05 五行歌(五行詩)/詩/詩人データ/漢詩/論語
 五行で綴る自由で幅広い表現ができる五行歌の世界、大変楽しく素晴らしいものです。自由詩は著名な詩人のホームページを個別に掲載、歌人・詩人データもご用意いたしました。漢詩といえば、あまりにも有名な李白・杜甫をはじめ、古来からの論語に関したホームページにも触れています。どうぞ、ごゆっくりご覧ください。

五行歌とは 五行歌全般 五行歌ブログ 全国五行歌会 五行詩 詩人データ
島崎藤村.872 蒲原有明.875 薄田泣菫.877 野口雨情.882 高村光太郎.883
竹久夢二.884 山村暮鳥.884 北原白秋.885 石川啄木.886 萩原朔太郎.886 大手拓次.887
川路柳虹.888 深尾須磨子.888 室生犀星.889 三木露風.889 白鳥省吾.890 佐藤春夫.892
堀口大學.892 西脇順三郎.894 宮沢賢治.896 八木重吉.898 三好達治/900 村野四郎/901
中野重治/902 北園克衛/902 金子みすゞ.903 草野心平.903 中原中也.907 まど・みちお.909
立原道造.914 宗 左近/919 鮎川信夫/920 田村隆一/923 相田みつを.924 吉本隆明/924
吉野 弘/926 木島 始/928 新川和江/929 川崎 洋/930 現代詩人/931〜 外国詩人
漢詩 李白.-701 杜甫.-712 白居易-772 韓愈-768 菅原道真-845
論語 儒学 孔子 BC551 孟子 BC372 老子と「道徳経」 荘子 BC369
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五行歌とは
  五行歌 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌(ごぎょうか)とは、『古事記』、『日本書紀』に遺されていた古代歌謡を日本の詩歌の原型として現代に生かした新詩型。一行を一息で読める長さとしての一句として五行で書くという規定以外にいっさいの制約がないことを基本としている。行分けによる呼吸論に着目して個々の独自性と理想型を目指した詩歌形式を創始者草壁焔太が発案し、定着させた。和歌や俳句のような呼吸が一定の音数律詩歌の音数規定を外し音数を自由にすることにより、詩歌の言葉運びやフレーズ運び、行運びによる各自の呼吸運びに創造性をもたせ、詩歌としての言葉を・・・
 
 
  草壁焔太 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  草壁 焔太(くさかべ えんた、1938年3月 - )は五行歌創始者である。 満州大連市生まれ。1947年に香川県小豆島へ引き揚げる。1955年に前川佐美雄の「日本歌人」に入門。短歌、自由詩を書きながら、1957年、新詩型五行歌を創始。1961年、東京大学文学部西洋哲学科卒業後、新聞社に勤めたが、その後職を転々としながら詩歌を書き、歌集、詩歌誌の創刊に励む。1994年4月、「五行歌の会」を発足し、月刊誌「五行歌」を創刊する。
 
 
  五行歌案内   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  1、五行歌とは? 五行歌とは、五行で書くウタのことです。 万葉集以前の古代歌謡は、自由にウタを書いていました。 その古代歌謡にならって、現代の言葉で自由に書いたものが、五行歌です。 この新形式は、約40年前に、草壁焔太氏が発想したものです。  2、どうして、五行詩と言わないで五行歌というの?/3、どうして、五行なの?/4、どうしたら、上手く創れるようになるの?
 
 
  五行歌って何?   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  最近、随分有名になってきた五行歌。 たった五行で思いの全てを書くんです。 ・・・難しそう?いいえ、本当は誰にでも書けるんですよ。。。
 
 
  五行歌 五行歌とは?   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌とは? 短歌でも詩でもない、俳句でもない。あふれる想いを素直にいつもの言葉で五行に分けて書いたもの。   転んで 起きて また転び ちょっと休んで また起きる   胃がどこにあるかは 食べ過ぎればわかるけど 命がどこにあるかは 恋をしてみないとわからない
 
 
  「五行歌」 ご存知でしょうか?   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  毎日何をするわけでもなく、なんとなく時間が過ぎていく日々の中で、ある日、新聞で「五行歌」というものの存在を知りました。 「五行歌は、五行で書く新形式のウタである」 その他は、あまり細かい制約が無いというところが、とても気に入りました。 今、のんびり、ゆっくり、楽しんでいます。
 
 
  「五行歌の会」公式ホームページ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
   五行歌とは、日本のこれまでの詩型にこだわらず、さまざまに自由に表現できる短い詩のことです。素晴らしい五行歌の世界をどうぞご覧下さい。
 
 
  野口雨情 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情(のぐち うじょう、1882年(明治15年)5月29日 - 1945年(昭和20年)1月27日)は詩人、童謡・民謡作詞家。本名は野口英吉。茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)出身。 廻船問屋を営む名家(楠木正季が先祖と伝えられているが不明)の長男として生まれる。
 
 
  五行歌への批判に思うこと   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌への批判に思うこと/五行歌は詩である、というのは?/「詩」 とは、そもそも何なのか?/西欧の"poetry"への憧れと失敗/前川佐美雄の五行歌とは/一連の問題について/一連の問題について/人の道
 
 
五行歌全般
  doyss   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌の魅力にとりつかれて ずいぶん長い月日がたちます。心の思いを素直に書き表すことのできる五行歌は ときに自分自身を映す鏡ともなります。これまで書きためてきた歌のいくつかを載せてみました。abyssをごらんになった感想などお寄せ頂ければ、幸いです。
 
 
  cotton   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  Sen-ryu 5line Poem  川柳/五行歌
 
 
  「野の花」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌に趣味の書道を生かせたらと「現代詩文調」で書いてみました。 これからも手書きの五行歌を続けていきますので一緒に楽しんで頂けたら幸いです。
 
 
  うたのたまご   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌とは、五行で書く歌のことです。 古代の日本人は、音数にとらわれず自由に歌を詠んでいました。古事記をみると、その中の歌は必ずし五・七・五ではありません。自分の自然な呼吸で歌を詠んでいたのです。 このことに気づき、五行歌を創ったのが、草壁焔太先生です。…
 
 
  「五行歌」日記   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  元気の源 : 音楽が 元気の源だと 久々に 演奏して 気付いた
 
 
  オリーブの香り   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  いらっしゃいませ! 何となく、ぼそっとやっていることをまとめてみました。 まとめてアップすることも頭の体操で、友人も協力してくれています。 ごゆっくりのんびりした時間を過ごしていただけたら嬉しいです。   オリーブ五行歌/ゲスト五行歌/アロマピクチャー
 
 
  五行歌 MENU   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行の言葉で自分を表現しましょう。 言葉は心を映す鏡です。言葉は未来への扉です。 まず自分を表現しましょう。 そして新しい自分を発見し、新しい自分を創造しましょう。
 
 
  五行歌  案内図   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  一、五行歌の章  五行歌の説明/二、彩の章  「彩」の仲本有花代表の五行歌観と「彩」へのいざない/三、公募の章  あなたもぜひチャレンジを/四、書籍の章/五、広場の章  遊び心いっぱいの企画コーナー/六、アクセスの章
 
 
  五行歌時々日記   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ゆめ散歩更新 ふぁ〜・・・・・/五行歌の更新も忘れてる(^^;)/尋ねて下さった皆さん、ありがとさん/ゆめ散歩を更新しました/まぁこんな日々をおくっちょります(^^;)
 
 
  五行歌 まわり道   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌サイト 心の呟きを、そのまま歌にする五行歌のおもしろみを追究
 
 
  恋の五行歌 <文庫>   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  熱い胸の高なり、青春まっ盛りの初恋、せつない片思いにつらい失恋、そして老いらくの恋―。あふれる想いを素直にいつもの言葉で五行に分けて書いてみただけなのに、素敵な歌が誕生。短歌でも詩でもない、まして俳句でもない、新しい形の五行歌。二万通に及ぶ応募作から選んだ「恋」のオリジナル秀歌集。
 
 
  五行歌のラブレター   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌って何?/まず歌とは?/歌でしょう?/説明もあり?/熱しやすく冷めやすい?/こんな人たちとお仲間?
 
 
  『平和を願う五行歌』   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  この「平和を願う五行歌」は<164号線公園通り>という縦書き作品掲示板の「五行歌」に投稿された作品の中で 「平和を願う」ことや「反戦非戦」の意味が込められているものを転載することから始まりました。いまは当サイト「掲示板」への書き込みやメールで投稿された五行歌を掲載しています。 2004/04/10現在、103人で計2,000首     
 
 
  ストライプ 歌集紹介   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  巻頭歌 爽やかを 装い 密やかな 企みを隠す ストライプ / さとる   男と 女の 間には ストライプの川が 流れている / あまね
 
 
  iの五行歌 by 百楽天   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  きみの歌声を ずっと聴いて 夢のつづきは 光の中の 早朝珈琲   百楽天店長の代理、夢子です。 しばらく更新が途絶えていましたが、今回『人生フルターン私は負けない』(藤田三保子著/NHK出版)などを新たに加えました。 推薦本などありましたら、おしらせください。
 
 
  五行歌「あまんじゃく」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  お越しいただき、ありがとうございます。  喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲__心の呟きを そのまま歌にできるのが五行歌。 このサイトで少しでも楽しさ面白さを味わっていただければ幸いです。
 
 
  小久保達の五行歌集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌作品の見本を目指しているのではありません。個人の五行歌ホームページ作りの見本になりたいと思っています。 現在、殆どのサイトは、「創作日順」に掲載されていますが、「創作日順」に思い入れがあるのは作った当人だけだと思います。 他人の作った五行歌の読み方として面白いのは「題材別」「テーマ別」に編集されたものではないでしょうか。
 
 
  ようこそ  くみこの部屋   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  自己紹介/旅行記/手紡ぎ/五行歌 : 五行歌は、日常使う自分自身の言葉で自由に五行で歌を詠みます。1行は1字から15字程度の長さが普通。何より自分の呼吸とリズムで書くことです。/ウンチク野外学/道新に掲載された随筆/リンク
 
 
  だいだいの月がでたら   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  私の肩に 藍と茜の ベールをかける 空の 音のない子守唄   管理人 伊東柚月
 
 
  素音の「五行歌サイト」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  素音的偏愛方程式へご来訪ありがとうございます
 
 
  食五行歌 ハウス食品   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  2006年より募集させていただきました「食五行歌」でハウス食品ホームページで紹介された受賞作品を集めました。 トップページを彩った作品をお楽しみください。
 
 
  from R to H  五行の歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「詩」と区別するために、わたしは「歌」を『口から耳へのもの』『リズムのあるもの(音楽に乗るもの)』という定義をしてみた。 五行歌の創設者が「記紀歌謡』や万葉集をよりどころにするというところで、五行歌の基本は『口承』であろう、と。
 
 
  誰でも五行歌 挨拶通り   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌を愛する人なら初心者もベテランも、誰でも自分の作った五行歌を  いつでもどこからでも自由に発表できる「縦書き投稿掲示板」です。 レスを愉しむ「挨拶通り」と、歌を保存する「検索大全集」で構成されています。 ☆あなたが投稿した五行歌に全国の五行歌人から、楽しい挨拶や暖かい感想、率直な意見などが書き込まれていきます。
 
 
  〜時のタイムカプセル〜   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「五行歌の会」入会前はサイトにて独自のスタイルの詩作を続けてきました。  中谷京華
 
 
  短歌ファクトリー 五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  短歌ファクトリー 五行歌
 
 
  「森岡クリニック」 五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌は草壁焔太先生が考案した口語歌の新しい形です。規則がほとんどなく、誰もが簡単に、自分のリズム、自分の呼吸で作ることが出来ます。草壁焔太著「飛鳥の断崖」には新々・五行歌五則として、次のように書かれています。
 
 
  マモちゃんの「見たまんま」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  私はおおよそ10年間、“談義”と称する短文を書き続け、勤務先の私のホームページに掲載したり、知人にメールしてきました。自分の目で情報に感じ、自分の頭で考え、それを他人に伝えるという情報リテラシーの教育・啓蒙のつもりでした。ざっと2000件ほどになります。
 
 
  誰でも五行歌 検索大全集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  あなたの五行歌を、いつでも、自由に入力して、永久に保存、掲載できるサイトです。 あなたの五行歌が「インターネットに公開された日」を第三者が証明するためのサイトです。 登録された五行歌作品を「作者」「ジャンル」「自由な言葉」で検索できるサイトです。 「検索で同じ言葉の五行歌を一度に読む」という新しい楽しみ方ができるサイトです。 自分の五行歌と似たような作品の有無を点検するためのサイトを目指しています。     
 
 
  就職活動五行歌ランキング   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  好きな五行歌はどれですか?投票受付中! bymixi限定コミュニティ「恋愛五行歌」
 
 
  五行詩 短歌「五行のしらべ」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行でつづる思いの数々、いつでもあなたに「伝えたいのは この心」
 
 
  遊民恋歌(短歌・五行歌・俳句)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  何があっても彼方が好きです。 そんな気持ち・・・素直に、真っ直ぐに!   ふぅ〜っと吹き 飛ばしたシャボン 手で追って 子供にかえった 君が微笑む
 
 
  さるさる日記 - ぼちぼち五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  少し貧乏な主婦の平凡な五行歌日記です。 日向の「今日の歌」は相変わらず続いている。どこからこんなに歌が沸いてくるのだろう。 会いたいと たった一言の メールなのに こんなにも 嬉しい  罪悪感 持つぐらいなら 夜になる前に 抱きしめて さらってよ
 
 
  書家一川(issen)の一日一書一首   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  書家&歌人 一川(issen)の書の世界、五行歌の世界へ
 
 
  はぐれサラリーマンの五行歌生活   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  仕事は好きで人一倍頑張り、いつも人並み以上の成果を残すけど、上司に媚びたり群れたりするのが嫌いで、報われることの少ない私のサラリーマン生活の詩。サラリーマン五行歌。 
 
 
  五行歌とともに綴る私の遠距離介護   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  私の遠距離老親介護は1996年9月の母の入院から始まり、母が亡くなった2000年11月までの4年間が第一段階でした。その後、母を懸命に介護してくれ、独り暮らしとなった高齢の父への遠距離介護が続いております。
 
 
  彩雲出版、五行歌誌『彩』のホームページへようこそ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌の同人誌、『彩』(さい)のホームページへようこそ。 『彩』は五行歌の創作を通じて同人の皆さんが内面世界を豊かに広げていける雑誌を目指しています。 よろしかったら、少し立ち止まってみてくださいね。   行歌誌『彩』代表、仲本有花
 
 
  越中五行歌 日本海は/越の国より/五行歌/来たちゃ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  こんなに 白くて 冷とうて 消えてしまうがね 雪   五行歌って何け?/各地の方言五行歌
 
 
五行歌ブログ
  恋愛五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  見た人の8割が感動!?恋愛五行歌/就職活動五行歌
 
 
  きょうの発見   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  はり治療、野鳥、五行歌などについて書いていきます。(文中の誤り等はコメント欄でお知らせください。)
 
 
  “恋スル”五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  恋愛ベタ=“恋愛スルー(thru)”と掛けて(? !) 日々の憂いを五行に凝縮…
 
 
  司乃ブタのブログ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ご訪問ありがとうございます♪天然でおっちょこちょいな司乃ブタです、牛歩でアート活動中。五行歌も楽しんでね。絵本「私の宝物 みんなが、持っている光」出版中です
 
 
  ブログ/五.五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  過剰な思いや余計な独り言を「0.5」プラスして、『五.五行歌』と名づけました、あしからず。   わたしたちの歌は すべての人たちとの 約束であり すべての人たちへの 問いである
 
 
  サクラ〜五行恋歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  それぞれの道を選び 別々の春をむかえる 電車の窓から 見慣れた景色 涙がこみあげる / 流れる川に 時を重ねた ふたりで座った ベンチにひらひら 花ビラ舞落ちる
 
 
  五行歌/浅野秀美    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  古代歌謡(万葉歌以前)の流れをくむ 自由な詩歌 五行歌のうたびと   歌を歌い 平和と 分かち合いを 先導する 使者 ・・・源氏香図「初音」
 
 
  ゆうかの五行歌のおと   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌・・・って知っていますか?制限は5行で表現するということだけ。俳句や短歌とも違う、新しい詩のジャンルです。まだまだ初心者の私ですが、その時々に感じたことを綴ってみたいと思います。
 
 
  『播磨の親子五行歌人』   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  仲良し親子五行歌集。 パパと小学二年生のさえかは『五行歌人』。 西播磨の田舎でがんばっています。親子それぞれに詩集も出版しています。応援よろしくお願いします
 
 
  なんちゃって 五行歌二つ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  最新記事/最新コメント/リンク集/最新トラックバック/Yapme!一覧
 
 
  心が晴れる「はれ、ことば」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  心がHappy・元気になる五行歌にメッセージを添えて 生きてゆくことは、幸せな言葉を一つひとつすくいあげてゆくようなもの。 くり返す毎日、心の晴れる言葉を探しながら暮らしてみませんか?
 
 
  恋愛五行歌「はなちるさと」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  歌人あおいあいが思うままに綴っています
 
 
  アッキーの五行歌 夢日記   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行に書く短い口語詩、五行歌(ごぎょうか)で、毎日の生活をつれづれに綴ります。うたは、生活の中から生まれるものか? それとも、フィクション?
 
 
  いきいき生きるための言葉   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  今まで生きた中で、感じた言葉をキーワードにし、五行歌をとともに、自伝をエッセイ風に書いてきます。
 
 
  日々の五行歌 byシマウマレ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  病室のベッド上から五行歌を詠んでいます 五行歌は五行で詠むということ以外は制約のない詩歌の形式です
 
 
  航の SKY NOTE -AonoKou-   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  進行性の筋疾患による重度障がいのため、現在は、食事を胃瘻からの経管栄養で、また24時間人工呼吸器を使用してベッド上での暮らしですが、家族や友人・医療と介護の関係者に支えられ「桜梅桃李」のごとく、あるがままの自分に今出来ることを大切にしながら在宅での日々を生きています。
 
 
  モチヅキな五行歌 by望月成人   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  空には 空の 花には 花の 彩がある / 暗闇の 中でこそ 見えてくる 無数の星と 一筋の道 / 静まり返った 満開の桜の洞門(トンネル) ゆらりともせず 樹々は息をつめている 神様のお通りか - まの字(一席)
 
 
  ブログ村 ポエムブログ 短詩・五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ポエムブログ > ポエムブログ 人気ランキング > 短詩・五行歌 人気ランキング   ランキング / 新着サイト / 新着記事 / トラコミュ / 新着トラバ / 掲示板 / 検索 / 地域 プロフ
 
 
  花那の五行歌ブログ Voyageur 〜ヴォワイジュール〜   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌とは五行歌の会の主宰者草壁焔太先生が創り上げた新しい形式の歌です。決まっているのは五行で書くことです。それぞれの想いを自由に表現できる新しい歌の形です。わたしも想うことを大切にして、歌を中心に書きとめていければと考えています。
 
 
全国五行歌会
  麹町倶楽部   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  麹町倶楽部とは原則として月に一回、麹町または千代田区の施設で「楽しい五行歌」を行う趣味のグループの総称である/麹町倶楽部の主催する歌会への参加資格は国籍を問わず五行歌を楽しむ者であれば誰でもが自由に参加できるものとする/ただし、麹町倶楽部会員の資格は定められた年会費を支払い且つ年間5回以上参加する者がその資格を得るものとする
 
 
  いわき五行歌   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  いわき歌会では、毎月、定期的に歌会を開いています。和気あいあいとした雰囲気ながら、ときには真剣な意見のやりとりも。 みなさんも、いわき歌会で、五行歌を書いてみませんか? 歌会への、見学参加は大歓迎です。 ひとりでも多くの方が、五行歌にふれていただけますように。 いわき歌会会員一同、心よりお待ちしています。
 
 
  飯能五行歌会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  出席者の「作品」を「氏名を伏せて全員で評価する」のは句会や歌会と同じスタイルです。 参加費は毎回1000円(その都度集めます) 見学の方は500円
 
 
  ひろしま五行歌会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  行歌とは? 五行歌の楽しさ、五行歌の歌会について、五行歌縦書き掲示板ひろしま五行歌会の様子などで構成されています。五行歌に興味のある方ならどなたでも歓迎です。五行歌の世界をごゆっくりお楽しみください。ハマリマスヨ!
 
 
  マロニエ五行歌会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  自由な呼吸で 心の想いを 五行で詠おう!
 
 
  五行歌 西条歌会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  2003年4月、西条プラザ 文化教室に五行歌講座を開設し、10月に五行歌 西条歌会を発足。おかげさまで5周年を迎えました
 
 
  みやぎ五行歌の会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  会員の螢さんとようさんの二人の若い歌人が発行している五行歌のフリーペーパーです。 仙台市メディアーテークその他で配布しています。ぜひ手にとってみてください。
 
 
  五行歌 ハマ風の会   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行歌雑誌「ハマ風」は、五行歌を愛する神奈川の仲間が中心となり、2005年4月に創刊された、グループ雑誌です。五行歌はもちろんのこと、やさしい古典入門コーナー、エッセイ、ジュニア五行歌、五行の言葉遊び、英語五行歌など多彩。 五行で自由に想いを歌い、あなたも風の仲間に加わりませんか?
 
 
  AQウタカイ (神奈川)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ウタ一首に魅せられるときがある。 たった五行のことばに。 それはひとりのひとに惹かれるくらいのちからがある。
 
 
  「南の風」 隆盛サロン   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「南の風」が目指すもの:会員全員が自分たちの雑誌としての参加意識を持ち、知恵や意見を出し合って、より良い雑誌を目指してゆく。真に自由で、一人一人の個人を大切にするという五行歌の理念を土台とする。/五行歌を中心として、会員相互の心の交流を図れるようにし、信頼感のあるあたたかく楽しい雑誌を作っていく。
 
 
  五行歌サイト フラクタル   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  2002年2月、「五行歌の会」所属の、九州北部在住(当時)の若手歌人九人が合同で小さな歌集を作りました。   空で 水が凍え フラクタルを つなぐ音を 静けさという
 
 
  五行歌リンク集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ○「五行歌の会」各歌会のサイト 〜全国各地で開催されている五行歌会のページ〜   ○「五行歌」個人サイト 〜五行歌投稿BBS・個人作品などのあるページ〜
 
 
  ついでに五行歌 【五行歌を詠む】   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  5行で綴る、 ただそれだけの 自由な詩。   五行歌とは五行で書く歌のこと。 それ以外名は何の制約もありません。 季語もなく長さもテーマも自由で、なんとなく歌の感じになっているそんな歌です。
 
 
五行詩
  五行詩って何?   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「五行詩」とは五行で書く詩歌のこと もとは「五行歌」と言い 口語短歌や、古くは古代歌謡の流れを汲むものです  五行の中で 言葉の持つリズムやメロディー そして余情を用い 自然や心、思いを表現することを理想とします。
 
 
  五行詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  人のご縁とは不思議なもので、どこでどの様に結びつき、広がっていくのか分からないものです。
 
 
  愛の五行詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ポエムをよく書きます 自然の中で 人の中で 大切な 君に伝えたい想いを 伝えます
 
 
  Moeの五行詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  繰り返される日々の「ひととき」を五行の詩という言葉で、掬い取ります。 *コメントをお書きいただければ嬉しいです♪
 
 
  朝寝坊の五行詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  憧れてふられて そんなのの繰り返し でもいいんじゃない? それでも恋って 楽しいんだから
 
 
  五行詩人の散策   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ありふれた日常の中でふと思うこと、嬉しかったこと、切ない気持ちを五行で書いております。
 
 
  五行詩「それ以前」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行詩、の、ようなもの。なにしろ5行なので、ささっと読めます。お昼休みに、三時のおやつに、酒の肴に、箸休めに、寝酒と共に。ご賞味ください。
 
 
  五行詩 会報 22号   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  マイブームの「五行詩」です。五行詩は五・七・五にこだわらず自由に作る歌です。 癒しの効果もあるような気がします。
 
 
  詩の小箱に愛をこめ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  雨 : 薄暗い部屋の片隅の 心の壁を伝う雨 しとしとと しとしとと 灰色の空から降りてくる
 
 
  「楽天ブログ」 五行詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  会いたい ただ無性に 会いたい 私の心を 慰めてくれるあの人に
 
 
  「五行詩」- 広島ブログ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  心に響く五行詩と 心地よい音楽のハーモニー♪ 最新曲から超ナツメロまで 何でもアリです♪(*^_^*)
 
 
  田中薫の五行詩の世界   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行詩とは、五行で思いを表す詩のことです。「五行歌」とも言います。 創始者・草壁焔太(くさかべ・えんた)が昭和32年、19歳の時に発案した形式で、その後のご活動で五行歌を創る人が増えて、全国に支部が作らせれて活動しています。 口語短歌や、古代歌謡の流れを汲みます。
 
 
  五行詩 ゆきちゃんの世界   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  すなおが一番 笑顔が二番 へたな考え休むににたり あなたを信じて おはようメ−ル
 
 
  五行詩 天気は明日も望あり   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  雪だ! 舞ってきた! 撮影日和だ! でも仕事中だ! 仕事なんて大嫌いだ!
 
 
  五行詩 人生、七転び八起き!   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  周波数 : 人の心は通信局  自分が望んでいる周波数に いつも調節して送受信していたい 好きなラジオを聴いたり 好きなテレビを見たりするように
 
 
  言海波列 日記、散文詩、夢日記など   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ただこの光を信じて 絶やさぬように どれだけのものを築けば 僕は僕を認めるだろう どれだけのものを失えば 僕は僕をさげすむだろう たぶんそのどちらもが果てのない境界線にあって だからこそ僕は僕を失わないでいられる
 
 
  五行詩 ― 田川未明ウェブ発表作品集 ―   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  夾竹桃/向日葵―五行詩―/蝉の抜け殻―五行詩―/濁点/散華
 
 
  五行詩「薫風」詩人・田中薫の「鄙びた日記」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行詩詩人・田中薫のいろは雑感を綴ります。「ひなびた・にっき」を綴ります。
 
 
  五行詩「伝えたいのはこの心」短歌「あなたに短歌」    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  五行詩 短歌「五行のしらべ」の歩みとして更新していきます。 いつもいつの日も「伝えたいのは 届けたいのは この心」をあなたへ
 
 
  五行でわかる日本文学 英日狂演滑稽五行詩 <書籍>   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  紫式部、宮沢賢治、川端康成、与謝野晶子、村上春樹等々、古典から現代文学の作品をリメリック(五行詩)で表現。英語の下には日本語の訳も付いているので、英語がスムーズにわかる。
 
 
詩人データ
  詩人 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  叙事詩作者としてホメロス、ダンテなど。 漢詩作者として李白、杜甫など。 象徴主義の詩人としてフランスではボードレール、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメ、ヴァレリー、他にアイルランドのイェイツ、ドイツのリルケなど。 戦後日本の詩人として荒地派の鮎川信夫、田村隆一や金子光晴、吉本隆明、谷川俊太郎など。
 
 
  詩人一覧 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人一覧(しじんいちらん)は、主な詩人の一覧である。
 
 
  Flinker.jp  詩人一覧   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  全」38件 / 著者名  ふりがな  分類  販売トップ作品  登録数  ブックマーク
 
 
  日本詩人愛唱歌集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ここでは、柿本人麻呂から俵万智までの71人の詩人、歌人、俳人、および『古事記』『日本書紀』『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』『梁塵秘抄』『小倉百人一首』を対象に、「誰がどの詩に作曲したか」(ある作曲家がどの詩に作曲したのかをまとめたもの)を公開しています。
 
 
  近代詩人・歌人自筆原稿集 <書籍>   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  本書は、明治・大正・昭和前半に至る、近代を代表する詩人・歌人七十四人の、詩稿、歌稿、原稿、書簡等を集成したものである。全集未載の萩原朔太郎書簡など120点を公開する。
 
 
  好きな詩人・歌人・俳人・川柳作家のアンケート投票    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  あなたが好きな詩人・歌人・俳人・川柳作家を教えて下さい(作詞家・ミュージシャンは含まないことになりました)。
 
 
  Category:詩人   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  このカテゴリには 36 の項目があります。
 
 
  Category:歌人   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  このカテゴリには 85 の項目があります。
 
 
  外国詩人   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  外国詩人
 
 

  >詩人とは? weblio辞書   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人とは? weblio辞書
 
 
  文学極道   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  芸術としての詩を発表する場、文学極道です。 ここは芸術家たらんとする者の修錬の場でありますので、厳しい罵倒・酷評を受ける場合があります。 投稿の際は、必ず各掲示板の投稿規程をお読みください。
 
 
  身すがらつらら   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  このWEB SITEはフリーのライター野谷真治の作品と現状を多くの方に知っていただくために作りました。現在は短詩、多行詩、エッセイ、Web、取材など、多岐にわたるメディアでお仕事をさせていただいていますが、これからは、出来れば小説も含め、もっと幅広いメディアで、より良い仕事を続けていこうと思っています。
 
 
  古典文学作品紹介   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩(Poem)  ジョン・キーツ(John Keats)/サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman)/中原 中也(Chuya Nakahara)
 
 
  歌人の花 詩人の海    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  北原白秋はバラの詩を詠んだ。神秘なる驚くべき花として。石川啄木も北の海辺に咲くハマナスを歌い、漂泊人生が始まった北海道・函館に思いを寄せた。一歳違いの二人は同じ時代を生き、美と郷愁と畏怖(いふ)に満ちた自然に向き合う。
 
 
  憂色の空 真夏の夢に   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  身辺雑記と更新内容 昔の詩 自己紹介とエッセイ 童話風短篇集 アクアラヴァーズ リンク
 
 
  清水鱗造 - 公式ページ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  灰皿町のPoemWiki内にある自己紹介です。私の家族のページです。 このサイトに発表してきた、1996年の初めの詩から2000年2月第4週までの「週刊詩」が本になりました。書名は『ボブ・ディランの干物』。この詩集に興味のある方は右の詩人産直販売から、どうぞ。とはいうものの作品はすべて、このサイトで読めます。本は多少推敲してありますが。
 
 
  山口県人詩人会 (山詩会)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  なぜ我々が「短詩」にこだわったかを述べさせていただきます。長い詩ならすでに従来あります巨大投稿サイトという受け皿があります。しかし、短詩、粒詩の専門投稿所というのは、まだあまり無いように思います。短詩、粒詩のよさというのは、その多くが日常語で語られ、レトリックや小難しい暗喩や比喩などに頼り切らない等身大の言葉で、でも人生における誰にも訪れるような「真実の一瞬」のようなものを切り取ることができる、というところにあると思います。
 
 
  日本現代詩歌文学館   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  わが国唯一の現代詩歌専門の総合文学館  ・なぜ「詩歌」文学館なの? 詩歌の本や雑誌は全国で膨大な種類のものが発行されていますが、それぞれの部数はほとんどがごくわずかなものです。ですから時間がたってしまうとほとんど手に入れることができなくなってしまいます。 そのような状況のなかでもっと優れた詩歌に触れたい、もっと研究を深めたいという人たちがたくさんいて、その声が結集して「詩歌」文学館ということになったのです。
 
 
  伊東屋で城米彦造遺作展   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  銀座・伊東屋(中央区銀座2-7-15、03-3561-8311)は2008年5月8日から5月14日まで本館9階ギャラリーで「街頭詩人・画家-城米彦造『昭和を謳(うた)う』」を開催する。
 
 
  想い出の詩藻   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  私が中学から高校・大学時代にかけて愛読した詩の数々を、そのときの想い出ととも紹介したい。 紹介する詩は、今から50年以前に発表されたものにほぼ限られる。・・・
 
 
  日本詩人愛唱歌集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩と音楽を愛する人のためのデータベース このHPは、日本の代表的な詩人の作品中、どの詩がどんな人に作曲されたのか、また、どの詩が多くの人に作曲されたのかを調べてみようというものです。
 
 
島崎藤村.872
  島崎藤村 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  島崎 藤村(しまざき とうそん、1872年3月25日(明治5年2月17日) - 1943年8月22日)は、日本の詩人、小説家。本名、春樹(はるき)。信州木曾の馬籠 [1] (現在の岐阜県中津川市)生れ。 『文學界』に参加し、浪漫派詩人として『若菜集』などを刊行。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。
 
 
  藤村記念館   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  藤村記念館は明治・ 大正・昭和の三代にわたって活躍した文学者島崎藤村の出身地、信州木曽谷の南端にある文学館です。 生家は明治28年の大火で焼失しましたが、昭和22年、「この地に何か文豪を記念するものを造ろう」と考えた地元住民の勤労奉仕により、建築家谷口吉郎博士設計による藤村記念堂が建てられました。
 
 
  島崎藤村集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  PDF 若菜集(島崎藤村)(07.08.13)〜PDF 破壊(島崎藤村)(07.07.10)
 
 
  島崎藤村 朗読   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  『若菜集』、『一葉舟』、『夏草』、『落梅集』   潮音/おきく/吾胸の底のここには/縫ひかへ
 
 
  島崎藤村 「初恋」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  初恋  まだあげ初(そ)めし前髪(まえがみ)の 林檎(りんご)のもとに見え市しとき 前にさしたる花櫛(はなぐし)の 花ある君と思ひけり …
 
 
  若菜集 島崎藤村   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  こゝろなきうたのしらべは ひとふさのぶだうのごとし なさけあるてにもつまれて あたゝかきさけとなるらむ …
 
 
  島崎藤村と明治学院   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  学院生活(His life at Meiji-Gakuin):島崎藤村は、英語を勉強するには明治学院がよかろう、との助言を聞いて入学した。「その頃の明治学院は、随分ハイカラなものであった。物理学、化学はいわずもがな、論理、心理、経済学なんて学科すら、外国人から英語で教わったのであるから大したものである。歴史は上級でグリインの英国史を用うという次第だから、実にすさまじいものであった。(島崎藤村の同級生・戸川秋骨の文章より)
 
 
  YouTube - 島崎藤村 初恋   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけりやさしく白き手をのべて林檎をわれにあたえしは薄紅の秋の実に人こひ初めしはじめなり・・・
 
 
  島崎藤村 -こえたばブック-   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  作品名:婦人の笑顔/二人の兄弟/千曲川のスケッチ  詩人、小説家。本名春樹。筑摩県第八大区五小区馬籠村(後に長野県木曽郡山口村字馬籠を経て、編入により、現在は岐阜県中津川市馬籠)生まれ。1897 (明治30)年に春陽堂から刊行された第一詩集『若菜集』は、日本近代詩の原点として後世の詩人に多大な影響を与えた。
 
 
  角川文庫「島崎藤村詩集」より   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  角川文庫「島崎藤村詩集」より  1999年1月25日発行 初版  『若菜集』より/『落梅集』より  島崎藤村の『若菜集』が明治時代の青年男女の心を捕らえ理由の一つは、大胆に、みずみずしく、恋の心を歌い上げた所にあったと言われています。
 
 
  島崎藤村 【しまざき・とうそん】   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人、小説家。本名、島崎春樹。明治5年3月25日(旧暦2月17日)〜昭和18年8月22日。長野県馬籠村に生まれる。明治24年、明治学院を卒業。詩集「若菜集」(明治30)などにより詩人としての名声を得たが、やがて小説家に転じ、長編小説「破戒」(明治39)を発表。自我の懊悩と、被差別部落という社会問題とを重層的に描き、ヨーロッパ文学と同質の近代リアリズム小説として高い評価を得た。
 
 
  島崎藤村の東京を歩く 東京紅園   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  まず最初は馬籠から東京銀座の長女の嫁ぎ先に上京してから、東北学院に作文教師として赴任するまでを「春」、「桜の実の熟する日」を参考にしながら歩きます。
 
 
  島崎藤村(しまざきとうそん) - Yahoo!百科事典    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人、作家。本名春樹(はるき)。別号古藤庵無声(ことうあんむせい)。明治5年2月17日(旧暦)筑摩(ちくま)県(現長野県)の旧中山道(なかせんどう)馬籠(まごめ)宿(現在は岐阜県中津川市に所在)で本陣、庄屋(しょうや)、問屋(といや)を兼ねた島崎正樹の四男として生まれる。
 
 
  島崎 藤村 日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  しまざき とうそん 詩人・小説家 1872.3.25 - 1943.8.22 長野県に生まれる。 日本ペンクラブ初代会長 帝国藝術院会員 「夜明け前」により朝日文化賞。 北村透谷らとの「文学界」を基点に近代詩歌の幕を若やかに押し上げた詩人から、一転『破戒』『家』『新生』『夜明け前』等に及ぶ蔚然たる小説家への高まりは、まこと近代文学に冠たる文豪の一人。
 
 
  島崎藤村 しまざき とうそん 近代日本人の肖像   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  長野生まれ。詩人、小説家。父は木曽馬籠宿本陣・庄屋。明治学院卒。在学中に洗礼を受け文学への関心を強め、明治26年(1893)北村透谷らと雑誌『文学界』を創刊。…
 
 
  島崎藤村忌 大磯町   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  地福寺には、「破戒」「夜明け前」など多くの名作を残した文豪島崎藤村の墓があります。
 
 
  島崎藤村旧宅 大磯町   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  島崎藤村旧宅 中郡大磯町東小磯88
 
 
  地福寺(島崎藤村の墓)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  837年(承和4年)の創建。梅の古木に囲まれた藤村の墓と妻静子さんの墓も傍らにある。
 
 
  滝旅館 信州 木曾御嶽   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  島崎藤村は親子2代にわたり、当館を愛しご利用くださいました。 ・・・・文豪 島崎藤村『夜明け前』に描かれた王滝村宮下家・・・・・
 
 
  中棚荘 島崎藤村の宿 信州・小諸   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  1899年(明治32年)小諸義塾の教師として長野県小諸市に赴任し、以後6年過ごす(小諸時代)。 泰冬と結婚し、翌年には長女・みどりが生まれた。 この頃から現実問題に対する関心が高まったため散文へと創作法を転回する。 小諸を中心とした千曲川一帯を見事に描写した写生文「千曲川のスケッチ」を書き、「情人と別るるがごとく」詩との決別を図った。
 
 
  高楼 ますや旅館 − 信州、田沢温泉   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  −ようこそ、島崎藤村ゆかりの宿へ− 島崎藤村は、小諸塾で教鞭をとって2年目の明治32年8月に、当旅館に宿泊しています。藤村が訪れた往時のその静けさをそのままに、高楼からの眺望は今も変わることなく、四季折々の彩りをみせてくれます。
 
 
  島崎藤村先生について 割烹旅館 佐久間   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  島崎藤村先生には、原稿執筆のため、計六回ほど当館へお泊まりいただきました。先生の二度目の妻として、文豪の後半生を支えた静子夫人のご実家が、当時川越にあったこともあり、何かとお付き合いをさせていただきました。今ここに、先生との思い出を集めてみました。
 
 
  旧島崎藤村邸の旅行・観光:おでかけガイド   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  当時貸家には珍しく書斎があり、この一帯を地元では「町屋園」と称していた。 建築年代1 : 大正後期から昭和初期
 
 
  春 <書籍> 島崎藤村/著   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  教え子との禁断の愛。敬愛するあの人の自死。藤村20代の苦悩を描いた青春小説の古典的傑作。
 
 
  破戒 <書籍> 島崎藤村/著   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治後期、部落出身の教員瀬川丑松は父親から身分を隠せと堅く戒められていたにもかかわらず、同じ宿命を持つ解放運動家、猪子蓮太郎の壮烈な死に心を動かされ、ついに父の戒めを破ってしまう。・・・
 
 
  藤村詩抄 <書籍> 著者/島崎藤村    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の近代詩の出発点となった島崎藤村の詩は、近代日本の自覚期ともいうべき歴史的青春と、詩人および人間としての人生の青春と、詩の文芸ジャンルとしての若さとが相まって生み出された比類のない青春文学である。『若菜集』『一葉舟』『夏草』『落梅集』などより自選。各詩集初版本目次と校異を付す。
 
 
蒲原有明.875
  蒲原有明 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原 有明(かんばら ありあけ、1875年3月15日 - 1952年2月3日)は、日本の詩人。本名、隼雄(はやお)。東京生れ。 D・G・ロセッティに傾倒し、象徴派詩人として『独絃哀歌』『春鳥集』『有明集』などを発表。薄田泣菫と併称され、北原白秋、三木露風らに影響を与えた。
 
 
  蒲原有明   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人の蒲原有明は明治9年(1876)東京に生まれました。本名は蒲原隼雄です。中学時代バイロン、ハイネを好み、詩をつくり始めます。明治27年国民英学会卒業後、林田春潮、山岸荷葉らと同人雑誌「落穂双紙」を創刊し、処女作「秋の山ざと」を発表します。
 
 
  夏の歌 蒲原有明   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄ぐもる夏の日なかは 愛欲の念にうるみ 底もゆるをみなの眼ざし、むかひゐてこころぞ悩む。
 
 
  有明集 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  『有明集』(ありあけしゅう)は、蒲原有明の第4詩集。1908年(明治41年)1月刊。 近代詩の一つの到達点を示し、現在でこそ象徴詩の傑作とされているが、自然主義が詩壇の主流となり始めていた当時はさほど高く評価されなかった。蒲原は詩作を断念する事になる。
 
 
  Blog鬼火〜日々の迷走   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  カテゴリー「蒲原有明」の2件の記事  牡蠣の殻 蒲原有明 《2バージョン》
 
 
  蒲原有明 Ariake Kanbara   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原隼雄(1876-1952・明治9年-昭和27年)  昭和27年2月3日歿 77歳 (龍徳院宏文有明居士) 麻布・賢宗寺
 
 
  楽譜 - 蒲原有明 d-score   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  かんばら・ありあけ。詩人。東京の出身。『草わかば』『独絃哀歌』などの作品集がある。 戦前に親しまれた歌には「牡蠣の殻」があり、東海林太郎が吹き込んでいる。
 
 
  ★幽玄の詩人---蒲原有明   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  日のおちぼ----(春鳥集)より  日の落ち穂、月のしたたり、残りたる、誰か味い  こぼれたる、誰かひろひし、かくて世は過ぎてもゆくか。
 
 
  蒲原有明に帰れ 関連リンク   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  僕、先月末出京しました。東京は我があこがれの都。雪のふる夜も青猫の屋根を這ふ大都会。いまは工場と工場との露地の間、職工の群がつてゐる煤煙の街に住んでゐます。黒い煤煙と煉瓦の家の並んでゐる或る貧乏なまづしい長屋に、僕等親子四人が悲しい生活をしてゐます。…
 
 
  蒲原有明  かんばらありあけ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治8年3月15日、東京府麹町区隼町(現在の最高裁判所付近)に、蒲原忠蔵の長男として生まれる。本名、隼雄(町名の隼町にちなんで父の友人が命名したという)。生来虚弱だったために、無事に育つとは期待されず、出生届は一年遅れで出された(戸籍上の出生日は翌年の同月同日)。
 
 
  蒲原有明の詩史的意味(PDF)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原有明 (1876-1952) について中村真一郎は1953年刊行の『文学の魅力』の中で次のように書いている…
 
 
  蒲原有明 【かんばら ありあけ】   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治8年3月15日〜昭和27年2月3日。日本における象徴派の第一人者として、病的な神経と官能の交錯した、幽玄な象徴詩を作った。  代表詩集/代表作品/リンク
 
 
  蒲原有明《思文閣  美術人名辞典   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人。本名隼雄。東京生。有明は号。『読売新聞』の懸賞小説に「大慈悲」が一等当選するが小説は二作のみで、以後詩作に専念。第二詩集『独絃哀歌』で新しい詩人として注目され、第四詩集『有明集』は象徴詩人としての優れた才能を示す。芸術院会員。昭和27年(1952)歿、75才。
 
 
  蔵書 蒲原有明 「夢は呼び交す」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  日本の象徴詩のさきがけとして有名な蒲原有明ですが、小説も書いています。この人のすごさは初めて書いた小説がいきなり読売懸賞小説の一等になって、華々しく文壇デビューを果たしたのに二作目を書いた後に、本来自分がやりたいのは詩だからということで小説はほとんど書かなくなります。
 
 
  蒲原有明  智慧の相者は我を見て   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  かんばら ありあけ 詩人 1876.3.15 - 1952.2.3 東京麹町に生まれる。 日本藝術院会員。、日本近代詩創始期の大きな存在。象徴詩の代表作「智慧の相者は我を見て」は第四詩集『有明集』(明治四十一年一月 1908 )の巻頭を飾った。回想「『有明集』の前後」は昭和四年(1929)に書かれている。
 
 
  「茉莉花(まつりか)」  詩: 蒲原有明   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  咽び嘆かふわが胸の曇り物憂き  紗(しゃ)の帳(とばり)しなめきかかげ、かがやかに、或日は映る君が面、媚の野にさく 阿芙蓉の萎(ぬ)え嬌(なま)めけるその匂ひ。
 
 
  蒲原有明に帰れ  著者名:萩原 朔太郎   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  僕、先月末出京しました。東京は我があこがれの都。雪のふる夜も青猫の屋根を這ふ大都会。いまは工場と工場との露地の間、職工の群がつてゐる煤煙の街に住んでゐます。…
 
 
  蒲原有明 作家別作品リスト:No.1055   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  公開中の作品:「あひびき」に就て (旧字旧仮名、作品ID:45680)〜/作業中の作品/関連サイト
 
 
  蒲原有明に帰れ 図書カード:No.44428   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  作品データ:萩原 朔太郎/作家データ/底本データ/工作員データ/ファイルのダウンロード/関連サイトデータ
 
 
  蒲原有明 かんばらありあけ(1876-1952)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  東京麹町隼町生まれ。本名隼雄(はやお。出生地にちなむ)。尚、有明自身は記述の中で生年を1975年としている。生まれ
 
 
  龍土会の記 - 蒲原有明 ( かんばら ありあけ )    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  龍土會の記  龍土會といつても誰も知る人のないぐらゐに、いつしか影も形もひそめてしまつてゐる。そのやうに會はたとへ消滅したものであるにしても、會員であつた人々は殘つてゐなくてはならないが、さて自分が會員であつたと名のりを揚げる特志者はまづ無いといつてよいだらう。然しどうやら會合のやうなものが存在して、そこへ最初から出席した二三のものには、今日でもなほ幾許かの追懷の情が殘つてゐるはずである。
 
 
  蒲原有明をもっと知る あのひと検索スパイシー   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原 有明(かんばら ありあけ、1875年3月15日 - 1952年2月3日)は、日本の詩人。本名、隼雄(はやお)。東京生れ。
 
 
  蒲原有明 【かんばらありあけ】 デジタル版 日本人名大辞典   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治9年3月15日生まれ。硯友(けんゆう)社系の小説家として出発。のち詩作に専念し、「草わかば」「独絃哀歌」で注目される。明治38年の「春鳥集」、41年の「有明集」で象徴詩人としての才能を開花させ、その詩は北原白秋や木下杢太郎(もくたろう)らに影響をあたえた。芸術院会員。昭和27年2月3日死去。75歳。東京出身。国民英学会卒。本名は隼雄(はやお)。
 
 
  人あり 有田皿山を文学に昇華させた−象徴派詩人 蒲原有明    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  有田陶磁美術館の建物は明治の石倉を生かした様式ですが、玄関左手の石壁に日本象徴詩の草分け蒲原有明(かんばらありあけ)の詩「有田皿山にて」(原詩「呉須のにはひ」)の一節が、呉須で書いた*陶板にしてはめこんであります。
 
 
  蒲原有明(かんばら ありあけ)  1876-1952  わがまち人物館 麹町界隈   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  日本における象徴派の詩人・蒲原有明は、1876年(明治9)麹町隼町8番地(現:隼町4)に生まれた。生誕の地名から隼雄と名づけられた。麹町小学校を卒業。雅号の有明は、父の郷里の佐賀の有明海に因む。島崎藤村らと親交を深めロセッティらの詩人画家を知り、「海潮音」を訳した上田敏などの影響で象徴詩を創作。従来の詩壇に見られなかった清新さを示した。
 
 
  著者 蒲原有明:5点   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  1. 蒲原有明/薄田泣菫  2. 有明詩抄  3. 近代作家研究叢書 66  4. 夢は呼び交す  5. 蒲原有明詩集
 
 
  有明詩抄 <文庫> 蒲原有明   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  藤村・晩翠によるわが国新体詩勃興期の後をうけ,その爛熟期の明治詩壇にあって明星のごとく清新に輝くのが蒲原有明(1875‐1952)である.優婉きわまりない象徴詩において探りえた詩境は余人の追従を許さず,その価値は不滅である.本書には「草わかば」「独絃哀歌」「春鳥集」「有明集以後」の作品から代表的な詩篇を収めた.
 
 
  蒲原有明/薄田泣菫 /蒲原有明/著 薄田泣菫/著 [本]    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原有明(カンバラ アリアケ):明治9年、東京に生れる。小学生の頃すでに文学書に関心し、第一高等学校に不合格となって入会した国民英学会で英文学に親しむなかで詩を作り始め… / 薄田泣菫(ススキダ キュウキン):明治10年、岡山県に生れる。中学校を中退し、殆ど独学で和漢書、欧米の文学書を渉猟しては詩作をこととするようになるうち…
 
 
薄田泣菫.877
  薄田泣菫 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田 泣菫(すすきだ きゅうきん、1877年5月19日 - 1945年10月9日)は、日本の詩人。本名、淳介(じゅんすけ)。 『暮笛集』『白羊宮』などで島崎藤村、土井晩翠の後を継ぐ浪漫派詩人として登場。また、象徴派詩人として蒲原有明と併称された。大正以後は詩作を離れ、『茶話』『艸木虫魚』などの随筆を書いた。
 
 
  薄田泣菫の旅   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫は明治10(1877)年、岡山県倉敷市連島町に生まれた。岡山一中を中退したが、上京して上野図書館で独学し、大坂毎日新聞社に入社。ここでかの芥川、菊池らを社員として獲得したことは余りにも有名である。 29歳の折に出版した第3詩集『二十五弦』で詩壇に名を馳せたのだが、その巻頭の「公孫樹下にたちて」の公孫樹とはどこのものかと議論になったことがある。現在、津山市の井口の天台宗長法寺にその詩碑が建っている。
 
 
  春菜 薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  郷里にゐる弟のところから、粗末な竹籠の小荷物が、押潰されたやうになつたまま送りとどけられて来た。 その途端、鼻を刺すやうな激しい臭みが、籠の目を洩れて、そこらにぷんぷんと散ばつて往つた。それを嗅ぎつけると、私はほくそ笑みながら、すぐに自分の手で荷物の縄目を解きにかかつた。
 
 
  薄田泣菫 黒猫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「奥さん、謝れなら謝りまんが、そんならお宅の飼い猫だすかいな、これ」荷車曳きの爺(じい)さんは、薄ぎたない手拭いで、額の汗を拭きながら、こう言って、前に立った婦人の顔を敵意のある眼で見返しました。二人の間には、荷車の轍(注1)に轢(ひ)き倒された真っ黒な小猫が、雑巾のように平べったくなって横たわっていました。
 
 
  薄田泣菫 生涯   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  1877年5月19日、薄田篤太郎の長男として、岡山県連島村(現在の倉敷市連島町)に生れる。父は湖月庵清風の号で俳句をよくした。学資のために岡山中学を二年で中退後、上京。漢学塾の助教をしながら、上野の図書館で独学する。 1897年、早稲田系の「新著月刊」に『花密蔵難見』13編を投稿したところ、後藤宙外、島村抱月に認められて掲載されるが、東大系の雑誌が批判して論争になる。一躍注目されるが、病で帰郷。以後、生涯のほとんどを関西ですごし、東京の文壇に距離をおく。
 
 
  薄田泣菫の生家   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治10年(1877年)5月19日生れる。明治32年22歳に最初の詩集「暮笛集」を出版する。 その後、「ゆく春」、「志ら玉姫」、公孫樹下に立ちてを収めた「二十五絃」を刊行し、 島崎藤村後の第一人者として、明治詩壇の頂点を極めた。明治39年の詩集「白羊宮」は、円熟期を迎えた泣菫の集成。 昭和20年、少年時代をすごしたこの家に帰り、68歳の生涯を閉じた。
 
 
  茶話 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  茶話(ちゃばなし)は、日本の詩人 、薄田泣菫が、1915年(大正4年)から1930年(昭和5年)にかけて、「大阪毎日新聞」などの新聞や雑誌に連載した総数811篇からなる 随筆の名称である。
 
 
  作家別リスト 薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ここに収録したパーム本は、自由に使って下さい。転載、再配布についても、青空文庫の著作権の切れた作品の取り扱い規準に準じる限り、基本的に自由です。 (*はリンクによる収録作品です。これらの著作権は切れていませんので、著作権の切れていない作品の取り扱い規準に従って下さい。)
 
 
  薄田泣菫文学碑 大阪市   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(本名 薄田淳介)は、明治10年(1877年)岡山県浅口郡大江連島村(現倉敷市連島町)に生まれ、昭和20年(1945年)10月9日死去した。 故郷の小高い赤土の松山と遠浅の瀬戸内の海辺での遊びが、彼の自然感と動植物への親近感を育んだ。…
 
 
  薄田泣菫 Kyukin Susukida   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田淳介(1877-1945・明治10年-昭和20年) 昭和20年10月9日歿 68歳 (至誠泣菫居士)  岡山県倉敷市連島茂浦・薄田家墓所
 
 
  明治詩壇の巨匠 薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治10年(1877年)5月19日父篤太郎、母里津の長男として生まれた。 薄田家は、代々文学を好む人が多く、泣菫も読書好きの大変優秀な少年で、連島高等小学校の当時から雑誌に詩文を投稿していた。 明治27年、17歳で上京。漢学塾などに学びながら、上野図書館で和漢洋の書物を読破し、独学で学んだ。この時の素養が、後の泣菫の文学を決定することになる。
 
 
  倉敷バイブル 歴史 薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(すすだきゅうきん)。明治から昭和にかけての詩人、随筆家。明治10年(1877)、浅口郡連島村(現倉敷市)生まれ。父は村役場の書記で、俳諧を嗜んでいた。泣菫も読書好きの優秀な少年で、連島高等小学校の当時から雑誌に詩文を投稿していた。岡山県尋常中学校(後に岡山第一中学校、現在の県立岡山朝日高校)を中退し、明治27年(1894)17歳で上京。
 
 
  薄田淳介(薄田泣菫) 白羊宮   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  わがゆく海:わがゆくかたは、月明りさし入るなべに、さはら木は腕だるげに伏し沈み、赤目柏はしのび音に葉ぞ泣きそぼち、石楠花は息づく深山、――『寂静』と、『沈黙』のあぐむ森ならじ。
 
 
  薄田泣菫 (おかやま人物往来)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治から昭和にかけての詩人、随筆家。 浅口郡連島村(現倉敷市)生まれ。 詩集「二十五絃」「白羊宮」で、上田敏らの絶賛をうけ、島崎藤村につづく時代の先駆的詩人として認められた。 また、大阪毎日新聞社に入社後、紙面に随筆を書く一方で、学芸部長として、菊池寛、芥川龍之介を起用し、新聞連載小説に新鮮な局面をひらいた。 記念碑が出生地の連島と津山市長法寺(代表詩「公孫樹下に立ちて」はこの寺の大イチョウを歌ったもの)にある。
 
 
  近代文学にみる大和 薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「久米の仙人」は薄田泣菫が明治44年に「三田文学」に発表した作品である。/「飛鳥寺」は薄田泣菫が明治33年「三田文学」に発表した短文である。/「西大寺の伎藝天女」は薄田泣菫が明治41年「新小説」に発表した作品である。/「旋風」は薄田泣菫が明治41年「新小説」に発表した作品である。/「喜光寺」は薄田泣菫が明治41年「新小説」に発表した作品である。
 
 
  薄田泣菫(その1) 思いつくままに   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  私の家の近くに詩人・随筆家として有名な薄田泣菫(明治10年〜昭和20年)の生家があります。旧浅口郡大江村 現在の倉敷市連島町連島にあります。長い間、近所の方が大切に管理されていました。今から5年ほど前に倉敷市が取得して文化財として保存することになり、今ではきれいに改修されて一般公開されています。
 
 
  薄田泣菫 【すすきだ きゅうきん】   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  明治10年5月19日〜昭和20年10月9日。古語や雅語を駆使して、古代王朝文化への憧憬をうたい、古典的に均整のとれた、格調高い詩を作った。  代表詩集/代表作品/リンク
 
 
  恋のわな  薄田泣菫 然(さ)りやな    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  あけぼの破(わ)るゝ光にながれ 君にまとひて、面照(おもでり)はなにほてるまで、さりやな、恋のたはむれ、さりなや。
 
 
  薄田泣菫  作家別作品リスト:No.150   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  公開中の作品:飛鳥寺 (旧字旧仮名、作品ID:16035):価 (新字旧仮名、作品ID:4894):雨の日に香を燻く (新字旧仮名、作品ID:804)〜/作業中の作品/関連サイト
 
 
  薄田泣菫(すすきだ きゅうきん)のこと    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  当院は、京都市上京区烏丸一条通に位置し、「京都御所」のすぐ西に隣接しています。… 詩人「薄田泣菫」、明治10年(1877)岡山に生を受ける。祖父は医師、父は半農半俳。明治33年春、大阪で雑誌「小天地」を編集、36年以降は主に京都に在住。32年「暮笛集」、34年「ゆく春」、38年「二十五弦」「白玉姫」等の詩集を出し、39年の「白羊宮」にいたり、独自の古典的浪漫詩体を大成しました。
 
 
  薄田泣菫 すすきだ・きゅうきん 詩碑   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  岡山県出身。 本名は淳介。 中学を中退後独学し、上京後も苦学する。 キーツなどの英詩を愛読。 ソネットなど詩形の試みを収める『暮笛ぼてき集』(1899年刊)で世に認められた。 浪漫的文語定型詩の珠玉の詩篇を収める『白羊宮はくようきゅう』により、蒲原有明かんばら・ありあけと詩壇の双璧をなした。
 
 
  詩人のシノギ (薄田泣菫の巻) そろもん   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)は、蒲原有明とともに文語象徴詩の大成者とされている。象徴主義については「上田敏の巻」で学習したが、少年の頃の私は象徴主義とは漢字のフリガナを格好良く付けることだと信じていた(笑)。明治大正の詩は大概そうなのだが、象徴詩はとりわけルビが多い印象があって、読みづらく難解だと感じていたものだ。もちろん泣菫の詩には、異国の詩法と母国語との葛藤の末に見いだされた独自の境地がある。
 
 
  偉人たちを笑いの対象に変えた薄田泣菫   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(1877-1945)は『白羊宮』という詩集で有名だが、これは文語で書いてあるため、読んでもちょっとやそっとでは理解できない。しかし、その後口語詩の分野に進まずに新聞に散文でコラムを書いて飯のタネを稼ぐようになった。それが『茶話』という題でまとめられて今も残っている。このほうは非常にわかりやすく、読んで楽しいものである。
 
 
  薄田泣菫 すすきだきゅうきん(1877-1945)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  岡山県浅口郡大江連島村(現倉敷市連島町)生まれ。本名淳介。号の泣菫は菫の花の可憐な姿と紫の色とを愛好した事にちな
 
 
  薄田泣菫の詩「ああ大和にしあらましかば」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ああ、大和にしあらましかば、いま神無月(かみなづき)、うは葉散り透く神無備(かみなび)の森の小路を、あかつき露(づゆ)に髪ぬれて、往きこそかよへ、斑鳩(いかるが)へ。平群(へぐり)のおほ野、高草の黄金(こがね)の海とゆらゆる日、塵居(ちりゐ)の窓のうは白(じら)み、日ざしの淡(あは)に、いにし代の珍(うづ)の御經(みきやう)の黄金文字.…
 
 
  薄田泣菫 (ススキダ・キュウキン) 作家検索   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(すすきだ きゅうきん、1877年5月19日-1945年10月9日)は、日本の詩人。本名、淳介(じゅんすけ)。岡山県生れ。 暮笛集』『白羊宮』などで島崎藤村、土井晩翠の後を継ぐ浪漫派詩人として登場。また、象徴派詩人として蒲原有明と併称された。大正以後は詩作を離れ、『茶話』『艸木虫魚』などの随筆を書いた。
 
 
  薄田泣菫 (すすきだ きゅうきん) の 作品一覧   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  飛鳥寺 (あすかでら) :飛鳥寺薄田泣菫  私が飛鳥の里に來たのは、秋も半ばを過ぎて、そこらの雜木林は金のやうに黄いろく光つてゐた。つい門先の地面を仕切つた、猫の額ほどの畑には、蕎麥の花が白くこぼれてゐた。纖細な、薄紅い鷽(うそ)の脛のやうな莖が裾をからげたままで、寒さうに立つてゐる。…
 
 
  薄田泣菫 (すすきだきゅうきん)  詩人・随筆家   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  随筆集『大地讃頌』は名著の誉高い『草木蟲魚』の続篇ともいうべきもので、繰返しはん読に値する書物として知られる。収録作に相呼応するような詩「春夜」の冒頭を引いておこう。「春の光の薄くして/若き快楽(けらく)の短かきに/花咲く影に酔ひしれて/酒甕(もたひ)叩きて歌ふかな」  ▽「桜の花」は、『大地讃頌』(1929年6月 創元社)所収。
 
 
  薄田泣菫(すすきだきゅうきん) - Yahoo!百科事典    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  詩人、随筆家。明治10年5月19日、岡山県倉敷に生まれる。本名淳介(じゅんすけ)。岡山尋常中学(岡山一中)中退後上京し、働きながら上野図書館に通い独学。キーツの詩集を愛読した。1897年(明治30)『新著月刊』に投稿した詩が後藤宙外(ちゅうがい)らに認められ、詩壇に登場。99年第一詩集『暮笛(ぼてき)集』刊行、わが国最初のソネット(14行詩)形式の詩を試み、若い世代に大いに迎えられた。
 
 
  薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)の「白羊宮」(詩集)より   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(1877−1945:本名・淳介)は、日本における象徴詩を担った詩人として有名です。 そこで、今回は彼の第5詩集「白羊宮」から、詩一編をピックアップして鑑賞してみようと思います。「白羊宮」とは、占星術ではほぼ「牡羊座」のことです。昔のひと(詩人)は、占星術も勉強していたのですね。
 
 
  郷土ゆかりの人たち −薄田泣菫(すすきだ きゅうきん)−   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  薄田泣菫(すすきだ きゅうきん) 1877年5月19日〜1945年10月9日  詩人、随筆家。浅口郡連島村(現倉敷市)に生まれる。本名淳介。 1897年、雑誌「新著月刊」に「花密蔵難見(はなみつにしてかくれてみがたし)」(13篇)を発表し、鮮烈な文壇デビューを果たす。1899年に処女詩集『暮笛集(ぼてきしゅう)』を出版。2年後に出版した『ゆく春』は発売即日に完売するという好評ぶりであった。
 
 
  すすきだきゅうきん【薄田泣菫】 学習百科事典 キッズネット   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  (1877&#12316;1945)明治(めいじ)時代の詩人。岡山(おかやま)県に生まれる。本名淳介(じゅんすけ)。古語や雅語(がご)を詩の中に使いこなして,浪漫的(ろうまんてき)な古典(こてん)詩人として明治(めいじ)30年代後半に活躍(かつやく),蒲原有明(かんばらありあけ)とともに泣菫(きゅうきん)・有明(ありあけ)時代をつくった。詩集に『暮笛集(ぼてきしゅう)』『二十五弦(げん)』『白羊宮(はくようきゅう)』など。
 
 
  薄田泣菫の歌曲集出版へ  孫の満谷さん(兵庫・宝塚)ら編集   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  倉敷市連島地区出身で、明治後期の詩壇を担った薄田泣菫(すすきだきゅうきん)(1877―1945年)の詩による歌曲集出版に向け、孫の満谷昭夫さん(78)=兵庫県宝塚市=らが編集作業を進めている。
 
 
  鏡花、浪漫派詩人と交流 薄田泣菫あての手紙見つかる  石川ニュース   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  金沢市の泉鏡花記念館は二十七日までに、金沢出身の作家泉鏡花(一八七三―一九三九)が明治詩壇の一翼を担った浪漫(ろまん)派詩人薄田泣菫(すすきだきゅうきん)にあてた文集未収録の手紙二通を東京の古書店を通じて入手した。
 
 
  薄田泣菫 すすきだきゅうきん 明治10〜昭和20(1877〜1945)  兵庫県かりの作家   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  兵庫県西宮市に居住。兵庫県が舞台の作品に「離愁」がある。 明治10年(1877)、浅口郡連島村(現倉敷市)生まれ。学資のために岡山中学を2年で中退後、上京。漢学塾の助教をしながら、上野の図書館で独学する。早稲田系の「新著月刊」に「花密蔵難見」13編を投稿したところ、後藤宙外、島村抱月に認められて掲載されるが、東大系の雑誌が批判して論争になる。
 
 
  薄田泣菫 <書籍類>   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  完本 茶話 (中) 冨山房百科文庫 (38)/完本 茶話 (下) 冨山房百科文庫 (39)/茶話 (岩波文庫)/完本 茶話 (上) 冨山房百科文庫 (37)/艸木虫魚 (岩波文庫) 薄田 泣菫/泣菫随筆 (冨山房百科文庫)/〜
 
 
  艸木虫魚 <書籍> 著者 薄田泣菫    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  冴えた眼力で自然と人事を観察し、端正な文章で情感こまやかにつづる清澄な心境随筆。とりわけ、幼少時から親しんだ身近な小動物や草木に注ぐ著者の目はあたたかく、深い共感をこめて彼らに語りかける。枯淡と洒脱の円熟味ゆたかなエッセイの数々は、どこかなつかしく、またさわやかな読後感を呼ぶ。
 
 
  薄田泣菫 ―詩の創造と思索の跡 <書籍> 松浦澄惠 著   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  第一章 独学時代と泣菫の雅号/第二章 『新著月刊』と泣菫/第三章 泣菫の詩を読む
 
 
  蒲原有明/薄田泣菫 (近代浪漫派文庫) (文庫)    前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  蒲原有明:明治9年、東京に生れる。小学生の頃すでに文学書に関心し、第一高等学校に不合格となって入会した国民英学会で英文学に親しむなかで詩を作り始め、明治27年にはじめて作品を発表してから、一時期は小説、紀行で文名を知られるが、再び詩作に向い、ロセッティの影響下に抒情詩人として出立した。  薄田泣菫:明治10年、岡山県に生れる。中学校を中退し、殆ど独学で和漢書、欧米の文学書を渉猟しては詩作をこととするようになる…
 
 
野口雨情.882
  野口雨情 (Wikipedia)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情(のぐち うじょう、1882年(明治15年)5月29日 - 1945年(昭和20年)1月27日)は詩人、童謡・民謡作詞家。本名は野口英吉。茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)出身。 廻船問屋を営む名家(楠木正季が先祖と伝えられているが不明)の長男として生まれる。
 
 
  野口雨情旧居   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「七つの子」「赤い靴」「十五夜お月さん」「あの町この町」「船頭小唄」「波浮の港」などの数々の童謡で知られる詩人、野口雨情は明治15年「1882年」に茨城県多賀郡中郷村(現在の北茨城市)で生まれました。明治34年に東京専門学校(現在の早稲田大学)文科に進み、坪内逍遥に師事して民謡創作の道を進み数多くの童謡・民謡をつくりました。
 
 
  野口雨情と柏坂   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  雨情は「童謡は、童心より流れて童心をうたう自然詩であり、民謡は民族生活の情緒をつたふ唯一の郷土詩であり、土の自然詩である」との信念をもって童謡民謡普及のため全国各地に赴き、その土地の特徴を詠み込んだ民謡を詩作する旅を重ねた。それは国内のみならず当時の台湾、朝鮮、満州にまで及んでいた。
 
 
  野口雨情文学碑   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  八幡東区皿倉山 皿倉山頂付近  「くきの海辺の船もよい 船も帆がなきや行かれない お供についたくまわにが  山で帆柱きりましたその時きつた帆柱は 帆柱山の杉でした」
 
 
  野口雨情  虹の橋   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  ある山国に、美しい湖がありました。 この湖には、昔から、いろいろな不思議なことがありました。青々と澄んだ水が急に濁つたり、風もないのに浪が立つたり、空が曇つて星のない晩でも、湖の中にはお星様が映つて見えることなぞもありました。…
 
 
  野口雨情 (福渡付近)   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  泉漾太郎氏が中学生の時、野口雨情が選者をしていた時のコンクールに応募したのがきっかけで、漾太郎氏は雨情の弟子となった。そのため雨情は度々塩原を訪れている。
 
 
  野口雨情 こころの詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情の作詞した童謡や民謡は驚くほどたくさんあります。最近童謡が歌われなくなっているようですが、それでも雨情の童謡は一度は口ずさんだことのある曲が何曲かあると思います。思いついた雨情の歌を載せてみました。歌ってみて下さい。
 
 
  野口雨情 コドモノクニ   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情は創刊から長年にわたって『コドモノクニ』に童謡を寄稿し、同誌を支えた童謡詩人のひとりとなる。「あの町この町」「木の葉のお船」「兎のダンス」「雨降りお月さん」など、多くの作品に中山晋平の曲がつけられたが、なかでもこれらの童謡は人気を博し、童謡史に残るものである。
 
 
  野口雨情の童謡自然詩   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情の生涯、作品、記念館、生家などについての情報を掲載しております。 野口雨情の一生/野口雨情の作品/野口雨情の生家/野口雨情記念館/サイト情報
 
 
  詩人・野口雨情のご案内   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情は、63年という生涯の中、2000近くに渡る沢山の詩を全国を巡りながら造り続けた歴史に残る詩人家です。 全国各地には、彼が残した詩をもとに作られた歌碑が数多く存在します。 層雲閣グランドホテルの露天風呂「宝石の湯」では、野口雨情が層雲峡に訪れた時に作られた詩、「大函小函」の歌碑が設置されています。
 
 
  野口雨情生家 北茨城市   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  木造瓦葺二階建のこの家は、明治時代の初めに建てられたもので、その後一部が改造されている。「七つの子」「しゃぼん玉」などの童謡や「磯原節」「磯原小唄」といった新民謡で知られる詩人野口雨情は、明治15年(1882年)にここで生まれ、15才で上京するまで育っている。
 
 
  野口雨情  発見!!いばらき   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  放浪する詩人 : 野口雨情は、多賀郡磯原村(現北茨城市)で廻船業を営む家に長子として生まれた。父親は村長を務めたこともあり、伯父には衆議院議員野口勝一(北巖)がいた。中学より東京で学び、東京専門学校(現早稲田大学)に入学したが、家業が傾いたために翌年には中退している。父親が没すると帰郷し家業を整理した(1904年)。
 
 
  野口雨情 のぐち・うじょう   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  茨城県北茨城市 北茨城歴史民族資料館(野口雨情記念館)でお会いしました。
 
 
  61.野口雨情の「筑紫小歌」   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  雨情は、大衆に愛され歌い継がれた「 船頭小唄(枯れすすき)」や「波浮の港」など歌謡曲、民謡でも一世を風靡しました。この2曲は中山晋平の作曲です。二人は童謡「証誠寺の狸囃子 」「あの町この町」「雨降りお月」などを世に送った名コンビです。
 
 
  野口雨情童謡碑 北九州市   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  童謡『赤い靴』の作詞などで活躍した「野口雨情」。碑には、昭和7年、八幡市を訪れた野口雨情とその門下生で北九州市出身の童話作家・阿南哲朗が皿倉山に登った時に作った詩である「帆柱山の歌」、「くきの海辺の船もよい 船も帆がなきゃ行かれない お供についたくまわにが 山で帆柱きりました その時きった帆柱は 帆柱山の杉でした」と書かれています。
 
 
  波浮を訪れた文豪ー野口雨情   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  波浮港には明治から昭和にかけて、さまざまな文人墨客が保養や観光、あるいは作品を執筆製作するために訪れ逗留しました。そして波浮の港を作品にしています。
 
 
  野口雨情記念 童謡館 湯本温泉   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  「青い眼の人形」「赤い靴」「十五夜お月さん」「しゃぼん玉」など、多くの童謡を作詞した詩人野口雨情(本名英吉1882-1945)が湯本温泉で生活するようになるのは大正4年(1915)、33歳の時である。
 
 
  福島 いわき湯本温泉 旅館 新つた   前画面に戻る次画面に進むTOPページ一覧表ジャンルページ画面上段画面下段
  野口雨情