながら読むために所蔵している。
 
 
  新古今和歌集の小道を散歩   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集の鑑賞と批評を固定観念にとらわれずに独断と偏見で書いた鑑賞文です。明日の活力ににつながればと念じています。
 
 
  新古今和歌集   PDF(上 下 )   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上冊墨付一四八丁。初丁は遊紙。真名序・仮名序の次に遊紙一丁。巻末白紙四丁。下冊墨付一三五丁。初丁は遊紙。巻末白紙六丁。各面一〇行。縦二五.四cm、横一七cm。字高二一cm前後。料紙鳥の子。綴葉装。題簽下絵入朱色。藍色金砂子表紙。奥書なし。
 
 
  新古今和歌集 古典を読んで   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  251 鵜かひ舟あはれとぞ見るもののふの八十(やそ)宇治川の夕闇の空  慈円
 
 
  「新古今和歌集竟宴倭歌」一巻   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  元久2(1205)3月26日,新古今集の勅撰事業完成を祝って後鳥羽院により召集され
 
 
  新古今和歌集 -み熊野ねっと-   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新古今和歌集』は、鎌倉時代の初めに、後鳥羽上皇の下命により編纂された勅撰第八歌集です。 後鳥羽上皇も熱心な熊野信者でした。熊野御幸の回数は28回。 最多の熊野御幸の回数を誇る後白河上皇は35年の在院期間のうちに34回の熊野御幸を行ったのに対し、後鳥羽上皇は24年の在院期間のうちに28回。 往復におよそ1ヶ月費やす熊野御幸を後鳥羽上皇はおよそ10ヶ月に1回という驚異的なペースで行いました。
 
 
  新古今和歌集 西行関係分抜粋   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  いはまとぢしこほりもけさはとけそめてこけのしたみづみちもとむらん  ・・・
 
 
  「月読庵」~詠待月~ 新古今和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  空はなを かすみもやらず 風さえて 雪げにくもる 春の夜の月 / 空は春というのにまだ霞きらずに風は寒く、 雪げの雲がかかってそのため朧な春の夜の月よ。
 
 
  新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第八番目の勅撰和歌集。後鳥羽上皇の命で元久二年(1205)成立。撰者の藤原定家をはじめ優れた歌人が輩出し、史上最も完成度の高い歌集とされています。
 
 
  ★NHK高校講座 新古今和歌集 定家 後鳥羽院他   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第20回〜第24回は、和歌を学習します。 万葉集、古今和歌集、新古今和歌集を通して歌人たちの心と詩歌の伝統を味わいましょう。
 
 
  新古今和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 567首―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【巻数】二十巻 【歌数】1978首(新編国歌大観による 【勅宣】後鳥羽院 【成立】建仁元年(1201)和歌所設置。元久元年(1204)選定作業終了。元久二年三月二十六日、竟宴。建保四年(1216)後鳥羽院による切継が一旦完了。承久三年(1221)以後、さらに切継が継続される(「隠岐本」)。 【撰者】源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経 【主な歌人と収録歌数】西行(95首) 慈円(91首) 藤原良経(79首) 藤原俊成(72首) 式子内親王(49首)
 
 
  古今和歌集(しんこきんわかしゅう) - Yahoo!百科事典    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第8番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。鎌倉初期の成立。後鳥羽院(ごとばいん)の下命によって撰進された。撰者は源通具(みちとも)、藤原有家(ありいえ)、藤原定家(ていか)、藤原家隆(いえたか)、藤原雅経(まさつね)、寂蓮(じゃくれん)。在来の勅撰集と異なり、院自ら撰集作業に参加され、序、詞書(ことばがき)も院の立場において記され、「親撰体」の集の最初の集となる。
 
 
  古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  特殊切手「古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念」の発行
 
 
  樋口芳麻呂 「和歌の新風−『新古今和歌集』とそれ以後」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後堀河院〔1212〜34.23歳〕の皇子四条天皇〔1231〜42.12歳〕が仁治三年一月に十二歳で崩じた後、執権北条泰時〔1183〜42.60歳〕は、次代の天皇として土御門天皇〔1195〜1231.37歳〕の皇子を推戴する。・・・
 
 
  新古今和歌集 (千二百一〜千二百十六)  縦書き新古今集    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集 仮名序 : やまとうたは、むかしあめつちひらけはじめて、人のしわざいまださだまらざりし時、葦原中国のことのはとして、稲田姫素鵞のさとよりぞつたはれりける。・・・
 
 
  『古今和歌集』を読む  〜古典文学の世界の美しさと広さを〜    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  よく受けるご質問から。「『古今和歌集』と『古今集』は、同じものなのですか」という質問をよく受けます。これは同じものです。 また、『新古今和歌集』(『新古今集』)というよく似た名前の歌集との関係については、両者は全く別のものです。…
 
 
  しんこきんわかしゅう【新古今和歌集】 学習百科事典 キッズネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  倉(かまくら)時代初期(しょき)につくられた勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻(かん)。1205年,後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)の命で藤原定家(ふじわらのていか)・家隆(いえたか)らが選者(せんじゃ)となって編(へん)さんした。王朝和歌の伝統(でんとう)を受けついだ歌風は,繊細(せんさい)・優雅(ゆうが)で,技巧(ぎこう)をこらしたおもむきのある独特(どくとく)の美の世界をつくっている。
 
 
  新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) ―第八番目の勅撰和歌集―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第八番目の勅撰和歌集。二十巻。元久二年(1205)成立。歌数約二千首。 後鳥羽院の命により、源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・飛鳥井雅経・寂蓮(途中没)の六人の撰。
 
 
  新古今和歌集(しんこきんわかしゅう) ShinKokin WakaSyuu 京都の歌道   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)は、鎌倉時代初期、後鳥羽上皇の勅命によって編まれた勅撰集  8勅撰和歌集「八代集」の最後の和歌集
 
 
  古今和歌集奏覧1100年・新古今和歌集奏覧800年記念 お金と切手の展示室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  醍醐天皇の命により延喜五年(905年)に成立した古今和歌集は、新たな王朝風文化時代の始まりを象徴する歌集となっています。・・・
 
 
  「新古今和歌集 上」 伝源親行筆 鎌倉時代写 國學院大學図書館 デジタルライブラリー   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「新古今和歌集 上」 伝源親行筆 鎌倉時代写 國學院大學図書館 デジタルライブラリー 資料点数:全219点
 
 
  新訂 新古今和歌集 (岩波文庫)  <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  全20巻。万葉調・古今調と並んで、三歌風の一典型を作った勅撰和歌集。俊成は余韻・余情の世界を統合して幽玄の世界をうちたて、定家は幽玄の世界を分析して有心を設定した。現実の暗さから逃れるために自然観照へと集中しその技巧は極限にまで達した。連歌や芭蕉に多くの影響を与え、芭蕉の「わび」もこれを起点としている。
 
 
  新古今和歌集 <書籍> [編者] 小林大輔   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伝統的な歌の詞を用いて新しい内容を表現することを目指し、『万葉集』『古今和歌集』とは異なった独自の歌風を作り上げ構成された約二千首の中から、大いに味わって欲しい八十首を厳選。振り仮名付きで朗読に最適。
 
 
  新古今和歌集 <書籍> 田中 裕,赤瀬 信吾 校注   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  王朝美学の粋を凝縮し八代集の掉尾を飾る勅撰集.ことばのもつイメージが重なり合って繰り広げられる絵画的・幻想的世界と,そこにたたえられる優艷な情趣とは,新古今風として後代に多大の影響を与えた.
 
 
  藤原定家『《新潮日本古典集成》新古今和歌集 上』 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  美しく響きあう言葉のなかに人生への深い観照が流露する、藤原定家・式子内親王・後鳥羽院などによる和歌の精華二千首。作者略伝をはじめ充実した付録。
 
 
  藤原定家『《新潮日本古典集成》新古今和歌集 下』 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  美しく響きあう言葉のなかに人生への深い観照が流露する、藤原定家・式子内親王・後鳥羽院などによる和歌の精華二千首。作者略伝をはじめ充実した付録。
 
 
9.新勅撰和歌集 
新勅撰和歌集
  新勅撰和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新勅撰和歌集』(しんちょくせんわかしゅう)は十三代集の最初、通算で第九勅撰和歌集。別名、宇治川集など。 貞永元年(1232年)六月十三日、後堀河天皇の下命を受けた藤原定家が単独で撰し、上皇の死後も九条道家・教実父子の後援で編纂事業が引き継がれ、四条天皇代の文暦二年(1235年)三月十二日、完成し奏上。仮名序も定家筆。20巻、伝本によって歌数が違うが、1370首強ある。
 
 
  新勅撰和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後堀河天皇 【成立】貞永元年(1232)六月十三日、奉勅。文暦二年(1235)三月十二日、完成。 【撰者】藤原定家 【書名】定家による仮名序に書名の由来は語られていないが、「新」の字を冠せたのは新古今集を意識したものか。勅撰集のあるべき姿を示して、後世の新たな模範たらんとした定家の意気が窺える命名である。 【主な歌人】藤原家隆(43首)・藤原良経(36首)・藤原俊成(35首)・藤原公経(30首)・慈円(27首)・源実朝(25首)・藤原道家(25首)・藤原雅経(20首)・相模(18首)・殷富門院大輔(15首)・藤原定家(15首)・西園寺実氏(15首)・紀貫之(14首)・西行法師(14首)・式子内親王(14首)・源俊頼(13首)・二条院讃岐(13首)・八条院高倉(13首)
 
 
  新勅撰和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「穂久邇文庫蔵伝為家筆、定家自筆識語本二帖は、冷泉家の旧蔵で、昭和三十一年に重要文化財の指定も受けている。  『新勅撰集』としては最も貴重な伝本である。本文は岩波文庫本『新勅撰和歌集』に翻刻されている。  二重桐箱入り。内箱の表中央に、「新勅撰<為家筆/奥書定家卿御筆>」の貼紙がある。
 
 
  新勅撰和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  天福二年(1234)奏覧 勅:後堀河天皇 撰者:藤原定家 原本:岩波文庫「新勅撰和歌集」  (岩波書店)を独自にテキスト化 但し、歌番号は「国歌大観」に準拠
 
 
  新勅撰和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   『新勅撰和歌集』は、鎌倉時代中期、後堀河天皇の勅宣により藤原定家が撰集した9番目の勅撰和歌集です。  『新勅撰和歌集』全20巻1374首のうち、歌の本文に「熊野」の語が登場するものは2首、詞書に登場するものが1首。あわせて3首、「熊野」が登場する歌があります。  もろともに山辺をめぐるむらしぐれ さてもうき世にふるぞかなしき
 
 
  新勅撰和歌集 久曾神 昇,樋口 芳麻呂 校訂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第9番目の勅撰集.承久の乱後の京都で,九条道家等の政治的掣肘を蒙りつつ,老年の藤原定家がただひとりで撰進した新勅撰和歌集は,古代宮廷最後の光輝をとどめる華麗妖艶な新古今集の歌風と比べ,平淡優雅な作風を示している.千載集,続後撰集とともに二条家の三代集と称せられ,二条家を主流とする中世歌壇の方向を決定したものである.
 
 
  新勅撰和歌集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第9番目の勅撰集.承久の乱後の京都で,九条道家等の政治的掣肘を蒙りつつ,老年の藤原定家がただひとりで撰進した新勅撰和歌集は,古代宮廷最後の光輝をとどめる華麗妖艶な新古今集の歌風と比べ,平淡優雅な作風を示している.千載集,続後撰集とともに二条家の三代集と称せられ,二条家を主流とする中世歌壇の方向を決定したものである.
 
 
  新勅撰和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本国未曽有の内戦、承久の乱後の宮廷において図らずも権中納言正二位の顕職に昇りえた藤原定家が、後鳥羽院の親撰に等しかった『新古今集』を超え、「延喜・天暦の聖代」をも超えて、律令国家のあるべき朝政の歌ことばによる表現として独撰した勅撰和歌集。成立当初から褒貶相半ばする本集に画期的な訳注を加え、「花より実」、平淡温雅などと概括されてきた従来の読みの改変を迫る。
 
 
  新勅撰和歌集古注釈とその研究 <和書>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新勅撰和歌集古注釈とその研究 <和書>
 
 
10.続後撰和歌集
続後撰和歌集
  続後撰和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続後撰和歌集』(しょくごせんわかしゅう)は、後嵯峨上皇の命により編纂された10番目の勅撰和歌集。撰者は冷泉為家。20巻。歌人は藤原定家、藤原俊成、後鳥羽上皇、後嵯峨上皇などでおよそ1400首を納める。 なお、冷泉家時雨亭文庫に、撰者自筆本が伝存しており、昭和59年に重要文化財に指定された。
 
 
  続後撰和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後嵯峨院  【成立】宝治二年(1248)七月二十五日、奉勅。建長三年(1251)十月二十七日、奏覧(拾介抄)。 【撰者】藤原為家 書名】撰者為家が父定家の新勅撰集を古今集に見立て、自らの撰集は後撰集になぞらえたと見るのが普通である。序を欠くなど、構成の上でも後撰集を踏襲していると見られる。 【主な歌人】藤原定家(43首)・西園寺実氏(34首)・後鳥羽院(29首)・藤原良経(29首)、藤原俊成(28首)、土御門院(26首)・後嵯峨院(25首)・慈円(22首)・順徳院(17首)
 
 
  続後撰和歌集・為家歌学 第六巻   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原俊成・定家・為家の3代が、相次いで勅撰和歌集の撰者となって以来「歌の家」として存続してきた冷泉家。その御文庫に、800年にわたって襲蔵されてきた貴重な典籍・古文書を、精巧な影印で複製。王朝の文化を21世紀に伝える画期的出版。
 
 
  続後撰和歌集巻第十八断簡 長尾切   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  伝津守国夏筆 : でんつもりくになつひつ/&#50416;&#47784;&#47532; &#44396;&#45768;&#45208;&#50416; &#48531; &#52628;&#51221;/Attributed to Tsumori Kuninatsu/Attribu&eacute; &agrave;
 
 
  『続後撰和歌集』から『玉葉和歌集』まで   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  後堀河院〔1212〜34.23歳〕の皇子四条天皇〔1231〜42.12歳〕が仁治三年一月に十二歳で崩じた後、執権北条泰時〔1183〜42.60歳〕は、次代の天皇として土御門天皇〔1195〜1231.37歳〕の皇子を推戴する。すなわち、第八十八代後嵯峨天皇〔1220〜72.53歳〕である。土御門天皇が討幕の企てにほとんど関与しなかったからであるが、後嵯峨天皇も鎌倉幕府の態度を徳とし、公武の関係は親和の状態が続く。
 
 
  続後撰和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原為家によって撰集された第10番目の勅撰集「続後撰和歌集」を、未精撰本系の伝本と推定される架蔵本を影印で収録するとともに、陽明文庫蔵本、未紹介の架蔵本、聖護院蔵本の書誌、所収歌数等について紹介する。
 
 
  続後拾遺和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続後拾遺和歌集 (単行本)  深津 睦夫 (著), 久保田 淳
 
 
11.続古今和歌集
続古今和歌集
  続古今和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続古今和歌集』(しょくこきんわかしゅう)は鎌倉時代の勅撰集で、二十一代集の第十一番目。春(上・下)、夏、秋(上・下)、冬、神祇、釈教、離別、羇旅、恋(五巻)、哀傷、雑(三巻)、賀の全20巻からなる。総歌数1915首(伝本によって異同がある)。 撰者の一である九条基家筆の仮名序と、菅原長成筆の真名序を持つ。歌人を当世と故者に分けて、入集歌数および略伝を附す「続古今和歌集目録」も伝わる。
 
 
  続古今和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後嵯峨院 【成立】正元元年(1259)、奉勅。文永二年(1265)十二月二十六日、奏覧。同三年三月十二日、竟宴。 【撰者】藤原家良(完成前に没)・藤原基家・藤原為家・藤原行家・真観 【書名】古今・新古今を勅撰集の正道と見なし、この二集を引き継ぐ意図を以て命名されたことが仮名序に明言されている。事実、複数撰者を任命し、仮名序・真名序を付すなど、古今・新古今を踏襲する姿勢をみせる。また院による親撰や竟宴が行なわれた点は新古今集に倣っている。 【主な歌人】宗尊親王(67首)・西園寺実氏(61首)・藤原定家(56首)・後嵯峨院(54首)・後鳥羽院(49首)・藤原為家(44首)・藤原家隆(41首)・土御門院(38首)・順徳院(35首)・藤原知家(32首)・藤原光俊(30首)・藤原良経(28首)・藤原俊成(28首)
 
 
  続古今和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続古今和歌集(しょくこきんわかしゅう)』は、鎌倉中期、『続後撰和歌集』と同じく後嵯峨院の院宣により藤原為家が撰集した、11番目の勅撰和歌集です。 『続古今和歌集』20巻1915首のうち、「熊野」の語が登場するものは、詞書も含めて8首。  みくまのやいくへかゆきのつもるらん あとだにみえず うらのはまゆふ
 
 
  続古今集竟宴和歌  しょくこきんしゅうきょうえんわか   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  みよまてに−いにしへいまの−なもふりぬ−ひかりをみかけ−たまつしまひめ / わかのうらに−かきあつめたる−ことのはや−よよにたえせぬ−ためしなるらむ / ことのはの−つゆのたまぬく−あをやきの−いとのたえすそ−よよにつたへむ / をりえたる−やまとことはの−はるのいろを−みとりのほらの−つきにみるかな / むかしいま−ひろへるたまも−かすかすに−ひかりをそふる−わかのうらなみ
 
 
  新続古今和歌集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学の心―和歌を集成する一大大系。上代から近代までの和歌・短歌を鳥瞰し、今回初めて注釈がつくことによって光の当たる重要な歌の数々。連綿と流れる日本人、日本文学の心の一大大河ともいえる本大系は、21世紀への美しい日本語の結晶の贈り物でもある。本巻は、新続古今和歌集を収録。
 
 
12.続拾遺和歌集
続拾遺和歌集
  続拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続拾遺和歌集』(しょくしゅういわかしゅう)は、建治2年(1276年)、亀山上皇の命によって編纂された12番目の勅撰和歌集。20巻。撰者は二条為氏。歌人は後嵯峨上皇、藤原為家、藤原定家、西園寺実氏、藤原俊成、藤原信実などで、約1500首を収める。序がなく、また武士の歌も収録されているという。
 
 
  続拾遺和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】亀山院 【成立】建治二年(1276)七月、奉勅。弘安元年(1278)十二月二十七日、奏覧。 【撰者】藤原為氏 【書名】祖父定家の新勅撰集を古今集と見立て、父為家の続後撰集を受け継ぐ意思を示した命名であろう。すなわち御子左家による新しい三代集の掉尾を飾ろうとの思いである。 【主な歌人】藤原為家(43首)・後嵯峨院(33首)・藤原定家(29首)・西園寺実氏(28首)・藤原俊成(22首)・藤原信実(21首)・藤原為氏(21首)・亀山院(20首)・一条実経(20首)・藤原基家(20首)
 
 
  続拾遺和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『続拾遺和歌集』は鎌倉時代に編纂された第12番目の勅撰和歌集です。 建治2年(1276)に下された亀山院の院宣により藤原為氏(ためうじ)が撰集し、弘安元年(1278)に成立しました。 『続拾遺和歌集』20巻約1460首のうち、歌の本文に「熊野」の語が登場するものは詞書まで含めて1首のみ。花山院(968〜1008)の歌で、『続拾遺和歌集』のいちばん最後に置かれており、岩田川のことが詠まれています。   いはた川わたる心のふかければ 神もあはれとおもはざらめや
 
 
  続拾遺和歌集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  上代から近代までの和歌・短歌を鳥瞰し、今回初めて注釈がつくことによって光の当たる重要な歌の数々。
 
 
13.新後撰和歌集
新後撰和歌集
  新後撰和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新後撰和歌集』(しんごせんわかしゅう)は、正安3年(1301年)に、後宇多天皇の命により編纂された13番目の勅撰和歌集。津守集とも。20巻。二条為世撰。歌人は藤原定家、藤原為家、藤原俊成、亀山上皇などで、歌数はおよそ1600首。なお、異称「津守集」は、津守氏の歌が多いことに由来するという。
 
 
  新後撰和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後宇多院 【成立】正安三年(1301)十一月二十三日、下命。嘉元元年(1303)十二月十九日、奏覧。 【撰者】藤原(二条)為世。和歌所開闔(かいこう)、長舜。連署、二条為藤・定為・長舜・津守国冬・津守国道。 【書名】撰者の祖父為家が撰した続後撰集の名称に追随したものと思われる。 【主な歌人】藤原定家(32首)・藤原為家(28首)・藤原為氏(28首)・西園寺実兼(27首)・後嵯峨院(25首)・亀山院(25首)・後宇多院(20首)・伏見院(20首)・鷹司基忠(20首)、後二条天皇(18首)・藤原俊成(18首)・藤原家隆(18首)
 
 
  新後撰和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新後撰和歌集』は第13番目の勅撰和歌集です。 正安3年(1301)に下された後宇多院(1267〜1324)の院宣により二条為世(にじょうためよ。1250〜1338)が撰集し、嘉元元年(1303)に成立しました。 『新後撰和歌集』二十巻1612首(諸本により異同あり)のうち、詞書まで含めて6首、「熊野」が登場する歌があります。  鐘の音もきこえぬ旅の山ぢにはあけ行く空を月にしるかな
 
 
  新後撰和歌集 (岩波書店『日本古典文学大辞典』より)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二十巻。和歌。第十三番目の勅撰集。下命者は後宇多院。二条為世撰。和歌所開闔(かいこう)は長舜(ちょうしゅん=中書を勤めた)。鎌倉幕府の職名を採用し、 撰者の補佐として本集で初めて連署の役を設け、二条為藤・定為(じょうい)・長舜・津守国冬(つもりのくにふゆ)・同国道(くにみち)が勤めた。  成立/内容/特色/諸本/翻刻
 
 
  千載和歌集、新後拾遺和歌集 西南院本 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今回から始まる第7期配本。巻頭の本巻は、興福寺西南院から伝来したとみられる勅撰集で構成する。『千載和歌集』は室町期に流布した乙類本。古写本の少ない『千載集』では注目の一本。『新後拾遺和歌集西南院本』は、流布本とやや系統を異にする。ともに重要文化財。
 
 
14.玉葉和歌集
玉葉和歌集
  玉葉和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  玉葉和歌集(ぎょくようわかしゅう)は鎌倉時代の勅撰集。第14勅撰。20巻、歌数は2801首で、勅撰集の中で最大。部類の構成は春(上・下)、夏、秋(上・下)、冬、賀、旅、恋(五巻)、雑(五巻)、釈教、神祇の順。 伏見院の院宣を奉じて京極為兼(1254−1332)が撰進。正和元年3月28日(1312年5月5日)に奏覧され(『増鏡』)、切継作業を経て同2年10月に完成。
 
 
  玉葉和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】伏見院 【成立】応長元年(1311)五月三日、奉勅。正和元年(1312)三月二十八日、完成奏覧。 【撰者】京極為兼 【書名】「玉葉」は「美しい言の葉」、すなわち秀歌にほぼ同義。三代集に追随する従来の命名法から脱するとともに、万葉集を意識して名付けたものであろう。 【主な歌人】伏見院(93首)・藤原定家(69首)・西園寺実兼(62首)・藤原為子(60首)・藤原俊成(59首)・西行(57首)・藤原為家(51首)・永福門院(49首)・藤原為兼(36首)・和泉式部(34首)・西園寺実氏(31首)・源親子(30首)・慈円(28首)・紀貫之(26首)・人麿(24首)
 
 
  玉葉和歌集 目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  岩波文庫『 玉葉和歌集 』次田香澄校訂および笠間書院『玉葉和歌集全注釈 上・中・下・別巻』岩佐美代子著を参照して作成しています。
 
 
  玉葉和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『玉葉和歌集』は、伏見院の命により編纂された14番目の勅撰和歌集です。選者は藤原定家(ふじわらのさだいえ。「ていか」とも。1162〜1241)のひ孫・京極為兼(きょうごくためかね。京極派和歌の創始者。1254〜1332)。 全20巻。歌数は二十一代集中最多の2800首。『万葉集』から当代までの歌を収載。 『新古今和歌集』以降、歌壇は藤原定家の一族が支配しました。… さて『玉葉和歌集』全2800首のうち、「熊野」の語を含むものは13首。  松が根の岩田の岸の夕涼み 君があれなとおもほゆるかな
 
 
  玉葉集解目次  玉葉集解   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  この玉葉集解は多賀宗隼編「玉葉索引」(吉川弘文館刊行)内の「兼実とその周囲」という論考を中心にしてレポート的にまとめたものです。
 
 
  ドナルド・キーン 「玉葉集」   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二条派の四集:保守的な二条派歌人が中心、撰者の視線は過去の栄光ヘ  1235年の『新勅撰集』のあと、1312年の『玉葉和歌集』(以後、『玉葉集』と略称)までに四つの勅撰集が編まれている。いずれも「続」または「新」のついた表題をもっていて(『続後撰(しょくごせん)和歌集』『続古今(しょくこきん)和歌集』『続拾遺(しょくしゅうい)和歌集』『新後撰(しんごせん)和歌集』)、撰者の視線が和歌の新しい発展より過去の栄光に向いていたことを示している。すべて、保守的な二条派の歌人を中心にした歌集である。
 
 
  「玉葉和歌集」 遊女初君の歌碑   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  愛宕神社境内、はるかに佐渡を見わたす小高い丘に、一基の歌碑が建っております。この歌碑が寺泊の遊女初君の歌碑です。 伏見天皇の御代、永仁六年(一二九八)時の権中納言藤原為兼卿は、幕府の執権北条貞時に隠謀の疑いありとして捕えられ、はるばる佐渡へ遠流の身となりました。 寺泊の港に風待ちのため滞在すること一ヶ月余、この間為兼卿のつれづれを慰めるためにお仕えしたのが、当時才色兼備をうたわれた遊女初君でした。
 
 
  第140号2版4月7日水 玉葉集、風葉和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  折口信夫が『玉葉集』『風葉和歌集』を短歌の最高到達の姿、カタチをしていると。指摘したのは1939年昭和14年11月『国文学論究』である。いまから71年も前のことである。
 
 
  玉葉集総索引 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  玉葉集総索引 <書籍> 滝沢貞夫【編】
 
 
  玉葉和歌集 (岩波文庫)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第14番目の勅撰集.正和元年,伏見院の命を受けた藤原為兼の撰,総歌数2800.これの成立には政治的および歌の派閥の争いがあった問題の書である.従来二条家で独占していた撰集とは歌風が異るゆえ,多くの悪意ある批判が行われた.しかし,為兼撰の歌は自由闊達で格調複雑,清新味に満ち,新古今のおもかげをここに再出せしめた.
 
 
  玉葉和歌集全注釈〈上巻〉[単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宮内庁書陵部蔵の吉田兼右筆十三代集「玉葉和歌集」を底本に、翻刻・注釈を行ったもの。現代語訳のほか、語釈や参考としたであろう作品、異文なども挙げた。全4巻の上巻。
 
 
15.続千載和歌集
道歌百人一首 心の策
  続千載和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続千載和歌集(しょくせんざいわかしゅう)は、文保2年(1318年)、後宇多法皇の命によって編纂された15番目の勅撰和歌集。20巻。二条為世撰。主な歌人は、二条為氏、西園寺実兼、藤原為家、藤原定家など。歌数はおよそ2100首。
 
 
  続千載和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後宇多院 【成立】『勅撰集次第書』によれば、文保二年(1318)十月三十日奉勅、同三年四月十九日四季部奏覧、元応二年(1320)七月二十五日返納。 【撰者】二条為世 【書名】歌道家としての御子左家を確立した藤原俊成(撰者為世の高祖にあたる)の撰になる千載集に対し敬意を表し、これに追随する意図を以ての命名であろう。 【主な歌人】後宇多院(52首)・西園寺実兼(51首)・藤原為氏(42首)・二条為世(36首)・藤原俊成(29首)・藤原為家(29首)・藤原定家(28首)・後二条天皇(21首)・津守国助(21首)・覚助法親王(20首)。
 
 
  千載和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『千載和歌集』は第7番目の勅撰和歌集です。 寿永2年(1183)2月に下された後白河上皇の院宣により藤原俊成(としなり or しゅんぜい。1114〜1204)が撰集しました。院宣が下されたときはまだ平氏政権下でしたが、同年7月に平氏は都落ち。源平合戦のさなかに撰集が進められました。… 『千載和歌集』二十巻1288首のうち、歌の本文に「熊野」の語が登場するものは、長歌が1首のみですが、詞書まで広げると4首。あわせて5首、「熊野」が登場する歌があります。
 
 
  続千載和歌集切 二条為兼   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続千載和歌集切 二条為兼
 
 
  『増鏡』巻13「秋のみ山」  続千載集の撰進   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  当代もまた敷島の道もてなさせ給へば、いつしかと勅撰のこと仰せらる。前藤大納言為世承る。玉葉(ぎよくえふ)のねたかりしふしも、今ぞ胸あきぬらんかし。  この大納言の女(むすめ)、権大納言の君とて、坊の御時、限りなく思(おぼ)されたりし御腹に、一の御子(みこ)・女三の御子・法親王など、あまた物し給ふ。かの大納言の君は、早う隠れにしかば、このころ三位贈らせ給ふ。贈従三位為子とて、集にもやさしき歌多く侍るべし。
 
 
  続千載集総索引 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は、『続千載和歌集』に用いられているすべての語を検索することを目的として編んだものである。本索引の底本は、宮内庁書陵部蔵の古写本『続千載和歌集』で、「本文篇」にその全文を翻刻した。
 
 
  続千載和歌集 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  うつぼ舟II 観阿弥と正成/佐々木道誉―南北朝の争乱を操ったバサラ大名/和歌文学へのいざない/道歌百人一首 心の策/皇子たちの南北朝―後醍醐天皇の分身/萩へ津和野へ―立原正秋随筆集/続千載和歌集
 
 
  仏教大学附属図書館蔵続千載和歌集 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続千載和歌集は、後宇多法皇の下命により二条為世が撰定した第十五番目の勅撰集。二条派歌人と京極派歌人とが和歌史上さらに競い合う時代の発端といった意味でも注目すべき集であると言える続千載和歌集を影印。
 
 
  影印叢書17 佛教大学附属図書館蔵 続千載和歌集 <.書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続千載和歌集の研究は、ほとんどなされていないといってよい。本書は、未精撰本系の伝本と考えられる佛教大学附属図書館蔵本を影印で紹介し、書誌的解説を付した。架蔵本・京都大学本・京都府立総合資料館蔵本等、数本の本文と校合、校異を掲出。
 
 
16.続後拾遺和歌集
続後拾遺和歌集
  続後拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続後拾遺和歌集(しょくごしゅういわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。二条為藤、二条為定撰。十三代集の8番目。 元亨3年(1323年)7月21日、為藤が後醍醐天皇の勅命により着手、翌4年為藤の死亡後、為定が命をつぎ、正中3年(1326年)撰進。序はない。歌数1347首。叙景歌にすぐれているものの、力がとぼしく、二条家の平凡化してゆく頽勢をしめしている。
 
 
  続後拾遺和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後醍醐天皇 【成立】元亨三年(1323)七月、奉勅。正中二年(1325)十二月十八日、四季部奏覧。嘉暦元年(1326)六月九日、完成返納。前代の続千載集からわずか六年後の撰進であった。 【撰者】二条為藤・二条為定 (初め為藤に命が下ったが、為藤は正中元年七月、撰の半ばで急逝し、同年十一月、撰者の任を養子の為定に引き継ぐ旨の勅定が下った。) 【書名】後拾遺集を意識したもの。初めは「新拾遺」とすべきとの意見があったが、披露の際「続後拾遺」と変更されたとの伝がある。 【主な歌人】藤原為氏(23首)・藤原為家(22首)・二条為世(20首)・藤原定家(20首)・後宇多院(19首)・後醍醐天皇(17首)・小倉公雄(15首)・伏見院(13首)・西園寺実兼(13首)・二条為藤(13首)・鷹司冬平(13首)・覚助法親王(13首)
 
 
  伊丹の歌碑めぐり   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原為家 自筆集字 「続後拾遺和歌集」より  たびころも つまふくかせの さむき夜に やとこそなけれ ゐなのささはら
 
 
  続後拾遺和歌集 (和歌文学大系) (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続後拾遺和歌集 (和歌文学大系) (単行本) 深津 睦夫 (著), 久保田 淳
 
 
  続後拾遺和歌集 吉田兼右筆十三代集 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  続後拾遺和歌集 吉田兼右筆十三代集 <書籍>
 
 
  続後拾遺集総索引 (十三代集総索引シリーズ) (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は、『続後拾遺和歌集』に用いられているすべての語を検索することを目的として編んだものである。ただし巻々の外題や注記の類は対象から除いている。本索引の底本は、宮内庁書陵部蔵の文明十六年書写の『続後拾遺和歌集』で、宮内庁の御許可を得、「本文篇」にその全文を翻刻した。
 
 
17.風雅和歌集
風雅和歌集
  風雅和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風雅和歌集(ふうがわかしゅう)は第17勅撰集。20巻、総歌数2211首。構成上、先行する『玉葉集』と異なるのは、春・秋を各三巻に増大した代わり、雑歌を玉葉の五巻から三巻に縮め、また賀歌を掉尾に置き換えたことである。春・秋の歌各三巻という構成は『後撰和歌集』を模した可能性が指摘されている。
 
 
  風雅和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】花園院 【成立】貞和二年(1346)十一月九日、竟宴。貞和四年までにほぼ完成。 【撰者】花園院監修、光厳院親撰。寄人は正親町公蔭・玄哲(藤原為基)・冷泉為秀。 【書名】花園院ははじめ「正しき風、古の道、末の世に絶えずして、人のまどひをすくはんが為」(仮名序)との意図から「正風和歌集」を考えていたが、この名は呉音で「傷風」に通じるため、「風雅」の名に改めたという。「風雅」は「古来より伝わる詩歌の道」ほどの意。 【主な歌人】伏見院(85首)・永福門院(68首)・花園院(54首)・京極為兼(52首)・藤原為子(39首)・藤原定家(36首)・後伏見院(35首)・光厳院(31首)・徽安門院(30首)・藤原俊成(28首)・紀貫之(28首)・進子内親王(28首)・永福門院内侍(27首)・後鳥羽院(27首)・藤原為家(26首)・儀子内親王(26首)・正親町公蔭(24首)・藤原為基(22首)
 
 
  『風雅和歌集』序   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  資料304 『風雅和歌集』序(真字序・仮名序)  やまとうたは、あめつちいまだひらけざるよりそのことわりおのづからあり、人のしわざさだまりてのち、このみちつひにあらはれたり…
 
 
  風雅和歌集 目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  三弥井書店『 風雅和歌集 』次田香澄、岩佐美代子校訂を転載しています。
 
 
  風雅和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『風雅和歌集』は室町前期に編纂された第17番目の勅撰和歌集です。 花園院の監修で、光厳院の親撰。貞和五年(1349)ごろ成立しました。 『風雅和歌集』二十巻2200余首のうちに、歌の本文や詞書、左注まで含めて4首、「熊野」が登場する歌があります。  かなしくもかかるうきめをみくまののうらわの浪に身をしづめける
 
 
  風雅和歌集 下 (1175859)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鶴見大学図書館トップ > 図書館貴重資料の紹介
 
 
  玉葉・風雅 西行の研究【序文−2】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  西行の歌は、勅撰和歌集の『玉葉和歌集』、『風雅和歌集』に多く入集されている。これら2つの和歌集におさめられた歌風を称して「玉葉・風雅なるもの」という。またこれを京極派歌風ともいう。西行の世界と玉葉・風雅の世界はどう重なるのであろうかを『山家集』の秋・冬歌から前ぶれとなる和歌をとりあげて検討してみたい。
 
 
  『風雅和歌集』所収の光厳院の和歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  資料303 『風雅和歌集』所収の光厳院の和歌    あまの原おほふ霞ののどけきに春なる色のこもるなりけり  /  我がながめなににゆづりて梅の花さくらもまたでちらんとすらむ  /  つばくらめすだれの外にあまたみえて春日のどけみ人かげもせず   
 
 
  『風雅和歌集』論(4) 京極派の歌の“理論”とは   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉幕府後期、両統迭立で皇統が二派に分かれたことはすでに述べた。歌の流派のほうもそれに伴って幾つかに分かれ、持明院統は京極派に、大覚寺統はもともとの宗家である二条派となった。京極派である持明院統が出した勅撰集が『玉葉集』と『風雅集』である。
 
 
  『風雅和歌集』論(5) 永福門院の歌を鑑賞する   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
   『風雅和歌集』の成立過程と背景を述べてきたが、そろそろ肝心の作品を実際に歌をみていこう。 まずは永福門院の歌  きりぎりす声はいづくぞ くまもなき しらすの庭の秋の夜の月  /  草むらの虫の声より暮れそめて まさごの上ぞ月に成りぬる 
 
 
  風雅和歌集 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風雅和歌集 <書籍> 次田香澄 校注  岩佐美代子 校注  
 
 
  風雅和歌集全注釈(上巻)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  最善本である京都女子大学図書館所蔵、谷山文庫『風雅和歌集』を底本として、通釈・語釈・参考・校異・出典・補説・作者で編成。著者の60年にわたる京極派研究が結実する。
 
 
  京都女子大学図書館蔵 風雅和歌集 (単行本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  感覚的写実の世界の完成とされる風雅和歌集。精撰本系伝本の中でも殊に優れた本文を有する京都女子大学図書館蔵本を翻刻、頭注に新編国歌大観・仏教大学図書館本・玉里文庫本の各本文との校異を掲げ、解説と初句索引を付す。
 
 
  風雅和歌集全注釈〈上巻〉 (笠間注釈叢刊) (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  最善本である京都女子大学図書館所蔵、谷山文庫「風雅和歌集」を底本として、通釈・語釈・参考・校異・出典・補説・作者で編成。著者の60年にわたる京極派研究が結実する。上巻は真名序・仮名序から冬歌までを収録。
 
 
  光厳院 『風雅和歌集』親撰と動乱の世の真白の生涯 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  光厳院 『風雅和歌集』親撰と動乱の世の真白の生涯 <書籍> 西野妙子/著
 
 
18.新千載和歌集
新千載和歌集
  新千載和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新千載和歌集』(しんせんざいわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。藤原為定撰。二十一代集の18番目。足利尊氏の執奏により、延文元年(1356年)6月、後光厳天皇から綸旨がくだり、1359年撰進。序はない。歌数約2360首。部立は、春上下、夏、秋上下、冬、離別、羇旅、神祇、恋一二三四五、雑上中下、哀傷、慶賀。『千載和歌集』、『続千載和歌集』の形式にならった。
 
 
  新千載和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後光厳天皇 【成立】延文元年(1356)六月十一日、将軍足利尊氏の執奏により、後光厳天皇が勅撰集撰進の綸旨を下す。延文四年(1359)四月二十八日、四季部奏覧。同年十二月二十五日、全巻返納。 【撰者】二条為定 【書名】歌道家御子左家の祖俊成の撰になる千載集に敬意を表すると共に、撰者為定の祖父にあたる為世撰の続千載集に追随する意図を以ての命名であろう。 【主な歌人】二条為世(42首)・二条為定(36首)・伏見院(27首)・後宇多院(25首)・藤原為氏(25首)・後醍醐院(24首)・花園院(23首)・足利尊氏(22首)・二条為藤(22首)・二条為道(20首)・光厳院(20首)・藤原為子(17首)・京極為兼(16首)
 
 
  新千載和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新千載和歌集』は室町前期に編纂された第18番目の勅撰和歌集です。 延文元年(1356)後光厳天皇の勅により、二条為定(にじょうためさだ。1293-1360) が撰し、同四年(1359)に成立しました。 『新千載和歌集』二十巻約2360首のうち、「熊野」の語が登場する歌は、詞書まで含めて1首のみ。   おきつ風吹あげの千鳥 夜やさむき明がたちかき波に鳴くなり
 
 
  『新千載和歌集』春部の考察   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新千載和歌集』春部の歌を古今以來の先行勅撰和歌集の場合と比較してみると、歌題において特異なものは一つも認められず、おおむね古今以來の伝統的なものを継承しているといえよう。むしろ歌題が先行勅撰和歌集よりも純化されていることが本集の特徴といえる。
 
 
  新千載集総索引 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新千載集総索引 <書籍>
 
 
  新千載和歌集 <関連書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  恋の隠し方 ― 兼好と「徒然草」/うつぼ舟II 観阿弥と正成/千載和歌集 (新 日本古典文学大系)/皇子たちの南北朝―後醍醐天皇の分身/佐々木道誉―南北朝の争乱を操ったバサラ大名/千載和歌集、新後拾遺和歌集 西南院本/増補改訂 南北朝期公武関係史の研究/歴代天皇事典
 
 
19.新拾遺和歌集
新拾遺和歌集
  新拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新拾遺和歌集』(しんしゅういわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。二条為明撰。二十一代集の19番目。 貞治2年(1363年)、武家の執奏により後光厳天皇より綸旨が下った。貞治3年(1364年)4月20日、四季奏覧。10月、為明の死去により頓阿が継いで、12月に成る。部立は、春上下、夏、秋上下、冬、賀、離別、羇旅、哀傷、恋一二三四五、神祇、釈教、雑上中下。雑下に『拾遺和歌集』の組織をまねて雑体歌をのせた。
 
 
  新拾遺和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後光厳天皇 【成立】貞治二年(1363)二月二十九日、将軍足利義詮の執奏により後光厳天皇が二条為明に撰進を下命。同三年(1364)四月二十日、四季部奏覧。同年十月二十七日、為明が病没したため、頓阿が後を継いで、同年十二月に返納。 【撰者】二条為明(完成前に没。頓阿が引き継いで完成) 【書名】撰者為明の曾祖父為氏が撰した続拾遺集、父為藤が撰した続後拾遺集に追随したものであろう。 【主な歌人】二条為藤(27首)・二条為世(24首)・藤原定家(23首)・藤原為家(22首)・二条為定(20首)・伏見院(20首)・藤原家隆(19首)・藤原為氏(18首)・後光厳院(16首)・足利尊氏(16首)・光厳院(15首)・花園院(15首)・柿本人丸(15首)・足利義詮(15首)
 
 
  新拾遺集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  作品集名 : 新拾遺集 作成年月日 :  貞治三年十二月(1364年12月-1365年1月頃)  作品集成立年順/作者名順/作品名順
 
 
  新拾遺集総索引 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新拾遺集総索引 <書籍> 滝沢貞夫(編者)
 
 
20.新後拾遺和歌集
千載和歌集、新後拾遺和歌集
  新後拾遺和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新後拾遺和歌集』(しんごしゅういわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。二十一代集の20番目。後円融院の永和元年(1375年)6月29日、二条為遠が勅を奉じ、永徳元年(1381年)撰者死後、二条為重がおおせによりついで、同3年(1383年)10月28日成る。永徳2年(1382年)筆の二条良基の序がある。歌数は1554首。部立は、『続拾遺和歌集』にならった。二条家撰の最後の集である。
 
 
  新後拾遺和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後円融天皇 【成立】将軍足利義満の執奏により、永和元年(1375)六月二十九日、後円融天皇の勅命が二条為遠に下る。永徳元年(1381)八月二十七日、撰者為遠が急逝し、同年十月二十八日、為重に撰者継承の勅命が下る。永徳二年(1382)三月十七日、四季部奏覧。同三年十月二十八日、返納。翌至徳元年(1384)十二月、再返納。 【撰者】二条為遠(完成前に没)・二条為重 【書名】後拾遺集の下命された承保二年乙卯(1075)を佳例とし、干支を同じくする永和元年奉勅の本集を後拾遺集に倣って新後拾遺集と名付けたもの。 【主な歌人】二条良基(29首)・二条為定(28首)・後円融天皇(24首)・二条為重(23首)・近衛道嗣(19首)・足利義詮(19首)・足利義満(19首)・藤原定家(18首)・足利尊氏(18首)・藤原為家(15首)・藤原為氏(15首)・二条為世(14首)・二条為冬(13首)・伏見院(12首)・宗尊親王(12首)・藤原家隆(11首)・九条良経(11首)
 
 
  千載和歌集、新後拾遺和歌集 西南院本 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  冷泉家時雨亭文庫所蔵の、興福寺西南院から招来されたと推定される勅撰和歌集で構成。室町時代前期の書写と考えられる重要文化財、「千載和歌集」および「新後拾遺和歌集」を収載する。
 
 
  千載和歌集、新後拾遺和歌集 西南院本 (冷泉家時雨亭叢書) (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今回から始まる第7期配本。巻頭の本巻は、興福寺西南院から伝来したとみられる勅撰集で構成する。『千載和歌集』は室町期に流布した乙類本。古写本の少ない『千載集』では注目の一本。『新後拾遺和歌集西南院本』は、流布本とやや系統を異にする。ともに重要文化財。
 
 
  新後拾遺集総索引 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「新後拾遺和歌集」本文、歌語索引、仮名序詞書左注索引、人名索引の4編から成る。「新後拾遺和歌集」に用いられているすべての語を検索することを目的として編集。 ただし真仮名・巻々の外題や注記の類は対象から除いている。
 
 
21.新続古今和歌集
新続古今和歌集
  新続古今和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町幕府第6代将軍足利義教の執奏により、後花園天皇の勅宣を以って権中納言飛鳥井雅世(初名雅清)が撰進、和歌所開闔として堯孝が編纂に助力した。永享五年(1433)八月二十五日下命、同十年(1438)八月二十三日四季部奏覧、翌十一年六月二十七日成立。真・仮名序は共に一条兼良の筆。撰進のために応製百首(永享百首)が召され、宝治(後嵯峨院)・弘安(亀山院)・嘉元(後宇多院)・文保(同)・貞和(尊円法親王)度の百首歌も選考資料となった。
 
 
  新続古今和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【勅宣】後花園天皇 【成立】将軍足利義教が撰集を発意し、永享五年(1433)八月二十五日、後花園天皇の綸旨が下る。同十年八月二十三日、四季部奏覧。同十一年六月二十七日、完成返納。 【撰者】飛鳥井雅世 【書名】かつて飛鳥井家の歌人(雅経)が撰者となった唯一の勅撰集である新古今集を顕彰すると共に、勅撰集の祖である古今集に追随する意図を以ての命名か。 【主な歌人】飛鳥井雅縁(29首)・九条良経(28首)・後小松院(26首)・藤原俊成(22首)・藤原定家(19首)・頓阿(19首)・後鳥羽院(18首)・足利義教(18首)・飛鳥井雅経(18首)・飛鳥井雅世(18首)・飛鳥井雅有(14首)・二条為定(14首)・順徳院(13首)・藤原家隆(13首)・慶運(13首)
 
 
  新古今和歌集:熊野の歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『新古今和歌集』は、鎌倉時代の初めに、後鳥羽上皇の下命により編纂された勅撰第八歌集です。 最多の熊野御幸の回数を誇る後白河上皇は35年の在院期間のうちに34回の熊野御幸を行ったのに対し、後鳥羽上皇は24年の在院期間のうちに28回。 往復におよそ1ヶ月費やす熊野御幸を後鳥羽上皇はおよそ10ヶ月に1回という驚異的なペースで行いました。… まず最初に「熊野」が登場するのは、やはりこの人、後鳥羽上皇の歌。  見るまゝに山風あらくしぐるめり都もいまや夜寒(よさむ)なるらむ
 
 
  【新続古今和歌集】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【新続古今和歌集】
 
 
  新続古今和歌集 (和歌文学大系) (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本文学の心―和歌を集成する一大大系。上代から近代までの和歌・短歌を鳥瞰し、今回初めて注釈がつくことによって光の当たる重要な歌の数々。連綿と流れる日本人、日本文学の心の一大大河ともいえる本大系は、21世紀への美しい日本語の結晶の贈り物でもある。本巻は、新続古今和歌集を収録。
 
 
准勅撰 新葉和歌集
新葉和歌集
  新葉和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新葉和歌集(しんようわかしゅう)は南北朝時代の和歌集。准勅撰とされる。後醍醐天皇皇子宗良親王(1311−1385?)の撰。南朝の長慶天皇代、弘和元年(1381年)十二月三日奏覧。20巻、約1420首。部立の順序は春(上・下)、夏、秋(上・下)、冬、離別、羇旅、神祇、釈教、恋(五巻)、雑(三巻)、哀傷、賀歌。
 
 
  新葉和歌集 秀歌選   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  【成立】宗良親王の手によってほぼ完成に至っていた南朝歌人の集大成的歌集につき、弘和元年(1381)十月十三日、長慶天皇より勅撰集に擬せられる旨の綸言が下り、同年十二月三日、宗良親王は同集を改訂の上奏覧した 【撰者】宗良親王 【書名】「新葉」は「新しい歌」の意。序に「上、元弘のはじめより、下、弘和の今に至るまで」「折にふれ時につけつつ言ひあらはせる言の葉どもを」云々と説き明かしている。 【主な歌人】後村上院(100首)・宗良親王(99首)・長慶院(52首)・花山院家賢(52首)・花山院師賢(49首)・後醍醐天皇(46首)・洞院公泰(45首)・尊良親王(44首)・二条為忠(40首)・関白左大臣(二条教頼か)(28首)・北畠親房(27首)・花山院長親母(26首)・花山院長親(25首)・花山院師兼(24首)
 
 
  新葉和歌集 目次   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新葉和歌集 目次
 
 
  ドナルド・キーン 新葉集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  北朝に近づく二条派、勅撰集編纂よりも四天王の家集に魅カ : 和歌史の上では、文学的に重要な勅撰集は『風雅集』が最後ということになっている。実際には、二条派によってさらに四集が編纂されているが、評価はきわめて低く、優れた歌人も何人かは協力しているものの(90)、歌集としては無視してもいいだろう。十四世紀後半の戦乱で北朝と南朝の力関係は何度も逆転するが、京都は概して北朝の支配下にあった。
 
 
  新葉和歌集とは… 急上昇ワード 流行りの言葉   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新葉和歌集(しんようわかしゅう)は南北朝時代 (日本) 南北朝時代の和歌集。准勅撰とされる。後醍醐天皇皇子宗良親王(1311−1385?)の撰。南朝の長慶天皇代、弘和元年(1381年)十二月三日奏覧。20巻、約1420首。部立の順序は春(上・下)、夏、秋(上・下)、冬、離別、羇旅、神祇、釈教、恋(五巻)、雑(三巻)、哀傷、賀歌。
 
 
  新葉和歌集 岩佐 正 校訂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  二条家の流れをくむ歌人,宗良親王(1311‐1385)撰の準勅撰和歌集.弘和元(1381)年奏覧.後村上天皇の入撰歌数百首をはじめ,宗良親王,長慶天皇,花山院家賢,花山院師賢,後醍醐天皇,洞院公泰らの和歌1400首余を収録.四季や恋など伝統に従った技巧的な詠歌が多い.「神皇正統記」とならぶ吉野朝公家文化の精華である.初句索引・作者索引を付す.
 
 
  物語 新葉集―「太平記」時代の美意識 (単行本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  20巻1400余首の和歌を含む新葉和歌集の中から、代表的なものを選出し、当時の歴史的背景をふまえながら解説する。
 
 
梁塵秘抄.1184
梁塵秘抄
  梁塵秘抄 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  梁塵秘抄(りょうじんひしょう)は平安時代末期に編まれた歌謡集。今様歌謡の集成。編者は後白河法皇。治承年間(1180年前後)の作。 後白河法皇は少年のときより、今様と呼ばれる歌謡を好んだ。歌の上手を召して多くの歌謡を知ったが、死後それらが伝わらなくなることを惜しみ、書き留めて本にした。また、歌謡の歴史などについて、別に口伝集十巻を残した。 書名の「梁塵」は、名人の歌で梁の塵も動いたという故事より、すぐれた歌のこと。  1 経緯 / 2 伝来 / 3 構成と内容 / 4 各巻の内容 / 5 校注文献 / 6 関連人物
 
 
  梁塵秘抄   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『梁塵秘抄』より(参照:岩波文庫,小学館「日本古典文学全集」)  遊びをせんとや生れけむ……(359)
 
 
  梁塵秘抄、熊野を歌う今様   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『梁塵秘抄』は、後白河上皇(1127〜1192)の撰による歌謡集。平安末期の遊女(あそび)や傀儡子(くぐつ)などの女芸人によって歌われ、広められた流行歌(「今様」と呼ばれた)の集大成です(1169年ころ成立)。後白河上皇は、少年時代から今様(いまよう)に夢中になり、女芸人に弟子入り、今様を伝授され、ついには自らが今様の第一人者になってしまいます。… この後白河上皇、じつは大の熊野信者だったのです。
 
 
  梁塵秘抄 (566首) 後白河法皇撰   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  001:(長歌)祝  そよ、君が代は千代にひとたびゐる塵の白雲かかる山となるまで。
 
 
  梁塵秘抄 (ちくま学芸文庫) (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中世の流行歌「今様」を後白河院が編んだ「梁塵秘抄」。登場するのは遊女、傀儡子、博徒、修験僧など秩序の外側に生きる人々だった。分けても、歌と舞いを生業として諸国をめぐる「遊女」の口の端にかかったとおぼしき歌は多い。遊びの歌、男女の歌、日常の喜びや悲しみの歌、思いをいかにも生き生きとリズミカルに表現する歌の数々。
 
 
  梁塵秘抄 閑吟集 狂言歌謡 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「梁塵秘抄巻第一は、天理図書館綾小路家本(室町時代書写。翻刻番号四六五)を底本とし、東京大学国語研究室蔵押小路家本を以て校合した。巻第二は、現存唯一の伝本たる天理図書館蔵竹柏園旧蔵本(江戸時代書写。翻刻番号四六六)を底本とした。
 
 
山家集
山家集
  山家集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  山家集(さんかしゅう)は、平安末期の歌僧西行法師の家集。成立年は不詳、源平争乱の最中か直後だと思われる。俊成・良経・慈円・定家・家隆ら五人の家集とともに六家集の一に数えられ、山家和歌集、西行法師歌集の別名がある。西行生前の撰を後人が増補したと見られ、西行の自撰なる『山家心中集』や、『西行上人集』との関連が注目される。
 
 
  「山家集」から   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「山家集」(西行法師)。西行は平安時代末期の僧侶・歌人。佐藤義清という武士だったが、二十三歳で仏門に入る。当時の人々は、現代人が見ることのない最高峰の噴煙を目にしていた。西行の歌集に入っている有名な歌は、あてどなく空に拡散して消えていく噴煙と、とらえ所のない人の心を掛けた、さわやかなメタファーとなっている。「風になびく 富士の煙の 空に消えて 行方も知らぬ わが思ひかな」
 
 
  山家集の研究   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ◎「山家集の研究」内のページ : 京都写真集 西行の京師  西行の京師 第二部 西行辞典  ◎私のページへのリンク : 宇和の潮風 もみの木歌集 もみの木エッセイ集 清水きぬみ作品集 写真集 マガジン(1) マガジン(2) マイアルバム リンク メール 掲示板  ◎西行関係リンク : 西行の研究 digital西行庵 多吉の狸日記 新古今集の部屋
 
 
  新訂山家集 - digital西行庵   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  春歌 年のうちに春たちて雨の降りければ 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふる年のここちのみして  /  山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ かすめども年のうちとはわかぬ間に春を告ぐなる山川の水
 
 
  山家心中集 文化遺産オンライン   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新古今和歌集に多くの優れた歌を残した歌人西行の私歌集。23歳で出家、26才頃から諸国を旅すること50年、自然の中を放浪し、自然に対する愛によって幽玄の境地を得、いかに生きるかを歌で表現している。 西行の作品集として「山家集」「聞書集」「聞書残集」「山家心中集」など多くの歌集が伝えられているが、本書はその異本山家集系の本から抜書きしたものといわれ、「山家心中集」の中でももっとも古い写本であろうといわれている。
 
 
  山家集 学習百科事典 キッズネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  倉(かまくら)時代につくられた西行(さいぎょう)の家集(いえのしゅう)(個人(こじん)の歌集)。成立(せいりつ)年代・編者(へんじゃ)ともはっきりしないが,西行(さいぎょう)の歌約(やく)1600首がおさめられている。率直(そっちょく)で平明な歌風によって,自然(しぜん)や人間をうたい,後世の人たちに深い影響(えいきょう)をあたえている。◇『山家集(さんかしゅう)』には「心なき身にもあは(わ)れは知られけり 鴫(しぎ)たつ沢(さわ)の秋の夕暮(ゆうぐれ)」などがおさめられている。
 
 
  山家集 ―漂泊の歌人・西行の代表的歌集―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  私家集。三巻。西行(さいぎょう)作(おそらくは他撰)。平安時代末期から鎌倉時代初期の成立。 歌数約千五百五十首を、四季・恋・雑に分類して収める。旅や草庵の生活で得られた感慨を詠(うた)った歌に特色がある。六家集の一つ。 有名な「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」はこの歌集に収録されている。
 
 
  西行「山家集」より - 森のことば、ことばの森   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  春風の花を散らすと見る夢はさめても胸のさわぐなりけり 西行「山家集」   「ロッジア」4号の感想をいただいた知人の便りに、「窓硝子」の冒頭の部分を読んで、この西行の歌を思い出したとあった。まことにこの作品のエピグラムにしたい歌だとしみじみと「山家集」を読み返した。
 
 
  山家集 新訂 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗・や芭蕉に偶像として尊敬された歌僧西行(1118-90)の姿が,見事に浮き彫りにされた歌集.古来,幾千の歌人が歌いふるした花も,月も,恋も,彼の胸の琴線に触れて,新しい響きとして歌い出される.
 
 
  新訂 山家集 佐佐木信綱 校訂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  宗・や芭蕉に偶像として尊敬された歌僧西行(1118−90)の姿が,見事に浮き彫りにされた歌集.古来,幾千の歌人が歌いふるした花も,月も,恋も,彼の胸の琴線に触れて,新しい響きとして歌い出される.
 
 
  《新潮日本古典集成》山家集 新潮社   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  月と花を友としてひとり山河をさすらう人生詩人、西行――深い内省にささえられたその歌は祈りにも似た魂の表白。千五百首に平明な訳注を付した待望の書。
 
 
近代秀歌.1209
歌論集
  近代秀歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原定家が、承元三年(1209年)に源実朝に送った歌論書(遣送本)で、秘々抄、定家和歌式などとも呼ばれます。そして承久の変の後の間もない頃に修正を加えたもの(自筆本)があります。 遣送本には、近代六人の歌人のものを例歌としたもの、自筆本は、秀歌例として八代集抄から83首、が書かれておりそのうち新古今和歌集のものを集めてみました。
 
 
  近代秀歌 藤原定家   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  いまは、そのかみのことに侍べし。ある人の、うたはいかやうによむべきものぞと、とはれて侍しかば、をろかなる心にまかせて、わづかにおもひえたることを、かきつけ侍し。いさゝかのよしもなく、たゞ、ことばにかきつゞけて、をくり侍し。見ぐるしけれど、たゞおもふまゝのひがごとに侍べし。
 
 
  藤原定家の『近代秀歌』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌論書。1巻。藤原定家の著作として最も信頼すべきものの一。1209年(承元3)成立。元来、源実朝のための作歌指導書で、詞ことばは古きを慕い、心は新しきを求めるべきことを主張、経信・俊頼以下の近代歌人の秀歌を挙げる。後に定家は、例歌を入れかえた。(広辞苑第五版より)    Maniac-IME Top / ME情報 / ME辞書ダウンロード / アップローダ / BBS / その他 / サイトマップ
 
 
  「自筆本 近代秀歌」例歌   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「近代秀歌」は、鎌倉三代将軍源実朝の求めに応じ、承元三年(1209)、四十代後半だった藤原定家が書いて贈った歌論書。秘々抄・詠歌口伝・定家和歌式などとも称される。実朝に贈った原形を定家自身が改編した「自筆本」と呼ばれる本は、建保三年(1215)以降、承久の変(1221)後まもない頃までの間に成立したものと考えられている。
 
 
  「近代秀歌」画像データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  定家本「近代秀歌」本文の基礎的研究 - 渋谷栄一研究室
 
 
  近代秀歌 ―きんだいしゅうか―   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉三代将軍源実朝の求めに応じ、承元三年(1209)、四十代後半だった藤原定家が書いて贈った歌論書です。『吾妻鏡』に定家が実朝に贈った旨記されている「詠歌口伝一巻」と同一書とされています。
 
 
  近代秀歌(きんだいしゅうか) - Yahoo!百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  藤原定家(ていか)の歌論書。元来1209年(承元3)将軍源実朝(さねとも)の求めに応じて書き贈ったもの(遣送本(けんそうぼん))。
 
 
  近代秀歌 (1959年) <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  近代秀歌 (1959年) <書籍>
 
 
  歌論集 : 俊頼髄脳, 古来風躰抄, 近代秀歌, 詠歌大概,… <書籍>    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌論集 : 俊頼髄脳, 古来風躰抄, 近代秀歌, 詠歌大概,… <書籍>
 
 
金槐和歌集.1213
金槐和歌集
  金槐和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金槐和歌集(きんかいわかしゅう)とは、鎌倉時代前期の源実朝の家集である。 成立は藤原定家より相伝の万葉集を贈られた1213年頃とする説が有力。全一巻、約700首掲載されている。『金槐和歌集』の「金」とは鎌の偏を表し、「槐」は槐門(大臣の別称)を表しているため、別名鎌倉右大臣家集といわれている。 自撰説が有力。定家所伝本と貞享本の2系統が伝えられている。格調の高い万葉調の歌が多い。
 
 
  伊丹の歌碑めぐり   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源実朝 伝・藤原定家筆「金槐和歌集」より  しながどり ゐなののはらの ささまくら まくらのしもや やどる月かげ
 
 
  鎌倉右大臣's 金槐集抄   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  このページに関しては、さねともの個人的解釈による「金槐和歌集」の紹介をしております。 以前のサイトで好評を博したため、継続掲載することに致しました。
 
 
  金槐和歌集  渋谷栄一翻字(C)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金槐和歌集  渋谷栄一翻字(C)
 
 
  金槐和歌集 鎌倉の右大臣の家集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  出でて去なばぬしなき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな  /  山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも  /  大海の磯もとどろに寄する波破れて砕けて裂けて散るかも  /  大海の磯もとどろに寄する波破れて砕けて裂けて散るかも  /  古寺のくち木の梅も春雨にそぼちて花もほころびにけり
 
 
  新古今和歌集・山家集・金槐和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詠うことが生きる歓びだった時代、艶めく慕情に焦れる女歌人、幽玄の美を確立する定家、出家漂泊の西行、悲運の鎌倉将軍実朝、中世初期に華開いた歌の響宴。
 
 
  金槐和歌集 源 実朝 斎藤茂吉 校訂   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  鎌倉三代将軍源実朝の歌集であり,金槐とは鎌倉右大臣であった実朝自身をいう.当時の新古今調全盛時代にあって,この薄幸な青年詩人は,現実的な万葉調の歌をよみ新しい美的感覚によって自らの感情を豊かに歌いだした.校訂者は歌人としての源実朝研究に力をつくしたアララギの巨匠斎藤茂吉である.
 
 
  金槐和歌集  学習百科事典  キッズネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  源実朝(みなもとのさねとも)の歌集。1巻(かん)。1213年に成立(せいりつ)。実朝(さねとも)の22歳(さい)までの歌が約(やく)700首ほどおさめられている。新古今(しんこきん)調の歌もあるが,万葉(まんよう)調の力強い歌が有名。◇「箱根路(はこねじ)をわが越(こ)えくれば伊豆(いず)の海や 沖(おき)の小島に波のよるみゆ」
 
 
  金槐和歌集(縦書きんかいわかしゅう) 源実朝   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金槐和歌集(縦書きんかいわかしゅう) 源実朝
 
 
  フラワーセンターで「金槐和歌集」散策マップ配布   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「金槐和歌集」といえば鎌倉幕府第3代将軍源実朝の歌集。このマップの表面には、「フラワーセンター大船植物園、もうひとつの楽しみ 源実朝を知っていますか」と題し、武人としてよりも文人として名を残した生涯を素描、その作品は、きっと「サラダ記念日」のような衝撃を京の都に与えはずと実朝を紹介。
 
 
  斎藤茂吉旧蔵の金槐和歌集 - 鶴見大学図書館ブログ   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今年も、日本文学科をはじめ、ドキュメンテーション学科と文化財学科で貴重書を購入しました。年度の切り替わる前に、今年度入った貴重資料を一点ご紹介します。
 
 
  実朝.com : 源実朝(鎌倉右大臣)とその和歌、金槐和歌集の研究。   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  実朝(源実朝、鎌倉右大臣)および実朝の和歌、金槐和歌集を愛好し、今ふたたび読み味わうサイトです。(開設趣旨をぜひご一読ください)
 
 
  金槐和歌集の現代訳を教えてください - BIGLOBEなんでも相談室   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金槐和歌集の現代訳を教えてください 現代訳がわからず困っています。  住の江に 生ふてふ松の 枝しげみ 葉ごとに千世の 数ぞこもれる
 
 
  金槐和歌集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  金槐和歌集 (岩波文庫) (文庫)   源 実朝 (著), 斎藤 茂吉
 
 
  新古今和歌集・山家集・金槐和歌集 (単行本)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  詠うことが生きる歓びだった時代、艶めく慕情に焦れる女歌人、幽玄の美を確立する定家、出家漂泊の西行、悲運の鎌倉将軍実朝、中世初期に華開いた歌の響宴。
 
 
  《新潮日本古典集成》金槐和歌集 源実朝/著   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  血煙の中に産声をあげ、政権争覇の余震が続く鎌倉で、修羅の中をひたむきに疾走した青年将軍、源実朝。『金槐和歌集』は、不吉なまでに澄みきった詩魂の書。
 
 
風葉和歌集.1271
羽化堂から 
  風葉和歌集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  風葉和歌集(ふうようわかしゅう)は鎌倉時代中期の物語和歌集。藤原為家とおぼしき人物が、後嵯峨院の后・大宮院の依頼を受けて編纂し、文永八年(1271年)に成立。もとは勅撰集の如く20巻の部立があったが、現存本は末尾の二巻を欠く。歌の数は1400首(欠巻を除く)。 『源氏』『宇津保』『狭衣』をはじめとする平安中期から鎌倉初期にかけての作り物語から、作中の架空人物の和歌を抄出し、大筋を述べる詞書を付した。
 
 
  風葉和歌集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  《風葉和歌集巻第八》離別  すまひの節すぎて。つくしにかへりくだらむとて。すけの中将のもとにまかりてよめる  すまひの修理のすけ 数ならぬ身こそゆくともしたがはぬ心は君にたちもはなれじ かへし  右中将 とどむるも心はみえぬ物なれば猶おもかげぞこひしかるべき
 
 
  【風葉和歌集】  三省堂 大辞林   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  歌集。二〇巻(現存本は末尾二巻が欠)。藤原為家編かといわれるが未詳。1271年成立。亀山天皇の母后子(よしこ)の命により、当時存在した作り物語の中から約千四百首(現存本)の歌を選び、部立てを設け、詞書(ことばがき)と詠者名を添えて収めたもの。散逸物語の研究資料として貴重。
 
 
  校本風葉和歌集 [古書]   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  校本風葉和歌集 (1970年) [古書]  中野荘次 (著), 藤井 隆 (著)
 
 
  風葉和歌集〜日本最初の『物語歌集』   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『風葉和歌集』は、文永八年(1271)十月の鎌倉時代後期に、 後嵯峨院の皇后・大宮院(西園寺&#23006;子)の命令によって選進された和歌集。 平安時代の末〜鎌倉時代初期の『物語』の優れた和歌を集め、詞書、和歌、詠者名(歌を読んだ登場人物)を記した、とても珍しく、かつユニークな作品です。 全二十巻、約二百編の物語から、和歌千五百種あまりを収録した大作ですが、現存するのは二十巻のうち十八巻のみ。… 藤原為家が選者となってまとめたものだと推定されています。
 
 
  「風葉和歌集」の構造に関する研究 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  第1章 部立構成;第2章 四季部の構造;第3章 神祇・釈教部の構造;第4章 離別部の構造;第5章 羇旅部の構造;第6章 哀傷部の構造;第7章 賀部の構造;第8章 恋部の構造;第9章 雑部の構造;第10章 「風葉和歌集」の「よみ人しらず」歌・「題しらず」歌について;第11章 「風葉和歌集」と「続古今和歌集」;第12章 「風葉和歌集」の詞書;第13章 「風葉和歌集」撰集過程についての一試論
 
 
菟玖波集.1356
犬筑波集
  菟玖波集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  &#33708;玖波集(つくばしゅう)は、南北朝時代に撰集された連歌集。巻数は20巻。句数は2190句。以上の構成は、勅撰和歌集の部立てに倣ったものである。 二条良基が僧救済(ぐさい)の協力を得て撰集し、1356年(正平11年/延文元年)に成立[1]、翌1357年(正平12年/延文2年)閏7月11日に勅撰に准ぜられ、最初の准勅撰連歌集となった。連歌集の成立及び准勅撰の指定については佐々木道誉の力添えで、出詠者には武家が多く含まれている。
 
 
  犬筑波集【いぬつくばしゅう】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町後期の俳諧集。1冊。山崎宗鑑編。享禄(1528〜1532)末から天文(1532〜1555)初年前後の成立か。卑俗でこっけいな表現を打ち出し、俳諧が連歌から独立する契機となった。俳諧連歌抄。新撰犬筑波集。  犬筑波集に近い言葉→ 新増犬筑波集/新撰犬筑波集/筑波集/菟玖波集/新撰菟玖波集/筑波/筑波山/筑波颪/筑波嶺/筑波子
 
 
  新撰菟玖波集/実隆本 巻二十 発句下   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新撰菟玖波集/実隆本 巻二十 発句下
 
 
  犬筑波集 画像 - Google   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  犬筑波集 画像 - Google
 
 
  宗祇 [単行本]    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和歌より低く評価されていた連歌を、「中世詩」の最高域まで磨き上げた室町時代の連歌師。40余歳で登場し、後に9代将軍足利義尚の連歌の師となり連歌界に君臨した。応仁の乱直前に都から関東へ下り、82歳で世を去るまでに頻繁に各地を旅して和歌や連歌の会を催し、『新撰莵玖波集』など数々の著作を遺す。連歌文学と生涯の軌跡を併せ描く。
 
 
吾妻問答1467
宗祇 [単行本] 
  吾妻問答  デジタル大辞泉の解説   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  あずまもんどう〔あづまモンダフ〕【吾妻問答】  室町中期の連歌論書。宗祇(そうぎ)著。1巻。応仁元年(1467)か文明2年(1470)の成立。連歌の歴史と、作句の技術・心構えを実例を挙げて問答体で述べたもの。
 
 
  あずまもんどう[あづまもんだふ]  【吾妻問答】 - Yahoo! 辞書   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  連歌論書。一巻。宗祇著。1470 年頃成立。問答体によって、連歌の歴史・代表作家・会席作法など連歌の基本的問題を述べたもの。別名角田川(すみだがわ)。宗祇問答。
 
 
  大辞林 第二版 (三省堂)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  連歌論書。一巻。宗祇著。1470年頃成立。問答体によって、連歌の歴史・代表作家・会席作法など連歌の基本的問題を述べたもの。別名角田川(すみだがわ)。宗祇問答。
 
 
水無瀬三吟.1488
【水無瀬三吟百韻】
  『水無瀬三吟』分析   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  一座一句物〜一座五句物一覧
 
 
  水無瀬三吟百韻(巻子本)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町時代後期の連歌集。1巻。飯尾宗祇を中心に弟子の肖柏と宗長の3人でよむ100韻(100句)がおさめられている。1488年1月22日の後鳥羽上皇の250回忌に,水無瀬神宮、後鳥羽上皇の離宮跡に奉納された連歌。
 
 
  連歌集 『水無瀬三吟何人百韻注』    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  連歌(れんが)は鎌倉時代ごろから興り、南北朝時代から室町時代にかけて大成された、日本の伝統的な詩形の一種。多人数による連作形式を取りつつも、厳密なルール(式目)を基にして全体的な構造を持つ。和歌のつよい影響のもとに成立し、後に俳諧の連歌や発句(俳句)がここから派生している。
 
 
  水無瀬三吟の世界 ─中世連歌を読む─   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  無瀬三吟(みなせさんぎん)は長享2(1488)年つまり応仁の乱の後の荒廃した京の都で作られた連歌(れんが)の作品で、承久の変で源氏に破れ、隠岐の島に流された後鳥羽院(ごとばいん)の250回忌の法要として営まれた。流刑地で恨みを抱いて死んだ後鳥羽院の怒り狂う霊は、その後の乱世の原因とされ、応仁の乱(1467年)による国土の荒廃も、後鳥羽院のたたりとされていた。
 
 
  みなせさんぎんひゃくいん【水無瀬三吟百韻】 学習百科事典 キッズネット   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町(むろまち)時代後期の連歌(れんが)集。1巻(かん)。飯尾宗祇(いいおそうぎ)を中心に弟子の肖柏(しょうはく)と宗長(そうちょう)の3人でよむ100韻(いん)(100句(く))がおさめられている。1488年1月22日の後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)の250回忌(き)に,水無瀬(みなせ)神宮(後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)がたいへんすきだった離宮跡(りきゅうあと))に奉納(ほうのう)された。
 
 
  水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん) - Yahoo!百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  連歌百韻。1488年(長享2)1月22日張行。宗祇(そうぎ)、肖柏(しょうはく)、宗長による三吟。22日は後鳥羽院(ごとばいん)の月忌で、後鳥羽院の水無瀬の廟(びょう)に奉納。張行場所には諸説あるが、発句に「雪ながら山もとかすむ夕かな」(宗祇)と水無瀬の廟からの眼前の眺望を詠んでおり、山崎(京都府大山崎町)あたりかと思われる。
 
 
  湯山三吟百韻 (ゆのやまさんぎんひゃくいん) - Yahoo!百科事典   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  室町後期の連歌(れんが)作品の一つ。1491年(延徳3)10月20日、摂津湯山(現神戸市有馬(ありま)温泉)で、肖柏(しょうはく)、宗長(そうちょう)、宗祇(そうぎ)の3人でつくった。池田に住んでいた肖柏が二人を招いて催した会とされる。発句は肖柏で、「うす雪に木の葉色こき山路(やまぢ)かな」に始まり、『水無瀬(みなせ)三吟百韻』(1488成る。作者3人は同じ)とともに古来連歌の名作に数えられる。
 
 
  水無瀬三吟百韻・湯山三吟百韻  本文と索引 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  本文篇作成に際しては、福井久蔵編『水無瀬三吟評釈』(昭和23年 喜久屋書店刊)の本文を底本とした。この書は桂湖村蔵本・山岸徳平蔵本・名古屋市立図書館蔵本・続群書類従所収本(松本)等を校合して校定され教科用本文である。
 
 
閑吟集.1518
閑吟集
  閑吟集 (Wikipedia)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  閑吟集(かんぎんしゅう)は日本の歌謡集。永正15年(1518年)に成立。ある桑門(世捨て人)によってまとめられた歌謡集。「なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」など、当時の刹那的な雰囲気がよく現れたもの、「世の中は ちろりに過ぐる ちろりちろり」などの無常観、室町びとが感情を託して歌った311首がおさめられている。
 
 
  閑吟集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『閑吟集』全部を読んだのは大学時代です。『梁塵秘抄』を読んだ後、それ以後の日本の歌謡はどうなって行ったのかが知りたくて、図書館で探して読んでみました。全般に軽みというのか、江戸時代の小唄に通じるような粋な雰囲気が面白く、しっかりと愛読書のひとつになって現在に至ります。…
 
 
  『閑吟集』の謎一   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『閑吟集』という小さな集がある。三百十一首の歌謡を集めたこの集は、日本文学史上珠玉の一というべき存在である。成立は永正十五年(一五一八)秋八月、戦国乱世の真っ只中、朝夕の生死定かならぬ中で、これほどまでに文芸の香り高い歌謡に興じていた室町人に、畏敬の念を抱かずにはいられない。…
 
 
  閑吟集 かんぎんしゅう   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  中世歌謡集。一巻。編者不詳(宗長の編という説もある)。序文によれば、富士を遠見する庵に10余年間隠栖し、音楽を愛好する、和漢の文学・儒教の知識豊かな、上流人士と推定される。
 
 
  閑吟集 古典文学ガイド   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  ―恋愛歌を中心とした室町時代の歌謡集―  室町後期の歌謡集。一巻。編者未詳。永正十五年(1518)成立。 室町時代の小歌三百十一首を、四季・雑、あるいは四季・恋の順に配列し、さらに春の部が、柳・若菜・松・梅・花…のように連歌風に編集されている。  恋愛歌が中心だが、他に虚無的なもの、民謡的なものも含まれ、当時の庶民の生活感情をよく伝えている。江戸期歌謡への影響も著しい。
 
 
  「閑吟集」より 蜻蛉 ・奥の院    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  花の都の経緯(たてぬき)に 知らぬ道をも問へば迷はず 恋路など 通ひ馴れても迷ふらん (閑吟集 18)  〔口語訳〕 美しい花の都、京都には縦横無数の道がある。 だが初めての知らない道でも、現実の道は人に尋ね尋ねして行けば迷うことはない。 しかし、恋の道となると、通い慣れているつもりでも、なぜこうも迷ってしまうのだろうか。
 
 
  閑吟集 縁結び祈願 京都地主神社   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  閑吟集は 室町後期の歌謡集で、全1巻で編者は未詳ですが連歌師の宗長(1448〜1532)が編集したという説もあります。 永正15年(1518)に成立し、小歌(こうた:民間の卑俗な歌で、娯楽的なもの)や猿楽など当時の歌謡311首を収めています。
 
 
  閑吟集 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  16世紀初頭、富士の遠望をたよりに草庵をむすんだ隠者が、風雅な宴席に交遊した往時を偲びつつ編んだ歌謡集成。所収歌311首中、3分の2を恋歌が占める。「我が恋は水に燃えたつ蛍々物言はで笑止の蛍」、また「何せうぞくすんで一期は夢よただ狂へ」のような歌まで、表現・詩型とも多彩をきわめ、中世人の感性を誌して余すところがない。
 
 
  梁塵秘抄 閑吟集 狂言歌謡 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  今様を熱愛した上皇と老白拍子との出会いが生んだ『梁塵秘抄』.花の都の景物や恋の情念を歌い上げた『閑吟集』.そして室町時代の庶人の生態を活写した『狂言歌謡』.歌謡の時代中世のにぎわいが聞こえて来る歌謡集三編.
 
 
  中世の歌謡 『閑吟集』の世界 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  『閑吟集』のそれぞれの小歌を27章に仕立て、歌意・歌謡史としての伝承性にふれ、歌謡文芸としての特質やおもしろさに及ぶ。
 
 
  閑吟集は唄う 小唄や民謡の源 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本古典文芸の傑作「閑吟集」の新訳成る。難解な書物がベールを脱いだ。恋愛の詩集「閑吟集」が女系家族制時代の男女の生の息吹きを伝える。
 
 
  閑吟集 宗安小歌集  新潮日本古典集成 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  閑吟集 宗安小歌集  新潮日本古典集成 <書籍>
 
 
新増犬筑波集.1643
シンゾウ イヌ ツクバシュウ
  新増犬筑波集   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  《新増犬筑波集あぶらかす》秋   うへにかたかた下にかたかた  二階にも宿かり有てうつ衣  大錫を野山の月に分のみて  霧まよりちよつといすかの嘴みえて  紅葉ゝを踏じと人のあしりこき  相撲取二王のやうな手もとして
 
 
  新増犬筑波集 古典籍総合データベース   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  新増犬筑波集. 下 / [松永貞徳] [撰] シンゾウ イヌ ツクバシュウ  新増犬筑波集.下/[松永貞徳][撰]
 
 
  『新増犬筑波集』における『犬筑波集』の受容と展開 <書籍>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  出版者・編者 : 京都大学大学院人間・環境学研究科歴史文化社会論講座 / 京都大学大学院人間・環境学研究科歴史文化社会論講座 編
 
 
挙白集.1649
和歌・短歌 - 日本文化いろは事典
  挙白【キョハク】 デジタル大辞泉の解説   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  《「白」は、杯の意》杯をあげて酒を飲むこと。また、他人に酒をすすめること。
 
 
  Yahoo!辞書 - きょはくしゅう〔キヨハクシフ〕【挙白集】   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  江戸前期の歌文集。10巻8冊。木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)著。慶安2年(1649)刊。清新で奇抜な歌風で注目される。
 
 
和歌・俳句・百人一首
旧かなを楽しむ 皇居で新春恒例の「歌会始」 (2015/1/14)
  HaikuDiary   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  HaikuDiaryでは自作の俳句の公開の他に有名な俳句の紹介や季語の一覧など俳句に関する情報を提供しています
 
 
  短歌と俳句   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「短歌」は最初が5音、次が7音、次が5音、そして7音が二回、5、7、5、77。 「俳句」は5音、7音、5音。5、7、5でひとまとめにしている「詩」のようなものです。この短い音のつながりで、いろんな事を表現します。
 
 
  全国の歌碑・句碑めぐり   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  2005年3月以前に掲載したものは縮小版になっています。
 
 
  和歌の心と情景 - 放送大学   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の歴史を貫いて詠み継がれてきた、和歌の魅力と意義について解説する。『万葉集』から近代短歌まで幅広く取り上げ、それぞれの時代を代表する歌人・歌集・和歌について考察し、大きな和歌史の流れが理解できるようにする。また、和歌だけを孤立的に捉えるのではなく、和歌が生きていた世界が具体的にわかるように、物語や随筆など散文との関係、あるいは古筆や美術・造園との関わりや古典学との関連へと視野を広げ、それによって日本文化の精髄の位置を占めてきた和歌の生命力を明らかにする。
 
 
  和歌・俳句について調べるには   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  和歌・俳句の一部から作者や出典を探そうとして、困ったことはありませんか。 その他調べものをする上で便利な資料をご案内します。
 
 
  星の林に月の船 声で楽しむ和歌・俳句 (文庫)    TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  五七調の心地よさや、ことばの響きに楽しもう。時代をこえて脈々とうたいつがれてきた和歌や俳句。季節やくらしを題材にした美しい表現やユーモラスな感受性の宝庫から、194作を選んで時代順に配列して、解説します。
 
 
  「旧かなを楽しむ―和歌・俳句がもつと面白くなる」  <単行本>   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  「旧かなを楽しむ―和歌・俳句がもつと面白くなる」  <単行本>
 
 
  百人一首   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  →「71伝承遊び」百人一首
 
 
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  →「71伝承遊び」百人一首ゲーム
 
 
  敷島随想 (百人一首歌人旅)   TOPページジャンル一覧表明快カテゴリ総覧ジャンルページ画面上段画面下段
  百人一首・第83番 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
 
 
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